222話 ヒラギス北方戦役 ~北方砦防衛戦~

 少々困ったことになった。破壊された城壁の修復を試しに一回やって、魔力消費と残りの修復箇所からざっくり計算してみたのだが……




「城壁を直すのに魔力が足りないかもしれん」




 北方砦はヒラギス防衛の最重要拠点だ。厚みも高さもそうそう見ない大規模な城壁となっていて、修復にかかる魔力も半端な量では済まない。転移が終わればエリーも手伝ってくれるが、それを含めても恐らく足りない。最高級のマジックポーションであるエルフの霊薬も作業の前にすでに使用済み。


 念の為作業の傍ら、俺に付いて貰っているエルフの一人に歩測してもらったのだが、困ったことに俺の試算は結構正確だったようだ。




「やはり足りませんか? どう致します? 砦側の人員をこちらに引っ張ることもできますが?」




「そっちはそっちで足りてるわけじゃないだろう?」




 地面に両手を突き、次の詠唱を始めながら言う。なにせ砦はほぼ全壊状態だ。陸王亀を臨時の壁にして一時的には魔力を節約できるとしても、最終的にはすべて再建する必要がある。人手はいくらあっても足りないはずだし、こちらに部隊を回して砦側の完成が遅れても本末転倒だ。


 エルフの動員数を増やせないこともないだろうが、一〇〇人を一気に運ぶための魔力消費も相当量で、魔力のやりくりがいま以上に厳しくなるし、防衛戦力も必要だから土木作業系メイジばかりに偏って連れてくるというわけにもいかない。


 何より転移と防衛、城壁と砦の再建作業は今も同時並行で進行中だ。完全包囲され戦いの激しさが増している状況下で、急な人員の再配置での混乱を招きたくはない。少数精鋭での今の脆弱な防衛態勢では、どこか一カ所が抜かれただけでも戦線が崩壊しかねない。




「砦側にも状況だけ知らせておいてくれ。今のところ配置は変えなくていいが、里で土メイジに余裕があれば出動要請を頼むと」




 作業を続けながらそう指示を出す。しかしどうするか? 早急に対応を考えねばならない。


 エルフの里の人員に余裕があれば、俺の転移で連れてくるのが一番手っ取り早い。だが今は緊急性のある城壁の修復作業中だし、そもそも土メイジの数に余裕があるか現時点では不明。やるなら連絡がついて人員の余裕などが判明してからだ。




 壁の強度を下げるか、厚みか高さを抑えるという手もある。だが一度は破壊されたのだ。強度を上げこそすれ、防衛力を弱めることはしたくない。


 たぶん一時間か二時間もあれば、俺の魔力回復分とエルフの増員でどうにかなるはずだ。


 そうなると手抜き工事をして後から修復では、魔力も手間もごっそりと増えるだけ。城壁を造って戦いは終わりじゃないのだ。魔物が諦めるまで数日、あるいはもっと続くことも考えなければならない。


 一時的でいいならいっそ簡易の壁で済ませるか? 城壁ですらないただの壁で、厚さも高さも抑えれば消費魔力は相当減らせる。そうして回復待ちの時間を稼ぐ。一番無難だし、一時的な壁ならエルフの土メイジの誰でも造れる。




 考えを巡らせつつ詠唱を終え立ち上がったところに、俺の護衛に大人しくついていた師匠から珍しく声がかかった。


 


「ならば隙間はそのままにしておけばいいではないか?」




 そう言った師匠が指差す先を見る。修復が進む城壁の上からぽんぽんと放たれる範囲魔法を掻い潜って侵入してくる何体かの魔物と、それと戦い危なげなく撃退していく剣士隊の姿。


 なるほど。あえて城壁に隙間を空けておき、抜けてきた魔物は剣士隊で対応するのか。城壁上からの支援攻撃あってのことだが、修復が進めば防衛はもっと楽になるはずだし、部隊の配置もいじらなくていい。


 あくまで時間稼ぎでいいのだ。危険そうなら改めて封鎖すればいい。普通の部隊なら損耗覚悟の案だが、ここにいるのはビエルスでも精鋭の剣士たち。悪くないアイデア……な気がする。




「……長くても一刻二時間です」




「たったそれだけでも良いのか? よかろう。我らに任せておくがいい!」




 何かリスクがありそうな気もするが、師匠が太鼓判を押したのだ。他に妙案があるわけでもない。


 頼みます、そう頭を下げると再び城壁の修復作業に戻った。防衛の要、巨大な城壁の建造だ。構造もそれなりに複雑で、気を抜いてできることでもない。集中、集中――








 師匠が任せておくがいいと大見得を切ったのはなんだったのか。


 


「え、俺? 俺がですか? 冗談でしょ?」




 城壁の修復作業に魔力を使い切り、ようやく大仕事を終えた場面である。珍しく前線で戦って、俺に近づく魔物のことごとくを斬り伏せていた師匠に交代だと告げられた時、正直意味がわからなくてそう聞き返した。


 


 いやわかるよ? 魔力切れの魔法使いなんて休んでるしかないし、俺は前衛もできるからね。むしろ得意だといってもいい。きっと休ませるくらいなら修行も兼ねてとでも師匠は思ったのだろう。だからって今、この状況でか!?




