221話 ヒラギス北方戦役 ~北方砦奪還作戦~

 潜入はあっさり成功した。結局潜入は最小限の人数で、俺とサティと師匠だけで探知を駆使し、北方砦近くまで進む。だが巨大な陸王亀を出せそうな場所がない。砦周辺の大きな更地には漏れなく魔物がいる。あまり探してる時間はないと、思い切って距離を取った。それでも出すのは森の中だ。ティリカを転移で迎えると、障害物があってもたぶん大丈夫というのでバキボキと盛大な音を立てながら森をなぎ倒しつつ強引に召喚することになった。


 しかし見つかるリスクを抑えたお陰で召喚とその後の兵力の転移は、魔物に発見されることもなくスムーズに進んだ。できれば魔物が対処する間もなく一気に北方砦に到達したかったが、こうなってしまっては仕方ない。




「北方砦までは距離がある。なるべく急ぐぞ」




「しゅっぱつ」




 俺の言葉にティリカが陸王亀に命令を発した。距離があると言っても巨大な陸王亀の足だ。馬くらいの速度だとしてもせいぜい一〇分はかからない程度の……




「て、停止!」




 俺が叫ぶまでもなかっただろう。すぐにずうううんと地響きを立てて陸王亀の動きが止まり、突然の嵐に飲まれたかのような揺れも止まった。


 なんとなく馬やティリカのドラゴンに騎乗したのをイメージしてそこまでは考えなかったのだが、体長一〇〇メートル、体高は恐らく二〇メートルを超える。甲羅の上はそこらの町の城壁より高く、それが歩く。




「た、戦うどころじゃないわよ、これ?」




 倒れないようにとっさに俺にしがみついて難を逃れたエリーが周りを見て言う。殆どの者が甲羅にべったりと伏せ、陸王亀が止まったのに合わせて恐る恐る起き上がろうとしている。


 揺れるなんて表現は生易しい。森の中を無理やり木々をなぎ倒して進もうとしたせいもあるのだろうが、たった二、三歩歩かせただけでほとんどの者が立っているどころか、投げ出されそうになって甲羅にへばりついているのが精一杯。魔法の詠唱なんかとてもじゃないが無理だし、矢の狙いをつけるのはもちろん、剣を振るうことすら至難だろう。




 俺も倒れかけたのだがサティが咄嗟に支えてくれて、サティの反対の手にはティリカが掴まっていた。ミリアムやシラーも倒れてないし、獣人はバランス感覚に優れているようだ。リリアたちエルフ組は精霊が反応して倒れないようにしてくれたようで無事だった。




「どうする?」




 無理をして被害を出すくらいなら最悪作戦中止も考えないといけない。




「ゆっくり歩けばたぶん……」




 ティリカが自信なげに言う。魔物も背中に乗って移動していたはずだが、どうしてたんだ? いや、背中に乗ってただけか? 動いた状態での戦闘はなかったはずだ。それに陸王亀を倒した時の背中のひどく乱雑な状態。これだけ揺れれば物の整理どころじゃないだろう。




「いつまでも止まってられないわね。とりあえず進めてみましょう」




 エリーの言葉にティリカがこくりと頷くと陸王亀が再び動き始める。近くに魔物の居ない場所を選んだとはいえ、何しろでかくて目立つ。一応俺たちも魔物っぽく見えなくもないような装備を上から被ったり、ボロ布や毛布などで姿を隠したりして偽装はしているが、見られてどこまで誤魔化せるかは微妙なところだ。あまりのんびりしてるわけにもいかない。




 一歩、二歩。船が波に揺られるような大きな揺れに、足を踏みしめる時の細かな揺れが、動きを一層に複雑にしている。だが揺れるのがわかっていれば立っているのは難しくはないようだ。


 そして五歩一〇歩と進むうちに、弓の狙いは少々難しいかもしれないが、立って戦うことは十分可能な程度に揺れが収まるようになってきた。しかしその代償に陸王亀の歩みはかなり遅くもなった。


