218話 ヒラギス北方戦役 ~剣士隊出陣~

「拝聴せよ!」




 よく通るヴォークト軍曹殿の怒声が広場に響く。広場にはすでにビエルスの剣士隊が勢揃いしており、いままで出陣にあたっての注意を軍曹殿が話していたのだ。


 必ず五人の小隊で行動し共に戦うこと。怪我人が出たり上位種や大型種などの手に負えない魔物に当たったら無理をせず引くこと。撤退の合図を聞き逃さないこと。ゴブリンに注意なんて話もあったな。オークの足元からひっそりと忍び寄って不意打ち。死体に隠れてたりなんてこともあるらしい。




「剣聖のお言葉である!」




 小隊はヒラギスに集まった時点で編成済み。部隊はビエルス剣士隊に志願者を加えた五〇〇名ほどが集まっていた。注意は戦場慣れしてない剣士向けとあって、どこかざわついた空気があったのが一気に場が引き締まる。




「貴様らが厳しい修行に耐え、剣を磨いたのは何のためだ? 金か? 名誉か?」




 剣聖が威厳を感じさせる力強い声で話し始める。




「それともただ力を得るためか? 違うであろう。すべては剣によって弱き者を守るため。今こそ鍛えた武を発揮する時ぞ! ワシの弟子として恥ずかしくない戦いを期待する。者共、出陣せよ!」




 うおおおおおー。戦場すべてを圧するかのような咆哮が広場を包み、その盛り上がりのままに剣士隊が門に向かって進むのを、城壁上から眺める。


 


「抜刀せよ!」




 部隊の指揮は軍曹殿である。じゃないとブルーブルーが言うことを聞かないし、一時期軍にいて小規模な部隊の指揮の経験はあるそうだ。


 城門上ではリリアの範囲攻撃魔法の詠唱が始まっている。城門前を魔法で掃討後、門を開き打って出る。


 俺はお留守番だ。




「開門!」




 魔法の炸裂に合わせて門が音を立てて開かれた。




「では師匠、お気をつけて」




 ふんと、鼻を鳴らす。俺が出ないのが気に入らないのだろう。だが危険を冒してまで出る理由はない。余裕があれば別に出てもいいのだが、万が一にも俺が倒れると戦況に与える影響が甚大すぎる。




「お前も出たいんじゃないか?」




 ふとウィルに聞いてみる。シラーちゃんは当然のように剣士隊に混じって出陣している。ミリアムは俺の護衛で、前線に出ることに特に興味はないようだ。ウィルはここで役割があったから意思確認はしなかったが、出たいというのならここでの役割は必須ともいえない。抜けても平気だろう。




「そりゃあ出られるなら……」




 おや? ウィルはガチ近接戦は苦手だと思ったが、きつい修行で克服したか。




「構わんぞ」




「いいんすか!?」




「ちょ!?」




 エリーが焦った声を出す。




「出陣の間くらい指揮は代わってやる。エリーが」




「ちょっと……まあいいけど」




 頭を下げるウィルにエリーが軟化した。こいつはウィルに甘いな。




「よかろう、行くぞ」




 師匠が城門上から飛び降り、ウィルもそれに続く。




「まさかマサルも出る気じゃないでしょうね?」




「俺は必要ないだろ」




「ウィルも必要ないと思うんだけど」




「そりゃ全体として見れば意味はないけど、個人としてはあるんだ」




 エリーが疑わしいと言いたげに首をかしげる。ウィルは実家から逃げ、冒険者としてもいきなり死にかけ、うまくいきかけたところでパーティからは追放された。挫折して挫折して、やっと力を手に入れ自信らしきものを身につけようとしていた。だが実力を裏打ちする実績がない。厳しい修行とて、所詮は修行。実戦には及ばない。




「あいつにはもっと実戦経験が必要なんだよ。エリーだって修羅場の一つや二つ、経験があるだろ?」




「まあそうだけど、だからって……」




 エリーはウィルに対してはかなり過保護である。王子のウィルに何かあればエリーの実家の男爵家などとばっちりで吹き飛んでしまいかねないというのはわかるんだが、少しはあいつのことを信じてやればいいのに。




「この程度なら心配ない。師匠も付いてるしな」




「だから余計に心配なんじゃない」




「あー」




 師匠は現世の地位など一切忖度してくれそうもない。限界は見極めているというが、容赦なく過酷な場所に投入しそうだ。いや絶対にする。




「た、たぶん大丈夫」




 俺は信じてるぞ、ウィル!




