232話 「この世界は二〇年後に滅亡する!」

「この世界は二〇年後に滅亡する」




 俺のその言葉に静まり返った後、皆が一斉にしゃべり始めた。それをパンパンと手を叩いて黙らせる。




「みんな静かに!」




 俺の大声にピタッと騒ぎが静まる。応接間は十分な広さはあるが、あまり騒ぎすぎると外に聞こえないとも限らない。




「いま、滅亡するって言った?」




 エリーが恐る恐るといった感じで言った。




「言いました」




「世界が?」




「世界が」




「うそぉ……」




 エリーがこれまで一度も聞いたことのないような情けない声をあげた。しかし神託というと、ほんとみんな欠片も疑わんな。まあ神託を偽って町ごと神罰で消滅したって実話を聞けば、偽る者など居ないのだろうが。




「二〇年……マ、マサルはいやに落ち着いておるの?」




 無理のない話であるが、リリアも目に見えて動揺している。二〇年もエルフにとってはさほど長い期間でもないのだろう。




「二〇年も後だし、これは確定した未来じゃない。それと正確な神託の言葉は、この世界は放置しておけば二〇年以内に滅亡する予定、だ」




 言葉は二〇年以内。俺が下手を打てばもっと短くなることもあり得るのだ。ちょっとした違いで意味は大幅に変わる。ちゃんとメモっておいてほんと良かったよ。




「放置しておけば?」




「そうだ。俺たちが何もしなければ」




 エリーにそう答える。




「これまでの神託と同じだ。俺たちの行動次第で結果は変わる。俺たちが何もしなければヒラギスの奪還は難しかっただろうし、エルフの里もだ。つまり俺たちが頑張ればいい」




「なんとかなるのじゃな!?」




「たぶんな」




 ヒラギス奪還作戦もかなり際どかったし、偵察でみた魔物の数。わかってはいたが世界を救おうというのは難事業だ。




「神様には世界を救うだとかは考えないで自由に過ごしてもいいって言われてる」




「マサルはスキルのテストのために送り込まれたと言っていた」




 ティリカはいつもと変わらない、内面が窺いしれない表情だ。そもそもティリカは俺が送り込まれた理由に関して、確実に何かあると考えていた様子があった。まあテストがあるのだ。本番があると考えるのは妥当な話ではある。




「そうだな。俺に課せられた仕事はそれだけだ。だから別に逃げてもいいし、立ち向かってもいい。俺がやらなくても恐らく本当の勇者が送り込まれるはずだ」




「それで頑なに勇者じゃないって言い張ってるのね」




 エリーの言葉に一応頷いておく。純粋にそんな大役は嫌だというのが一番でかい理由である。




「だがそれは何年後だ? 本当にちゃんと送り込まれてくるのか。俺がそう推測しているだけで、確実な情報があるわけでも神様が約束してくれたわけでもないんだ」




 それとも神様に泣きついたら勇者を送ってくれるだろうか? だけどかつての勇者も最初はやる気がなくて大変だったらしいしなあ。あんまりひどいんで仲間になった真偽官がこいつはダメだと呆れてパーティから抜けたとか。




「だから我らでどうにかすれば良いのじゃろう?」




「そこなんだが、俺がこれまで黙ってた理由は二つある。一つはこっちに来たばかりで右も左もわからない状態だったってことだ。状況がわかるまで、とりあえずは一年くらい、様子を見ようと決めていたんだ」




「そういえば最初の頃は常識レベルの事すら怪しかったものね」




 そうアンが言う。それでアンのところの神父様に使徒じゃないかってバレたんだよな。




「二つ目。世界の滅亡が何を意味するのか。何が世界を滅亡させるのか、わからなければ対処のしようもない」




「魔物じゃろう」




 リリアの言葉にとりあえず頷いておく。与えられた加護を見れば、魔物に対抗するためのものだとしか考えられない。勇者と魔王の話もある。魔物が敵だと断じて間違いはないはずなのだが……




