228話 ヒラギス北方戦役 〜失われしモノ〜
「思ったより危なかったわね……」
「いや、ほんとにな」
どらごが高々度では酸素不足になるので、ある程度は高度を下げざるを得なかったのだが、高々度に上がってすら迫ってくる魔物が居たのだ。ドラゴンはもちろん、ハーピーですら油断して高度を下げると俺たちを攻撃できそうな範囲まで迫ってきていた。ハーピーはあれ、上位種なんだろうな。
無理して高度をあげてどらごの限界を試すのはぶっつけ本番では怖すぎた。どらごが行動不能になっても、もちろんリリアの精霊や俺やエリーでも飛行状態を引き継げるのだが、大量の敵の真っ只中で試したいものではない。
ただ速度に関してだけはブーストしてあらゆる魔物の追随を許さなかったのが朗報だろうか。
「東部砦のほうもやりたかったけどどうだろうな」
「もう警戒されちゃうでしょうね」
今すぐ行ければまだ奇襲の効果は期待できるかもしれないが、さすがにもう魔力がない。俺はすでにメテオを何発も撃てるだけの魔力が回復しているが、エリーやリリアも行きがけの駄賃と、二〇万ほど居た前衛の部隊に魔法をブチかました。どらごの加速に使った魔力も少なくない。
それで高度をだいぶ下げたお陰で最後のほうはめちゃくちゃ追いかけ回されたのだが、敵を大量に連れて北方砦に逃げ込んでもまずそうってんで、魔境の地形が険しいほうへと進路を取り、適当な深い森へと逃げ込んですばやく転移、今まさに無事帰還したという顛末である。
ちょっと話してようやく落ち着いてきた。
「ともかく敵は大混乱じゃな!」
「そうっすね!」
俺もレベルが大量にあがってほくほくである。これでようやく強化系を取り戻せる。そしたらビエルスに戻ってリュックスをボコるのだ。
「でもこの手はまだ使えそうじゃないか?」
危険は増すが、高空からの奇襲である。しかも夜間となればそうそう防ぎようがない。さすがに今回みたいに好き放題に何発もは厳しいだろうが、敵の迎撃も高々度まで上がってしまえば一部のドラゴンのみ警戒すれば大丈夫だし、作戦失敗だったり帰還したりする時は、転移で瞬時に安全に行える。
「そうね。もし敵が諦めないようならもう一度やる価値はあるわね」
問題は俺たちの存在が唯一無二。敵陣深く入り込む攻撃で何かあれば取り返しがつかないってことだ。
ヒラギスでは敵陣への偵察自体ほとんどやってこなかったこともあって、今回は完全な奇襲となった。しかし今後はなんらかの対策を取られることが考えられるし、一度の反撃で致命的な事態に陥ることも考慮にいれなければならない。
火魔法と召喚の加護持ちを増やせばいいのか。そいつらに攻撃を任せ……いや、それも結構ひどい案だな! そもそも加護持ちも簡単に増やせないし、貴重な存在なのには変わりはない。
「全員無事戻ったのね。良かった!」
そこにアンがやってきた。続いて師匠やエルフ王夫妻なんかもやってきた。
「それで攻撃の首尾はどうだったのだ?」
そう師匠が聞いてくる。
「大成功ですよ。とりあえず広間のほうに行きましょうか」
今いるのは拠点の転移ポイントである。最近は一〇〇人分の転移をすることもあって広めに取られているが、いつでも使えるように連絡員を残して完全に無人にしてあるし、家具も何もない、休むのには適さない部屋だ。
ゆっくりできる部屋で威力偵察の報告と反省会だな。
「最初から順を追って話すか」
最初に発見した敵陣は、砦から五、六キロメートルと言ったところだろうか。
「ここに二〇万ほどの敵が待機していた」
恐らく後方の本陣から部隊を送り込んで、出発前に休憩や編成を行う場所だったんじゃないだろうか。待機所だな。
「むろんそやつらは殲滅したのでしょうな?」
「まあまあ父上。話はここからですよ」
「ところがそこは本陣じゃなかったんだ。偵察していくと、次に発見したのは一〇〇万から二〇〇万以上と見られる大部隊だった」
数に関しては偵察が専門じゃないので正確ではないと言い添えておく。続けて同規模の部隊の発見。ここらでエルフ王の顔色がちょっと悪くなって、さらに平原に広く布陣していた一〇〇〇万超の本陣を発見と聞いて、さすがに動揺の色が見られた。
「し、しかし攻撃は大成功だったのだな?」
「ええ、父上。マサルのメテオを一〇発以上も撃ち込んで、敵陣は完全に火の海です」
最初の二〇万も含めて、敵陣のすべてに攻撃を加えたから、今頃敵は大変なことになっているだろう。夏場の森林火災である。そう簡単には鎮火すまい。ただ一番数の多かった本陣の居た地形は草原がメインだったので、大きな火災は期待できそうもない。
「敵は諦めるでしょうかな?」
「どうでしょう。半数くらいは倒せたと思うんですが……」
