231話 神託
ヒラギス奪還作戦は成功裏に終わり神託クエストも無事クリアとなったが、俺たちはいまだ家には戻れていなかった。
もちろん戻ろうと思えば一瞬なのだが、各地に送り込んだエルフは後続の軍が到着し防衛体制を確立するまで主力として、残存した魔物の相手をせねばならなかったし、疫病がまたぞろ蔓延しそうな気配があって、アンも忙しくヒラギス各地を飛び回っていたのだ。
俺が不在の中での大量に送り込んだエルフの帰還もなかなかに大変だったようだが、リリアが空間魔法をレベル4まで取得できたのもあって、俺が復帰する頃にはほとんどが完了していた。
俺はといえば、ヒラギス公都の王城にほど近い豪邸をエルフの拠点用にと提供されたので、魔力酔いから回復するまでの間、食っちゃ寝食っちゃ寝しながら、みんなの報告を聞いたり、レベルアップした分のポイントを割り振ったり、たまに頼まれる輸送を言われるままにやったりと、自堕落な数日間を送っていた。
「一応完治ね。だけど……」
禁呪の影響がどうなのか。
「しばらくは無理しないよ」
俺の言葉にアンが頷いた。一回の使用くらいなら平気なのか、魔力酔い以上の具合の悪さは見られなかったから、俺もぼちぼちとお仕事の再開である。
まあ仕事といっても今の所はボランティア。無償でのヒラギス復興作業となる。公都の城壁は取り急ぎ修復する必要があるし、ヒラギス国内は荒れ放題。どこまで俺たちが手を貸すかは今後の状況次第であるが、当面の手助けは必要だろう。
まあそれはいい。城壁作りや村づくり、農地作成は俺の得意分野だ。
問題は各方面からの招待や招聘、召喚、面会や会談希望などの連絡がひっきりなしに来るようになったことだ。
主立ったところで神殿、帝国、ヒラギス公国、冒険者ギルドに商業ギルド。それからバルバロッサ将軍からも手紙が来てたし、戦場で知り合った魔法使いや、東方国家のいくつかの国からも連絡が来ていた。冒険者ギルドや商業ギルドは帝国本部やどこやら知らない町の支部からも別々に連絡が来ていたし、ヒラギスの貴族からも個別に相当数。吟遊詩人が直接話を聞きたいと申し入れてくることもあった。
しかもそれが俺たち各人へ別々にして来るのである。エルフ宛はもちろん、俺、エルフの守護者宛もあるし、アン宛も多い。
内容も多岐に亘っていた。呼び出しから単なるお礼、仕事の依頼や寄付のお願い。仲間にいれてくれなんてものもあった。
しかもまだまだこれから増えることが予想される。魔物の数はだいぶ減らしたとはいえ、ヒラギス国土でも北端に近い公都にやってくるにはそれなりに大変だし時間もかかる。今届いているのは現地に近いか、相当気合の入ってる組織や個人の分だけでしかない。
とりあえずそのあたりの対応と、今後の予定を話すために全員集合である。俺にサティ、エリー、アン、ティリカ、ウィル、シラー、ミリアム、リリア、ルチアーナ、シャルレンシア姉妹と、おまけに師匠。
「誰がこのヒラギスを取り戻したのか、皆よくわかっておる」
各陣営や個人やどこかよくわからない組織や商会から届けられた手紙や召喚状、そして部屋の片隅に積み上げられた贈り物を前に、大した成果ではないかと、リリアが満足気に言う。今回エルフは大動員だったしな。リリアにはそう言ってのけるだけの権利がある。
「エルド将軍はしっかりと宣伝活動をしてくれていたようね」
エリーも大活躍だったしSランクに昇格よ、なんて言って喜んでる。
他はまあほどほどに機嫌がいいかいつもどおりで、浮かない顔は俺とアンくらいである。
「それでどうするの?」
エリーがそう聞いてくる。いっそ全部無視してしまいたい。だがエルフの体面や外交を考えると、ちゃんとした対応をしておかなければならない。
「エルフ宛のはリリアのほうで好きにすればいい」
リリアが頷く。エルフの守護者宛はリリアと相談だな。
「見知ってる人からのはちゃんと対応しておこう」
商業ギルドからのには一律お祈りの手紙でいいな。今回はご縁がありませんでしたが、今後のご活躍をお祈りしますといった内容の、丁寧なお断りの手紙である。
「ヒラギスのは王女……大公様がもうすぐ戻るらしいし、その時だな。後でまとめてやろう」