 心配をよそに戦況は有利に進んでいた。そりゃあそうだ。先頭は青い狂戦士ブルーブルーを始め、ビエルスでも一騎当千の連中だ。ブルーがアダマンタイト製の棍を振るう度に魔物が派手に吹き飛んでいくのが城門上からでもよく見えた。その周囲でも見知った剣士たちが練達の剣で魔物の群れを切り開いていく。消し飛ぶというより溶けていくという表現が的確なほど、魔物側は抗すべくもなく進路を切り開かれている。


 中央を頂点とした左右両翼を下げた三角形、いわゆる魚鱗と呼ばれる陣形で、その両翼も遅れて魔物と接触するのが見えた。こちらも先陣に配置されるだけあって、並のオークなどものともしない剣士が揃っているようだ。




 まあビエルスの剣士隊は人族でもっとも強力な前衛部隊だろう。それで魔物に勝てないようなら今頃人族の領域は魔境に飲み込まれている。それでいえば通常の軍とて、魔物に十分対抗できるだけの力は備えている。


 問題は通常の軍の手に余る魔物である。ドラゴンと言わないまでも、オークキングやトロール、オーガといった一般兵では太刀打ちできない魔物が出た時だ。同数か数で優勢ならいい。だが魔物の数が優勢だった場合、布陣を破られ乱戦に持ち込まれると被害は甚大となる。死を恐れず向かってくる魔物相手に劣勢になってしまえば、一度士気が下がってしまえば、挽回は難しい。泥沼の戦いとなれば数が多く、個々の身体能力の高い魔物が圧倒的に有利だ。




「後続を出しても大丈夫そうだな」




「ええ。支援部隊ヘ出陣の合図をするわね」




 エリーがエルフの伝令に指示を出す。剣士が魔物を押し返しているうちに、剣士隊の後方支援の部隊を出すのだ。主に弓隊で、剣士隊の援護をする。


 それとダメージを受けた城壁の修復と、食料の回収部隊もだ。




「急げ、急げー!」




 指揮官が大声で兵士を急かす。平の兵士も状況くらいは分かっていて、足の運びは鈍い。前衛がよく支えているとはいえ、魔物の数は圧倒的だ。前衛が崩壊してしまえば、あっという間に城壁まで飲み込まれかねない。俺でさえ不安を感じるのだ。だがそれでも兵士たちは進む。エリーにはああ言ったが、いざという時は介入しよう。




 師匠の姿は見失ったが、ウィルはオレンジ隊のマントで目立つ。やはり最前線で戦ってる。いまのところは無事だ。シラーちゃんも居た。魔物は一〇倍じゃきかない圧倒的な数だが、囲まれさえしなければ一対一だ。たとえオークキングが出てきたとしても負ける要素はない。




 問題は連戦をどうしのぐかだな。五体や一〇体ならウィルクラスの実力ならなんでもないが、これが五〇や一〇〇ともなると、たとえ雑魚相手でも命のかかった実戦だ。確実に疲労し、動きは鈍る。剣も劣化どころか壊れることもあるかもしれない。五人で小隊を組んで、フォローし合う体制は作ってあるようだが、実戦では何が起こるかわからない。




 弓隊が配置について、矢を放ち始めた。ちょっかいをかけてくるハーピーたちが散っていく。空からの敵をある程度散らしてくれれば、事故の要素も減る。後の判断は前線の指揮官、軍曹殿に任せるしかない。十分な余裕を持って撤退の指示を出してくれるはずだ。




「あら」




「どうした?」




「フランチェスカが出てきたわね」




 鎧を新調したのだろうか。修行でぼろぼろになった豪華な鎧とは違う、それでも高位の指揮官らしい華やかな装備で戦場ではよく目立つ。


 フランチェスカは王国から派遣された軍を率いてこの戦いに参加している。元々ビエルスでの修行だけの予定でヒラギスに参戦する予定ではなかったのが、どうにかして派遣された王国軍の指揮権を奪い取ったようだ。使える部隊があったほうが活躍できると思ったのだろうが、部下がついたことでかえって身動きが取れなくなったようで、前線ではほとんど見かけることがなかった。ウィルもフランチェスカとヒラギスでも一緒だと喜んでいたところ、常に最前線の俺たちと配置が重なることも稀なら、たまに近くに来てもフランチェスカは常に部下に囲まれ話をすることすらままならないと愚痴っていた。


 こうやってせっかく姿を見る機会が出来たと思ったら、今度はウィルが最前線。ウィルの恋路はまったく進展する様子がない。




「ん?」




 フランチェスカは城壁修復とその護衛のようだ。リゴベルド軍の魔法部隊は一〇〇〇人に迫る大規模さなのだが、ここにきてさすがに余裕がないのか、王国軍にも多少いる魔法使いが出張ってきたのだろう。


 それで土魔法での城壁修復を見ていたらどこか見覚えのある男が……




「ティリカ、あれ。あの土魔法使ってる奴」




 ティリカの元婚約者でシオリィと王都で二度に渡って俺にケンカを売ってきた貴族のジョージ・パイロン。




(……だれ?)




