吸血王女のやり直し〜化け物として討伐された私は愛され王女になって運命を改変する〜

ジャジャ丸

第1話 母殺しの吸血鬼

 私はその日、人を殺す感覚というものを初めて知った。


 柔らかな腹を、私の腕が突き破る感触。

 見たこともないくらい大量の血が噴き出して、人が生きるのに必要な“何か”が壊れたのを明確に感じた。


 他ならぬ、私の実の母親の命を、この手で奪ったんだ。


「あ……あぁ……!」


 正気を失いかけていた頭が、ようやく冷静さを取り戻す。


 でも、それはもうあまりにも遅すぎた。

 もう助からない。お母様はここで死ぬんだって、嫌でも私は理解する。


「……レトメア……」


 今にも力尽きそうなお母様の口から、私の名前が呼びかけられた。


 どんな恨み言を言われるだろう? ずっと憎まれていた自覚があるだけに、それを聞くのが怖い。


 何せ私は、吸血鬼だ。


 人の生き血を啜らないと正気すら保てず、人並み外れた力と魔力を持ち、誰からも恐れられる人外の王女。それが私。


 優秀な女騎士として、その腕前一つで国王陛下に見初められたお母様にとって、悪魔の呪いで私を産み落とすことになったのが唯一にして最大の汚点だと、誰もが口を揃えて言っていた。


 ……だから私は、極力誰の目にもつかないように、生まれてからの十六年間をひっそりと生きてきた。これから先も、誰とも関わらずにいようって思ってたのに……吸血鬼としての私の体は、それすら許してくれなくて。


 耐えようとすればするほど強くなる吸血衝動によって、ついに私は人を襲ってしまった。


 そしてついに、そんな私を討伐するべくやって来たのが、近衛兵を引き連れたお母様だったんだ。


「レトメア……私……は……」


 私は悪くない。剣を向けられて、殺されそうになって、咄嗟に手が出てしまっただけで。


 ……そうやって、いくら言い訳を並べてみても、私の心に浮かぶ罪悪感は全然薄まることはなくて。


 そんな私を、お母様は抱き締めた。


「……お前が、どんな存在でも……愛してる……」


「……ぇ……」


 今、なんて。いや、どうして。なんで今になって、そんなこと。


「すまなかったな……お前を、真っ当に……産んで、やれなくて……恨まれても、仕方ない……」


 違う。私は恨んでなんかない。恨んでたのは、お母様の方だ。


 だって、みんなそう言って……それに、私だって、何度会おうとしても、追い返されるばっかりで……なのに。


「だが、私の気持ちだけは……最後に、伝えておきたかったんだ……国を出ても……達者で……」


 そこまで言ったところで、お母様は息を引き取り、完全に崩れ落ちた。


 ……意味が、分からない。


 国を出るって……お母様は、私を殺しに来たんじゃ……。


「うおぉぉぉぉ!!!!」


「っ!?」


 混乱する私を、お母様の後ろで控えていた近衛兵が突き飛ばした。


 無様に地面を転がったところへ、近衛の剣が容赦なく振り下ろされる。


「っ、げほっ……!」


 私の心臓を、剣が貫いた。


 さっき、お母様を殺したのと同じだ。これはもう助からない。


「貴様、よくも王妃様を……!! 王妃様はな!! 貴様を討伐せよという陛下の命令を受けながら、それでも娘の命だけはと、貴様の死を偽装し国外へ逃がすつもりだったのだ!! それを、それをよくも!!」


「…………」


 そうだったんだ……。


 それじゃあ私、本当に……ただの勘違いで、お母様を……。


「王妃様は、それでもお前を逃がすことを望んだだろう。だが王妃様が許しても、この俺が決してお前を許さん!! ここで朽ち果てろ、化け物が!!」


 近衛兵が何か言ってるけど、私は彼のことは目に入らなかった。


 ただ、とっくに事切れたお母様の方に手を伸ばし、小さく呟く。


「ごめん……なさい……」


 どこで間違ったんだろう。


 どうしたら良かったんだろう。


 そんな思考ばかりがぐるぐると回って、謝ることしか出来ない。


 そんな状態で、私に出来るのは願うことだけだった。


 神様。どうか、お母様を助けてください。

 もっと良い子になるから。もう人を襲ったりしないから。吸血鬼に生まれたことを、恨んだりしないから。


 だから、もう一度だけ……私に、チャンスを……。


 ──そんなことを考えながら、私の意識は闇に包まれた。




 そして。


「……え?」


 気付いたら私は、自分の部屋のベッドで目を覚ました。


 今のは夢? と思うものの、お母様の体を突き破った腕の生々しい感触も、私の心臓を貫いた剣の冷たさも、ハッキリ覚えてる。あれが夢だなんて思えない。


 というか、そもそも……。


「……私、縮んでる?」


 ベッドから起き上がった私は、明らかに背が縮んでいた。

 姿見の前に立てば、そこにいたのは銀色の髪と赤い瞳を持つ、幼い少女。


 間違いなく私だけど……やっぱり記憶にある私より、ずっと小さい。


「私、もしかして……過去に、戻った……?」


 その事実に思い至った私は、それをなかなか受け入れられなくて……しばらくの間、その場で呆然としていた。

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