230話 ヒラギス北方戦役 〜終結〜
俺はいま、めっちゃ動揺している。
「ええ、うっそ。マジ?」
アンにはまず名前をつい呼んじゃったことを謝られたその後である。名前はまあいい。俺もヘルムを投げ捨てちゃって、素顔を晒してたし。
「マジ? ええと、確かに一カ月だったはずよ」
禁呪の術者の死んだ期間、一年だと勘違いしてた。
「私はてっきりヴォークト殿が気に病まないように多く言ったのかと思って黙ってたんだけど……」
術者の死んだ期間は一年で、代償になるのは多めに見積もっても寿命一年分程度かと思っていた。それが一カ月だとすると、代償は三年、あるいは五年? 使用頻度が三日に一回程度だとすると、一〇年分ということもありうる。
「一カ月……一カ月かあ……」
俺の寿命が一〇年分。
「もう二度と、絶対に、使わない」
絞り出すように、心底からそう言う。
「そ、そうね。それがいいわよ」
「ちょっと……しばらく誰も通さないでくれる?」
動揺しすぎてきっと酷い顔になっている。それだけ言ってアイテムボックスから引っ張り出して設置してあったベッドに潜り込む。
ありがたいことにエルフたちが俺のために小さい個室を用意してくれたのだ。そこで自爆の炎で焼け焦げた鎧も脱ぎ、久しぶりの楽な服装である。予備の鎧はあるから装備しておいたほうがいいのだが、いまはそんな気にまったくなれないし、体調もよろしくない。サティ、戻ってこないかな。サティに甲斐甲斐しくお世話されたい。
アンのお世話もぜんぜん悪くないんだが、すぐ扉の外に人が居る状況では、アンに濃密なお世話は期待できない。ミリアムもいるんだが、ミリアムではべたべたに甘やかしてはもらえないし、また護衛で役に立たなかったので、いまのテンションは最低である。ずっと一言も喋らず、ちょっと思いつめた感じで影のように俺に付き従っている。いまは俺もミリアムを励ましたいような気分じゃないしな……
「そういえばリリアたちはどうしてるんだ?」
俺を心配して真っ先に飛んできそうなものだが。
「ダークエルフが出たでしょう? エルフ総動員で砦中を調べて回ってるのよ」
あのダークエルフの侵入方法や足取りを調べるため、聞き込みなどをしているようだ。
そうか。みんなやるべきことをやっているんだな。
「アンも忙しいだろ? ミリアムもいるし俺はここで大人しくしてるから仕事に戻っていいよ」
もちろん部屋の外には師匠を含めて護衛が居てがっちりと守りを固めている。
「そう? ほんとに大丈夫?」
「大丈夫。俺は大丈夫だ」
俺の一〇年。一〇年あったら何ができただろうな。
「ティリカのほうは……順調だな」
(どうしたの? 何かあった? そう? 暇なの?)
そうだよ。退屈だ。そう召喚獣のフクロウで鳴くとティリカがなでなでしてくれたので目を細める。
「ああ、緊急時の部隊はそのまま軍曹殿に率いてもらってくれ。いまは師匠も俺の護衛についてるしな」
万一ティリカのほうで魔物との衝突が起こるなら、砦からも部隊を出す手筈になっているのだ。
「わかった、伝えておくね。じゃあミリアム、あとをよろしくね?」
「はい、アンジェラ様」
アンも去り、急にすることが何もなくなった。
……しょうがない。暇だからミリアムのフォローをしておくか。
「よし。装備を脱げ」
唐突にそう命令する。
「え、でも」
「いいから。何かあっても装備をつけ直す時間くらいある」
装備を外した薄着のミリアムをベッドに引っ張り込む。夏である。装備を剥ぎ取れば、俺もミリアムもほぼ下着だ。
ミリアムも抱き心地がいいんだよな。胸もしっかり大きくて、顔を埋めるととても幸せな気持ちになれる。
いや、こうじゃないな。俺が慰められるんじゃなくて、ミリアムを慰めるんだった。
「どうした、元気ないぞ?」
俺の言葉にミリアムはぴくりと体を震わせた。元気のない理由は言わずともわかるのだが、まずは一応聞いておこうか。
「ごめんなさい。わたし、いつもぜんぜん上手くできなくて。マサル様のお役に立てなくて、ごめんなさい」
胸に顔を埋める俺をそれでもしっかりと抱きしめながら言った。嗚咽も漏れ出した。これは重症だな。
「いいんだ。そんなにいつもいつも上手くいくわけがないんだから」
さっきの襲撃でまともに動けたのは軍曹殿だけだったよと付け加えるが、あまり慰めにはならなかったようだ。余計に泣き出した。
思えばミリアムも可哀想なやつなのだ。祖国を蹂躙され、居留地では餓死しそうになり、自分を奴隷商に売る寸前まで思いつめ、やっとお金持ちに引き取られたと思ったら否応なしに剣の訓練をさせられ、護衛というまったく向かない職につけられ、護衛対象の主人は常に戦争の最前線で、自分も何度も最前線に立たされる。
