224話 ヒラギス北方戦役 ~鼓舞~

 北方砦にアンとその取り巻き神殿騎士団とともに戻るとすでに戦端が開かれていた。魔物はまだ城壁には到達していないようだが、上からさかんに攻撃が発せられ、空からもハーピーが接近しつつあった。




「魔力をあるだけ全部くれ」




 アンは何故とも聞かず頷くとすぐさま詠唱に入った。アンから膨大な魔力が立ち上る。




「来るぞっ!」




 アン配下の騎士団の一人が叫ぶ。魔法感知持ちにとって大規模魔法の行使は、闇夜の篝火の如く目立つ。魔法使い、それも高位の魔法使いは戦場で最大の脅威である。敵がみすみす見逃すはずもない。城壁を襲撃せんと向かっていたハーピーたちの一部、だが小勢の俺たちにとっては相当危険な数が俺たちのほうへと進路を変えた。




 間に合わなかったか。アンを迎えに行った時にぐだぐだして時間を浪費したせいもあるが、どのみちこの後城壁を作る時間も合わせれば、敵がいないうちに終わらせるのは無理だったろう。


 やるなら魔力が不足したとわかった時点で動くべきだった。しかし言ってしまえば簡単だが所詮は後知恵。慌ただしい戦場で常に最善手を打てるはずもない。




 アンを襲撃から守るべく剣を抜く。だが俺が剣を振るう必要はないようだ。僅か一〇名ばかりの騎士たちだががっちりと周囲を固めてくれている。むしろ上からの襲撃に対応するのに邪魔だと頭を下げるように言われ、アンとともにしゃがんで詠唱の終わりを待つ。




 重装備の騎士の一団である。ハーピー程度の攻撃なら歯牙にもかけない安定感がある。騎士団を連れてきて正解だったな。そうでなければ無事な建物か、防衛部隊の十分な場所とかの安全地帯に移動してからの魔力補給になるところだった。


 そんなことを考えているうちにアンを中心に光が満ちていく。うーむ、これもあるからあっちで済ませたほうが良かったのだが、まあ目立つのはほんと今更である。北方砦に来てからはずっと的になっている気がする。




「奇跡の光ライト・オブ・ミラクル!」




 長い詠唱が終わり、光が弾ける。膨大な魔力の奔流が俺の魔力を回復させていく。そうしてそれは更に集中攻撃を激化させることになった。


 


 ちょっとまずいな。城壁は空からの攻撃と正面の敵に手一杯のようで、かなりの数の魔物をこれから塞ぐ予定の城門予定地から通過させてしまっている。範囲魔法での掃討も飽和攻撃を敢行する大量のハーピーにより埋め尽くされ、城壁の防衛隊には余裕の欠片もない様子だ。


 問題は地上だ。突破した魔物を殲滅する役目の剣士隊が少数で孤立した状態になってしまっている。エルフの魔法部隊も二人を残して側面の防衛に取られ、空からの攻撃はミリアムを含めこの三人で撃退していたが、手数が圧倒的に足りず上からの襲撃をずいぶんと許し、しかも俺たちへの攻撃の余波が剣士隊の裏を突く形になっている。いや、これはかなりまずい。




「騎士団、前へ!」


 


 アンの魔法が終わったのを見計らって、剣士隊のほうを指し示す。




「はっ! 聖セントアンジェラ騎士団、前へ!」




 騎士団は特に異論を唱えることもなく、即座に俺の命令に応じ動き始めた。急速な魔力消費で疲労の色が見えるアンもメイスを構え、共に前へと進む。




「聖アンジェラ騎士団?」




 俺も一緒に前へと移動しながらそう尋ねる。いつの間にそんなものが。




「あー、さっき騒いでらしたのが帝国の神殿から派遣されてきた大司教様なんだけど、どうも正式に聖女として認定されそうってことでちょうどいいから私専任の騎士団を作ろうって話になったらしくって……」




 認定がどうのってかなり前、ヒラギス戦が始まる前だったものな。だが正式な認定に帝国の大神殿に来るべしなんて命令である。アンはずっと居留地や子供たちの面倒を見るので忙しかったし、戦闘が始まってからも当然そんなことをしている暇はない。それで痺れを切らした神殿がお偉いさんを前線まで派遣してきたようだ。




「何日か前に到着してたみたいなんだけど、ずっとばたばたしていたでしょ? 落ち着くまで待ってらしたのよ」




 ばたばたってレベルじゃないけどな。だがさすがに戦場の状況を見て聖女様を連れていくだのという話は遠慮したのか?




