238話 最強の剣士

 当事者、それも常に最前線に居た俺から語られるヒラギス奪還作戦である。話し始めると子供たちが騒ぐので、すぐに何事かと近くに居た獣人たちも集まってきてしまった。追い払うわけにもいかず、仕方ないので俺の活躍は省き、エルフに同伴していた俺から見た話という風に進めることになった。


 


 最初のオークキング部隊の殲滅。ラクナの町の制圧。ヒラギスを必ず取り戻すとの帝国軍将軍を前にしたエルフの宣言。コームの町で南方方面軍の窮地を救ったエルフ。


 エルフが魔物を殲滅し、町を制圧し、城壁を修復し、そして前進する。


 南部での疫病の蔓延を治療してまわる聖女様。公都奪還。魔物の大反攻。北方砦の奪取と防衛。


 多くは吟遊詩人から語られた話なのだろうが、臨場感が違う。




「倒しても倒しても魔物の軍勢は途切れない。さしもの精鋭たちも限界を迎え、ある者は傷つき、ある者は疲れ果て、戦線から離脱していく。そうして北方砦が危機に陥った時……」




 勇者がさっそうと現れた? ここ、どういう風に一般には思われてるんだろう? これは迂闊に話すとまずい気がするぞ。




「色々あってエルフたちの活躍でヒラギスはついに取り戻されることになった。まあここからは吟遊詩人にでも聞いてくれ」




「えー!」




 獣人たちからブーイングがあがる。




「はっはっはっ。他の人の仕事をあんまり取っちゃ悪いからな」




 よく考えれば北方砦での戦いからまだ数日。断片的な話は聞いていても、詳細は後方まで伝わってないのかもしれない。




「お話はこれで終了だ」




 結構長々と話してしまったせいで喉も痛くなってきた。飲み物とおやつを出して、みんなで休憩タイムにする。おやつは唐揚げ。プリンがあれば良かったのだが、あれは戦争中も大人気のおやつで消費も激しくちょうど在庫切れ。卵の入手経路が少ないせいもあって、肉と小麦粉があれば大量生産しやすい唐揚げで代用である。




「団長、朝に言ってた後方担当の子が来ました」




 カルルがそう言ってきた。




「会おう」




「二人? 姉妹か」




 どっかで見たことあるな。たぶんゴケライ団募集のときか、最初に餌付けした時に居たのだろう。




「ステラです。計算がとくいです。こっちは妹のエマ」




「あ、あのわたし! 計算は苦手だけど、お料理ならできます!」




 まだあんまり得意じゃないですけど。そう妹ちゃんのほうが小さく付け加える。妹ちゃんのほうはずいぶん緊張しているようだが、姉のほうは堂々としたものだ。しっかり者か。




「いいだろう。二人とも雇おう。当面は見習いで、給料は団員の半分。仕事を覚えたら給料はあげてやろう」




 ヒラギスにも領地を持つことになるし、仕事はいくらでも発生する。館も建てるだろうし、メイド部隊も増員が必要になってくるな。




「たくさんあるからお前たちも唐揚げ食べてけ」




 今いる獣人エルフのメイド部隊を半分に分けるか。それで新人を何人か入れる。




「おいしいかー? そうかそうか」




 今いるメイド部隊は俺のハーレムも兼ねた特別な人員だから、この二人みたいなもっと普通の部下も増やすべきだな。




「時間があるならわたしも稽古をつけてほしい!」




 唐揚げを食べながらそんなことをつらつら考えてたら、暇になったと見たのかシラーちゃんが声をかけてきた。こいつも元気だな。今日は休養日にするつもりだったが、多少ならいいか。俺も試したいことがあるし。




「お前らも見たいのか? もちろんいいぞ。準備があるから、ちょっと待っててくれ」




 通常状態での調整はもう十分だし、次は光魔法で強化した状態での動きを確かめたい。先日の二日間の特訓は魔法なしでやったのだ。


 光魔法はぴかぴか光るので拠点に戻ってこっそりかける。これで一時間は強化状態である。




「シラー、最初から全力で来い。昨日より強くなってるから手加減は一切なしでな」




 すぐ近くの修練場で準備万端待っていたシラーちゃんにそう警告する。強化は見た目の変化はわからないからな。シラーちゃんはすぐにどういうことかわかったようだ。嬉しそうな顔が一転、厳しいものになった。通常状態でやっとなんとか食らいつける程度。さらに強くなったとなれば死物狂いでやっても届くかどうか。