しかもまったくのド素人からの、訓練期間はわずか二カ月である。そこから激戦のヒラギスに一カ月以上。
こうして見るとブラックもブラック。そのストレスは相当なものだろう。ミリアムは加入したタイミングが非常に悪かった。
「ミリアムはちゃんと役に立ってるよ」
たまにミスもするが、剣も弓も一級品。うち以外ならどこへ行っても即、エースオブエースになれるだけの実力は備えているのだ。師匠はあの剣聖だし、もし存在が明るみに出ればスカウトはひっきりなしだろう。
俺が異世界に来てそのくらいの時期、何してたっけ。エリーとドラゴンを倒してサティを買って、ハーピーにやられそうになって。ゴルバス砦で二カ月目くらいか。その時の俺と比べたらミリアムのほうが絶対に強いな。だが戦闘力は加護で上がっても、メンタルばかりは時間をかけてなんとかしていくしかない。
「生きていくってのはつらいよな」
軍曹殿を救うためとはいえ、一〇年分の寿命を消費したばかりである。その言葉にはとても実感がこもっていたことだろう。
「はい」
「でもいいことも楽しいこともいっぱいあっただろう?」
「はい」
「俺もな。こっちへきて結構つらい目に遭ってな」
まあミリアムほど過酷じゃないが。
「どこか魔物の居ない安全な場所で、農地でも作って暮らそうって考えたことがある」
考えたというか、エリーやアンに実際そういう話をしてたな。その時は即座に却下されたけど。
「ミリアムもな。ほんとうにつらいなら、逃げてもいいんだぞ。俺の傍にいればたぶんずっとこんな感じだろうし」
ビエルスでもいいし、ヒラギスに戻ってもいい。それか村で俺のメイドをまたやってもいい。ミリアムの今の力なら、どこでだって立派にやっていける。そんなことをヒックヒックと泣いているミリアムにつらつらと話す。
「す、捨てないで……見捨てないでください……もっと、もっとがんばりますから」
だがミリアムはそう言って俺をぎゅうっと強く抱きしめた。
「うんうん。見捨てたりはしないよ。ミリアムが望むならずっと俺の傍にいるといい」
「はい、ずっとお傍に……」
「よしよし。ずっとだな。ずっとだ」
今日乗り切れば軍が北方砦を押さえてくれて、かなり楽になるはず。
「だからもうちょっとだけがんばろうな」
「はい」
もし魔物が諦めなければ、俺の回復を待ってもう一度、今度こそ徹底的にやるしかない。
「聞いてるかもしれないけど俺たち本当はエリーの実家に行って、そのまま帝国の首都とかに遊びに行くつもりだったんだ。ヒラギスに片がついたら、ミリアムも一緒に旅をして、遊んだりのんびりしたりしような」
のんびりできるかね……いや、するのだ。強い意志で。邪魔はいれさせない。ハネムーンの続きをするのだ。
「はい、楽しみです」
ミリアムの声がやっと少しは明るいものになった。俺もミリアムを慰めてたら気分が落ち着いてきた。そして格好が格好だしムラムラしてきた。
体勢を変えてミリアムを組み敷く。昨日、バルバロッサ将軍のところへ支援に行った帰り、ミリアムがヒラギスを支援してくれたお礼をしたいって言っていたのを思い出した。
「あの……マサル様は体調が……」
「大丈夫大丈夫。ちょっとだけ、ちょっとだけだから」
泣きはらした顔もかわいいな。まあ激しい運動じゃなければ体調が悪化するとかはないだろう。
「でもほんとうにいいのかなー? 俺といるといつでもこんなことをされちゃうんだぞー?」
「あ。だ、大丈夫、です」
涙が塩辛い。だが俺が色々言ったりちょっかいを出したせいで、すっかり止まってしまったようだ。残念。そういえばしばらく誰も通さないよう頼んであったな。ちょっとだけとかの必要はない。ここはじっくりと――
――ゴミを始末し、軽く浄化……はダメか。魔力酔いだった。アイテムボックスに水が少し入ってた。タオルを出して軽く拭くだけにしておく。ベッドも仕舞っておこう。これで痕跡はほぼなくなったはずだ。
やることをやって冷静になった。
「いつまでもグダグダしてても仕方がないな。きちっとしておこう。きちっと」
いつまでも余韻に浸っている場合でもないと、気合をいれて起き上がる。
「はい、マサル様」
ミリアムもすっかり元気を取り戻したようだ。良かった良かった。ミリアムに手伝ってもらって下着も全部替えて新品の鎧を着込む。
「若いのう」
部屋を出たところで師匠にそうからかわれる。
「健全な証拠ですよ」
人間の三大欲求なのだ。ミリアムは顔を赤くしたが、何を恥ずかしがることがあるものか。まあ必要以上に周囲にバレないに越したことはないけどな!
