237話 獣人の国

 おばば様と座って話し込んでるうちに長のドルトがやってきた。




「マサル殿!」




 長もおばば様の隣に座らせ、挨拶もそこそこに団員たちにした話をもう一度する。だがまあ反応は似たりよったり。長ドルトは元々小さな村の長、それもただの代官で、居留地の獣人をまとめるだけでもひどく苦労していた様子だった。それを広い領地をやろうと言ってもやはりあまり嬉しくないようだ。




「そもそもが私らは領地など持ったこともなかったしねえ」




 種族として筋肉にステータスを割り振ったせいか、はたまた戦士としての気風があるせいか、獣人社会では学問全般が軽視される傾向があるようだ。村程度ならともかく、領地が大きくなるとどうしても文字や計算ができる者が多く必要になる。領地経営には向かない種族なのかもしれない。




「そうじゃのう。エルフにしても以前の領地は小さい村程度で、各地に散らばって暮らしておったそうじゃ。人間族と数の違いはあったのじゃろうが、積極的に領土を広げる意思に欠けておった」




 だからエルフや獣人は人間族に対して劣勢な、従属的な立場に常に甘んじることになった。だがそれは決して悪いことばかりではない。かつてはリシュラ王国や東方国家群のある領域は魔境だったそうだ。人間族の領土欲が魔境を開拓し、国を統合して魔物に対抗し、人族の国々を大きく広げていった。そうリリアが語る。




「それでじゃ。おぬしら獣人の国を作らぬか?」




 リリアからの突然の提案に長とおばば様も声も出ないようだ。リリアはまた話を大きくして……




「獣人の里と言っても良い。まあ最初は国というのもおこがましい、ただ同族で集まり、寄り添って住むための場所じゃな」




 そう聞いて長も興味を持ったようだ。




「エルフの里もかつては国などととても呼べぬ、文字通り里というのがふさわしい辺境の村にすぎなかった。それが徐々に力をつけ、いまではリシュラ王国の属国と諸外国からは見られておる。王国もいまではエルフには無理は言えぬ」




 皆がリリアの言葉に聞き入っていた。国と聞くと大変そうだが最初は無理なく小さな村からか。




「魔物からヒラギスを取り戻した後、私らは散り散りに元の村に戻ることになると思うておったが、このまま皆で暮らせれば楽しそうじゃないかえ?」




「それはそうですがおばば様……」




「領地は先ほども言った通り、我らが褒賞として貰える分を差し上げよう。領地経営もエルフが大いに支援するつもりじゃ」




 リリアが言い出した以上そうしてもらうし、俺に投げられても困る大きさの案件である。




「いいんじゃないか」




 エルフの助力はこの上なく俺の助けとなっている。すぐにとはいかないだろうが、獣人も国として力をつけ、いずれ俺の助けとなってくれるなら非常に有益だろう。




「半独立の国家、あるいは領主ともなれば、徴兵は断れぬにせよ、此度のように戦える男手を根こそぎ連れていかれるようなことにはならぬ」




 獣人自身で軍権を握れるのはでかいな。まとまって住むことでヒラギス国内での権力も持てる。獣人は兵士として優秀だ。強力な軍を持つ領主を公王とて軽んじることはできなくなるだろう。




「しかし誰が領主をするのです?」




 長の言葉に皆の視線が長に集まる。




「いや! 無理! 絶対に無理です!」




 じゃあ誰がいいか。おばば様はさすがに無理がある。




「ミリアムはどうだ? 獣人の女王様になれるぞ」




 ぶんぶんと首を振る。ヒラギス出身の獣人である。やる気さえあればちょうどいいと思ったのだが……あとはサティは手放したくないし、シラーちゃんも首を振っている。




「俺も無理だぞ?」




 ヒラギスで領主なんてしている暇はないし、王国への義理もある。転移があるから掛け持ちは無理ではないだろうが、面倒ごとを増やしたくない。だからこそ獣人の誰かが欲しいならと話をしてきたのだ。