 ぶっつけ本番作戦の弊害だな。やはりティリカの言う通り、一度試しに出して動かしたほうが良かったのかもしれない。まあ色々と手遅れではあるのだが。


 


「そろそろ見えてくるぞ」




「さすがに敵だらけっすね」




 俺と同様探知持ちのウィルも言う。




 森をなぎ倒して進む先にはヒラギス北部へと侵入しようとする魔物の流れ。




「このまま進めばいい?」




 ティリカの問いに頷く。




「まっすぐ突っ込め。各員戦闘準備を」




 後ろを振り返って作戦の参加者たちに伝える。




「各員戦闘準備」


「各員戦闘準備」




 まだ距離はあるから多少声を出しても大丈夫なのだが、俺の指示が流れるように静かに後方に伝わっていく。




 配置されているのは前衛部隊が三〇〇名にエルフが三〇〇名。一〇〇メートルサイズの陸王亀とはいえ、実際に使える背中の面積は半分といったところか。この六〇〇名というのはエルド将軍たちと相談して決めた、スペース的にまともに戦えるだろうギリギリの人数である。ちなみにそのエルド将軍は参加したがったが置いてきた。もし作戦が失敗して俺たちが帰還すらできないような状況に陥れば、後は後方でどうにかしてもらわなければいけない。その時指揮官不在では困難が増す。


 最悪はない。そう考えたいところだが大きく揺れ、凹凸の大きい慣れない足場でいきなりの実戦だ。ちゃんと戦えるのか? だがもう悩むような時間はない。




「魔力の温存は考えなくていい」




 このセリフもヒラギスに来て何度目だろう。加護持ちが増えてレベルも各自上がって戦力は相当増強されたはずなのに毎度余裕が見られない。




「サティ!」




 ハーピーが数匹、飛び立ちこちらへと向かおうとしていた。俺が警告するまでもなくすでに弓を構えていたサティが、パシュパシュパシュと五連射を放つ。放たれた矢は吸い込まれるようにハーピーに突き刺さり、五匹のハーピーが断末魔の悲鳴すらほとんど上げられず落下していく。


 うむ、さすがだ。俺だと落とせても倍以上の時間は確実にかかっていただろう。しかも揺れる足場だ。弓術のレベルは同じなのに、こればっかりは真似できん。


 だがそれでも多少の時間稼ぎにしかならなかったようだ。低空か木の上にでもまだハーピーが居たのだろう。そいつが警戒の鳴き声を発した。




「弓隊、撃ち落とせるのは撃ち落とせ!」




「はっ!」




 警戒の声に反応したハーピーが次々と飛び立っている。さすがにもう誤魔化しようも時間稼ぎも無理そうだ。


 ハーピーに対応している間にも陸王亀は着実に進み、移動する魔物の大群へと到達しようとしている。むしろここまでバレなかったのが奇跡的ですらある。




「戦闘態勢! 各自攻撃開始! リリア、前方の敵を吹きとばせ!」




 俺の指示にリリアが即座に詠唱を始めた。大量のハーピーがさかんに叫び声を発しながら陸王亀を包囲するかのように飛び回り、迎撃の矢や魔法が撃ち出され始めた。


 偽装の効果か近づく端から撃ち落としているせいか、魔物側はまだ状況を十分に把握しきれないのか、統制の取れた攻撃ができないでいるようだ。




 森を抜け、陸王亀が魔物の群れに突っ込んだ。陸王亀が魔物をなぎ倒し、その体を完全に街道へと乗り入れたタイミングで黒い雷雲が大きく成長し、地をなめ尽くす雷撃が発せられる。前方の魔物の反応がごっそりと消滅した。




