219話 ヒラギス北方戦役 ~召喚術式~
「夜襲?」
深夜、拠点で寝ているところをエルフに起こされた。防衛戦二日目を剣士隊を中心にした四度の出撃で乗り切った俺たちは、エルド軍の防衛する町に戻って休息を取っていたところだ。時刻は……真夜中を過ぎたあたりか。
「はい、ティリカ様が来てほしいと」
「わかった。すぐに向かう」
交代の時間にはまだ二時間ほどある。俺の睡眠を邪魔するというのはそれだけ大事なんだろう。
「なんじゃ?」
一緒に寝ていたリリアがようやくもぞもぞとし始めた。ミリアムは素早く起きて、すでに俺の装備の装着を手伝ってくれている。
「敵襲だってさ」
とはいえ町は今も魔物に囲まれ、夜だろうが関係なしに常時攻撃されている状態である。多少敵の攻撃が激しいくらいでは俺を呼ぶ理由もないはずだが……
「はい。陸王亀、それもアンチマジックメタル装甲を付けております」
エルフのその言葉にリリアも飛び起きた。なるほど、俺を呼ぶ訳だ。
かつてエルフの里を襲ったアンチマジックメタル装甲をつけた巨大な陸王亀。そのサイズは全長一〇〇メートルに及び地上最大級。その巨体に比例して防御力も非常に高く、生半可な攻撃が通用しないのはもちろん、魔法を無効化するアンチマジックメタル装甲によってエルフでも最強クラスの火魔法使いの放つフレア五連撃すら耐えしのぎ、エルフの里を危地に陥れた。
そいつを俺が倒してエルフに大層な恩を売ったのが、半年くらい前のことだろうか。
「ついに力を手にする時が来た」
数分で到着した城壁の上でティリカが俺を迎え重々しく言った。
「そうだね」
半年待ったものね。件の陸王亀はアンチマジックメタルによって召喚術が阻害され入手に失敗。そのうち魔境にでも行って探そうって話をしていたが、王都へいってからこっち、そんな暇が皆無でようやく訪れたチャンスである。
夜襲は陸王亀を主力とする魔物の一団。陸王亀はその巨体を静々と進めている。月明かりもない夜では暗視でもないとその姿は確認できないし、巨体が踏みしめる足音も相当近寄らないと聞こえないうえ、接近は正面北方を避け、町の東方から。サティたちは北側に詰めていたから発見が遅れたらしい。
「だがそれを阻む物がある」
「忌々しいアンチマジックメタルじゃな」
まあさすがに今の俺たちの力なら、俺以外でも恐らく問題はない。エルフの五連フレアでも多少のダメージはあったのだ。だが問題は魔力の消費量もだが、倒して終わりって話ではないことだ。
「倒した後の回収も考えないといけないな」
召喚獣化するには魔法を阻害するエフィルバルト鉱アンチマジックメタルを引っ剥がす必要があるが、魔法が使えないから基本人力。俺たちだけだと人手が足りん。
「オレンジ隊を集めろ。それとエルド将軍も呼んでくれ」
寝てるかもしれんが出撃するための兵力を用意するなら、現場指揮官では判断に迷うだろう。
「で、どうすればいい?」
すぐにやってきたエルド将軍がそう尋ねてくる。
「今からあれを倒すのだが、死体を回収・・するのにアンチメタルマジック装甲が邪魔だ。それを兵士たちで回収、支援してほしい」
「装甲? そんなものをわざわざ兵士を出して回収するのか?」
「エフィルバルト鉱はそこそこ貴重だぞ。それに陸王亀にも色々・・と使い道がある。それと――」
エルフの里でのことを簡単に説明する。俺が倒した陸王亀のアンチマジックメタルはエルフの里の戦後、魔物側に回収されていたことがわかった。今も使われている装甲に再利用された可能性が高い。ここで回収しておかないと、何度でも出てきそうだ。
「ふむ。エルフがいらんなら持ち帰って王に献上してみるか」
俺たちで回収するにはアイテムボックスも使えないし面倒すぎるのだ。ただし魔法を阻害するといっても人間に持てる程度の量だと初級魔法を防げる程度。それなら普通のプレートメイルや盾で事足りるし、金属としての強度は低めで武器や防具にも向かない。眼の前の実例以外での実用化は難しいだろう。
「それがいいかもな。柔らかくて加工しやすいから細工物の材料としては中々上物らしいぞ?」
先ほどから陸王亀の足音がずしんずしんと聞こえるようになってきた。到達されては町の城壁などひと揉みだろう。倒せねばこの町での防衛戦は確実に終焉を迎える。
「よし、そろそろやるぞ!」
【フレア】詠唱――
【霹靂】詠唱――
リリアの【霹靂テラサンダー】で周囲の魔物を殲滅し、俺の強化【フレア】で陸王亀本体を吹き飛ばす。その後、兵士とともに突入して陸王亀とその周辺を制圧、回収作業を行う。
消費魔力は二割程度、だいたい四時間分。ほぼ寝ていた時間丸々使うことになる。せっかく回復した魔力をまた使い切るのは困りものだが、ティリカの召喚は切り札足り得るし、倒さないわけにもいかない。
魔力値が上がって威力が上がった分、魔力消費を減らしてもいけそうであるが、ここは安全策。確実に倒す。昨日リリアがやらかしかけたところだしな。
「テラサンダー!」
リリアの魔法により閃光が走り、足を止めて首を引っ込めて防御態勢を取っていた陸王亀を雷撃がなめ尽くす。
「やったかや!?」
「やってないよ……」
リリアの魔法は通常威力で、倒せないのは織り込み済みである。陸王亀はぴくりとも動かないが、生命反応が消える様子はない。