「ジョージ・パイロン。覚えてるだろ?」




(お……おおー)




 名前を出されてさすがに思い出したらしい。俺にケンカを売った罰に辺境のきっつい部隊へ修行も兼ねて飛ばされたと聞いていたが、こんなところに居たのか。確かに前線も前線、最前線だが、罰としてはどうなんだろう。俺たちが頑張って働いてたおかげで、今でこそ危機的状況だが、ここまで特に危なげもなかったし、その懲罰と同じところで俺たちも戦っていて果たして懲罰足り得るのだろうかって気がすごくする。




「あとで真面目に働いてるか、フランチェスカに聞いてみるか」


 


 ウィルも王都にはいて事情は知ってるし、フランチェスカのところに聞きにやらせよう。きっと喜ぶだろう。


 しかし罰として物足りないと思ってもジョージ一人のためにフランチェスカを含めた部隊を危険なところにやるわけにもいかないし、まあいいとこのボンボンにはこんなところまで来て働かされること自体結構な試練なのかもしれない。王国から移動だけでもめっちゃ距離があるしな。




 前線は膠着、というより剣士隊が前進を止めたようだ。時間稼ぎが目的だから、城壁から大きく離れる意味はない。そして剣士隊と魔物がぶつかってほんの一〇分ほど。ぽつぽつと怪我人が出始めている。見た感じ重傷者は居ないようだが、大事を取って後退させられているようだ。


 精鋭ぞろいのビエルス剣士隊ですらこの体たらく。それとも剣士隊だからこそ、数で圧倒的に劣勢にも関わらずこの程度に被害が抑えられているのだろうか。




「マサルはほんとうに出ちゃダメだからね?」




 見てるだけで暇だなーって思ってたらエリーに釘を刺された。待っててイライラするくらいならいっそ出撃も有りかと思ったのが心を読まれた。これだけ戦線が安定してるなら尚更危険は少ないと思ったのだ。




「わかってる」




 待つのも仕事だ。というかこの戦場できっと俺が一番働いてるよ。これ以上仕事増やすのはオーバーワークだわ。




「なんならまた寝てていいわよ?」




 することがないのも確かだが、それはさすがにどうなんだと思う。本当に暇なら拠点に籠もって誰かといちゃいちゃしてるところなんだけど、ここは戦場。しかも前線に近い場所に拠点を構えたせいですごく落ち着かない。被害は本当に少ないとエルド将軍などは喜んでいたが、それでも連日死傷者は一桁では済まない数が出るのだ。少し耳を澄ませばその状況は手に取るようにわかる。そんな状況で楽しめるかというと、俺の神経はそこまで太くない。


 予定どおりなら今頃は北方砦を攻略して、俺たちはお役御免だったはずなのだ。エルフ三姉妹ちゃんとか家に帰ってからゆっくりとと思ってまだ手も付けてない。


 まあさすがに加護付きエルフを引き抜くのはまずいけど、お付きのミリアムを連れてまったりしても……


 


「マサルマサル! 大きいのが来おったぞ!」




「ほんとね。前衛を出したから魔力切れしたとでも思ったのかしらね?」




 同じく観戦のみのリリアとエリーがそう知らせてくれた。初動で見たきり大型種を温存しているあたり、魔物側はまだまだ戦力を出し渋っている節があるな。まあこっちに魔力があるうちは出しても無駄だし、さすがに大型種は簡単には用意できないんだろう。


 しかしもし俺の魔力補充がなければエルフ組は今頃魔力切れで休憩中だったろうし、実際に魔力が保たないとの判断での前衛部隊の投入だ。魔物側の指揮官の判断はかなり正確かもしれんな。侮れん。