 人族の滅亡。それが世界の滅亡を意味する? しかしそう単純に考えていいものだろうか。


 生態系というものがある。今は人族と魔族が争うことでバランスが取れている。それがどちらか一方が絶滅したら? 際限のない拡張はいずれ限界を迎え崩壊する? だが人族が滅亡した程度でオークやハーピーが死に絶えるか? ちょっと考えられないし、あいつらが生きてるのに世界の滅亡というのにも違和感がある。


 それとも魔族は神にとって動物の範疇になるのだろうか? だがあいつらも武器も住居も服もある。軍隊としてまとまって大規模な動きもする。ダークエルフなんて存在も居たな。




「恐らくな」




 巨大隕石の落下や急激な気候変動、魔法で回復不可能な致命的な疫病の蔓延など、他の可能性もゼロではないが、それでは俺に与えられた加護で回避できる可能性を示唆されたことと辻褄が合わない。


 なんにせよ情報が足りなさすぎる。




「言うまでもないことだが、これは他言無用だ。こんなことが広まってしまえば、世界中が大混乱に陥る」




 神託で世界の滅亡が預言されたなんて情報が万一漏れると、一体どんな事態になるか。想像すらしたくないし、絶対にそんな騒動に巻き込まれたくない。


 いずれは……とは思うが具体的な情報が何もない状況だ。そもそもヒラギスが壊滅してどこの国も危機感は持っているはず。魔物対策に関しては俺から改めて警告する必要性も薄いだろう。




「俺からの話は以上だ」




 重要なことは言い終えたはずと、そう言って一旦話を打ち切った。みんなにも少しは考える時間が必要だろうし、このことは落ち着いてからおいおい相談していけばいい。




「マサルは……なんでもない時にすごく辛そうな顔をすることがあった」




「こんな大変な事を、ずっと一人で抱えていたのね」




 ようやくティリカがぽつりと言い、アンも気遣わし気に言った。そんなに辛そうな顔してたかな。してたかも。世界の破滅うんぬんがなくともこの世界は厳しすぎる。




「でもどうするんすか? 魔境に攻め込むとか?」




 少ししてウィルが言った。




「攻め込むったってどこにだ?」




 魔境に一時期通っていた師匠も魔王城みたいなのは見つけられなかったみたいだし、適当に攻め込むのも案としてはアリといえばアリなのだろうが……




「当面はこれまで通り、いままで通りやっていく」




「まずは修行だな」




 ええ、と師匠の言葉に頷いておく。殺伐とした生活からはしばらく遠ざかりたい気持ちは山々だが、修行は避けて通れない。というかステータスやスキルが上がったからすぐにでも調整が必要だ。いつまたこの前のダークエルフみたいなのが襲って来るかわからない。毒はともかくとして、剣が安定して強いといざという時に助かる確率は確実にあがる。




「それと日常生活もこれまで通り、普通にするんだ。こんなことを教えられてすぐには難しいかもしれないが、神託はまだまだ先なんだ。今から神経をとがらせてたら到底もたないぞ?」