問題は帝国、神殿、冒険者ギルドである。ここはどれも単純に無視するわけにはいかない。ちなみに王国からは特に何も連絡がないが、フランチェスカが窓口になっているので、ここでの用事がすべて終わって、王国に戻ってから対応する約束をしている。しっかりしたコネがあると楽である。
「バルバロッサにも一度きっちりと話をしにいかんとな!」
リリアがご機嫌な調子で言う。俺はあんまり会いたくないが、バルバロッサ将軍はお金のことがあるからな。手紙で返事を出すか、使者でも送れば十分だとは思うが、リリアが行きたいというのなら、まだヒラギス国内にいるしそう手間でもない。
「帝国は後回しにしよう。それかウィルがやってくれるか?」
「え、いやあ。俺は家出してる身っすからねえ」
使えない奴め。ウィルは最近、自分に自信がついてきたのか、ちょくちょく口答えをするようになったな。俺に頼らなくなったのはいいことなのだが、少々腹が立たないこともない。まあ自分で考えて色々動いてくれれば俺はそのほうが手間がかからなくて楽だし、しっかりと自立してむしろ俺を支えていってほしいものである。
「じゃあ帝国はエルド将軍につなぎを頼むか。冒険者ギルドは軍曹殿に相談することにして、問題は神殿だな」
アンと俺、両方それぞれへの召喚状。もちろん文面はごくごく丁寧なのであるが、待っているので必ず来るようにと念を押されていた。場所は帝国首都の大神殿。
「俺は絶対行かないぞ」
「うーん。それがいいのかしらね?」
「そうだぞ。マサルは修行をせねばならんからな。くだらん呼び出しになど応じている暇はない」
護衛としてすっかり居着いている師匠が言う。
「修行はおいおいですね」
修行もするけどすぐにはいやだ。俺はハネムーンの続きをしたい。だが行き先に予定していた帝国首都は完全に敵地アウェーの様相を呈している。お忍びでいくにも俺やサティくらいならともかく、全員でとなると目立ちすぎる。それとも平気だろうか。地元住民ウィルもいることだし、注意すれば多少の観光くらいは平気かもしれない。
だがそれも言ってみれば些事。些細なことだ。魔力酔いで臥せっていて暇で暇でずっと考えていたことがある。
異世界に来てあと一週間ほどで丸一年となる。
二〇年後の世界の滅亡のうち、一年分が過ぎようとしていた。そろそろみんなに話そうと思っていたのだが、考えると胃がキリキリしてくる。
「それで今後のことを話す前に……」
そう話し始めたところで、外が騒がしくなった。すぐにお客人です、そうオレンジ隊のエルフが部屋の外から告げた。
「誰も通すなと言っておったじゃろう?」
「それがその、ネイサン前宰相殿とヒラギス女大公陛下でして」
もうまもなく到着とは聞いていたが、結構早かったな。リリアが俺を見るので頷く。これはさすがに会わないわけにもいかない。
「応接間にお通しせよ」
すっぴんから装備を整えて会いに行くのは面倒ではあるが、ネイサン卿は話のわかる人物だそうだ。俺は一度、リゴベルド将軍との会合で見かけた程度だが、リリアたちは何度か会談をもっていて、ヒラギス国内でのやりたい放題を許可してもらっていた。
恐らく今回は挨拶程度で、ややこしいことにはならないだろう。
エルフの里から家具を運び込んでそこそこ豪華になっていた応接間に入ると、女大公とネイサン卿は立ち上がって俺たちを出迎えた。ヒラギス女大公は、齢一〇か十一だったか。幼さは残るがキリリとした表情をして凛々しい感じの少女だった。お忍びだからだろう、服装は簡素だったが、それでもそこはかとなく威厳が感じられた。
フル装備の俺を見て、ちょっとびっくりしたようだがすぐに気を取り直し、スカートをつまんで優雅に膝を折る礼をして喋り始めた。
「こにょたび……あ……」
いきなり噛んだ。そして途端に凛々しい仮面が剥がれ、おろおろし始めた。
「や、ち、違う。こ、こにょたび……」
果敢にも最初からやり直そうとするが再び噛んで、涙目になってあうあうと言いながら後ろのネイサン卿に助けを求めるように視線をやった。全員でぞろぞろ来たのはまずかったか。人数がいるところで話すとあがってしまうのはよく分かるのだが、こんなことでヒラギスの女王としてやっていけるのだろうか……
「大丈夫ですぞ、陛下。この方たちはとてもお優しい方々ばかりですから」
ネイサン卿が後ろでそう励まし、リリアも優しげに声をかけた。
