226話 ヒラギス北方戦役 ~武人とは~

「エルフの増援だ、助かった!」




 転移したとたん誰かの喜びの叫び声が耳に入った。かなり切迫した状況だったようだ。


一〇〇人のエルフを連れてバルバロッサ軍の籠もる町へと転移すると、すぐさまエルフたちが前線へと案内されていく。




「じゃあ手筈通り、先発した部隊と手の空いてる兵士を集めてくれ」




 俺の周囲に残ったエルフに指示を出し、送り出す。余裕があれば光魔法の支援はなしで済ませることも考えたが、報告通り状況は悪いようだ。


 幸いにもこの町はさほど大きくもなく、兵力の配置も魔物の到来方向である北側の防衛に集中していた。人を集めて光魔法をかけるのもさほど手間ではないだろう。




 さっさと終わらせて北方砦へ戻ろうと、ミリアムとシラーちゃんを護衛に城壁へと向かうと、前線の城壁上でなにやら真剣な顔で話し合っている将軍二人。一方はむろんバルバロッサ将軍で、もう一方はエルフの将軍、王弟でもあるエリオン将軍である。俺から見ると義理の叔父さんだな。


 エリオン将軍も出陣にあたって俺のいる北方砦の最前線を希望してたらしいのだが、エルフ王とのジャンケンに負けてバルバロッサ軍の支援担当となった。




「おお、守護者殿!」




「エリオン将軍。それにバルバロッサ将軍も」




 無視するわけにもいかず俺も城壁に登り、軽く挨拶をする。バルバロッサ将軍は大抵本陣、前線から離れた安全な位置に造った司令部で偉そうにふんぞり返っているのに珍しいこともあるものだ。




「少し遅れたか?」




 ぶっちゃけていえばここへの救援は後回しになっていた。送り込もうと思えばもっと早いタイミングでもできたのだが……




「北方砦の状況は聞いておる。あそこが落ちればここで耐えていても無意味であるからな」




 この町はたまたまバルバロッサ将軍がこのタイミングで通過しようとしてたというだけで重要度は極めて低い。むろんここが陥落すれば、ヒラギス北方中央部は魔物の好き放題となるのだが、最悪北方砦を守りきればヒラギス奪還は成立する。




「北方砦も状況は好転しつつある。こちらへの支援も多少は増やせるはずだ」




 だが好転はしつつあるとは言ってはみたものの、城壁がほぼ完成して当座の窮地を脱しただけというのが現状だ。俺の魔力こそ余裕が出てきたが他の転移術師、エリーやルチアーナの魔力はカツカツだし、十分なだけの戦力を送り込めているとはいいがたい。前線に当てる戦力に限れば多少の余力がでてきたが、予備兵力がまったく作れないのが問題で、それこそ状況が変われば一気に修羅場になりかねない。




「ここは我らに任せ、なるべく北に集中されるが良かろう。守護者殿のためとあらば我らエルフは最後の一兵となるとも戦う。たとえこの場で朽ち果てようと一片の悔いもない」




「おい!」




 バルバロッサ将軍には悔いも異論も大ありなようだ。




「ところでうちの部隊や兵士たちを集めているようだが……?」




 エリオン将軍はバルバロッサ将軍の抗議には意にも介さず、そう尋ねてきた。エルフはすぐに集まったようだが、兵士のほうはさすがに時間がかかっているようだ。


 バルバロッサ将軍に許可を得ずに勝手に集めているのだが、そこはそれ。エルフ俺たちの積み重ねてきた信用というものだろう。バルバロッサ将軍の部下、それも副官や参謀すら籠絡済み。彼らはエルフにたいそう恩義を感じているから理由を告げずに集めろと言っても応じてくれているようだ。時間はかかりながらもしっかりと門前の広場に集結しつつある。




「ああ、少し待ってくれ。集まってから話す」




 やる前に話すと二度手間になるし、実際にやってみせてからだと説明が大幅に減るから楽なのだ。別に驚かせたいとかそんなどうでもいい話じゃないぞ? 