「大司教様の所属は聖女認定に反対している派閥でして、どうも普通の神官のふりをして数日間、聖女様の様子を見ていたらしいのです」




 神殿騎士団の隊長の言葉にアンがびっくりした顔だ。抜き打ちで聖女様の振る舞いをチェックしてたのまでは知らなかったのか。


 聖女などと現地で勝手に呼び始めるわ、神殿を使って大規模に寄付を集めるわ、いったい誰の許しを得て行なったのか。しかも何度呼び出してもガン無視である。


 聖女呼びは俺じゃないが、寄付とか呼び出し無視は俺だった。だって帝国中央に来いだとか通常移動だと往復で最低でも一カ月コースだよ。


 もちろん行こうと思えば行けるのだが、俺もアン本人も聖女の認定など不要だとの考えだし、必要があればヒラギスがすべて終わってから観光がてら行けばいいくらいに思っていたのだ。




「それにしては聖女様をこっちに連れてくって言ったらぶち切れてたな?」




「はい。あの方もその目で実際に見、アンジェラ様が真実、聖女にふさわしいと理解したのでしょう」




 隊長が嬉しそうに言う。まあアンの聖女エピソードは調べればぽろぽろ出てくるしな。居留地への大規模な支援だけじゃなく、エルフが動いたのとか、今回の疫病騒ぎとか全部アンの功績ということになっている。


 もちろん戦場での献身的な治療活動はヒラギス民のみならず、兵士たちからも崇拝されるレベルで感謝されている。


 なにせ豊富な魔力でどれほどの激戦でも治療が滞ることが一切ない。どんな重傷だろうが、間に合いさえすれば絶対に助かる。前線の兵士たちにとってこれほど心強いことはないだろう。




「まあそっちの話はここが全部片付いてからだな」




 派手な魔法への攻撃も収まり、剣士隊の後方支援もおしゃべりする余裕があるくらい落ち着いたのはいいのだが、次は城壁の修復である。




 俺一人でなら気配を消しての移動は簡単ではある。だが詠唱中は誰かに防いでもらう必要がある。護衛がミリアムと残ったエルフ二人でもいけなくもないと思うが、一撃でもくらって詠唱中断なんてことになれば詠唱中の魔力は雲散霧消し丸々無駄となる。今の状況でそんなリスクは受け入れがたい。


 すでに砦は乱戦模様だ。精鋭揃いではあるが、味方の数が少なすぎる。まだどこも崩れたりはしていないが、戦力の融通はもちろん、他所に気を配る余裕すらない。




 とりあえずはルチアーナ待ちである。待っていれば追加の戦力を転移で連れてくるだろうし、ルチアーナ本人の精霊のガードは強力だ。加護持ちの護衛が二人もいればなんとかなるだろう。


 もう一つ問題もあってこちらのほうが重大だ。城壁作りに必要な魔力がアンに補充してもらったうえでなお足りるかどうか微妙な数値なのである。今少し魔力回復を待つか、多少不足しても強行するか……




 しかし悩むまでもなく転移反応。増援だ。


 


「お?」




 ルチアーナに連れられて転移してきた一団の中にフランチェスカの派手な姿がある。ヒラギスではずっと着用している指揮官用のキンキラ装備だ。だが見た目に恥じない実力を持つ王国公爵令嬢にして剣姫、共に剣聖について研鑽した最強クラスの剣士である。




「戦闘態勢を取れ!」




 俺の叫びに転移してきた一同がわたわたと武器を構える。




「こっちに来て神殿騎士団と交代してくれ。急げ!」




 フランチェスカ以外の面々の実力は不明だがこの状況でルチアーナが連れてきたのだ。戦力になるのだろうし、なんならフランチェスカだけでもお釣りが来る。それにフランチェスカは元々ここを守っているビエルス剣士隊とは馴染みだし動きやすいはずだ。




「おお! 最前線ではないか!」




 フランチェスカは嬉しそうだ。ヒラギスでも本国から派遣された部下がいて、せっかくの戦場で前にでることなんて皆無だったのだろう。さっそく中央の剣士の場所を奪い、オークと切り結び始めた。ここは完全に任せても良さそうだ。




