229話 ヒラギス北方戦役 〜そのひとかけらの命の価値は〜

 だが本当にそうか?


 ダークエルフも魔法が使えないと嘯いて、俺の炎をまともに食らっていた。


 心臓が止まった者の蘇生限界は二〇分、それとも三〇分か? しかし単純な心停止とはとてもいえない。何度も剣を叩きつけられ、お腹を深々と突き刺された。そこに即効性の猛毒。回復魔法があるとはいえ、心臓マッサージ程度で復活するとは到底思えない。




「マサル……?」




 黙り込み動きを止めた俺に、心配そうにアンが声をかける。




「大丈夫だ。俺は大丈夫」


 


 軍曹殿の傍に跪いたままアンにそう答える。死者などヒラギスでは日常だった。中にはオークに叩き潰された無残な死体を目にしたこともある。この程度。




 落ち着いて考えろ。可能性はある。


 禁呪。あらゆる病や欠損すら治したという禁じられた治癒術。術者の生命力を削り、やがて死へと至らしめるというが、一人くらいなら。


 でもどうやるんだ? ダメだって言われたくらいで諦めないで、こっそり練習くらいしておくんだった。


 軍曹殿が倒れてから何分経った? 時間がない。




「神よ、伊藤神よ。もし今、俺のことをご覧になっているなら聞いてほしい」




 ここは困った時の神頼み。




「マサル?」




 アンが不思議そうに俺に声をかけた。




「代償に差し出すは俺の命、そのひとかけら。俺はこの人をどうしても失いたくない」




「ダメ、ダメよ。それはダメ!」




 アンの悲鳴にも近い制止を無視して魔力を高めていく。




「神よ。今こそここに真の信仰を捧げる。捧げると誓う」




 光が周囲に集まってくる。俺の、倒れた軍曹殿の周りに集まった者たちが息を飲むのがわかった。


 正直、伊藤神のことは仕事上の上司程度にしか思ってこなかった。もしこの魔法を成功させてくれるなら……いや、成否に関わらず、今後俺は神を心から信じよう。だから、




「これは貴方の忠実なる使徒の最初の願い。神よ、神よ。もしこれを聞いているならどうか俺の願いを聞き届けてほしい。俺には貴方の助力が必要だ」




 お願いも何度もしたような気がするし、いつだって加護に頼ってばかりいたかもしれない。




「お願いよ……それは……」




 アンがささやくように小さな声で懇願した。もはや魔法は発動待機状態となっている。


 すまない、アンジェラ。




「奇跡の光ライト・オブ・ミラクル」




 回復魔法が発動した確かな手応えがあった。俺から膨大な魔力と何かが抜け、土気色だった軍曹殿の顔がみるみると生気を取り戻していく。


 軍曹殿の胸で組んでいた手がぴくりと動き、すぅーと息を吸うと、いきなり咳き込みだした。




「軍曹殿、しっかり! 大丈夫ですか!?」




 成功した。成功したぞ!




「う、マ……マサルか。無事、切り抜けたのだな……」




「ええ、ええ。軍曹殿のお陰です」




 当然のようにあたりはいま目の当たりにした光景のことで騒がしい。完全に死んでいて、しかも聖女様が死者へ捧げる祈りをしていたのだ。




「し、死者が蘇生した!?」


「神が応えた……神の奇跡」


「なんと偉大な力か……」


「どういうことだ? あれってどうみてもエルフじゃないぞ」




 人払いをしておくべきだったか。だが騒ぎを聞きつけて相当な数の兵士たちも集まってきていたし、一刻を争う状況だった。勇者だなんだと言われてるのだ。今更か……今更か?