ティリカのほうは変わらず順調か。召喚、あんま気にしないようにしてたけど、魔力酔いに悪影響はどの程度だろうな。レベル1召喚なんで魔力消費自体ごく微量だし、それで具合が悪くなってる感じはない。距離があると維持にティリカのほうで魔力消費の負担をしてくれるシステムがあるから、それで助かってるのかもしれない。どっちにしろ消すって選択肢はなるべく取りたくないから、現状維持だ。
もう一つ考えられるのは、いまの状態の悪さが魔力酔いなどではなくて、禁呪の代償だという可能性。これは考えてもわからんな。検証するわけにもいかないし、神殿が禁呪の資料でも隠し持ってないだろうか? まあこれもすぐには無理だし、そもそも正面から見せてくれと言うわけにはいかない問題である。
「軍の移動は順調だ。ダークエルフの調査はどうなってるんだ?」
護衛を引き連れ居間へと移動し、誰へともなく尋ねる。するとリリアが来ているらしくすぐに呼んできてくれた。
「すまぬ。我らエルフが雁首を揃えながらダークエルフの侵入を許し、あまつさえマサルに手をかけられそうになるなど言語道断。マサルには顔向けができん」
開口一番、リリアはそう言って深々と頭を下げてきた。
「謝罪は後でたっぷり承ろう。調査してたんだろ? どんな感じなんだ?」
まあそもそもリリアやエルフに落ち度があるわけでもなし。
「うむ。まず使われた麻痺毒じゃが、該当するものがあった。魔法使いを無力化するために使われる麻痺薬の一種だそうじゃ」
効果はあるが持続時間が短すぎるのと、体も一緒に痺れてしまうのであまり使われていないそうだ。
「独特の甘い匂いがするのでな。覚えておいて素早く息を止めて風で吹き散らかせば、恐らくそう脅威ではないはずじゃ」
そんな単純な対策では効果のほどは不明だが、周知しておけば少なくとも今回のような、全滅する事態は防げるだろう。
「件のダークエルフであるが、侵入経路はいまだ判明しておらぬが、普通に兵士たちに色々聞いて回っておったそうじゃ」
侵入経路は砦のどこからでもあり得るだろう。時間的に夜間だったろうし、どこの時間帯でもそこかしこで散発的に戦闘はあったのだ。
「普通に?」
「普通に、堂々とじゃ」
ううむ。外からのスパイの侵入なんてまったく警戒してないしなあ。
「人相書きを作ったのじゃが知っておる者がおった。名前はアデラルード。少なくとも三〇〇歳以上。我らを何人も倒してくれた、ダークエルフの幹部と目される者じゃ」
「剣の腕はかなりのものだったな」
「だからやっかいでの。魔法も使う。剣の腕も立つ。そのうえ毒物を好んで使う。一対一ではまず返り討ちじゃな」
逃げ足も速そうだった。それに毒物に耐性でもあるのだろうか。麻痺毒の中で普通に行動していた。それとも中和剤とかを事前に服用とかか?