「こっちもやるぞ、総員伏せ!」
すでに弾けんばかりの巨大な火球が辺りを赤々と照らしている。威力は十分以上。
「フレア!」
火球が陸王亀の頭部に向かって飛翔――着弾。立ったままで閃光をまともに見ないよう目を閉じる。衝撃波はリリアの風精霊が防いでくれた。そして閉じていた目を開くと、気配察知に頼るまでもなく、陸王亀の頭部付近はごっそりと吹き飛んでいた。
「オレンジ隊、出るぞ!」
陸王亀の背中に三〇名ほどのエルフとともに飛翔し布陣した。今から兵士たちの活動する時間を稼ぐ。
陸王亀の背中は相当広く感じた。元からの甲羅の凹凸もあったが、どうやら少し削って矢弾を防ぐ塹壕にしているようだ。リリアの魔法で倒れた魔物に、そいつらが使っていた資材……予備のアンチマジックメタル装甲があることを除けば食べ滓に火を使った跡、雑然と転がっている品も生活雑貨というにはまともに使えそうな物は少なくて、まるでゴミ溜めのようだった。
獲物を回収しつつ、周囲の状況を確認する。夜だけあってハーピーはいない。陸王亀の周囲はライトの魔法で煌々と照らされ、魔物が接近しつつある様子が見えた。
「これがエフィルバルト鉱か」
師匠はそういうと積んであるアンチマジックメタルのプレートを軽く切りつけた。
「なるほど柔らかい」
プレートは長方円形で長さが一メートルほどで幅はその半分くらいだろうか。厚さは一〇センチくらい。甲羅には釘で直接打ち付けられていた。がっつり打ち付けられているようで、手で引っ剥がしてみるが剥がすには相当力を込めないとダメだった。
「バールか何か、釘抜きのような物があれば……」
だが必要なかったようだ。師匠が軽く腰を落として剣を振るうと釘をプレートや甲羅ごとぶった切ってしまった。
「釘も甲羅もさほど強度はないようだな」
釘の太さがそれほどないので、剣でなくとも斧があれば横からぶった切ればさほど難しくなくプレートを剥がすことができそうだ。ただ問題はその量だな。巨体を覆うために相当な面積がプレートに覆われている。幸いなのは陸王亀の前面に装甲を限定していたようで、相当量以上を俺の魔法が吹き飛ばしていたことか。
「応援が来るまでに作業を進めておこう」
兵士たちの到着にはもう少しかかる。俺とサティにミリアムに師匠。この四人で分離作業を出来るだけ進めておく。
輸送は……一応試すがアイテムボックスもレヴィテーションもやはり魔力の流れが阻害されてダメだ。これも兵士に頼むしかない。
「回収作業は時間がかかりそうだ。終わるまで魔物を近寄らせるな」
「うむ、任せておくがよいぞ」
リリアが言う。指揮は任せておけばいいか。着々と魔物の集団が接近してきているが、陸王亀の背中に布陣している俺たちを攻略するのは、城壁での防衛並に困難だろう。ルチアーナもいることだし、俺の魔力はまた温存だ。
「いい感じに魔物も釣れそうじゃ」
オレンジ隊による迎撃が始まっている。こっちでは初めて町から出たせいか、魔物も興奮したのだろうか。それともアンチマジックメタルを取り戻したいのかもしれない。勢いを増して向かってきている。
町の防衛では範囲魔法を警戒して狩りやすい密集隊形にはなかなかなってくれなかったのだが、今はお構いなしに陸王亀に群がろうとしている。
だが陸王亀の上に到達するのは城壁並に困難そうだ。ハーピーの心配がなければ防衛は少数でもなんとかなりそうだ。
「魔力は遠慮なく使え!」
やはり陸王亀みたいな切り札を出してきたのは、こちらの魔力の消耗を察知したのだろうか。今日の午後は全体に魔力の節約を通達していた。恐らく魔法火力は半分程度に落ち込んでいたことだろう。軍が防衛戦に慣れてきたということもあった。特にこっちは加護持ちはティリカだけでやっていたので、穴だとでも思われたのだろうか。
さて俺は……兵士も出てきたからプレートを運ぶ手伝いをするか。釘を壊したプレートを陸王亀の前面へと運んでは下へと投げ込んでいく。兵士の先陣も何人か上がってきてそれを手伝い始めた。切断チームは半分くらいまで進んだようだ。
軍の部隊が到着してからは一気に作業が進んだ。そしてアンチマジックメタルの取りこぼしがないかチェックすると召喚の儀の開始である。直前に周囲を範囲魔法で掃討し、少しの時間の余裕を作った。兵士は臨時の門からほぼ撤退。オレンジ隊も城壁まで引いて、あとは俺たちパーティのみである。
左右に土壁を作って、召喚の邪魔をされないようにする。ライトも消したので後方の城壁の明かりのみ。その城壁からも攻撃は継続しているし、前面は陸王亀だから少数の俺たちの姿はさほど敵の目にはつかないはずだ。
「汝、死を受け入れるか。それとも仮初めの生を求むるか。しかして仮初めなれど、我は汝に大いなる力と栄光を与えん」
ティリカの魔力が高まり、陸王亀を包み込んでいく。まあこういった詠唱は雰囲気だ。俺もやったことがあるが、実際のところ何がどうなって召喚獣化するのかさっぱりわからん。謎の多い魔法であるが、魔力を注ぎ込めば後はスキルが自動で対応してくれる。何か補助するシステムが存在するんだろう。
「応えた」
ティリカの魔力が一気に高まり、そしてふいにどこかへと消えてしまった。終わった……?