「進路を右へ。道沿いに進め」




 ほとんどの障害が消えた中、陸王亀がゆっくりと方向を変える。




「おお、おるわおるわ」




 リリアが嬉しそうに言う。ヒラギス方面と砦方面双方に敷き詰められた魔物魔物魔物。周辺からは空を埋め尽くさんばかりのハーピーたちが集結しつつあった。だがすぐにはこちらへ向けて動く様子がない。一旦距離を置いて、態勢を整えるようだ。




「早めに手を打って正解だったかしらね?」




 この魔物の群れが今日の分だとすれば、昨日と同程度か下手すれば更に多い可能性もある。そして明日の分もないとは言い切れない。受けに回っていてはジリ貧だったろう。




「移動中になるたけ減らしておきましょう」




「そうだな。担当を決めようか」




 エリーの提案に頷く。加護持ちの後衛は俺とエリーとティリカ、リリアにシャルレンシア。ティリカは召喚でエリーは城壁作りに温存したい。リリアは正面だな。急所である陸王亀の頭を風精霊でガードもしてもらわなければいけない。そうなると俺とシャルレンシアで左右。後方も配置したいところであるが人が足りないし、現有火力でカバーしてもらうしかない。




 担当を決め兵士たちをかき分けて陸王亀の左方へと移動すると、方向転換を終えた陸王亀がまたゆったりと進み始めた。




「来るぞ」




 誰かの押し殺した声。距離を取って滞空していたハーピーの空気が変わっている。統率の取れた群れの動き。俺たちへの明確な敵意。


 程なくどこかから鋭い鳴き声があがり、ハーピーたちが一斉に動いた。




 見てる場合じゃないな。詠唱開始――


 地上の敵を空から襲いかかってくるハーピーごと薙ぎ払う。だが詠唱が半ばにも達しないうちに多くのハーピーに迎撃を掻い潜られ、前衛部隊は激しい戦闘状態に突入した。


 


「撃て! 撃てっ!」


「確実に狙え! ハーピーを近寄らせるな!」


「エルフを守れ! 何があろうと絶対に陣を崩すな!」




 後衛部隊の攻撃は十分に効力を上げている。向かってくるハーピーの多くは俺たちに鉤爪を届かせることなく撃墜されている。だがそれ以上の数が無傷で陸王亀の背に到達している。


 くそっ、火力が足りてないのか。このまま乱戦状態になると被害が……




 だが戦線の心配をしてる場合でもなかった。数匹、編隊を組んでまっすぐ俺のほうへと突っ込んでくる。魔法や矢が浴びせかけられるが、ハーピーは上空から急降下してくるのだ。矢を食らい魔法でボロボロになりながら、そのままの勢いで――まずい当たる。詠唱が――




 激突する寸前、落下してきたハーピーは斬り払われ叩き落とされた。師匠か。ミリアムも付いているし、俺の守りは心配しなくて良さそうだ。




 詠唱が終わり、即座に範囲雷撃を発動させた。陸王亀に取り付こうとする地上の魔物と多くのハーピーを巻き込み殲滅できた。


 いつもならハーピーはほとんど逃げられて仕留められないのだが、今回は違った。逃げない。まっすぐ突っ込んでくる。俺の範囲雷撃でごっそり削られてもなお、弓とそれ以上に濃密なエルフの魔法攻撃でばたばたと落とされながらも相当数の接近を許してしまっている。




 倒した分もそれでおしまいってわけでもないのがやっかいだ。


 陸王亀の背中にぎりぎり配置できる六〇〇名。そこに倒したハーピーの死体が落下するとどうなるか。運が悪いと勢いのついた何十キロもの肉の塊をまともに食らうこととなる。


 確実に仕留めていればまだいい。息があったりまだまだ戦う力を残していたりすると被害が大きくなりかねないし、死体自体も戦闘の邪魔になる。さらにそこに大きな揺れが加わる。




「よく見て落ち着いて対処せよ! ハーピーごときに後れを取るな!」




 しかし混乱したのはほんの僅かな時間。前衛の剣士の手の届く距離に入ったハーピーは、羽虫のごとくあっさりと斬り払われていく。三〇〇名の前衛は一〇〇名の選抜された優秀な兵士と、二〇〇名のビエルスでも上位の剣士たち。数が多いだけのハーピーにやられるような戦士は一人としていなかった。