 警戒しているシラーちゃんにかかってこいという動作をする。光魔法の効果は約一時間。焦る必要がないくらいには長いが、見合っている時間は無駄である。


 シラーちゃんの攻撃をわざと剣と盾で数回受ける。通常状態ではまともに受けるのは重くてかなりきつい攻撃だが、いまは軽くすら感じる。


 剣を躱して反撃。力のある一撃を正面から打ち込む。シラーちゃんはしっかりと盾で受けるが、よろめいた。


 さらに二撃、三撃。シラーちゃんは攻撃こそ防ぎきったものの、完全に体勢を崩してしまった。


 


「ミリアム! お前も来て二人でかかってこい!」




 シラーちゃんだけだと物足りない。全力を試せない。二人なら。そう思ったが、それでも俺の攻撃を二人は受けきれない。強化された俺の力と速度に翻弄される。


 ダメだな。限界を試せないとテストにならん。




「交代だ。サティ!」




「はい」




 サティはゆっくりと修練場の土を踏みしめるよう進み、俺の前に立つ。ソードマスターになって奥義を習得して以降のサティは雰囲気があるな。やっと自信がついたのだろうか。動作に迷いがない。




 俺が構えるとすぐにサティが動いた。素早い踏み込みからの高速の剣戟。俺が弱体化していた当初は、サティの速度にまったく追いつけなくなって後手後手に回っていたものだが……


 問題なく対応できる。それどころか僅かに上回ってすらいるようだ。余裕を持って対応できる。強化された力と速さを試すためにしばし剣を交える。


 体が温まってきたのか、このままでは埒が明かないと考えたのか、サティがギアを上げてきた。だがそれにも苦もなく対応する。


 サティが奥義を放つ。こちらも劣化奥義で対抗する。奥義を受けきり、反撃する。サティは俺の攻撃を剣で受け流そうとするが、完全にとはいかず、体勢を崩して後退する。


 構えを戻すのを待って攻撃をしかける。それをサティは躱し、いなし、反撃する。さすがに防御が固いし的確に反撃もしてくる。だがサティの動きの癖は俺もよーく知っている。二手三手先を読んで、サティの選択肢を狭めて……


 ここだ。ガチ雷光!




「参りました」




 剣を寸止めした俺にサティが言った。


 これが勇者の使う光魔法の効果。強化はステータスの二割アップ。だが回復効果も合わさることでそれ以上の体感効果を感じる。サティを圧倒できるスピードとパワー。しかもガチ奥義を使ったダメージも、ゆっくりであるが回復もできる。劣化奥義とガチ奥義の中間くらいの威力に上手く調整できれば、連打の利くかなり強力な武器となりそうだ。




「やっぱりマサル様が最強の剣士です!」




 負けたサティが目をきらっきらさせて言う。まあ光魔法でサティも強化すれば、また互角くらいになるんだろうけどね。それに最強の剣士というなら越えなければならない大きな壁がすぐそばにいる。


 だがこれならひょっとすると……勝てるか?




「師匠!」




 俺の呼びかけに観衆の間から師匠がひょっこりと顔を出した。今日もずっと護衛として気配を消してついてきていたのだ。ゴケライ団の相手をしている間はずっと姿が見えなかったが、たぶん周囲を警戒していてくれたのだろう。エルフの護衛もいるが、居留地は人が多すぎて警備も難しい。




「だれ、あのおじいさん」「師匠?」「団長の師匠って……」




「剣聖、バルナバーシュ・ヘイダ」




 畏怖を込めて誰かが呟く。




「剣聖がなんでこんなところに!?」「本物?」「ヒラギスでも戦っていたというぞ」




 外野の騒ぎを無視して師匠に用件を言う。




「ちょっと相手をしてくれませんか?」




 そう言って刃引きの鉄剣を取り出して差し出す。もしかすると今の強さなら師匠にも勝てるかもしれない。


 剣を受け取った師匠が俺の前に立つ。剣を下げた構えともいえない自然体の構えだ。


 なにげに師匠と本気の立ち会いをするのは初めてか。ガチの戦闘は最初に出会った山道でやったがあれは俺たちパーティ対師匠で、それ以降、手合わせは何度かしてもらったが本気でとなると一度もない。そもそも俺より強い相手なら弟子にごろごろいて相手に困らなかったのだ。わざわざ最強の危険人物に挑む理由がなかった。




 今しがたの立ち会いは見ていたはずだが、俺にはまだ余力があった。先手必勝。持てる全力で速攻で片を付ける!