「アンと騎士団は俺について来い。城壁を完成させる」




 護衛ならフランチェスカが率いる部隊より騎士団のほうが有能だ。そのための聖アンジェラ騎士団。存在意義ともいえる。ルチアーナはそのまま勝手に動いてもらって、ミリアムもこの場で待機させた。


 時々襲ってくるハーピーを蹴散らしながらすぐに城壁まで到達する。




「これより城壁を修復する!」




 城壁上の守兵へ向けて叫ぶ。普段ならこっちの動きは把握するのだろうが、今はその余裕はなさそうだし、報告連絡相談は大事だ。




 詠唱を始める。もう何度目かの慣れた城壁作りであるが、今回はいつもの倍くらいの幅を一気にやって一度で城壁作りを終了させる。使用する魔力や詠唱時間は増えるが、反対側に移動する手間を考えるとそのほうが面倒が少ないし、詠唱場所は城壁角の隅っこで、騎士団がしっかり守ってくれる。それに――




「アイスストーム!」




 アンの攻撃魔法が空へと放たれ、接近しようとしていたハーピーたちをなぎ倒していく。底をついたアンの魔力だが、レベル3程度なら数分の魔力回復で十分こと足りる。アンは守ってよし、攻撃してよし。そこに居るだけでも周囲の士気があがる。ほんと万能だな。こんなのを聖女認定とかいって連れていこうとか許しがたいよ。




「ありがとう、いつも助かってる」




「え、こんな時に何……」




「言える時に言っとかないとな」




 城壁上からの支援も始まってちょっと余裕もでてきたし。




「そうね、わたしも……」




「あ、ごめん。詠唱終わる。アースウォール!」




 アンのことは置いといて問題は魔力量だ。計算ではたぶん足りる。詠唱は完了した。もりもりと大地がせり上がり、城壁を形成していく。使う土は城壁外のものでかなり深い堀が新たに発生し、城壁の防御力を上げる。




 一瞬気が遠くなる。ステータス上の魔力が一度ゼロまで落ち込んだように見え、また数値が上がりだす。来るとわかっていれば気絶も耐えることはできる。俺は魔力補充も尋常じゃなく早いから魔力が完全に抜けるのもほんの一瞬に過ぎない。気絶しそうになるのを気合で持ち直す。




「ちょっと待って。いま魔力切れで気絶しそうだった」




「……それで次はどうするの?」




 座ったまま動かない俺にアンがそう声をかけてきた。


 んー、次か。城壁は下から見た分には問題なく完成した様子だし、俺もアンも魔力はないし、疲労は濃い。なにせもうずいぶんと働き詰めである。


 疫病騒ぎから公都奪還、魔物の反攻からの防衛戦と、ほぼ三日間。昨日はそこそこ寝る時間は取れたがここに来ての魔力枯渇で一気に疲労が噴出した感がある。


 気を失いかけたせいもあるのか多少の気分の悪さを感じる。ただの疲労や寝不足だといいが、魔力酔いならまずい。本当なら軽くでも休息しておく場面であるが、休ませておく戦力などない。




「一旦、さっきの場所に戻ろう」




 そう言って立ち上がったところ、立ちくらみ。頭がふらつく。気分の悪さを自覚すると頭痛までしてきた。


 だが何事もないようにゆっくり歩きだす。今ここで倒れるなど論外だ。俺は名目上とはいえ指揮官。士気に関わる。


 幸い多少頭が痛くて疲労困憊なくらいで体はちゃんと動く。魔法は魔力が回復するまで使わないで済ませればいいし、剣や弓を扱うのになんら不都合はない。




 戻るとフランチェスカたちはまだ戦っていたが、追加がない以上もはや残敵の掃討で終了だ。ここに戦力を残しておく意味はない。




「フランチェスカはここの敵の殲滅を確認したら城壁上の支援に向かってくれ。アンは砦の中央に救護所があるからそこを頼む。俺とミリアムとオレンジ隊は城壁上だ」




 砦側はと見れば右翼側の壁はかなり建造が進んでいた。師匠のいる左翼側が遅れているのを見ると魔法使いを集中して片側だけでも塞ぐのを優先したのだろう。


 そっちはそっちで心配だがまずは城壁上の状況の確認だ。








「一言で言えばジリ貧じゃな」




 出来たばかりの城壁中央部に陣取ったリリアが珍しく弱気な発言をする。城壁が完成してもそれを守る戦力が足りない。転移で多少追加してもそれ以上に敵が尽きることがない。


 予備兵力がないのが問題すぎる。いくら精鋭ぞろいとはいえ、全員が全員戦闘に参加している状態では魔力はすぐに尽きるし、疲労もすぐに蓄積して休む暇もない。遠からずどこかで破綻するのは目に見えている。


 エリーもルチアーナも限界で騙し騙し転移用の魔力を運用している状態で補充の予定は先細りだ。無論のこと俺も魔力は回復中だ。




 この作戦は失敗だったか? 一体どこで判断を間違った?