「俺は……致命傷……猛毒の短剣も食らったはずだが……」


 


「治癒魔法がぎりぎりのところで間に合ったようで」




「ええ。治癒魔法が間に合ったようですね」




 俺の適当な誤魔化しにアンも乗っかってきた。




「皆もいいですね? 聖女の名において、この場では変わったことは何もなかった。通常の治療行為が行われただけ」




 そうアンが強く言い切る。




「はっ、聖女様。ここではいつもの、通常の治療が行われただけ。それ以外我らは何も見ませんでした。そうだな? 皆も」




 常に聖女に付き従っている騎士団長がそうドスを利かせた声で言って、周囲を睥睨する。




「もちろんです。我々は何も見なかった」




 エルフたちも口々に言って頷きあい、あたりの兵士たちにも睨みを利かせる。そのやり取りに軍曹殿が怪訝な顔を見せる。




 ヘルム……邪魔だったから取っちゃってるよ。この格好で顔出しして誤魔化しはもう無理だろうなあ。まあもともと守護者の中の人が誰かは、知ってる人は知っているという程度の情報で、バレるのは時間の問題だと思っていたのだ。


 あー、でもなあ。守護者の正体とか、信仰心とか、命のひとかけらとか、大事な何かを一斉になくした気がする。




「立てそうですか? どこか具合の悪いところはないですか? かなり血を流したんで当分動かないほうがいいですよ。歩くのが無理なら俺が運びましょうか?」




「ふむ」




 そう言って体の傷の具合を確かめ、軍曹殿はゆっくりと立ち上がった。




「不思議だ。かつてないほど具合がいい。運んでもらう必要はなさそうだ」




 そう言ってもう一度、血の海と言っていいほど血溜まりができている足元を、怪訝そうな表情で見る。すぐにわかるような後遺症はないようだ。あらゆる余計なことを一切すっとばして治療にかかったのは正解だったな。




「それは良かった」




 欠損も治すんだっけ。血も補充されたのかな。無くしたものは色々だが……後悔はない。


 ふと俺たちの血まみれの姿にようやく思い至って浄化をかけておく。




「膝……膝の痛みがない?」




 軍曹殿は俺がかけた浄化にも気もそぞろで、しきりにぐっぐっと膝を伸ばしたり屈伸をしたりしている。




「かなり強い治癒術を俺と聖女様でかけたんで、そのせいかもしれませんね?」




 ずっと昔に故障した膝程度、当然治るんだろうな。まあ死者が蘇生したことに比べると軽い軽い。


 いや、それよりも俺のほうの具合がなんだか……これが、禁呪の代償か?


 急にフラフラとなった俺は、アンと軍曹殿に両脇を抱えられ拠点へと戻ることとなった。顔出しはまずいんじゃね? という声に顔を誰かのローブで隠した状態で。


 犯罪者かい!




「魔力酔いだわ、これ」




 拠点の居間の椅子に深く腰掛け、落ちついた状態で自分の状態を確認してそう言った。


 ただの魔力酔い。もともと過労ペースだとは感じていたのだ。ここまでよくもったほうだろう。禁呪を使ったのは、最後のひと押しになった程度のはず。一回使うごとにこんなに具合が悪くなってたら、最初に禁呪を開発した人も、そうぽんぽん使わなかったろう。




「すまんが魔力酔いになったから支援魔法は打ち切るって、砦に知らせてまわってくれないか?」




 護衛のエルフにそう指示を出す。死んでいた軍曹殿がぴんぴんしてて、俺が寝込むとか、どういう状況だこれ。




「軍曹殿も念の為に体調を見がてら、俺の護衛を続行してください」




「わかった」




 軍曹殿にも事情を話しておいたほうがいいだろうな。禁呪の使用に関しては神殿がどう動くか判断できない。バレなければそれが一番いいのだが……




「マサル、襲撃されて危なかったんだって?」




 そこに師匠がのんびりとした調子でやってきた。寝坊だよ、師匠。護衛失格だわ。しかし前日無茶をしたのもあって、休ませていたのは俺たちである。ホーネットさんが休ませるよう強く主張したのもあるが、いくら馬鹿みたいに強いって言っても一〇〇歳の老人に無理はさせられない。




 朝まではきっちり護衛は付いていたし、そこから軍曹殿に交代。結果として軍曹殿は俺を守りきり、護衛の任をきっちりと果たした。


 確かに師匠がいれば結果は違ったかもしれない。師匠は異様に戦闘勘がすぐれているところがあるから、もしかすると麻痺毒を撒かれる前にどうにか対処できたかもしれない。だがそれはどこまでも結果論だ。