「それで誰が出るの?」




 エリーが聞いてきた。まだ距離があるから相談するくらいの余裕はある。




「妾が仕留めて来ようぞ」




「俺も行こうかな。倒したら回収しよう」




 回収部隊はそろそろ手近に転がってる獲物を回収し終わりそうだが、さすがに地竜は相当時間をかけないと無理だろう。




「じゃあ伝令を出すわね。大きいのはこっちで倒すからそのまま戦闘は続行って伝えてくれる?」




「地竜をやった後、剣士隊を撤退させよう」




 地竜が到達する頃には戦闘時間は三〇分を超えて撤退してもいいタイミングだ。リスクを回避してさっさと逃げてしまうことも考えたが、地竜も引いてしまうかもしれない。


 しかし地竜が二匹くらいなら先陣を切って大暴れしているブルーブルーなら倒せそうじゃないだろうか。実際やるならどうやって倒すのか、ちょっと見てみたくはあるな。




「結局出ることになったな」




「地竜を回収したらすぐに戻るのよ? ミリアムはマサルをよろしくね」




「はい、エリザベス様」




 まあさすがに剣士隊が前衛にいて危険もあるまい、そう思ってたんだが――




「か、回避したじゃと!?」




 ヤバイ。前衛がいることも考えて、リリアは中級風魔法【烈風刃ハイウィンドストーム】で迎撃したんだが、タイミングをミスったのか、地竜が上手く避けたのか。仕留められたのは一匹だけ。後方に居たほうは健在で向かってくる。幸いなのは魔法を避ける動きで時間の余裕が僅かに出来たことだ。




「一匹来るぞ、各自退避しろっ!」




 後ろのほうで軍曹殿が叫ぶ。足止めに魔法で……剣士隊が邪魔で射線が通らない。いや最適の魔法がある。




「雷撃で足を止める!」




 【雷サンダー】詠唱――レベル3魔法だ。発動は早い。倒せはしないだろうが、一瞬でも足が止まれば――発動!




 雷撃を頭に食らって助走を始めていた地竜の動きががくんと止まった。だがふら、ふらと二、三歩前進する。そしてガオオオオオオォーと耳をつんざく咆哮を上げると、しっかり足を踏みしめ再び動き出した。ダメか。威力が足りん。




「もういっちょじゃ!」




 そこに遅れて詠唱していたリリアの雷撃が炸裂した。今度こそ地竜はがくりと膝をついた。


 よし、完全に麻痺ったぞ。【豪雷】詠唱――




 だが最後は俺の出る幕ではなかったようだ。突っ込んでいったブルーブルーが振るったアダマンタイト棍は、地竜の頭に深くめり込み、地竜はびくんっと体を震わせると足を折り、眠るようにその巨体を沈めたのだった。麻痺していたとはいえ、たった一撃かよ……




 そして地竜の突撃とリリアの範囲魔法攻撃で、戦線にほんの少し空白地帯ができた。




「地竜を回収するぞ、リリア。軍曹殿、撤退の合図をお願いします!」




 撤退は非常に危険な行為である。人は背を向けては戦えない。転進できるだけの時間と空間に余裕があればいいのだが、今回はどちらもない。


 幸いにして町までは矢の届く距離だ。一気に走ってしまえば追いつかれないし、城壁近くまでたどり着ければ援護が見込める。


 剣士隊はわずかに接敵していた残った魔物を倒すと、撤退の法螺貝の合図で流れるように後退し、無事城門は閉じられた。




「済まぬ。下手を打ってしもうた」




「少々手順が狂っただけで何もなかったし大丈夫だ。気にするな」




「さすがは守護者様です。わたしは咄嗟に動けませんでした……」




 リリアに続いてミリアムもしょんぼりしている。俺でもさっきのはかなり焦ったし、一〇メートル超えの地竜を直接相手にするのは、いくら剣術スキルを極め剣聖その人の指導を受けていたとしても、まったく未知の経験。剣を手にして数ヶ月のミリアムには厳しいだろう。うちには召喚ドラゴンさんもいるし、ミリアムたちにも大型種との戦闘も練習させないとな。まあ多少訓練したところで倒せるとかそんな話でもないのだが、少なくとも冷静に対処できるようになれば、いざという時助かる確率はあがるというものである。




「マサルは修羅場慣れしすぎなのよ」




「あの程度ならまだまだ」




 俺が居ないでもブルーあたりがどうにかしてた気もするし。


 とにかくこれで防衛も多少は楽になる。町の外へと打って出ても、剣士隊なら死者ゼロで乗り切れる。




「今日の晩ごはんはドラゴン肉だな。広場に出して暇な兵士に解体して貰って全員に振る舞おう」




 大型の地竜を退治してうまい肉を食えば、兵士たちの士気も少しは向上するはずだ。




(ドラゴン肉)




 ティリカが召喚獣を通して主張してきた。はいはい。晩ごはんはまた合流して食べような。せっかくだし俺たちの分は肉をひとかたまり家に持って帰って、留守番のメイドちゃんたちにちゃんとした料理を作ってもらおうか。


 せめて食事はちゃんとしないと、戦いはまだまだ長引きそうだ。多少倒した程度では魔物の数はまったく減ったようには見えなかった。


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