 そして前衛が頼りになると理解できて落ち着いたのか、後衛の攻撃も安定しだした。


 


 よし、もう一発だ。走る速さほどで移動する陸王亀に地上の敵はさほど脅威ではないが、それでも探知が意味をなさないほどの敵が陸王亀に迫ってきている。減らせるだけ減らす。


 詠唱開始――


 当初の混乱を乗り切り、どうにか瀬戸際で防ぎ止めている。俺のほうでこまめに範囲攻撃をすれば状況は好転するはずだ。




 なんだ……? 後方からこれまでとは違ったざわめきと叫び声がする。なんだと振り返ると巨大な飛龍が陸王亀右舷方向に姿を見せて、一直線にこちらへと向かおうとしていた。


 まずい。持ち場の反対側だし、近場に潜んでいたようで気がつくのが遅れた。そして飛龍の動きが速い。


 詠唱を中断しようにも、俺のほうも俺のほうでハーピーを減らさないと最悪の状況を招きかねない。右舷側にも十分な戦力が配置されているはずだ。信じるしかない。




 エルフの魔法が放たれたが回避された。矢は当たっているが、その程度では止まる様子もない。右舷担当のシャルレンシアが詠唱を始めている。エルフの何人かも。間に合うか? 


 飛龍は勢いを増しつつ一気に接近してきている。もし飛龍の巨体が激突すれば、それだけでも数十人規模の犠牲が……




 その時、ゴウッと何かが飛龍へと飛んだと思うと、飛龍の鼻面を抜けて背後へと突き抜けた。陸王亀にすんでのところで届かず、力なく落下する飛龍にわっと歓声が上がる。落ちた飛龍はそれでもまだ生きていたようだが、魔法の追撃で完全に止めが刺された。




 サティは背中の中央部、少し小高い出っ張った場所に陣取っていた。手にするのはエルフの職人が趣味で作った、人力ではまともに引くことすらできない最高強度の強弓、アサルトリザードの角弓。そこから放たれる総鉄製の矢の攻撃力は強力な魔法に引けを取らない。




「ここはやらせません」




 力強く周囲に言い放ち、弓を通常のものに持ち替えるとまた次々とハーピーを撃ち落としていく。


 あっちは任せても大丈夫そうだ。俺の詠唱も終わった。




「テラサンダー!」




 無数の雷撃が地上をなめつくす。正面、右舷、そして後方。どこも敵をなんとか撃退できている。むしろハーピーへの対処に慣れてきて余裕すら見て取れるようになってきた。


 周囲の状況を確認してる間にも陸王亀は進み、すぐに周囲が魔物で埋め尽くされる。もう一度詠唱だ。




「待て、上だ」




 師匠が俺の肩に手をかけて詠唱を押し止める。上? 真上にも当然大量のハーピーたちがいる。いや、全然当然じゃないぞ!?




「まずい」




 今すぐに警告すべきか? しかし迎撃は周囲の敵への対応で手一杯。直上の敵に振り向ける余裕はない。しかもハーピーが滞空しているのはかなり高空。恐らく時間をかけて高度を稼ぎ、範囲魔法を回避して接近してきたんだ。範囲魔法の高さより上だとなると、魔法も矢も届くかどうか。しかもまだ増えつつある。




 サティが気がついて矢を打ち込んだ。やはり距離があるのだろう。かなりじっくり弓を引いていて素早い連射は難しそうだ。命中したハーピーは当然ながら陸王亀の背中に向けて……外れた。ちゃんとこっちへと落ちてこない位置のを狙ったようだ。高空から落下するハーピーは相当な速度を稼いでいる。撃ち落としても移動もしているし、かなり距離もあるから全部が人のいる場所に落ちはしないだろうが、数が数だ。何も考えずに撃ち落としたうち何割かが激突するだけで、死人が大量に出かねない。