 そもそも魔族の暗殺の件があるから、エルフの功績となっているのに俺が受けるのも色々とまずいし、かといって全然知らない獣人に任せるのも不安しかない。




「では領主は当面、妾がやっておくとしよう。それでマサルに獣人の子ができれば、跡を継がせれば良い」




 リリアなら適任だな。王族だし特に決まった仕事はない。後継を俺の子供とする件に関してはまだ気が早すぎるから、おいおい考えればいいだろうか。




「実務は最近働いておらんパトスにでもやらせようかの」




 やめたげてよぉ。せっかく引き籠もって平和に暮らしてるのに……




「パトスに領地経営なんてできるのか? 村一個とかそんなレベルじゃないぞ?」




「ベテランの補佐をつければ問題なかろう。そもそもあれは妾の側近としていずれはエルフの里の統治にも関わることになっておるのじゃ。良い経験になろう」




 すまん、パトス。俺からこれ以上の反論は無理だ。




「むろんドルト殿には獣人の長として差配を頼むことになろう」




「私はどこか村の一つでも任せてもらえれば……」




「諦めろ、ドルトよ。それに領主の下の代官のそのまた下じゃろ?」




「しかしおばば様。戻ってくる者もおりますし、他の居留地にも有能な者くらいいくらでもおります」




「どのみち獣人の国の差配など、やったことのある者はおるまいて」




「俺たちも知った顔が手伝ってくれたほうがやりやすいしな」




「なにはともあれまずは宰相殿に話を通す必要があるの。そこで話がまとまってから他の居留地の獣人にも知らせることになろうか」




 長の返事を待たずに話は進んでいく。すまんがもう決定事項だ。




「しかし獣人の国を作るって、ヒラギスが嫌な顔をするんじゃないか?」




 嫌な顔っていうか、将来的にはエルフの里のような半独立国家を目指すとか、いくら俺たちの功績がでかいからといって、そんなこと許してもらえるのか?




「では引き換えにエルフの支援を大々的にすることとしよう。それなら嫌とは言うまい?」




 今のヒラギスには支援はいくらでも必要だ。




「じゃあエルフの里へも連絡だな」




 国家規模での支援ともなればエルフ王の説得も必要だ。




「そちらは問題なかろう。強力な同盟国家、種族ができるのじゃ。エルフにとっても大きな利益となるであろう」




 しかしそうなるとまた急に忙しくなってくるな。ヒラギスは一カ月くらい留まる程度で考えていたのが、こうなっては長期化せざるを得ない。


 獣人の国に、将来俺の子供を後継者にする? 結局俺の領地ってことになってしまうようだが、うちはたぶん子沢山になるはずだし、飛び地の領地でもあれば子供の世代には嬉しいか。


 なにかまた壮大な話になってきたが、獣人をまるごと味方にできることは、俺にとってもメリットは大きい。




「よし。それで話を進めよう。長もそれでいいな?」




 俺の言葉に長が驚いた表情をした。会って三〇分もしないうちに獣人の国を作る話が決まってしまって呆然としているのだろう。だがこんなこと、長々と話し合っても仕方がない。俺たちには時間がない。即断即決でいいのだ。




「いや、しかし……」




 長はまだ悩んでいるようだ。そうしてしばし考え込んだ様子を見せ、俺とリリアをしっかりと見据えて言った。




「エルフからのそれほどの支援、我らには返す宛当てもない。居留地への支援とは桁が違うのだぞ?」




「もとより対価を得ようという気はないし、返す必要はまったくない。そもそもが領主を務めるのは妾じゃしの?」




「先ほど同盟と言っていたが、これほど一方的な支援では獣人が隷属的な立場になりかねん」




「ではエルフと獣人はあくまで同格の同盟だと、正式に約定を交わそうぞ」




 それでもまだ長は納得しきれないようだ。




「もっとも妾のことは普通に領主として扱ってもらわねば困るのじゃが、それもいずれはマサルの血筋の獣人が後継となるのじゃ。その時こそ、真に獣人が治め、獣人が暮らす、獣人のための国となろう」




 どこかで聞いたフレーズだ。人民の、人民による、人民のための政治? リンカーン大統領の言葉だったか。




「獣人の、獣人による、獣人のための国か」




「そうじゃ。獣人の獣人による獣人のための国じゃ。わくわくしてこぬか?」




「後継ができねばどうする?」




 長は心配性だな。だがまあ俺がどこかで死んでしまったり子作り不能となる可能性は十分にある。いままでほんとよく生き延びられたよ……




「もし俺が後継を残せず死んだ時は、サティかミリアムかシラーが女王となる。それも無理ならゴケライ団の誰かから選ぶといい。なんなら今からでも長が獣人の王様になってもいいぞ?」