「契約は成された」
効果は劇的だった。破壊された陸王亀の頭部がみるみるうちに修復されていく。
「馬鹿な……蘇生術だと?」
エルド将軍がその光景を見て驚愕の声を上げた。俺たちが戻らないのを見て、自ら現地に出ていた将軍もそのまま見学である。協力させておいて、もういいから帰ってくれていいよとはさすがに言い難い。どの道城壁からは丸見えである。やるならエルド将軍を追い返して城壁側にも壁を立てて見えないように封鎖してと、そこまでしなくてはならないのだが、時間もないし、陸王亀をこの戦場で使いたいならいずれバレる話だ。
「しかし魔物を蘇らせて何の意味が……」
この世界には死者を蘇らす魔法などは存在しない。召喚獣として使ってない間はどこかに仕舞われる運命ではあるが、もし人に使ってみたらどうなるんだろう。生物としての差異はさほどないだろうし、上手くいきそうではある。倫理的にはともかく、ダメだと考える理由もないな。だが確認しようにも実際やってみるしかないし、今俺の召喚はレベル3まで落としてある。いや……死人はたっぷり出ている。試そうと思えば……
完全に傷の癒えた陸王亀が甲羅から四肢と頭を出し、その巨大な首をもたげる。そしてティリカが軽く手を振るとその姿が一瞬で掻き消えた。
「消えた!?」
ティリカが俺のほうを見て頷く。終わったようだ。
「撤退だ、リリア」
リリアがフライを発動して、一旦町中に戻る。
「すぐに使えるか?」
「いつでも」
だが魔力がかなり減ってしまった。俺もだが、ティリカの魔力もさすがにごっそりと減っている。どのみちエリーたちにも相談が必要だし、このまま魔力を温存しつつ朝まで待機だな。
「しかしいいのが手に入ったなー」
「うん。試しに出す?」
「いや、まだいいから。とっておきだ。後でエリーたちと相談して……」
だが和気あいあいと話しているとエルド将軍が割り込んできた。
「待て。エルフは蘇生術が使えるのか?」
ティリカが俺のほうを見るのでいいよと言って頷く。口止めだけしておけばたぶん大丈夫だろう。どの道召喚は遠からず使うことになるはずだ。
「人には使えない。これは召喚魔法。魔物や動物に仮初めの生を与えるだけ」
人を蘇生するのはやっぱ無理なのか。もしかして試したのか? それともどこかで知識として得たのだろうか。
「そうか……いやしかし、いまの陸王亀を召喚?」
「そう」
「エルド将軍、分かってもらえると思うが、召喚魔法はエルフですら使い手が稀な魔法、我らの切り札だ。ここで見たこと話したことは他言無用に願いたい」
召喚魔法が存在するという事実は広まっても構わない。問題はその使い手だ。ティリカが特定されるのはまずい。エルフの誰かということにしておくのが都合がいい。
「了解した。しかしそうなると……」
何か言いたげな将軍の言葉を遮る。
「ああ、将軍にも相談がある。少数の精鋭部隊……そうだな、一〇〇名ほどでいい。編成しておいてくれないか?」
「それはいいが、何をするつもりだ?」
「北方砦を落とす」
ジリ貧の今の状況をひっくり返す一手。魔物の流入さえ止まれば、後はどうとでもなる。
「宣伝活動のほうはどうする?」
エルド将軍にはエルフの戦果を派手に周囲に知らしめる活動をずっとやってもらっている。
「今の一幕はなしだな。召喚獣の入手法だとかはなるべく知られたくない」
「心得た。出撃はいつにする?」
「早いほうがいい。夜明けから半刻を目処にする」
朝になるとまた魔物の大移動が始まるだろう。早いうちにルートを封鎖する。できれば今すぐにといきたいが、今少しの魔力の回復を待ちたい。
「明日だ。明日、一気に決着をつけるぞ」
そうしてお家に帰るのだ。
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