 勇者の使っていた魔法だ。使う前に話すと根掘り葉掘りうるさくなるのは想像に難くない。魔法をかけて簡単に説明してさっと移動。これに尽きる。


 北方砦では護衛付きでぞろぞろと移動していたから周りの騒がしさからもガードしてくれていたが、いまはたった二人だ。それすら移動に使う魔力がもったいない、単独なら魔力の節約ができると言ったところ、護衛なしとかありえないとつけられたのがシラーちゃんとミリアムの二人。敵相手なら無双する二人であるが、味方相手にガードするには少々心許ない人数だ。




 まあそれはそれとして。エリオン将軍も何も聞いてないのか、驚く顔が楽しみだな。バルバロッサ将軍はまあ、どうでもいいわ。




「それなら守護者殿からもバルバロッサ殿に教えてやってくれ。真の武人とは何たるかを!」




 何を真面目な顔して話し合ってるのかと思えば。いまそんなことをしている暇は……兵士が集まりきってないことを除外しても、まあないでもない。


 目の前の危機は増援のエルフにより一掃されつつあるし、そもそも光魔法を覚えてから、俺は完全に後方支援に回っている。短時間居ないからといって防衛への影響はない。加えて魔力回復のための待ち時間が常に発生するから案外暇がある。




「真の武人?」




 バルバロッサ将軍の評判はエルフの中では最悪である。助けてやったのに感謝のひとつもなく、俺に金を叩きつけて無礼な態度。それでエリオン将軍はひとつ説教でもしてやろうと思ったのだろう。


 だがそんなことを言われたところで俺は武人って柄じゃないしなあ。そこそこ戦闘経験は積んできたし、剣士としては修行で一端にはなれたと思うが、武人と言われると違和感がありすぎる。




 このエルフの将軍は二〇〇年近くに及ぶ軍歴を持つ歴戦の、バリバリの武人である。その将軍が劣勢の防衛戦の真っ只中に話そうというのだ。一応聞くだけ聞いてみることにした。




「うむ。真の武人とはどういう存在か。武門の名門? 広大な領地に高い地位? 数十万の兵を従える? そのようなもの、たとえ少数といえど仲間との信頼、絆に比ぶれば塵芥よ」




 あー、バルバロッサ将軍がそんなこと言ったんだろうな。うちは伝統ある武門の名門で――みたいなマウント取り。




「人と人との信頼、つまり信義こそが精強な軍を作るのだ。他は添え物に過ぎぬ。信義あればこそ必ず守護者殿が増援を寄越す。窮地にあっても決して見捨てられはせぬと信じ、前線に立つこともできる。必要なればこの命も惜しくはないし、死しても同胞がそれに必ず報いてくれようと信じられるのだ」




 絆に信義か。きれい事ではあるが、二〇〇年戦ってきた軍人が言うと重みがある。




「それをこの期に及んで自分一人、亀のように縮こまって後方に引き篭もるとは言語道断。武人として将としてあるまじき姿よ。時には陣頭に立ち、共に戦って辛酸を嘗め合ってこそ固い絆が育まれるというもの」




 それでバルバロッサ将軍を司令部から引っ張りだしてきたのか。


 防衛戦である。前線といっても危険はさほどでもないし、きちんと指揮を執るなら司令部に籠もるとか悪手だ。




「何を言う。エルフなど所詮は金金金の冒険者崩れであろうが!」




 実際お金の要求はしたし、そもそも本業が冒険者だしで返す言葉もないわ。冒険者稼業が他の職業より下だということはまったくないとは思うが、一部の素行のせいで世間の評判がさほどよろしくないのも事実である。




「言うに事欠いて金だと?」




 そうエリオン将軍はバルバロッサ将軍を小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。五〇〇〇万ゴルド50億円を要求したのはつい数時間前。俺たちに関することはエルフ側に勝手に情報が行くのだが、さほど重要じゃないと将軍にまで報告が届いてなかったかもしれない。




「今朝方の話だ。貴様のところのハイエルフとやらは手助けの対価に五〇〇〇万ゴルドを要求しおったのだぞ」




 そう俺を指差して勝ち誇ったように言う。真の武人とはとか言い出して、裏ではお金の要求では言い訳もできないわな。将軍の姪っ子のやったこととはいえ、すまぬ。




「ふむ? 守護者殿たちは金に困ってはおらん。なにせ我らエルフが最大限の支援をしておるからな」




 だがエリオン将軍は落ち着き払ったものだ。真の武人はこの程度で狼狽えないなんだな。




「それでも資金面では自力でやっておるようだし、その自らの資金の多くはヒラギス居留地の支援に投じていると聞いておる。大方バルバロッサ殿から得た金もヒラギスに投じるつもりなのであろう?」