そういった俺の疑問に答えたり、情報を整理したりして、最後にリリアは、今度見かけたらぶち殺してくれると姫様らしからぬ言葉で報告を締めくくった。
「まあこっちも警戒してるし、当分出てこないだろうな」
そこまで頭が悪いとかそういう感じでもなかったが、しかしペラペラ情報をしゃべってくれたあたり、ぽんこつ臭はするな。
「そういえば名前までわかってるんだ?」
「うむ。過去には普通に話しかけてきたこともあったらしいの」
馬鹿にしおって。そうリリアが吐き捨てる。お話好きなのかな。襲撃中もずっと一人でしゃべってたもんな。
そもそもがダークエルフは指名手配のような感じでエルフの中では情報が出回っており、外の世界に出るようなエルフは当然その情報に接しているそうな。だが今回はヒラギスへの大量動員のせいで、その情報を知る者が少なかったということのようだ。
それでも髪と肌の色を変えて変装していたダークエルフを見抜いたエルフが護衛の中にはいた。
「ところであの麻痺毒の中で魔法を使ったそうじゃな? どうやったのじゃ?」
「あー、あれね。麻痺で魔力の集中はできなかったんだけど――」
魔力を制御せずに魔法を発動させる。集中がいらない分、うまくすれば最速の魔法になるんじゃなかろうか。ただ他の、普通の魔法使いは使えないな。集中せずとも十分な魔力が確保できる俺や加護持ちくらいの魔力が必須だし、俺の魔力でもひどいやけどを負わせるくらいで精一杯。威嚇用と割り切るか、魔力集中を少し付け加えるか。
前回みたいな自爆はごめんだから最低限距離は離して、ただの炎をぶっ放す。近接戦闘用となるだろうが、詠唱を短縮したエアハンマーよりかなり出が早くなるはず。魔力酔いが治ったら実験しないといけないな。
「だから次に作る鎧は耐火性能がもっとほしいな」
そう説明を締めくくる。
「おお。鎧といえば、ヘルムを回収しておいたぞ。相当焼け焦げておるのう」
リリアは俺の装備マニアである。装備に限らず、俺の使った色んなお古なんかももれなくコレクションして、コレクション部屋があって大事に飾ってある。このヒラギスでずっとお世話になった鎧一式もリリアのコレクションに加わるのだろう。
しかしヒラギスでは怪我をすまいと誓ったのに、最後の最後にアヤが付いたな。それともあれは自爆だからノーカウントでいいだろうか? うむ、そういうことにしておこう。
「ところで防衛のほうはいいのか?」
「それなのじゃが明らかに敵の数は減っておるの。じゃが撤退かどうかはどうにも判断ができん」
知るには偵察が必要か。いまは無理だな。もちろん不可能という話でもないが、敵の警戒が厳しすぎる。間違いなく俺たちの威力偵察が原因で警戒されていて、誰かがフライで飛び立っただけでハーピーがわらわら出てきたそうだ。
ティリカもいまは軍の輸送にかかりきりでどらごは出せないし、犠牲を覚悟してまでやるほどのものでもないだろう。
そのティリカの方はやっと半分ほどか。様子を見るついでにこっちは順調だと取り決めた合図をしておく。俺の襲撃は知らせてないがそれは軍の動きには関係がない。すでに終わったことではあるしあえて知らせて心配させる必要もないだろう。
それに詳しい情報を伝えるには伝令を出す必要がある。こっちから出すのは危険だし、転移で公都方面から送ることもできるが、俺の転移や支援が使えなくなった以上、魔力はなるべく温存したい。
動けないのがもどかしい。
「俺に何かできることは?」
「将は堂々と構えておれば良い。もはや趨勢は我らに傾いておる。これはもはや勝ち戦ぞ」
相変わらず楽観的というか、自信家だな。
「そういえば俺の話は広まってなかったか?」
リリアが困ったように俺から視線を外した。
「ここにはビエルスの者が多いじゃろう?」
ビエルスだと俺はかなり有名だしな。守護者の格好での剣聖との絡みも多かったし、サティはもちろん、ウィルやシラーちゃんも名前はかなり売れている。勇者疑惑が出た時点で、かなり特定されてた可能性は高いし、まあこれは仕方ない。疑いが確信に変わった。それとも疑惑に答え合わせをした。その程度だろうか。
本気で隠蔽しようとすると相当気を使って、行動の制限も必要となる。それは正直めんどくさかったし、勇者だ禁呪だみたいな事態になるとは思わなかったのだ……
「死者蘇生の件はわからぬな。聞いて回るわけにもいくまいし」