「想定が甘すぎたか?」




 エルフオレンジ隊に囲まれこそこそと会話をする。城壁が完成しさえすれば精鋭部隊と転移での追加戦力の投入でどうにでもなると思っていたのが、それも怪しくなってきた。




「そうかもしれぬがここで賭けに出ねば、後方はもっと悲惨なことになっていたことじゃろう」




 北方砦を放置していた場合、ここで殲滅した数多の魔物がヒラギスに解き放たれたことだろう。少なくともそれは回避できた。




「もはやこの身が千切れ倒れようと、なんとしてもこの場は死守するしかあるまい」


 


 そう周囲を鼓舞するように言う城壁の最前線に立つリリア目掛けてハーピーが集中し、風精霊のガードに弾かれ落ちていく。


 危険な場所にリリアを置かざるを得ないほどエルフも消耗している。




「奥の手はまだある」




 俺の言葉に呼応するようにティリカの召喚ドラゴンが出現した。ハーピーの溢れる空へと悠然と飛び上がり、炎のブレスを吐き出す。




「おお!」




 ごめん、あれは違う。ちょうどいいタイミングで出たけどさ。


 ドラゴンは砦の上空を旋回しながらハーピーたちを蹴散らしていく。突如現れたドラゴンにハーピーは恐慌を来して混乱状態。それで城壁上にもいくらか余裕ができた。


 


「光魔法を覚える」




「良いのかや?」




「良いも悪いもあるまい」




 ここで戦場が崩壊するくらいなら、あらゆる手は惜しまない。




 今現在の俺のポイントはかなり余っている。空間魔法をレベル5に上げたがまだ50ポイントある。師匠に修行になるからと肉体強化系統、肉体強化、敏捷、器用の3つはゼロにしたまま。それでサティたちとまともに戦えるくらいの力はあるし、急に強化を上げて戦場で動きのバランスが崩れても怖いとそのままだったのだ。




 光魔法の取得はレベル3までなら20ポイントで足りる。目当てはレベル3の鼓舞チャージ。効果は自身と味方の力、速度の強化。


 レベル5の加護ブレッシングも取りたかったがそこまで取るにはポイント不足だ。だがリセットが使える。


 取るべきか? 取るべきだな。やるなら中途半端はいけない。不足は18ポイント。なくても問題なさそうなのは……格闘術レベル3、水魔法レベル3。合わせてちょうど18ポイント。


 光魔法を一気にレベル5まで上げる。




 光魔法とは勇者が使っていた魔法系統だ。勇者以後、使い手は現れず、勇者専用魔法だと言われている。効果を調べるのにリセット前提で覚えてみたときは微妙な魔法だと思ったが、こうしたぎりぎりの戦いともなると多少の戦力の底上げが大きな意味を帯びてくる。


 もうしばらく待って転移で誰か連れてくるより即座に効果はでるし、長期で見ても恐らく効率は良くなるはずだ。何より効果は自分にもかかる。魔力の回復が早まるのは非常に助かる。


 