「冗談なものか。それとも守護者殿はこの程度の相手に怖気づくか?」




 怖気づくなどとは心外だ。この程度と言われればまったくその通りで、今更オークやオークキングごときにやられるつもりは毛頭ない。むろん戦場では何が起こるかわからないが、その程度のリスクはいつだって存在する。


 安い挑発であるが、俺を知らない者なら真に受けてしまうかもしれないし、リスクといえば俺自身が多大なリスク要因ではあるのだが……師匠がやらせたいのならここは素直に受けておこう。師匠の課す修行としてみればむしろ楽な部類だし。




「まあいいでしょう。剣聖殿もお年だ。無理は利きますまい。後ろでゆっくりしておられるといい」




 そう返して城門側に向き直る。移動中ならともかく、北方砦に到着して防衛体制が作られつつある現状、俺の指揮官としての仕事もほぼなくなったし、一度くらいは戦場で剣の強さを見せておくのも悪くはない。




「ワシのところへ一匹足りとも通すなよ!」




 師匠のハッパに剣士たちから気合の入った返事が返るのを聞きながら、オークの一団が堀を突破するのを待ち構える。もはや恐ろしいとは思わないが、怒号を上げて向かってくる屈強な魔物の姿を見て嬉しい気分になるわけでもなし。


 つい、ふふっと笑ったのをミリアムが何事かと顔を向けてくる。




「これで月二五万円は割に合わねーなって」




 俺の言葉にミリアムが首を傾げる。当然なんのことかわからんよな。この世界では全く意味のない数字、単位だ。未だに日本円に換算して考える癖は抜けないが、俺にとってももはや意味のない数字に成り果てている。成功報酬でお米を貰える約束にせよ、できれば日本円の月給のほうも何か他の、こっちで役に立つ報酬にしてほしいものであるが、お金はもちろん、普通に手に入るものはだいたい自力で入手できるし、お金では買えないとても貴重で大事な物も手に入れ、欲しい物と考えてもとっさに出てこない。




「この話は後でな。やるぞ!」




 はい、とミリアムが返事をした。これはその大事なものを守るための俺自身の戦いでもある。力があるのに他のものに最前線を任せきりでいいわけがない。まあ進んで前衛に立ちたいとも思わないのが本音であるのだが。








 結局防壁には三〇メートルほどの、隙間というには広いスペースができてしまった。そのままではさすがに守りづらいので、簡易の壁を建造。広めの城門程度の空間を突破口として用意した。そこに両側にも壁を作って通路とすれば、魔物はまっすぐに進むしかない。


 さらに通路には三メートルほどの深さの堀を二段作って魔物の勢いを殺し、渋滞が発生するようにしてあった。進んでもらう必要があるから簡単ではないが登れないほどじゃない高さなのがミソである。


 あまり通るのを困難にして脆い簡易防壁のほうへ向かわれては余計に面倒だ。まあ簡易壁を突破されたところで対応できるだけの戦力は周辺各所に配置してあるし、むしろ壁を乗り越えようとしたり壊そうとして途中で足を止めてくれれば、殲滅も楽になろうというものである。




 一旦通路に足を踏み入れればもう逃げも隠れもできない。行く手には二段の堀。後退したところで城壁上からの攻撃範囲内からは簡単に抜け出せないし、後続もどんどん入ってくる。


 堀で渋滞し混乱したところに魔法をぶち込めば入れ食いである。そうでなくともいきなりの三メートルほどもあろう堀だ。落ちただけではダメージも軽いものだろうが、次から次へと後続が来るのだ。最初に落ちたやつが押しつぶされ、さらに次も後続に押しつぶされ、上からは攻撃が飛んでくる。堀と通路は阿鼻叫喚、地獄絵図となる寸法で、地獄を抜けたところに俺たちが万全の態勢で待ち構える。


 