 ハーピーたちは戦力を集めているのかまだ降りてくる様子はない。真上を狙える範囲魔法って何があったっけ? 最悪風精霊で広範囲にガード? だがそうすると攻撃もできなくなるし、敵は残ったまま。意味がない。


 風系は基本的に射程が短い。火系だと燃やすと火だるまになったハーピーが落ちてきて大惨事になりそうだ。土系も石とか岩を打ち出すのも、大量のハーピーに対応するだけの質量の弾が事態を更に悪化させるかもしれない。




 じゃあ水系か? 石よりは安全だろうが、ハーピーがそのまま落ちてくるのには変わりはない。


 ハーピーが向かってきたところにタイミング良く、風系魔法を広範囲に展開するか? ウィンドストーム系を上空に上手いこと発生させれば……いや、外に弾き出されるとは限らないし、切り裂く程度で細切れになるわけでもない。だが他の魔法よりは幾分ましか?


 イメージ。上空にウィンドストームを発生させるイメージ。風の刃もより濃密に発生させて……そのままだと発動しても届かないから、ハーピーが向かってきてから発動することになる。そうなると詠唱のタイミングが重要だ。重要なのだが初めて使う魔法だ。勘を頼りにやるしかない。




 気がついた弓使いや魔法使いが攻撃を加え始めている。矢もまずいな。ちゃんと当たればまだいいが、外した矢がそのまま落ちてきている。魔法はやはり射程外だ。届いている様子がまったくない。


 魔法を上に撃ち出す場合、射程ってどうなるんだ? 普通に射程を延ばす感じで魔力を加えていけるのか?




 お? 誰かが撃ち出した火球魔法ファイヤーボールがハーピーに命中した。小規模な爆発は命中したハーピーをバラバラに粉砕し、周囲のハーピーも何匹か吹き飛ばした。おお、効果バツグンだ。




「ファイヤーボールを使え!」




 恐らくエルフの指揮官級だろう。そう命令する声が響く。火魔法なら得意だ。応用も利く。射程を長めにしてとりあえず一〇発くらいか? 敵の数が多いしフレア系よりも火球で数を撃つほうがいいだろう。それで一回様子を見て……


 だが詠唱しようとした矢先、上空のハーピーが急降下を始めた。攻撃が届き始めたので動いたか。




 即座に【火球ファイヤーボール】の詠唱を開始する。テストしてる時間はなさそうだ。


 ――射程のことはもう考えなくてもいい。あっちから来てくれる。火球の数は一〇、二〇? 


 ――足りない。もっとだ。魔力を一気に、限界まで絞り出せ!――


 俺のイメージ通り、五〇ほどの火球が瞬く間に形成され頭上に赤々と照らす――ぐっ、多すぎた。制御がきつい。集中。確実に狙う。ハーピーの到達にはまだ僅かな時間の余裕がある。




 その時陸王亀の背の揺れがぐるりと変わった。もう既に慣れ親しんだ動き。だが急激な魔力の放出と大量の火球の制御に集中しすぎ、体のバランスまで気を配る余裕がなくなっていた。


 倒れる。まずい。今倒れてしまうと大量の火球が暴走を……


 


「戦場にあっても常に冷静さを失うな。それにこの程度で倒れそうになるとは、鍛え方も足りんな」




 師匠が俺の腕をしっかりと掴んでいた。体がしっかりと安定する。その言葉に反論する暇などもちろんなかった。ハーピーはまったく速度を落とすことなく落下する勢いを増し、既に半分以上距離を詰めてきている。間に合え――




「ファイヤーボール!」




 狙いをつける余裕などなく、五〇の火球を拡散するように一斉に上へと解き放った。




「爆発するぞ! 伏せろ!」




 誰かが叫ぶ。伏せたとたん、ドンッと最初の火球が弾ける音。それを皮切りに火球が一斉に弾け飛んだようだ。伏せて目を閉じても感じる閃光に、上から叩きつけられるような衝撃。そしてやってくる熱に、遅れて何かがガツガツと頭上に降ってくる。