 


 正面から踏み込む。劣化烈火、劣化雷光の連撃。師匠の体勢がわずかに流れる。そこに一気に畳み込む。強化に強化を重ねた連撃はもはや一撃一撃が奥義の威力に迫る。


 だが当たらない。髪の毛一筋の差で躱される。剣と剣がぶつかってもするりと流される。


 息が限界となって一歩引いたところで反撃が来た。真正面からの剣戟。だが速く、重い。なんのフェイントも工夫もない、基本に沿ったなめらかな剣筋。だが今度は俺の方が防戦一方となった。受けるだけで腕が痺れる。剣が押し込まれる。


 いや、なんでパワーでも俺と互角なんだ!? それでもなんとか攻撃を捌き切り、距離を置く。


 違う、一瞬だけ奥義で力を上げてるのか……なるほどずっと全力は確かに効率が悪い。


 


 小手先の技はいらない。踏み込み、剣戟の瞬間だけ力を込める。うん、悪くない。


 一瞬力を込める。込める。込める。重い連撃に師匠でさえ、後退し始めた。いける!


 そう思った瞬間派手にすっ転んでいた。ごろごろと三回転ほどもしてしまう。いま、足を引っ掛けられた!?




「力に振り回されてどうする」




 怒られた。声が呆れ混じりだ。剣に集中するあまり、足元の動きにまったく無警戒。視野が狭くなっていた。


 ゆっくりと立ち上がる。恥ずかしい。力が上がってサティを圧倒して浮かれすぎていた……


 基本に立ち返ろう。力で押しても師匠には通用しない。まずは動きにきちんと緩急をつける。




「ちっとはマシになったな」




 だが反省して動きを修正してみたところでその程度。色々攻撃に工夫をこらしてみるが、どうやっても通用しない。俺が倒れない程度のちまちました、それでも十分な痛撃を何度も当てられる。遊ばれてる。いや、練習に付き合ってくれてるのか。




 戦ってみるとよく分かる。師匠の強さというのは読みの鋭さにあるのだと思う。俺の動きはすべて読まれているから防御や回避の動きにも無駄がない。カウンターも的確に、もっとも効率のいいタイミングで放てる。俺の力に対応するためにパワーはあげているが、動きの効率がいいから速度は完全に俺以下なのに、動きを捉えきれない。そしてここぞという時の奥義による剣と体の加速。


 勝てそうな気配がまったくない。




 これが世界最強の剣士。サティが目指す剣の頂。こりゃあ相当先が長いぞ。


 ていうか、そろそろ……




「あ」




 強化が切れた。師匠ももちろん気が付かないわけがない。動きの止まった俺にニヤっとわらって言った。




「どうした? 続けるぞ」




 え、今日はゆっくりしようと……


 だがもちろん鬼である師匠は人の都合など斟酌してくれず、俺は世界最強の剣士を相手に強化が切れた状態で戦いを続行することとなった。


 いかんいかん。段階をすっ飛ばしすぎた。強くなったと浮かれて冷静さを欠いていた。サティと師匠の間には師範代の連中がいる。まずはそいつら、いや……それより先にリベンジすべき奴がいた。リュックス・ヘイダ。剣聖の孫。


 ビエルスに戻ったらぼっこぼこにしてやろう。師匠の孫だからって八つ当たりじゃないぞ? これは前から決めてたことだからな。




 だがそれはそれとして、師匠は手を緩めない。俺は必死に戦って戦って、体力の限界まで搾り取られることとなった。


 これ、特訓三日連続だ!?










「え? なんでマサルそんなにぼろぼろになってるの? 剣聖殿と特訓!? 休むんじゃなかったの?」




 拠点で倒れ込むようにして休んでいると、戻ってきたアンに非難がましく言われた。はい、病み上がりからの三日連続の特訓。体によろしいわけはないですね。でもそういう流れだったのです。


 もちろん途中で打ち切ることもできた。しかし俺から師匠のお相手を希望したのだ。サティや団員たちの手前、俺のほうからもういいと投げ出すことは簡単にはできない。




「俺はもっと強くならないといけないしな」




 実際師匠とのタイマンは色々学ぶべきことも多かった。ちゃんとギリギリを見極めて加減もしてくれてたし、何より俺が全力を出してもしっかりと受けきってくれるところがいい。