「危なかったなんてもんじゃなかったですよ。もうダメかと思いましたね」




 修行が……、そう言いかけたのを遮る。剣の修行であんな襲撃はちょっと防げないんじゃないだろうか。




「毒です。無色透明の麻痺毒を撒かれたみたいで。みんなで仲良く倒れましてね?」




 その時の状況を掻い摘んで説明する。麻痺毒を使った上で猛毒の短剣で殺しにかかるなんて迂遠な方法を取ったのは、精霊がいるからだろうか。危険を察知した時点で精霊のガードは自動で発動する。術者が判断することもあるし、精霊も自己の判断で術者を守ろうとする。単純な毒だとあのように一網打尽にするのは無理だろうし、術者を毒で倒したところで精霊が即座に無力化するわけでもない。




「ほう。それで良く助かったものだ」


 


「軍曹殿が身を挺して盾になってくれまして。でなかったらあれは死んでたでしょうね。ほんと、ありがとうございます」




 そう言って軍曹殿に頭を下げる。あと神様。禁呪を成功させてくれてありがとう!


 でも感覚は覚えたから次は自力でいけそうな気がする。




「よくぞマサルを守ってくれた。礼を言うぞ、ヴォークトよ」




「はっ。しかしこやつを失うくらいなら、この身を投げ出す程度、安いものでしょう」




 決して安いとは思わないが、俺のためにありがたい話である。やはり頼りになるのは軍曹殿だ。あとで軍曹殿も拝んでおこう。




「それで軍曹殿には話しておかないといけないことがあるんですが……」




 改めて聞かれてまずい人間がいないか確認するが、もとより拠点内は関係者以外立ち入り禁止だ。アンも大丈夫だという風に頷いた。




「これは絶対に他言無用の話です」




 禁呪はかなりの数の人に目撃された気がするが、詠唱の文句はともかく、魔法自体は普通の回復魔法、奇跡の光を使っただけ。聖女様が死んだと勘違いしていただけで軍曹殿にはまだ虫の息があった。そういうことで対外的には押し通すことはできないだろうか?


 アンがはぁーと小さなため息をついた。ほんと、ごめんて。




「軍曹殿はほぼ死んでました」




「そ、そうなのか……?」




 さすがの軍曹殿にも動揺の色が見えた。




「もう一度言います。これは絶対に他言無用の話です。いいですね?」




 そう言って言葉を切り、周りを見回す。




「回復魔法には禁じられた呪文、神殿により禁じられ、言及すら許されない禁呪があります」




 静寂の中、ごくりと誰かが息を飲む音がした。




「名前は知りません。ただ禁呪と。こいつはあらゆる病、欠損をも治す、究極の治癒魔法です。ただし代償に術者の生命を削ります。この魔法を開発した術者は禁呪を使い続けて、一年も経たずに死んだそうです」




 しかし一年もったのだ。三日に一回使ったくらいだろうか? 一年で一〇〇回。一回で寿命が一年分ってところか?




「もしあらゆる病や怪我を治せる術者がいたら? そんなことが知れ渡ったとしたら、たとえそれが術者の生命を代償としていたとしても、治療の依頼は止まないでしょうね」




 アンはそう言って俺をじっと見る。非難もしたい、だが軍曹殿に禁呪を使用した俺の気持ちもわかるんだろう。口に出して非難はしなかった。あとで謝り倒さないとなあ。




「それにそういう呪文が存在するとわかっただけで、誰かが習得を強制して使わせるかもしれない。だから禁呪。名前もつけられず、言及すら禁じられている」




 しかしたった一人の死亡例だけで禁呪になったとは考えづらい。当然神殿も一度は試したのだ。その結果、禁呪になった。




「死者の蘇生すら可能なのか……」




 軍曹殿がつぶやく。




「いえ、それは恐らく無理でしょう。軍曹殿の状態は正確には心臓が停止しただけで、言ってみれば水中で気絶して窒息したような状態になっていたんです」




 状態はもっと悪かったですが、そう付け加える。酸欠とか脳死って言って異世界で通じないよな?