 ここから何時間、あるいは何日防衛が必要かわからない状況だ。前衛部隊で魔物を一定数引き受けられるというメリットは大きい。城壁上の防衛部隊にしても魔物が一箇所に集中すれば、それだけ防衛も楽になる。魔力も節約できる。




「もっと魔物を通すよう上へ伝令を出せ」




 数戦した後、師匠が勝手に指示を出していた。上からの攻撃が激しいせいで突破してくる魔物が少ない。それで俺のほうへとようやくやってきた魔物もミリアムがほぼ倒してしまっている状況だ。上の火力も余力があるとはいいがたいし、他へ回せるか、節約できるならすべきだろう。師匠の指示を訂正する理由はない。




 要請はすぐに届いたようで、かなりの集団が通路に侵入してくるようになった。それでも張り切るミリアムのお陰であまり出番の増えないままだったが、ある時点から二段めに抜けてくる魔物が一気に増えた。どうやら一段目の堀が埋まりつつあるようだ。


 一段目が埋まるのは想定通りだが二段目もある。あるのだが、思ったより抜けてくる魔物が増えた。二段目は俺がアイテムボックスで保守すれば埋まることはないのだが、剣士隊との距離が近すぎてもう城壁上からの攻撃ができなくなる。そのせいで二段目に入ってしまえばむしろ安全地帯とさえなってしまっていたのは大きな誤算だった。


 弓か魔法、それか槍持ちでも居れば良かったのだが、そんなものがこの臨時の防衛戦線に余っているはずもない。




 戦闘は一気に激化した。それはいいのだが、一撃を食らい脱落しだす剣士が現れだした。


 


「相手は手負いだ! 確実に倒すまで手を緩めるな!」




 そう周囲に向けて叫ぶ。運良く抜けてきただけの雑魚もいるようだが、幾重もの攻撃を掻い潜り、堀を這い上がってきたタフな魔物だ。本当の化け物が少なくない数混じっている。


 確実に急所を抉ったはずなのに動きは止まらず、反撃を加えてくる。魔物にしても後退するという選択肢はない。進むか死ぬか。


 まともな状況なら一対一でそうそう遅れを取る剣士隊ではない。だが突破してきた数が増えれば、倒すのに少しでも手間取ってしまったところに追加の敵が加わる。その中には強い個体も混じる。


 オークキングクラスともなれば素手で石の城壁を破壊してのけるパワーと、首を切り裂き心臓を貫いてなお戦おうとするタフネスさを兼ね備えている。そいつが決死の戦いを挑んでくるのだ。倒した、そう思ったところに思わぬ反撃を食らう。




「前に出すぎた。少し下がるぞ」




 ミリアムにそう告げて二メートルほど堀から後退する。いきなり被害が増えたのには俺とミリアムに釣られて部隊全体が前に出過ぎてしまったせいもあった。


 俺とミリアムにとって堀から這い上がってきたところを狙って倒すのが一番楽なのだが、それも探知ありきでのことだ。堀に近寄り過ぎて戦闘中に不意を打たれてしまえば熟練の剣士とてあっさりやられてしまうこともある。




 だが十分な距離を取るのも諸刃の剣だった。相手に堀から上がる余裕を与えることになる。


 するとどうなるか? 今の格好は守護者スタイル。立派な鎧に目立つ焦げ茶色のマント。この戦場で猛威を振るい続けたエルフの制服である。それが中央最前列。魔物が向かってくる真正面に居るのだ。ミリアムももちろんオレンジ隊の制服なのだが、どうみても俺のほうが目の敵にされている。ど真ん中にいるというだけでは説明できないほどの集中攻撃である。




「あっ」




 堀から距離を取ってほどなく、パキンとミリアムの剣がへし折れた。




「さが……」




「下がれっ! 交代だ!」




 俺が言い切るまでもなく待機していた剣士がそう怒鳴り、ミリアムを押しのけて前に出た。


 師匠の前だ。ビエルスの剣士としてはいいところを見せたいのだろうが、進入路を制限したお陰で一度に前線に立てる剣士は少ない。予備に回った剣士たちは出番を今か今かと待ち構え、傷を負ったり何かのミスをした剣士は即座に交代させられていた。




 運悪くとは思うまい。剣は壊れるべくして壊れる。実際に実戦で剣が折れたことでもないと、剣の耐久性なんか意識しないしする余裕もない。


 当然ながら予備の武器の備蓄は十分にあるし、ミリアムにしてもショートソードをもう一本装備している。どこかで交換なり、剣の状態を確認するなりしないのはミリアムの経験不足、実戦不足だ。




 まあ俺も剣を折ったのは試合や立ち会いのみで実戦ではないが……そういえば実戦でこんなに前衛で連戦するのは何げに初めてじゃないか? 狩りでは後衛ポジションだったし、突発的に近接戦闘が発生した時もせいぜい数匹程度が相手。


 ……あれ? 経験豊富なつもりで全然そんなこともなかった? そもそも冒険者になって初めて実戦を経験して、まだ一年も経ってないな。この戦場に集まってきているのは猛者揃い。下手したら下から数えたほうが早いくらい実戦経験が浅いかもしれない?