エルフ王の問いにそう答える。半数でも膨大な数だ。攻撃を続行しようと思えば戦力にまったく不足はない。
「あやつらがとことんやろうというのなら受けて立つまでじゃ!」
「そうだな。その時は万全の魔力で、今度こそ完全に殲滅してやろう」
二度と攻撃してくる気がなくなるくらい。徹底的にだ。
そうして報告と反省会は恙無く終わったのだが、俺がお休みできるのはまだまだ先である。夜間にも関わらず、敵の攻撃は続いていて到底楽な状況ではないし、敵の数を知ってしまえば尚更である。
「ところで外向けの話はどうするの?」
「今の話をそのままして大丈夫だろ」
エリーの問いにそう答える。敵の数とか殲滅具合を誤魔化すのもまずいだろうし、指揮官クラスにだけ情報を流すと言っても北方砦にいるのはエルフとベテランと精鋭で構成された部隊である。強い箝口令でも出さないと情報漏えいは防げないだろうし、防ぐ意味もさほどない。
「敵情は正確に知っておいてもらおう」
「エルド将軍やリゴベルド将軍にもすぐに伝えておくわね」
「バルバロッサにも我らの多大な戦果、しかと伝えておくのじゃぞ!」
「よっし。じゃあ各自引き続き防衛に戻ってくれ。あと敵の動きはこれまで以上に注意して、何か変化があれば教えてくれ」
窮鼠猫を噛むという言葉もある。俺の攻撃に怒り狂って今以上に反撃してくるということも十分考えうるのだ。
いや、窮鼠でもないな。敵の数はいまだ俺たちより圧倒的だ。
「敵の数はまだまだ多い。油断だけはしないようにな」
そう俺が締めて、各々がそれぞれの役目を果たしに散っていく。俺はといえば、夜通し一時間ごとの支援。五回の北方砦への増援の転移。東部砦とバルバロッサ軍にも一回ずつ。
そうして朝を迎えたわけだが、ティリカの軍の輸送作戦では俺はお留守番である。
「守護者様と聖女様はやってきた軍を出迎える役ね」
そう言ってエリーやティリカたちは出立していった。北方砦に到着したところで俺の支援をかけてやればいいらしい。まあ状況は俺の召喚をつけてあるので、常時見られてその点は心配はない。
もし何か不測の事態があった時のため、北方砦側でも部隊を編成しておいて、いざという時は出撃して合流する予定である。
「そういうわけで編成と指揮をお願いします」
そう軍曹殿に依頼をする。少数精鋭の剣士隊とエルフオレンジ隊。それと俺とこっちに残ったパーティメンバーの予定である。
前衛は元気そうなのを二〇名ほど。出撃はエルフの風精霊のフライで行く予定なので、多くは運べない。まあ状況によりけりだが、前衛より魔法火力優先の編成で間違いないだろう。
「心得た」
そうして軍曹殿を護衛に加えての定例の北方砦一周の支援回りである。さすがにもう騒ぎ立てられることはないが、魔物から狙われる状況には変わりはないから腕の立つ護衛は外せない。
ミリアムはずっと俺に付いているが、サティやウィルはティリカのほうに行ったし、シラーちゃんはいまも城壁で踏ん張っているリリアの護衛に回した。
その分エルフの手練が多めに付いている。この護衛は新規で連れてきたメンバーだし、まだまだ元気いっぱいである。前衛が少なすぎるが俺自身も剣は使えるし、十分だろう。支援を掛ける時は周り中兵士かエルフだし、砦の中での俺への襲撃となると基本空からである。弓か魔法で迎撃できるエルフが強いし、精霊のガードもある。
その時はそう思ったし、その判断が間違いだったとは思わない。
ヒラギスではあまり話す機会がなかったが、軍曹殿とは半日一緒である。奥義の習得具合なんかで相談に乗ってほしいことがあったし、休憩中に久しぶりにゆっくり話せるだろう、そう思って拠点に戻るべく歩いているところに、その女は道端にぽつんと佇んでいた。
早朝である。力尽きた兵士がそのへんでごろごろと寝てたり休憩してたりするのは特に珍しくもない。建物はどこもぼろぼろだし夏だから道路のほうが涼しいしな。
ローブ姿だったが体形は明らかに女性だった。顔を隠して不審な感じだったから俺の前を歩く護衛のエルフが軽く警戒する動きを見せたが、その女は俺の姿を認めると被っているローブを外してみせた。エルフか。
「あの、守護者様にお話が……」
おずおずとした声とは逆に、その目はするどく力強い光を放っていた。きつい感じだが美人さんだな。
「ふむ、どうした?」
「守護者様はお忙しい。手短にな」
見ない顔のエルフだったが、大量に増援に送り込んできたのでそこは珍しくもない。護衛のエルフもそう思ったのだろう。
「はい。夜中の奇襲攻撃でメテオを何発も撃たれたとか」
かすかに漂ってくる甘い香り。香水をつけているのか? それにエルフにしては胸があるな。
「うん、それが?」
その女は一歩、二歩。俺たちを通せんぼするように道の真ん中へと歩いた。ピリっとする感覚。なんだ?