 俺の言葉に長がまた必死に首を振る。




「獣人が治め、獣人が暮らす国。断る理由などありゃせんじゃろが」




「色々と心配だろうけど、そのために長を領主に近い地位に置くんだろ? それで妙なことになればいつでも俺かサティたちに言うといい。獣人に不利なことはしないしさせないと約束しよう」




「なぜ……なぜそこまでしてくれる?」




「妾は獣人の国が素晴らしき力をつけるものと信じておる。それはエルフに大きな利益をもたらすことであろう」




「俺は……」




 なんだろう。言ってしまえば話の流れとその場の勢いだな。別に俺が損をするわけでもないし、結局俺の領地になって俺の子孫が治める領地になりそうなのだ。だがそもそもの始まりは……




「居留地で獣人が困っているのを見て助けなきゃって思っただけだ」




 その後、ミリアムやゴケライ団のこともあってヒラギスの獣人に関わりすぎてしまった。神託はあったにせよ、関わった以上放置もできない。




「マサルは優しいから、不幸を見過ごせない」




 ぽつりとティリカが言う。いや、異世界の不幸って日本と格が違うんだよ。すぐに人が死ぬ。簡単には見過ごせない。




「エルフもマサルに救ってもらったのじゃ」




「ヒラギスも救ってもらったしのう」




 はっとした長が突如、深々と頭を下げた。




「居留地への支援。ヒラギスを取り戻してくれたことに関してエルフとマサル殿には深く深く感謝する。いくら言葉を尽くしても感謝しきれぬ恩だ」




 そう言ってさらにぐっと頭を下げる。いきなり領地の話から始まったから、今更ながら礼をするのを忘れていたのを思い出したのだろう。




「我らには代価として差し出せるのはこの体くらいしかない。もし望まれるなら……この身は如何様いかようにでもお使いくだされ」




 いや、男の体とかいらんし。さすがに空気を読んで言わないけど。


 どうする? とリリアに視線をやる。差し出すとか言われても困るんだが。




「ではドルトよ。おぬしは生涯マサルとヤマノス家に仕えるのじゃ」




 うむ、と頷いたリリアがそんなことを言い出した。生涯!? いや、まあ最近はそういうことも多いし、一人増えたところで……




「はっ! これより生涯、マサル殿とヤマノス家に仕えると誓いましょう」




 そう顔を上げて言う。仕方ない。どのみち俺の領地で働いてもらわねばならないのだ。ただの部下より、生涯仕えてくれる家臣のほうが有用だろう。




「いいだろう。しっかりと俺と、俺の子に仕えてくれ」




 ということは、獣人の国のことも受け入れることにしたってことか。




「最初の命令だ。獣人をまとめあげ、獣人の国を作る協力をするんだ」




「非才の身でありまするが、全力を尽くしましょう」




 覚悟を決めたのかすっきりした顔になっている。




「めんどくさいことだね、ドルト。最初っからそうするつもりじゃったんだろうが」




 おばば様がひゃっひゃっと笑いながら言う。恩返しに自分を差し出すのは前々から考えていたのだろう。居留地の獣人がヒラギス各地に戻っていけば、居留地の長としての役割は終わる。自分の身がどうなろうとももう問題はない。だが降って湧いた獣人の国の話で事態がややこしくなったということか。




「私は獣人に責任があるのです。戦いに赴いた戦士たちに後を頼むと託されたのですよ、おばば様」




 だからいい話に思えても、簡単には決断しきれなかった。だが恩を返す必要もある。ヒラギスを救った恩人に手伝えと言われれば致し方ない、とこんな風に考えて折り合いをつけたのだろう。たしかにめんどくさい。しかし決断力はないが責任感は強い。部下としては優秀かもしれない。