「その状態でもまだかろうじて生きているとは言えます。恐らく三〇分。それくらいまでに引っ張り上げて水を吐き出させてやれば、なんとか死なずに済むんです」




 人間の体で一番の急所は、心臓と脳だ。どっちが止まっても死ぬが脳のほうが脆いし、心臓は現代世界では代用が利くが、脳を取り替えるわけにはいかない。だから厳密な死は脳死が基準となる。


 しかしなんで心停止の段階で治癒魔法の効果が出なくなるんだろうか。心臓と魔力になんらかの関連がある? 心臓が止まれば魔力の循環が止まり、治癒魔法が働かなくなる?


 それとも魂のようなものが存在するのだろうか。




 魂が抜けたり活動を停止、あるいは心臓が止まって体内の魔力が枯渇する。その状態では治癒魔法は発動しない。それを術者の魂の一部なり魔力なりで補完して治癒魔法を発動させる? 欠損に関しても同様だ。欠損部には魂も魔力も存在しない。それは術者の何かで補う必要がある。


 理屈としてはこんな感じだろうか。色々と穴がありそうだが検証するのは……




「だから他言無用はもちろん、マサルに治療を依頼するようなことは断じて許されないし、マサルも。もう二度と使ってはダメよ?」




 アンの強い口調に頷いておく。検証はアンが許しそうにもない。俺の命を削るのだ。無論のこと二度とは使いたくない。使いたくはないが、万一のことはある。あくまでも万一の時の保険として、みんなにも話しておいていいかもしれない。


 理論的には頭さえ無事なら、死後三〇分以内であれば復活は叶うはずだ。もし家族になにかあれば……俺はきっとまた使ってしまう。




「よし。この話はここまでだ。この事はここで話を聞いた者同士でも話し合うことすら禁ずる」




「たとえ誰に聞かれても知らぬ存ぜぬを通すこと。相手が神殿であってもよ。ヴォークト殿は虫の息で、ぎりぎり治癒魔法が間に合った。それだけの話です」




 目撃者は多かったが、周りは護衛で固めていたし間近で見たわけではない。ある程度は誤魔化せるはずだ。




「マサルは……」




 わかってる。みなまで言うな。数日はちゃんと休む。もうかなり気分が悪くなってきてる。支援だけじゃなく転移の需要もあるし、休んでる場合じゃないのだが……




「ティリカのほうは順調なようだ。まあなんとかなるだろう」




 夜が明けると同時に町の周囲を掃討し、進軍を開始している。到着までもたせれば、俺の不在は問題ではなくなる。


 北方砦のほうの敵の数は減っているが、いまはまだ早朝。夜間はもともと攻撃の手は緩むから、昨日の攻撃の影響かどうか、いまいち判別はつかない。砦に一番近い二〇万の部隊も叩いておいたから、魔物側が攻撃続行をするとしても確実に影響はあるはずなのだが。




 だが休むにせよどうするか。北方砦でも拠点は作ったが、簡易も簡易。倉庫とそう変わらないくらいの殺風景さだ。家具くらいはすぐ用意できるが、個室を作るには部屋が不足しているし、俺は魔力酔い。大人しくそのへんで雑魚寝しておくか。野営に比べれば屋根もあるし、エルフの精霊使いがいれば空調は万全。部屋は快適な温度に保たれる。




「ところでヴォークトよ、ずいぶんと膝を気にしているようだが?」




「治ったのかもしれません」




「余裕で治ってますよ」




「ほほう。ならば少し手合わせしてみるか?」




「今はマサルの護衛が優先です、お師匠様。またいずれ」




 あんな暗殺者がいるのだ。拠点の中でも安心はできない。しかし軍曹殿の実力って……他のイベントがどデカすぎて、膝が治って良かったね、くらいに軽く考えていたが、膝を壊した状態ですら俺より強かったのだ。なら万全の状態なら?




「少し外に出ましょうか」




「ほれ、護衛対象もこう言っておるぞ」




 剣聖の後継者。その可能性は十分にある。俺はもちろん剣聖なんてごめんだし、そもそも実力が不足しすぎている。サティは強いが、それでもまだホーネットさんやブルーブルーには及ばない。


 だがもし復活した軍曹殿がブルーブルーやホーネットさんを上回る実力を見せたら?