「なかなかやるようだが、あんたも怪我する前に下がったほうがいいんじゃないか?」




 剣聖の御前で剣士隊を差し置いて、一等地で戦っているのが気に入らないのだろう。ミリアムと交代で入った剣士が言う。ぱっと見ベテランかどうかの判別はつかないが、少なくともこのヒラギスで長期に渡って戦場を転戦してきた剣士だ。少々舐めた感じなのも自信の表れだろう。




「そうだな。もし危なくなるようなら早めに交代してもらうこととしよう」




 新兵はベテランの言葉は素直に聞くものだ。そいつは俺の返事に拍子抜けしたようで、接近しつつあるオークに向き直った。まあミリアムが居なくなったとて、やることが変わるわけでもない。




 そう思っていたのだが戦闘が再開したとたん、俺の負担がどっと増えた。そいつの腕はミリアムほどじゃないのは当然にせよ、何より息が合わない。一対一ならまだしも俺のところには魔物が集中する。殲滅が遅くなれば後続の魔物もやってくる。効率よく倒す必要があるのだが、狙う相手が被る、遠慮し合う、あまつさえ複数の魔物に押されてそいつ一人、後退までする始末だ。




「交代しろ!」




 押された挙げ句、やられそうになったそいつを助けに入って叫ぶ。たかがオークと舐めてかかったのだろうし、ミリアムがメインで戦ってたとはいえ、俺の強さも見抜けない時点で実力はお察しだったわ。たぶんオーガクラス下位か、下手したらそれ以下かもしれない。いや迂闊に大口なんて叩くもんじゃねーな!




 ところが次に送り込まれた剣士も中央を守るには実力的に物足りない。俺のフォローがなければ数戦ももたずに退場しそうなほどだ。


 上に言って通路への攻撃を強めさせるか? いやそれよりミリアムはどうしてるんだ? 戦闘が収まった隙に探してみると、ミリアムは律儀に順番待ちの剣士の列に混じっている。




「どうした? お供がおらんと不安か?」




 振り返ってきょろきょろとしていた俺に師匠が揶揄するように言う。どうも俺の両サイドに送り込まれる剣士が弱いと思ったら犯人はこいつか……




「ミリアム、弓で支援に回れ!」




 そう上空を指差し、急ぎ師匠のところへミリアムの弓セットを出してやる。


 また一斉襲撃を企てているのか、徐々にハーピーたちが集結しだしている。俺の負担は大きくなったままであるがそれでも許容範囲内だし、ミリアムがいると楽になりすぎるのもわかる。それなら遊ばせておくより支援に入ってもらったほうがいい。


 現状剣士は余っているが、対空担当はいくらいても足りない。地上と空からと同時に襲われては、いかな俺でも無傷で乗り切る自信はない。




「隣、俺からもっと離れていろ」




「む?」




「邪魔だと言っている。ここは俺一人で十分だ」




「なにっ!?」




 連携ができない相手だと邪魔でしかない。師匠が腕のいい剣士を送り込んでくれるのは期待薄だし、こちらから頼むなど論外。それなら一人で対処したほうがまだマシだ。


 


「ほう。大口を叩くだけの働きは見せてくれるのだろうな、守護者殿?」




 師匠がそう問いかけてくる。誰のせいで大口を叩くことになったと思ってんだ。




「当然だ」




「言う通りにしてやれ」




 師匠の指示に両隣の剣士がざっと距離を取る。まあさほどの危険はないはずだ。ミリアムの弓での支援が来るし、後ろには師匠、周りも剣士だらけ。いざという時の助けには事欠かないし、魔物はいくらでもやってくる。近接戦闘の実戦経験を積むには理想的な環境だ。


 だがヘマをしたり助けを求めなどした日にはとんだ笑いもの。エルフの守護者としての面子に関わるし、経験云々など関係なしにとことんやるしかない状況である。


 覚悟を決める。ほんの二時間ほどオークを切り刻むだけ。実戦ではあるが、ビエルスでのガチ修行に比べれば楽なものだ。


 何か良いように乗せられた気がめっちゃするが!

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