「それは間違いなく、守護者様が?」
「そうだけど……」
変なことを聞くエルフだ。そう思った時はすでに手遅れだった。
「こ、こいつ!? ダークエル……フ……」
護衛の一人がそう言うや前に出ようとして崩れ落ちた。
「そうかそうか。エルフの里で陸王亀を倒し何度もメテオを浴びせかけ、今また我が軍勢を好き勝手に蹂躙してくれたのは貴様だったか」
それまでと打って変わって凄みのある声で言うダークエルフ。ダークエルフ!?
「しかもそれが勇者だったとはな。まさかエルフから勇者が出るとは驚きだよ」
剣に手をやろうとするが、その手は痺れて動かず、それどころか足にも力が入らず、がくりと膝をつく。
「よく効くだろう? なに、心配はいらない。これはただの痺れ薬だ。すぐに回復する」
周りでも護衛がバタバタと倒れていく。
「こいつのいいところは魔法を阻害するところでな。そして精霊ですら完全に無力化するのだ」
さっきの甘い香りか! 魔法も? 魔法、解毒魔法……ダメだ。魔力を集めようとしただけで体中を電気が走ったようにビリビリとなる。声すら痺れてまともに出せない。
「貴様のお陰でどれほどの配下が失われたことか。今ここで、その報いを受けるのだ」
ダークエルフの狙いは間違いなく俺だ。それがわかってエルフたちから一斉に声にならない声があがる。
「貴様らはお大事な勇者様が殺されるのを、そこで無様に横たわったまま見ているがいい。フハハハハハハ!」
そう言うや歩み寄り、俺の前に倒れるエルフを邪魔そうに蹴飛ばした。
「おや? まだ立っているとは頑張るな。だがもはやまともに動けまい」
俺の横で一人立っていたのは軍曹殿だった。しかもその手にはしっかりと剣が握られていた。そうして俺を守るようにスッと足を前に運ぶ。
「痺れ毒をあまり吸わなかったか、それとも耐性があるのか?」
ダークエルフは落ち着いた動きで軍曹殿に迫り、その剣を振るう。キンッ。剣がはじかれる。再び剣が振るわれるが、それも軍曹殿の最小限の剣の動きで防がれた。
「その剣技、剣聖の配下か? 厄介な。だが毒はかなり効いているな?」
ダークエルフの本気を出した剣は、ビエルスの基準で見ても手練と言っていいものだった。みるみるうちに軍曹殿が切り裂かれていく。なんとか耐えてはいる。が……
「時間がない。さっさと倒れろ!」
ダークエルフの一撃が、軍曹殿の革鎧を深く貫き通す。明らかな致命傷。最後まで立っていた軍曹殿もついにその膝をついた。
その光景を目の当たりにしても俺にできることはなにもなかった。
体は動かない。魔法も使えない。助けも呼べない。
火矢の一発でも使えればこんなやつ!
だが……ほんとうに魔法は使えないのか? 魔力を集中しようとする度、体を痺れが走る。しかし魔力はある。消えたわけではない。集中せずともそこにあるんだ。ならば使うことはできるはず。コントロールはまったく期待できないが――
「予想外に手間取った」
ダークエルフはそう言って新しく取り出した短剣を構えて俺の手の届く範囲に入った。
ここだ。
「も……」(燃え上がれ!!!)