 見たい。いまそんな場合じゃないのはわかってるが、めっちゃ見たい。




「仕方ありませんな……」




 そう言いつつ軍曹殿も腕を試してみたくてうずうずしていたのだろう。喜びの表情が隠しきれていない。




 砦に廃墟や空き地はいくらでもあって、拠点のすぐ傍の空き地で二人は相対した。むろん真剣である。




「懐かしいですな」




「そうだな。最後に剣を交えて何年経ったか」




 そこはただの空き地で石やゴミが乱雑に転がっており、足元がいいとはとても言い難い状態だった。だが二人とも足元の確認もせずに、軍曹殿は正眼、師匠は構えともいえない剣を持ってるだけの立ち姿。




 さっさとしろとでも言うように師匠がくいっと顎を動かした。それを合図に軍曹殿が軽く踏み込む。


 何合か打ち込み合う。ただのウォーミングアップだな。そう思った次の瞬間、師匠が動いた。これまでより数段鋭い連撃に軍曹殿は防戦一方となったが、最後に反撃を放ち、師匠が距離を取った。




「少なくとも鈍ってはおらんようだな」




「実のところ、ここしばらくは暇があれば修練していたのですよ。お前らのせいでな」




 そう言って俺の方を見る。




「ありえないほどの速度で強くなるお前たちに、無様なところは見せられん」




「結構結構、では……」




 師匠が初めて構えらしい構えを見せた。来る!




「お師匠様ー。また勝手に抜け出してー」




 だがタイミング悪く邪魔が入った。またホーネットさんの目を盗んで出てきてたのか。




「丁度いい、ホーネット。こいつの相手をしろ」




 師匠、まだ体が辛いのかな。そんな素振りはまったくなかったが。




「ヴォークト殿……ですか」




「うむ。ヴォークトを倒せれば、当分大人しくお前の言うことを聞いてやろう」




「ほんとですか! 約束ですよー」




 本気だ。師匠は本気でやらせるつもりだ。相変わらずスパルタだ。だが……


 合図もなしに襲いかかるホーネットさんの容赦ない切り込みを軍曹殿は受け流し、反撃し、押されているのはホーネットさんだった。


 手を止めたホーネットさんがすぅっと目を細める。




「なるほどー。話には聞いていましたがー、これほどとは」




 ですがー、と俺の見たことのない構えを見せ、動いた――そして交錯したと思ったら軍曹殿がホーネットさんに剣を突きつけていた。




「その技は知っている」




 なんだ、今の動き。サティがいれば一緒に検証……いや、軍曹殿に聞けばいいのか。




「負けた……このわたしが、負けた?」




 それよりこっちだ。ホーネットさんが負けた。それもまったくいいところも見せずに。




「ヴォークト、ビエルスに戻ってこい」




「いやしかし……」




「この期に及んでギルドの教官もあるまい?」




 まったくその通りだな。




「指導がしたいならビエルスのほうが、活きの良いのがたくさんいますよ、軍曹殿」




 それでも軍曹殿は考え込んでいる様子だ。長く居た冒険者ギルドに愛着があるのだろうか。


 


「これはきっと運命なんですよ」




 運命などとリリアではないが、俺には神の導きがあったのだ。




「俺が最初に入った町の冒険者ギルドに、剣聖の弟子が教官として居た。それは俺のために用意された運命だと思っていたんですが……軍曹殿にとってもそうだったのかもしれません」




 俺に出会い、そして怪我を治す。再び剣の頂きを目指す。




「一度は死んだんです。残りの人生、自由に、思う通りに生きてみてはどうですか?」




 俺の言葉で腹を決めたようだった。その目に力が宿る。




「我が剣を継げ、ヴォークトよ。貴様にはその資格がある」




 俺では軍曹殿の実力は測れないが、師匠が言うのならそういうことなのだろう。




「俺が剣聖などおこがましいですが……修行のやり直しも悪くないかもしれませんな」




 禁呪で差し出した俺のちょっとした命も、このためだったとあれば価値のある代償だったというものではないだろうか。




 長きに亘り剣聖の探し求めていた後継者が、いま定まった。

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