 危なかった! 今のはめっちゃ危なかった! 師匠が支えてくれなければ倒れていた。そうなると制御を失った大量の火球がどうなっていたか。




「助かりました」




「こいつが終わったらまたすぐに修行だな」




 マジカヨ。ヒラギスが終わったら長期休暇を取ろうと思ってたのに。




「そ、その件は後ほど」




「忘れるなよ?」




 話しているうちにも熱は引いたので顔を上げる。陸王亀は一瞬止まっていたようだが再び動き出した。


 閃光でぼやけた視力もすぐに戻った。焼け焦げた恐らくハーピーだったものがそこかしこに落ちているが、味方の誰かが巻き添えで燃えている様子もない。


 見上げると上空のだけでなく、包囲するように接近していたハーピーまでほぼ一掃されている。残っているのは集合に遅れた奴らだろう。




「被害報告!」




 そう叫ぶ。爆発音で耳も少しキーンとなっているが、聴力に問題ないようだ。


 俺の要請に応じて周囲で報告がやり取りされる。あれほどうるさかった周囲のハーピーたちも一旦引いたようで、その余裕はあった。




「重傷六、軽傷五。他は戦闘に支障がない程度です、守護者殿!」




 軽傷者が少ないのは回復魔法の使い手かポーションでその場ですぐに治療するからだろう。それでも思ったより少ない。誰かが死んでいてもおかしくない猛攻だった。


 とりあえず頷くだけで治療の指示は必要ない。出発前の計画では中央付近に治癒術師を何人か配置して、怪我人が出れば送る手筈となっている。




「見えた。砦が見えたぞ!」




 また前方の誰かが叫んだ。ハーピーたちは砦が近くなったので焦って決死の攻撃を加えてきたのか。揺れる陸王亀の背中を移動して前に出ると、北方砦の全容が視界に入ってくる。




「砦はもう使えんな」




 北方砦付近は山岳地帯の入口、谷間になっていて、街道も狭くなっている。そこを無理やり大型種が通るのだ。砦は完膚なきまで破壊されていた。復旧するより一から作ったほうが早そうだ。


 見ている間にもリリアの範囲雷撃が炸裂し、元砦付近にいた魔物が一掃され、倒れた魔物を踏み潰しつつ陸王亀が進んでいく。




「城壁は半分くらいか」


 


 ハーピーの攻撃が止まったのと細い街道で側面への攻撃があまり意味がなくなってしまったので、そのまま前方のエリーたちと合流する。その周辺はガードが行き届いていたのだろう。飛び散ったハーピーの残骸で酷い有様だった後方と比べ、実にキレイなものだ。




「また派手なことをしたわね」




「一撃でもってすべてのハーピーを排除するとは、さすがは守護者殿の魔法と言うべきではないか?」




 エリーとリリアが俺を迎えて言う。本当は風系の準備をしてたとは今更言っても仕方のない話だろう。派手になったのは咄嗟に火球を指示したエルフの功績だな。


 まあすべては結果オーライだ。危地は脱した。




「もう諦めたのかしら?」




「まさかな」




 起死回生の特攻攻撃も一気に殲滅され、生半可な戦力では通用しないと下がって態勢を整えているのだろう。このままあっさり終わるはずがない。


 陸王亀は最後の行程を静々と進み、リリアの魔法が再び辺りをなぎ払い、ようやく北方砦の半分崩れた城壁の前に到達した。時間を見ると陸王亀が移動し始めてから一〇分も経ってない。




「予定通り、やるぞ!」




 危地を脱してホッと一息ついてる場合じゃないな。僅か一〇分ではろくな戦力は集められまい。ハーピーの大群はたまたまいただけだろう。奇襲の効果はまだ十分ある。ここからはまた時間勝負だ。


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