「この件はまだ外部には漏らさないように。大丈夫だとは思うが、ヒラギスが認めるかどうか、まだわからんからな」




 俺の言葉にドルトが丁寧に頭を下げる。ヒラギス側が強固に反対するならいっそ、他の場所に建設してもいいな。一から開拓するとなると手間が倍増ってものじゃないだろうが、うちの領地の近くにならエルフの里からも近いしいいかもしれない。




「妾はエルフの里に行って父上と話をしてこよう。そのあと公都に戻ってヒラギスとの会談の手筈じゃな」




「俺も……」




「マサルはゴケライ団の相手をするのじゃろ? 会談もすぐにとはいかんじゃろうし、今日はゆっくりしていくがいいぞ」


 


 ふむ。どうやらエルフがメインで動くことになりそうだし、俺は要所要所で関わればいいか。




「そうだ、おばば様。ドルトに俺のことを説明しておいてくれませんか?」




 部屋をでる間際にそう頼んでおく。俺の家臣になるなら知っておいてもらったほうがいいだろうが、もう一度同じ説明をするのも面倒だ。


 じゃあそういうことで、と部屋を出る時には長は驚きの声をあげており、おばば様に静かにせいとたしなめられていた。 










 エルフの里へ向かうリリアと別れ、ティリカもアンと合流しに行き、俺は外で大人しく待っていたゴケライ団の相手をするべく獣人居留地すぐ横の河原へと向かった。




「剣の腕を見てやろう」




 弓はずっとティトスが見てたからな。まずはサティたち獣人組に相手をさせることにした。俺は見学と口出しである。体がまだまだ小さい年少組はともかく、年長組のほうはかなり様になってきている。二人ほどいい動きをしているのもいて、剣の才能がありそうだ。優秀なのは本格的に鍛え始めてもいいかもしれない。


 時々は俺も相手をして一刻二時間ほど絞ってやった。俺も軽く汗を流したので次はお風呂である。居留地に最初に来た時に作った銭湯だ。




「はい、男女は別だぞー」




 全員俺についてこようとしたので女子をサティのほうへ追いやる。全員子供とはいえ、一〇歳くらいの子もいるから確実にアウトである。


 子供たちは二時間も絞ってぐったりしていたのにもう元気を取り戻してお湯でばしゃばしゃして遊んでいる。




「この後はどうしますか?」




 湯船に浸かっているとカルルがそう聞いてきた。ちょっと早いけど飯にするか。その後は獣人の国の話が出てきてるからそのあたりも含めて、ゴケライ団の今後のことだな。




「ご飯を食べて話をしよう」




「この後、マサル団長が話をしてくれるって!」




 女湯のほうからきゃーと声があがる。いきなり戦場に放り込まれて、心配だったが、どうやら見た感じではトラウマを負ったような子供はいないようだ。ティトスが上手くやってくれたのか、獣人がしっかりしているのか。それとも比較的後方の町だったのも良かったのかもしれない。前線は俺たちが支えていたから、後方では激戦らしい激戦はなかったはずだ。




 風呂でさっぱりし、川沿いの気持ち良さげな場所でお昼を取る。提供はここのところあまり出番のなかった、アイテムボックス備蓄のお弁当である。




「これはまだここだけの話にしてほしいんだが、獣人の国を作ることになった」




 食べながらそう話し始めて、まだヒラギス側の対応次第なことも含めておばば様と長との話を繰り返す。獣人のベテラン組もいるが、行動を共にするのだ。ある程度教えておいても大丈夫だろう。




「お前らは俺直属の部隊として当面、獣人の里建設の防衛とかにあたってもらうことになる」




 普通の依頼を受ける話は一旦なしだな。事態が動き始めれば、おそらく人手はいくらあっても足りなくなる。




「じゃあ団長、しばらくヒラギスにいるんですか?」




「いや、一カ月なのは変わらん」




「え、でも国を作るんですよね?」




「一カ月だ。一カ月で獣人の国の基礎を作り上げる」




 俺も長期戦になりそうかとも思ったのだが、戦争も何もない、邪魔が入らない状態なら、エルフの里程度の規模なら十分作れるんじゃないだろうか。




「まあそれは話が進んだら、すぐに連絡をいれる」




 さて、ここからは子供たちのお楽しみタイムだ。戦場での俺の活躍、たっぷり聞いてもらおうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る