 あっさりバラされたけどまあよかろう。宣伝するような話ではないが、隠すようなことでもない。




「そうだ。首尾よくヒラギスを取り戻したとしてもこの荒れようでは食料の生産をすぐに開始もできんだろう。五〇〇〇万ゴルドもあれば多くの命を救える」




「そもそも我らエルフは義勇兵よ。ヒラギスへの出兵に際して何の報酬も貰ってはおらんし要求もしておらん。わかるか、バルバロッサ殿? 断じて金ではないのだ。もしバルバロッサ殿がヒラギスに金を出せぬというのなら、我がエルフ王家で肩代わりしても良いぞ?」




 五〇〇年生きるエルフの作る工芸品や産物は並の人族の職人では足元にも及ばない芸術品にまで昇華され、生産数が少ないことも相まって非常に珍重され、相当な高値で取引されている。しかし里に引き篭もっているエルフにお金の使い道はそうはなく、長年無駄に貯め込んでいる。リリアの金銭感覚がおかしい理由だろう。




「ば、馬鹿にするな! その程度、即金で用意してくれるわ!」




「結構結構。こうして前線を共に守り、私財を投じてヒラギスの民の困窮を救ったとあらば、バルバロッサ殿の評判も多少は良くもなろう」




 支援の見返りに無理やり出させたとはいえ将軍からのお金なのは違いないし、大きなお金だ。黙っていても出どころは隠せないだろう。それなら最初からバルバロッサ将軍からの支援だとはっきりさせるのも手か。あまり恨みを買うのも良くないし、多少の花を持たせるのも悪くない。




「貴様らから施しなど絶対に受けぬ。この借りは別の形で必ず返す!」




 借りとかお金を出して貰えればそれで十分なんだけどな。エルフの何がそんなに嫌なのか、バルバロッサ将軍は絞り出すように言った。


 


「まあそれはどうでもいい。急ぐから用事を済ますぞ」




 話しているうちに城壁を守ってる以外の兵士たちがすべて集まったようだ。すぐに詠唱を始め、光り出す俺を見てエリオン将軍が首をかしげた。




「チャージ――ブレッシング――効果は力と速度の強化、体力と魔力の回復で半刻一時間程度続く」


 


 詠唱を発動させ、いつもの説明を行う。だいたい驚くか呆然とするか、勇者勇者と興奮するかの反応だが、エリオン将軍は面白そうに俺を見て眉を上げるのみ。さすがにこの程度では動じない。肝が据わっている。


 だがバルバロッサ将軍は顎が外れそうなくらい大口を開けて驚いた様子だ。こいつは肝が据わってない。




「な、なぜ貴様がソレ・・を使える!?」




 今まで強気な態度を一度も崩さなかったバルバロッサ将軍が何故だかこの世の終わりのような顔だ。動揺しているのか? ちょっと珍しい反応だ。


 


「勇者の血族である我が一族ですら誰も使えなかった、勇者にだけ許された、特別な……」




 バルバロッサ将軍は勇者の子孫か。帝国の貴族になってたらしいし居てもおかしくないな。




「それは守護者殿が特別だからであろうよ、バルバロッサ殿」




 そう。光魔法はおそらく神の加護がないと使えない、特別な魔法だ。普通に習得できるならこれまでに誰かが使えていたはずだ。




「ゆ、勇者……なのか!?」




「この御方は勇者ではない。エルフの守護者殿だ」




「そうだ。俺は勇者では断じてない」




 そこはどうしても譲れない一線である。


 さて用事も済ませたしこれ以上長居は無用。さっさと移動だ。報告は受けているが一応東部砦の様子も見ておきたいし、北方砦を長々と離れるのも心配だ。




「では……」




 そう言って転移しようとしたのだが、バルバロッサ将軍に呼び止められた。




「ま、待たれよ」




「何か?」




「それはどうやって習得したのだ?」




 バルバロッサ将軍は勇者になりたかった少年カテゴリだったか。実家が勇者の家系なら尚更その気持ちは強かったのだろうか。


 


「俺とバルバロッサ将軍との仲でそのような事を教えてもらえるとでも?」




 俺の言葉にバルバロッサ将軍がぐっと詰まる。エルフ王やエリオン将軍ですら詳細は教えてないのだ。まあエルフ王たちはともかく、バルバロッサ将軍に教えたところで無駄というしかないし、変に好感度を上げにこられても困るというものだ。


 そもそも根本的に信用ならないから好感度以前の問題だな。




「か、金か? 金が必要ならもっと……」




「将軍」




 金と言うバルバロッサ将軍を強く遮る。 


 リュックスの時もそうだったが俺はお金は好きなんだが、他人からそれを言われるとなぜだか無性に腹が立つらしい。色んなことが金でどうにかなるならどんなに楽か。そう思うのだろう。