刹那。大きな火柱が俺の目の前に吹き上がった。何のコントロールもない、ただの火。だが俺の強力な魔力で生み出した強い炎だ!
「ぎゃあああああああ!?」
炎はダークエルフを包み込んだ。俺自身も鎧越しにその炎をまともに浴びた。無理をして魔力を放出した影響か、体中を息が止まるほどの痺れ、痛みが駆け巡る。ダークエルフがよろよろと後ろに後退した。
「き、貴様。きっさまああああああ!」
くそっ。倒しきれなかった。やはりただの火では火力がまったく足りない。
「なんだ、こっちで火が……人?……エルフが倒れているぞ!」
火に誰かが気がついたのが、俺の聴覚探知にかすかに捉えられた。よし、これで助かる。
「……この短剣には即効性の猛毒が仕込んである。貴様はここで死ぬのだ」
そう言うや素早い動きで俺へと迫る。
「!? 邪魔をするな、この死にぞこないが!」
その足に倒れていたはずの軍曹殿が組み付いていた。
「このっ、このっ!」
軍曹殿に猛毒の短剣が何度も何度も振り下ろされる。だが軍曹殿は組み付いたまま離れようとしない。
軍曹殿!? もう一度だ。火よ!
だが痺れに耐えて生み出されたのは拳大くらいの情けないほど小さな炎。それもダークエルフにはまったく届かない位置。
それでもダークエルフがびくっとしてその攻撃の手が止まった。
「守護者様が倒れているぞ! 敵襲! 敵襲ー!!」
助けだ。即効性の猛毒でもまだ間に合う。俺の強力な治癒魔法と解毒があれば。
火よ!
今度は上手くいった! 最初の半分くらいであるが、攻撃力のありそうな炎が燃え上がる。
「チッ」
ダークエルフが俺の炎を避けようとした動きでとうとう軍曹殿が力尽き、その手が力なく地面に落ちる。だがようやく助けのほうもやってきた。
「毒か!? 風で吹きとばせ! あの立ってる女が敵だ、撃て! 撃て!」
飛来する矢を避けたダークエルフは素早く崩れた建物の上に飛び乗った。
「この焼かれた顔の礼、必ずするぞ」
そう言うや姿を消した。
「追え、逃がすな!」
後方でバタバタと足音が入り乱れる。そして一陣の風が吹き通った。甘い匂いが消える。
麻痺は……くそっ。すぐに回復するっていつだ!? 目の前で大量の血を流す軍曹殿はもはやぴくりとも動かない。
「血を流してる者がいるぞ、治癒術師を呼べ!」
体の痺れはいまだ取れない。思うように魔力が集中できない。治癒術師はまだか。治療拠点はここからそう遠くは……
「マサル!?」
マサルじゃない、守護者だろう……だがアンだ。助かった。
「ヴォークト殿!?」
「お、俺はだ、だいじょう、ぶ……」
ようやく出たか細い声でアンに訴える。
「ど、毒も……」
「わかった、解毒もね」
そう言ってすぐに詠唱を始めていたヒールを軍曹殿に向けて発動させた。その余波か、範囲効果にしていたのか、俺の顔のやけどの痛みも軽くなる。そして続けて解毒魔法の詠唱を始めた。
「キュア・ポイズン!」
ようやく痺れが取れた。さすが聖女様の治癒魔法だ。
「軍曹殿、しっかりしてください!」
立つ間も惜しいと軍曹殿の元に這って近寄る。アンの解毒は成功したはずだ。エクストラヒール詠唱開始――
「マサル」
うるさい。集中が乱れる。発動!
変化はない。足りなかったか。くそ、焼けて変形したヘルムが視界の邪魔だ。ヘルムを脱いで投げ捨てる。今度は奇跡の光――
「マサル……もうダメよ」
「そんなことがあるものか!」
「死んだ者は生き返らない。マサルでもどうしようもないのよ……」
奇跡の光、発動!
だが、軍曹殿はぴくりともせず、その目が開かれることもない。呆然とアンを見る。
アンは首を振って跪くと、軍曹殿の倒れたまま横たわった体を、血に塗れるのにも構わずまっすぐにさせ、丁寧に整えた。
「ヴォークト殿は勇敢に戦ったのね?」
「あ、ああ。俺を守って」
「神の戦士、ヴォークト殿に最後の祝福を。そして迷いなく神のもとに召され、安息が得られますように」
そう言って祈りを捧げるアンを、俺はただただ見ていることしかできなかった。
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