「そうじゃぞ。ここは正式な場でもないし、我らは普段は冒険者をやっておっての? 礼儀作法など気にせずとも一向に構わん」
「そうだな。立ったままもなんだし、とりあえず座ろうか」
「ありがとうございます、守護者殿。さっ、陛下。こちらへ」
俺とリリア、エリーとアンが代表して座る。ヒラギス側は二名のみで護衛は部屋の外で待機していた。
「改めてご紹介致します。こちらカマラリート・ヒラギス女大公陛下でございます」
「カ、カマラリートです」
そううつむき加減で言う。こっちが素か。
「こ、この度はヒラギスのためにひとかたならぬご尽力を賜り、ヒラギス公国とヒラギスの民に成り代わり、深くお礼をもうしあげます。ほんとうにありがとうございました」
今度はなんとか最後まで言えたようだ。これでいいのかと言うふうにネイサン卿をちらりと見た。ヒラギスの今後は大変そうだ……
「うむうむ。こちらに着いたばかりじゃろうに、休みも取らずに挨拶に来たのか? 小さいのに偉いのう」
「いえ、あの。すいません、リリアーネ様」
「おや? 妾は名乗ったかな?」
「失礼ですが、調べさせていただきましたぞ」
「ほう」
すうっと目を細めるリリアにネイサン卿は落ち着いた様子で語り始めた。
「最初に断っておきたいのですが、我々は貴方がたに不利益をもたらす気は毛頭ないのです。貴方がたが居なければヒラギスをこれほど早く取り戻せなかったし、犠牲もこの程度では済まなかったでしょう。我々はただただ、感謝しておるのです」
「うむうむ。それでどこまで調べがついたのじゃ?」
「最初は聖女様の周辺を調べたのです。そこから冒険者ギルドに問い合わせをしたのですが……」
みんな普通に冒険者ギルドに登録してるし、居留地に居た頃は正体を隠す必要もなかったし。それもリシュラ王国まで問い合わせるまでもない。居留地の砦のギルドでも正式な依頼で荷物を運び込んだし、建物を造ったりちょこちょこ活動はしていた。俺たちの情報は当然持っていただろう。
そして一国家の代表に正式に問い合せをされれば回答しない理由もない。あるいは俺たちがもの凄く活躍したから礼とか騎士に取り立てたいみたいな好意的な話があったのかもしれない。冒険者ギルドとして推奨しないまでも、引き抜き自体は容認していてよくある話なのだ。
「ふむふむ。なるほどのう」
冒険者ギルドに登録している俺、サティ、エリー、アン、ティリカ、リリア、シラー、ウィル。
そしてそこまで調べがつけば、俺がエルフの守護者だろうことはよほど察しが悪くなければすぐに気がつく。
多少は隠せるかもと思ったが、そもそもの最初から無駄だったか。
それでもヒラギスではエルフに紛れての活動を徹底して、目立つアンあたりときっちり距離をおいておけば、どうにか隠し通せただろうか。
だが隠蔽も転移魔法の使い手がいるとわかると面倒だという程度の理由だったのだ。派手になるのは最初から覚悟の上だったし、さほど真剣には隠蔽してこなかったので仕方がない。
「マサル・ヤマノス殿。Aランクの冒険者で剣聖殿の弟子。王国では子爵になるのが内定しているそうですな」
「みたいですね」
「どうです。良ければこのままヒラギスに住みませんかな? ヒラギスでなら子爵などとケチなことは言いませぬ。陛下はさすがにやれませぬが、我が係累に適齢期の娘がおりましてな。これがなかなか器量良しでして、貰っていただければ王族の一員として、将軍でも宰相でも、むろん領地でも必要なだけいくらでも差し上げましょう」
荒れ放題の国でも魅力的に思う人もいるのだろうが、そもそも俺はそっち方面は食傷気味である。いまでさえやることが多いのに、これ以上面倒事は増やしたくない。
「申し出には感謝しますが、俺はすでに王国に骨を埋めると決めてますので」
バレたのならもう意味はないとヘルムを外し、そう答える。
「それにそのあたりはすでにエルフが申し出て断られているからのう」
「そうですか、残念です」
ネイサン卿はそう言ってあっさりと引き下がった。感謝を示すのと受けてもらえば儲けものくらいのことだったのだろう。しかし宰相に将軍か。まかり間違って承諾して、俺みたいな社会経験皆無な若造に任せてしまったら大変なことになるぞ。
「そうなると何をもって貴方がたの功績に報いれば良いのか……」