ただ、話題になってるような気配はないらしい。こっちは聖女様たちの口止めが効いているのだろうか。
「どっちもこれまで通り、知らぬ存ぜぬで押し通すぞ」
「うむ、そのようにしておこう」
勇者認定など絶対に御免であるし、禁呪を使った罪とかで神殿に追及もされたくない。ただ、禁呪の情報はほしいのだが、何かいい手はないものか。
たしか聖女の擁護派が上層部にいるとか言ってたな。その伝手を辿ってみるか。どっちにしろ聖女認定の話はヒラギスが終われば放置ってわけにもいかないだろうし。
だがそのへんはアン次第。対応するか、無視するか。まあ無視してもまた追いかけてきそうではあるが。
なんにしろすべてはヒラギス奪還作戦を終わらせてから。
神託クエストは……当然ながら変化なし。まだまだ戦いは続くようだ……
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「シ、失態ダナ。ア、アデラルード」
「勇者を殺せなかった……以上……約束どおり……我らは……撤退する……」
「構いませんな、偉大なる王よ?」
「良い。好きにせよ」
見たところ、砦の兵は相当疲弊していた。だからこその勇者の奇襲だったのだろう。このまま続行すれば、あるいはヒラギスを再度奪還できたかもしれぬものを。そう思いながら三体のオークの王が去っていくのを苦々しく見送る。
あの麻痺毒も今後は対策されよう。たくさんのエルフを始末した便利な薬だったのだが。
「意気揚々と出て勇者を取り逃がすばかりか、手ひどくやられたようだな。アデラよ」
怪我はポーションで治るが、髪はそうもいかない。焼け焦げてチリチリになった髪は短く切りそろえざるを得なかった。
「申し訳ありません、我が主。剣聖の手下に邪魔されました」
勇者にも腹が立つが、邪魔をしてくれたあの剣聖の手下め。剣聖もよくよく我らに祟ってくれるものだ。
「剣聖……父の仇」
「はい、我が主」
「いまだ彼奴は健在。我の力は父に遠く及ばぬ」
「はい、我が主」
「……その勇者、味方にならんか?」
「は?」
「魔族世界の半分の支配権と我の副王の地位を約束しよう。アデラよ、交渉してまいれ」
「はああああああ!?」
「不服か?」
「でもでも! エルフですよ!」
あんまりな主の言葉に思わず素に戻ってしまう。
「お前も元はエルフではないか」
「そうですけど」
「人手が足りないと常々嘆いておったではないか? 今代の勇者は間違いなく優秀な人材だぞ」
「危うくこの離宮も焼かれるところだったではないですか!」
いまも部屋の中にまで森の焼ける、焦げ臭い匂いが充満している。
「空から何度も何度も降り注ぐ火球の数々。美しい光景であったな……」
そう言ってうっとりと目を瞑る我が主。
「どうした。行かんか」
「はい、我が主……」
先ほど襲撃して勇者を殺しそうになったばかりで相当警戒してるはずだ。潜入だけなら簡単だが、勇者には近づくのすら容易ではないだろう。
どうしよう……
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「魔物が撤退を始めている?」
「うむ。ほぼ間違いなかろう。ハーピーどもも大挙して飛び去っていっておる」
「んー。念の為、もう少し様子をみようか」
神託はいまだ変化なし。とりあえず北方砦を押さえただけで、ヒラギスにはまだかなりの魔物が残っている。気は抜けない。
ティリカと軍は砦から小一時間程度の場所まで進んで、いまは最後の小休止をしているところだった。
召喚獣のフクロウでティリカの注意を引き、魔物が撤退したかもしれないという合図を送る。
かもしれないだ。一旦引いて、態勢を整えてまた反撃に出るなんてことも十分あり得るからな。
しかし魔物の撤退の動きはその後も変わらず、ティリカたちは歓呼を以て砦に迎え入れられた。
そして翌日、魔力が十分に戻った俺たちパーティの手によってヒラギス公都を奪還。
「神託はなされた」
留守番の俺は、引き続き俺の護衛をしているミリアムだけに聞こえるよう、そう告げた。ミリアムは緊張の糸が切れたのか、感極まって泣き崩れた。
「さあ、家に帰ろう」
こうしてヒラギス北方戦役と呼ばれることになる数日間の戦いの幕が引かれ、ヒラギスの民はその国土を事実上取り戻した。
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