「とりあえず戻るか」




 そう言ってよっこいしょっと立ち上がる。




「リリアは?」




「用事が出来たから先に戻ってるよ。今日は家族会議をするぞ」




 別行動していたエリーやエルフ組の話もあるから、夜に集まることは決まっていたが、それは単なる日常報告。




「まあそれは集まってから話すよ」




 首を傾げるアンとティリカにそれだけ言っておく。大丈夫だとは思うがリリアの報告で状況が変わるかもしれないし。




 どうやら俺たちが最後の帰宅だったようだ。すぐに全員集まり、まずは俺とリリア以外の報告から家族会議は始まった。




 シャルレンシア三姉妹はウィルと組んで、エルフの部隊とともにヒラギス国内の魔物の残党狩りをしていた。平原や町や村にいれば発見殲滅は容易なのだが、問題は山や森へ入り込んだ魔物である。相当な数が確実にいると考えられ、迂闊に踏み込めば手痛い反撃を食らいかねない。そこで探知持ちのウィルを連れてのサーチアンドデストロイである。




「さすがはウィル様です。指揮も手慣れたもので今日だけでかなりの数の魔物を狩ることができました」




 姉妹の長女マルグリットちゃんがそう言って報告を終えた。ウィル自身もむろん率先して狩りに参加して、経験値を稼いできたようだ。レベルアップが強くなるには一番手っ取り早いからな。




 続いてルチアーナからの報告であるが、彼女は帝国首都へと向かっていた。先行して転移ポイントを作るためである。




「明後日には到着して、まずは拠点となる館を探す予定です」




 そう締めくくる。エリーはいつもの雑用。ヤマノス村と兄の領地に鉱山の視察。エルフの各地から回収やら交代。公都の城壁の修復作業。みんな精力的に動いてくれている。




 で、今日の会議の本題。獣人の国建国の件である。




「まーたそんな仕事を増やして……」




 まずはリリアからの報告。エルフのほうは問題なく話が通ったらしい。ヒラギスとの会談もすぐ明日にやることとなった。


 そして獣人の国を作るという話にエリーが呆れたように言った。




「おや、エリーは反対かの?」




「まあいい話だとは思うわよ?」




 だが町造り村造りともなると俺とエリーの負担が大きい。




「そこは俺ががんばるよ」




 国に関してはリリアが言い出したこととはいえ、そもそも最初が獣人に領地をやるという話を俺が持ち出したことだ。 リリアはそれに沿って話を進めたに過ぎない。


 実際獣人の国というのはとてもいいアイデアだと思う。




「エルフからも人員は本格的に出すしの」




「わたしもちゃんとやるわよ。うちの新しい領地だものね! そうそう、うちで鉱山開発をしてくれていたドワーフたちなんだけど、何人かは残ってくれることになったわ」




 若手の鉱山技師の独立、暖簾分けである。




「じゃあ新規の鉱山開発もなんとかなるな」




 エリーが嬉しそうに頷く。獣人の国でも考えているが、うちの領地やエルフの里近くの周辺は山岳地帯だ。掘ればいくらでも鉱脈は見つかるだろう。




「居留地のほうはどうだったの?」




「居留地も養育院も特に問題はなかったわね」




 アンがそう答える。ヒラギス奪還作戦が順調だったから食料事情が大幅に改善されたことで居留地の問題はほぼ解決である。ヒラギス国内の安全が確認され次第、住民は順次帰還、養育院も公都の神殿が再建されれば併設して移動することになるそうだ。




 最後に俺の報告。ゴケライ団の扱いを決めたこと。おばば様に色々話したこと。長が我が家の家臣になったこと。それから鼓舞加護を使った状態での剣術のテスト。




「え、お師匠様に相手をしてもらったんすか?」




 ウィルがちらっと師匠を見て羨ましそうに言う。




「うむ。どちらも素晴らしく強く、見応えがあった」




 そうシラーちゃんが話す。派手にすっ転んだことはなかったことにしてもらえたようだ。


 語られる俺の修行の様子。サティも嬉しそうに付け加える。




「やっぱり剣もマサル様が一番強いです!」




 師匠にはまるで歯が立たなかったけどな。




「でも光魔法はかなり使えるな」




 ポイントを食う割に召喚とか空間魔法ほど有用じゃないと以前試した時には考えたものだが、実戦で使ってみるとまるで感想が変わってきた。実際に使ってこその魔法だったのだろう。




「さすがは勇者専用魔法ね!」




 そうね。勇者専用だものね。




「まあそれはともかく、明日からまた忙しくなりそうだけど、あまり無理をせず適度にがんばっていこう」




 そう家族会議を締めくくる俺に、アンやエリーは頷きながらも一番無理をするお前が言うなという表情である。


 そりゃできることなら、俺ものんびり楽に生きたいよ!

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