 まあ俺たちの生活が普通かと問われると疑問の余地が多々あるのだが……




「まずはヒラギスの復興に尽力する。とりあえず恩賞の授与がある一カ月後くらいを区切りにしておこうか」




 修行はもちろんだが各方面への対応もあるし、俺の村もまだ開拓一年目ですべきことは多い。エリーの実家も絶賛開拓中だし、あそこは鉱山事業も始まったばかりだ。


 俺やアンの面倒ごとを差っ引いてもすべきことは多いのだが、どれもヒラギスほどの緊急性はないから、どれから手を付けてもいいという状況である。


 修行中みたいな、各自手分けしてということになるのだろうか。




「それで明日あたりフランチェスカを呼び出すから、ウィル。お前ちゃんと告白しとけ」




「うええええええ!? このタイミングでっすか!?」




「俺が回復したからリシュラ王国軍はいつでも送り返せるから、その相談だ。それでフランチェスカがすぐに帰るって言ったら次、いつ会えるかわからんぞ?」




 会おうと思えばいつでも会えるのだろうが、いまほど簡単じゃあるまい。




「いやでも、そんなことをしてる場合じゃ……」




「神託のことは一旦忘れろ。いちいち気にしてたらなんにもできなくなるぞ?」




「そりゃあそうっすけど」




「俺はな、ウィル。幸せになりたいんだ。幸せになりにこの世界に来たんだ」




 まあいまの状況はともかく、見渡してみれば家庭に関してはこの上もなくハーレムで、これで幸福度が足りないなどと言ったら罰が当たるだろう。




「そのために世界を救うことが必要そうだからなんとかしようと思ってるだけだ。だからお前もちゃんと嫁さんを貰って幸せになるんだ」




「嫁……フランチェスカさんが嫁……」




「そう。嫁さんはいいぞ!」




 というかこいつも何人か娶ればそれで解決しそうだが。でも難しいか。エリーとアンも最初は仲が悪かったもんな。重婚が許されているのと、それを実際にやってしまうのは天と地ほどの差があるようだ。




「でもそれだと実家には一度戻らないとダメよね」と、エリー。




「そうだな。じゃあ誰か付いて帝国首都に送り届けるか」




 帝国の領土はアメリカや中国くらいのサイズがある。この忙しい時期、普通に移動しては時間がかかりすぎる。転移持ちを誰か先行させるのが一番早いだろう。




「あんまり戻りたくないんすけど……」




「結婚するなら両方のご両親に挨拶がいるだろう?」




 俺とは違って二人とも王族なのだ。きちんとしないと不幸やトラブルの原因になりかねない。


 


「でもそんなことしてて本当にいいんすかね?」




「俺がそんなことを考えなかったと思うか? でも実際問題何をすればいいかなんてわかんないだろう?」




「やっぱり魔王討伐、かしらね?」




 なにがやっぱりなのか、エリーさんや。




「魔王が居て俺たちの滅亡を画策してるならな?」




 勇者の時は魔王を倒したら魔族軍は撤退していったらしいけど……




「魔王のこともとりあえず置いとけ。居るかどうかもわからんのに考えても無駄だ」




 居そうな気配はある。あるだけにこの方面はあまり深く突っ込みたくないのが本音である。




「地道にいこう。地道にな?」


 