「こういうことを口に出して言うのは俺の好みではないのだが……俺はヒラギスを救いたいのだ」




 そもそものきっかけは神託だが、本音を言うとなるべく人が死ぬのを見たくないという消極的な理由だ。それで餓死しそうな居留地の獣人も支援したし、最初のオークキング部隊との戦いにも積極的に打って出た。




「私財もあるだけ投じたし、ヒラギスの各軍をできる限り支援してきた」




 まあできる範囲、無理のない範囲でだが、それでも直接間接、俺の手で救えたヒラギスの民や兵士たちの数は多いはずだ。




「それがどうだ。金のための傭兵だと決めつけ金貨の袋を投げつける。魔物の殲滅をすると苦情を言う」




 エルド将軍をわざと見捨てようとしたのもあったし、下賤なエルフと罵られたこともある。




「出世や面子がそんなに大事か? 俺は必要なら投げつけられた金貨も喜んで拾うし、俺程度の頭で良ければいくらでも下げよう」




 いつしかあたりが静まり返っていた。バルバロッサ将軍に文句を言いたかっただけなんだが、そんなに聴き入られても……




「自らの行動を省みてみろ」




 お前では絶対に勇者にはなれない。その言葉はさすがに飲み込んだ。それではまるで俺が勇者か何かみたいに聞こえてしまうじゃないか。




「俺はお前のことが嫌いだよ、バルバロッサ将軍」




 それだけ言うと踵を返し、行くぞとミリアムとシラーちゃんに声をかけ、ゲートの詠唱を始めた。




「はっはっは! 言われてしまいましたな、バルバロッサ殿」




 転移する直前にそんなエリオン将軍の声が聞こえた。無駄に長居しすぎた。次はもっとスピーディーにやろう。


 転移した先は東部砦。ここは南方に近く、兵力も物資も支援が手厚いと聞くし、俺に助けられて苦情を言う現地指揮官もいないし、すぐに終わるだろう。




「やることをやってさっさと北方砦に戻るぞ」




 そう言って、東部砦での俺たちの拠点で待機していたエルフに矢継ぎ早に指示を出していく。




「守護者様、あの……」




「どうした?」


 


 サティ以上にいつも静かに俺に従うミリアムが、珍しく俺に声をかけてきた。どうせ待ち時間があるからそんな遠慮がちじゃなくて大丈夫だぞー?




「ありがとうございます。ヒラギスの民に成り代わり感謝を」




 さっきの演説っぽくなっちゃったやつか。本当にバルバロッサ将軍に一言いってやりたかっただけなんだけど……


 別に大した事じゃない。そう言ってしまうのはさすがに卑下しすぎだろう。実際ヒラギスでの戦いは長期に亘るし、ほんとできる限りがんばってきた。だがそれ以上に……




「みんな必死に戦ってるんだ。俺に礼を言う必要なんてないよ」




 あのバルバロッサ将軍ですら戦場での働きに関しては否定できない。まあ部下が優秀なんだろうが。




「でもそうだな。どうしてもお礼が言いたいなら夜にでもたっぷりとだな?」




 冗談めかす感じでそう言うとフル装備フルフェイスで表情も見えないミリアムがうえっと動揺の声をあげた。




「そう茶化さなくても、主殿が立派にやっているのはよーく知っている。主殿こそ真の武人だ」




 シラーちゃんもそう口を出してきた。別に茶化したわけじゃなくて俺はすごく真剣にそう思ってるんだ。お礼なら体でたっぷりのご奉仕が本当に一番嬉しい。




「シラーちゃんもここのところご無沙汰だよな? 戦場だからって俺のことを疎かにしすぎじゃないか?」




 どうもこの娘は戦いが楽しいらしくていかんな。もっと俺を大切にすべきだ。まあビエルスでは修行修行で、ヒラギスは戦場。俺のお相手をするメイド部隊が一〇人も増えたこともあって、お相手の要望といえば剣でのほうが圧倒的に多い。




「この戦いが終わったらじっくりたっぷりねっとり相手をしてもらうぞ。いいな?」




 俺の宣言にシラーちゃんももじもじとしだした。


 ここ数日ヤバいくらい忙しくて本当にしんどかったけど、やっとちょっと元気が出てきた。


 ヒラギスが魔境に接する二カ所のうち一つである東部砦は問題なさそうだ。あとは北方砦さえ完全に押さえてしまえば、この戦いは終了だ。


 終わりは近い。

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