難しいところだな。生半可な報酬では到底足りないし、かといって何もなしではヒラギスの国家としての見識や体面が疑われる。地位と名誉が一番簡単ではある。あと女の子。お金は厳しい。これから復興だの戦費だのと色々と物入りだ。
俺としては俺たちに何かくれるくらいなら、ヒラギスを強く復興して、魔物からの攻勢にしっかりと対応してほしいのだが。
「ウィル、お前はどうだ? 領地とお嫁さん。喜んで譲るぞ」
「遠慮するっすよ。俺はフランチェスカさんのところに婿入りするんす」
「お前、告白もまだだろう……」
俺の言葉にウィルが目をそらす。
「フランチェスカ殿といえば、リシュラ王国軍を率いておられる?」
ネイサン卿が初めてウィルをしっかりと見た。冒険者ギルドでもウィルの素性は掴んでいないから、ただの冒険者だとでも思っていたのだろう。剣聖の弟子ではあるが、俺たちに混じれば実に地味な存在である。
「しかしあの方は公爵令嬢。もし身分差でお困りのようでしたら爵位の相談に乗りますぞ?」
ネイサン卿がウィルにそう声をかけた。
「あー、自分はそこそこいい家の出なんで、身分差には困ってないんすよ」
「ほう、ウィル殿は公爵家にも劣らぬ家の出でしたか!」
ネイサン卿はウィルに完全に興味を持ったようだ。ウィルに話を振ったのは失敗だったか。まあこいつはバレても家に連れ戻される程度。危険なことはなにもない。すでにバルバロッサの前でも名乗ってたしな。
「ええ、まあ。上に兄弟がたくさんいるので家は継げないっすから、こうやって外に出て色々と」
物は言いようである。帝国は大きな国だ。その気になれば王族のやるべき仕事や役職はいくらでもある。本当のところは能力的にどの兄よりも劣り、魔法も使えない。箸にも棒にもかからない扱いで、将来を悲観して家出してきただけである。
「ウィル……ウィルフレッド・ガレイ王子、様?」
俺たちの会話ですっかり蚊帳の外だったカマラリート女大公が、ぽつりと言った。
「うえっ!?」
驚いて声を出すウィル。おおう。俺もちょっと驚いた。
「ほう。そう思って見てみれば……若い頃のガレイ王によく似ておりますな」
「ナ、ナンデ!?」
「ええっと、わたくしももうすぐ適齢期でしたので、他国の王族がたの調査をやっておりましたのよ」
帝国の隣国で小国のヒラギスにとって、帝国の王族、それも直系ともあれば嫁に出ても婿に取ってもどちらでも非常に美味しい。兄弟がたくさんでも一番下のウィルの年齢が近く、チェック済みだったようだ。
本来であればカマラリート女大公には幼い弟がいて、そっちが大公を継ぐ予定だったという話だ。しかし年齢がまだ3つか4つくらい。さすがに無理があると、この動乱の最中にカマラリートが後を継ぐこととなった。
一〇歳から婚活かあ。異世界の王族も大変だな。
「こいつ家出してきてるんで、このことはご内密にお願いします」
「ご家族はここにいることを知らないと?」
「ええ」
「たしかウィルフレッド王子は剣聖殿のお弟子で、常に最前線に居て部隊の指揮を執ったり、切り込み隊に加わって非常に勇敢に戦ったとか……」
俺のパーティの一員だ。そのあたりの活躍は調査済みだったようだ。しかしそれだけ言うとすうっとネイサン卿の顔色が白くなった。
「よ、よくぞご無事で」
老練な政治家であるネイサン卿の声がちょっと震えていた。知らなければ平和だったのにな。俺も話題を振ったとはいえ、ウィルの不用意な一言が悪い。俺はたぶん悪くない。
「ほんとにねえ」
エリーが実感の籠もった声音で言う。もしこいつに何かあれば、本人の自己責任とはいえ、帝国がどういう行動に出るか。
ガレイ王は必要とあらば肉親すら躊躇わず切り捨てるほどの非情な人物らしい。他国で自分のところの王子が死亡。難癖はつけ放題だろう。実家が帝国の男爵家であるエリーにとっても相当に頭の痛い問題である。
「まあ。ウィルフレッド王子はそのような活躍をなさったの! わたくし、詳しくお話を聞きたいです!」
「ええ、まあ。そのうちであれば……」
「約束ですよ、ウィルフレッド王子!」
「あの、名前はウィルと。少々はばかられる身分なので……」
「はい、ウィル様ですね」
さきほどまで俯いていた女大公陛下がにっこにこである。ウィル、王子でイケメンだしなあ。そのうえ剣聖の弟子だったり、最前線に立ったり、武勇も兼ね備えている。
「陛下はウィルフレッド王子が気に入りましたかな?」