 だがみんなはいまいち納得しきれないようだ。まあ事が事だ。普通に過ごせと言っても簡単には割り切れまい。




「たとえば俺がだ、私生活が不幸で世界を喜んで救うと思うか?」




「マサルなら頼んだら嫌々でもやってくれそうだけど……」




 そりゃアンに頼まれたらやるだろう。でもそれだと不幸で嫌々って感じじゃないし。




「そういえば逃げるだのなんだの言ってたことがあったわね?」




「ドラゴン一匹に死にかけてて世界を救うもないからな」




 そうかも、とエリーが納得してくれる。




「ハーピーの時はなんにもせずにずっと引きこもってたものね」




「そうだ。俺の精神状態は非常に大切なんだぞ。それに体調とか精神状態が常に限界で、いざって時にしっかり動けると思うか?」




 まあそうね、とアンも納得したようだ。健康、大事。




「子供はどうするの?」




「もちろん予定通りヤる」




 そうティリカの問いかけに即答する。やることはヤッているが、出来たかどうかはまだ不明のようだ。




「だけど神託の話を聞いて、気が変わったっていうのなら無理にとは言わない」




 ティリカがどう考えるか。もしかすると世界を救うのにすべてを捧げるとか言い出すかもしれない。


 だが首を振って子供はほしいと小さく言った。よしよし。あとでまたかわいがってあげよう。




「みんなも。もし今の話を聞いて、ついていけないって思ったらいつでも俺の下を去ってもいいし、そうでもなくても無理せず休みはいつでもしっかり取っていいんだぞ?」




 俺も休みがほしい。がっつりとした休暇がぜひともほしい。




「今更マサルの下を去ろうなどと言うものはここにはおるまい」




「そういう決めつけは良くないぞ、リリア。みんな、ほんとに辛いって思うなら後方支援担当とかでもいいんだからな?」




 俺が後方支援を担当したかったが、神託で町に引きこもると危ないって言われてるしなあ。




「とりあえず、明日以降の予定について考えましょうか……」




「そうじゃのう」




 少々疲れた様子でエリーとリリアが言ったが、そこにまたしても邪魔が入った。




「なんじゃ、邪魔をするなと言っておったろう?」




 ご立腹のリリアさんが、入室してきたエルフをじろりと睨む。




「いえ、それが……これをご覧ください」




 エルフがおずおずと差し出したのは飾りっ気のない白い封筒。




「これは!?」




 だがリリアが驚きの声をあげた。




「はい。ダークエルフの紋章です」




「中は?」




「まだ見ておりません」




「すこし下がるのじゃ。よし、開けてみよ」




 まさか手紙に爆弾もあるまいが、毒ということは十分にありえる。手紙を持ってきたエルフは慎重に、しかしためらいもなく手紙を開封し、中身を確認した。




「……勇者へ。和平や休戦に関して、話し合いの場を持ちたい。日が落ちるまで、公都西門を出た先で待つ」




「それだけかや?」




「はい」




 そう言って俺たちに見やすいように裏表をしっかりと見せた。




「届けたのは年端もいかない少年兵で、小銭をもらってこの手紙を届けるように頼まれたそうです」




「ではまださほど遠くには行っておらんか?」




「はい。追手はすでに放っております」




「よし。本国から応援も呼ぶぞ。ダークエルフ狩りじゃ!」




「待て待て。話し合いの申し出だろう?」




「どうせマサルを呼び出すための罠じゃ。相手をする必要はあるまい」




「いや……一度会って話したいな」




 和平か。そんなことが可能なら、好都合だ。




「何を言う! 殺されかけたのじゃぞ!?」




「二度もやらせるほど俺たちは間抜けじゃないだろう?」




「危険じゃぞ?」




「師匠、相手が怪しい動きをしたら容赦なく斬ってください」




「心得た」




「リリア、ダークエルフ狩りは中止だけど、応援は呼んでくれ。万全の態勢で行こう。相手が少数ならそれで何の問題もないだろ?」




 もし軍勢を用意してるようなら、話し合いの意思なしとして倒してしまえばいい。少数なら相手の手口はもう割れている。まだ奥の手はあるかもしれないが、それでやられる程度なら……




「相手は魔王ですらない魔族だ。恐れることはない。そうだな?」




 しぶしぶといった風にリリアが頷いた。




「たとえ相手が刺し違える気でやってきても、わたしが必ず守ります」




「頼りにしている」




 サティは俺がやられかけた時もずっと城壁で魔物と戦っていた。俺が危なかったと聞いても持ち場を離れることはなかった。俺が無傷だったと周囲に連絡させたせいでもあったが、後から顛末を聞いて顔をずいぶんと青ざめさせていて、ここ数日は俺にべったり。常にサティとミリアムを侍らせて、俺も満足である。シラーちゃんは周辺の警戒が担当である。どうにもじっとしているのは性に合わないらしい。




「あと追手を出すのはいいけど、見つけても手を出させるなよ? ああ、西門のほうに偵察も出しておいてくれ。くれぐれも慎重にな」




「了解した。聞いたな?」




「はっ!」




「里からの応援は……」




「わたしが行くわ。マサルは病み上がりなんだから、休んでていいわよ?」




 しかし和平の申し出か。罠か? それとも本当に和平を望んでいる? 俺の攻撃の被害が思ったより甚大だった? 俺の力を恐れた? 


 それとも休戦で戦力の増強を狙っているのかもしれない。俺みたいなのがやってきて領地を荒らされては、戦争どころじゃないだろうしな。




「周辺に魔物の動きがないかも、調べるのじゃ! いや、これも我らを引きずり出す罠やもしれぬ。館の警備も引き続き厳重にするのじゃぞ!」




「これ、他に知らせる必要はないかしら?」




 エリーの言葉にちょっと考える。和平や休戦だもんな。俺たちが好き勝手にやっていい感じではないだろうが……




「勇者をご指名だ。まずは俺たちだけで対応しよう。それで本当に話がまとまるようならヒラギスや帝国軍にも知らせればいい」




「そうね」




 そもそも俺を指名したのはなぜだ? 本当に和平や休戦を望むならヒラギスか帝国あたりに話を持っていくべきだろうに。


 それともやはり罠なのだろうか?




「考えてもわからんな。まあいつもどおり、臨機応変に行こう」




 それぞれが俺の言葉に頷き、動き始めた。

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