「チャージ」




 まずは力と速度の強化。そして――




「ブレッシング」




 効果はHP、MPの常時回復。微量ではあるが。もちろんどちらも派手な光の演出付きである。




「これは、一体……?」




 兵士の一人がつぶやく。ふうむ。加護の回復効果、レベル5の割りに地味かと思ったがなかなかいいな。疲れた体に染み渡り、力がふつふつと湧いてくるようだ。


 体力と魔力というより気力とかの精神面の回復も含めてすべての面の回復をしているのかもしれない。




「チャージとブレッシングの魔法だ。効果は力と速度の強化、体力と魔力の回復で半刻一時間程度続く」




 そう周囲にも聞こえるように大きな声で話す。さすがに魔法をかけておいてこっそりというわけにもいくまい。




「他の場所にも支援してくる」




 範囲はある程度広げることもできるが城壁を半分カバーするくらいが限界のようだ。城壁の左右のかなりの範囲が漏れてしまっている。


 恐らく効果時間や範囲は増やせるのだろうが、いまは試している時間も魔力の余裕もない。




「チャージにブレッシング? さっきの光が?」


「光……光魔法? 勇者の物語に出てきた……」


「本で読んだことがある。パーティメンバーの力を上げ、魔力や体力を回復する魔法だ」


「これが!?」


「勇者が使っていた魔法?」




 戦いを続行しつつも慣れない支援魔法に戸惑う兵士たちからの注目を浴びながら鼓舞と加護を右翼の兵士たちにもかけていく。


 珍しい魔法だから使っても案外誰もわからないってこともあるんじゃないかとエリーに相談したことがあったのだが、それは即座に否定された。勇者の物語はこの世界の人間なら誰しも一度くらいは聞いたことがある有名な話なのだ。




「エルフの守護者が勇者……?」




 そうエルフの守護者がだ。山野マサルがエルフの守護者だと知っているのは関係者のみでそう多くはない。多くないはずだ。




「奮戦せよ! 我らには神の加護がある!」




 右翼の指揮官の言葉に兵士たちが沸き立つ。その中をかき分けるようにゆっくりと中央部へと戻り左翼側に向かう。急いだところで魔力は底をついているし、俺への魔物の集中攻撃も元気を取り戻した兵士たちが寄せ付けない。




「あれが勇者?」


「だがエルフだぞ」


「エルフでも構うものか」


「そうだ! あの方こそエルフを率い、常に前線に立って戦ってきたヒラギスの救い主だ!」




 こいつは俺のファンかな? 俺がエルフの総指揮官なのは戦場でも知れ渡っていることだし、俺自身もところどころ派手に動いてたしなあ。


 アンを連れて来てたら誤魔化せなかったかな? んー、どう考えても無理か。光のエフェクトははっきりと俺から出ている。オレンジ隊に囲まれ隠れて詠唱も可能だったろうが、狭い城壁上ではそれで隠し切るのは不可能だろう。何より効果は一時間程度。戦いが続く限りこれから何度もかけることになる。




「ヒラギスの救い主……聖女様じゃなかったのか?」




 別の誰かがそれに疑問を呈する。そうだよ。ヒラギスを救うのは聖女様だよ。こんな終盤で宗旨変えはよろしくないよ! 思ったより魔法の反響が大きくないか!?


 だがその兵士に答えた者がいた。フランチェスカが下が片付いたようで城壁へと上がってきていて、左翼の兵士に交じって俺の魔法を受けていたのだ。




「物語では聖女様が勇者に仕えていた。エルフの守護者が真に勇者なのだとしたら……」




「エルフたちが聖女様に仕えていたように見えていたのが、実は逆だったのか?」




 そういやこっちに来るときアンがヤバそうなこと言ってた気がするな。『その方の望みが私の望み。私にとっての神の声なのです』だっけ? あそこにいたのは……たぶん神殿関係者だけ。いや、それでも神殿内部に光魔法の使用が伝われば、守護者イコール勇者説を補強する強力な証拠になりかねない。




「かもしれないな。ふふ、しかしそうか。そういうことだったのか」




 フランチェスカが何か納得したように声を弾ませて言う。こいつはある程度の事情を知る関係者の一人。加護や使徒のことは当然教えてないし知らないはずだが、誰が俺たちのリーダーか。誰がエルフを率い、剣聖に剣を捧げさせ、力あるものたちを従えているのか知らぬはずもない。


 エリーやティリカがいつか指摘したことがある通り、客観的に見れば勇者そのもの。あと足りないのは魔王くらいのものだ。




「あいつも知っていたのだな」




 俺を見ながらフランチェスカが言う。あいつとはウィルのことだろう。そういえばいつか聞かれたことがあったな。公爵令嬢に無礼な態度を取り、帝国の王子をパシリに使うお前マサルはただの平民なのかと。




「俺はただの……」




 なんだろう。もはやただの人間というには人間離れしすぎている。だがまあこんなところでフランチェスカ相手に弁明するのも時間の無駄だな。




「次に行くか」




「はい」




 俺の独り言めいた言葉にミリアムが答える。次はアンのところか。考えるのは後。救護所には負傷した兵士と魔力の切れたエルフたちがたくさん待っているのだ。

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