「き、気に入っただなんて、おじいさま……」
そう言って頬を赤らめている。めっちゃ気に入ったようだ。これ、ネイサン卿にロックオンされたんじゃね? 俺は結婚相手としては最悪だし、ウィルなら俺よりはるかに立場もよく、女大公陛下の婿としても見劣りはしない。フランチェスカの名前が出たが、国家同士の結婚の前では恋愛感情など、それこそ塵芥のように扱われる。
「……それで何の話じゃったかの?」
完全に脱線した話を引き戻すべくリリアが言う。そうだった。俺たちへのお礼の話だな。
「恩賞、いかが致しますかな……」
「正直、何がほしいとかはないのじゃ」
むしろさらに追加で支援する用意がある。
「此度の戦いは我らエルフの名声を高めるのに利用させて貰ったに過ぎぬ。最後は少々立て込んでおったが、もとは数百人を義勇兵として動員した程度。結果として大きく貢献したようではあるが、恩賞など端から求めておらぬ」
そう言われても簡単に引き下がれないのが責任者の辛いところである。
「それではこれは貸しにしておきましょう」
困った様子のネイサン卿にそう提案してみる。
「ヒラギスが完全に立ち直ってから……一〇年後か二〇年後にでも、俺たちやエルフが困っていたら、ヒラギスは全力で助ける。それでどうです?」
我ながらひどい罠だ。だが、助けはどんな助けでもかき集めておく必要があるし、どっちみちヒラギスも否応なく巻き込まれるのだ。
「しかしそれでは……」
「わたくし、エルフやウィル様に受けた恩、終生忘れませんわ。ヒラギス女大公の名に誓って、このご恩はきっとお返しします」
「ヒラギス女大公陛下の誓いの言葉、確かに聞いた」
そうティリカが言った。当然ティリカの存在は知っていたはずだ。真偽官の前での誓いの言葉は重い。
「今はそれで十分です」
迂闊に誓われた言葉だったが、それでももう取り返しがつかないとネイサン卿はしっかりと頷いた。
「とりあえず現実的な話をしましょう。恩賞を配る謁見とかを予定しているのよね? その時に、名誉やら友情やら適当に言葉で散々にエルフを持ち上げればいいと思うわよ?」
「エリーはぶっちゃけるのう。じゃがまあそういうことじゃ。我らが得たエルフの名声は何よりの報酬じゃ。いまはそれで良い」
とりあえず文面を考えて持ってくるので確認してくれということで落ち着いて、何か名案が浮かべばまた相談に来ると、二人は辞去していった。
恩賞を発表する場はおそらく一カ月後くらいになるだろうとのことだ。それにしては気が早いことだが、領地や地位もからむとなると調整に時間がかかる。それで一番の功労者である我々に真っ先に声をかけにきたのだろう。
「ウィル、お前さっさと告白しとかないと、あれ完全に狙われてるぞ」
ウィルがヒラギスの大公になる。すべてが丸く収まる名案であろう。
「うう。やっぱりそうっすよね……」
フランチェスカはまだヒラギスに滞在中で、部隊を率いて残存している魔物の狩りをしてまわっている。帰りは俺たちが転移で送る約束だから、会えないという心配はない。だがウィルは修行とヒラギスでの作戦中、まったく進展がなかったようなのだ。
まあどっちの期間も大変でそれどころじゃなかったしな。これからゆっくりとでも考えたのだろうが……すまんな、ウィル。
「邪魔が入ったな。俺のほうの話の続きをするか」
「そういえば何か言いかけてたわね。今後の予定の話だっけ?」
「うん、俺がこっちへきてほぼ一年になるよな」
最初のうちはどうにかして生き延びることで必死だった。それが一年でこうだ。二〇年のうちのたった一年。その短期間によくぞこれだけたくさんの仲間を集めたものだ。成果は上々と言っていいだろう。
「こっちに来る時に伊藤神……いや、イトゥウースラ様からいくつか神託を賜ったんだが、一つだけみんなにも言ってないことがある」
そこで言葉を切って、ふむふむと興味深げに聞いている仲間を見回す。サティ、エリー、アン、ティリカ、リリア、ウィル、シラー、ミリアム、ルチアーナ、シャルレンシア三姉妹。そして師匠。
みんな信頼できる仲間だ。
「この世界は二〇年後に滅亡する」
それだけ言うと目を閉じて、俺は深々とソファーに腰を沈めた。
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