4-9 ある英雄の記憶

ランシェン子爵領 ファタールの森手前――



飛び掛かってきた動死体ゾンビを、剣で斬り捨てる。

以前、デゼスポワール砦で戦った時よりも、その動きは素早く力も強くなっているように思えたけれど。

しかし、俺も、あのときからずっと鍛錬をつみ、訓練を重ねてきた。

この程度では、特段に苦戦することもない。



「た、助かった!」

「いえ、気にしないでください」


俺が任されたのは遊撃だ。

当初は他の兵士たちと同じように、隊列に組み込んで戦うものだと聞かされていたが。

どうも俺はその中で突出しすぎており、変に組み込むと実力を発揮できないどころか、他の仲間の足を却って引っ張りかねないとのことらしい。

サーモ伯爵の意見もあり、俺だけが特別に独自指示を受けて行動している。


隊列の中で崩れかけている場所を救助して動死体を攻撃したり、あるいは拮抗しているところを援護してこちらの優勢に傾けたり。

そして何より、俺に任されたのは……




「いやー、これは手厳しいなあ。やっぱりまだちょっと早かったかな。失敗失敗」



呑気な男の声が聞こえ、俺反射的にそちらへと振り返る。



コントラだ。



あの時と変わらない。

俺が最初に出会った時と変わらない。


灰色の髪に灰色の法衣ローブを身に纏い、酷薄な笑みを浮かべ、幾人かの動死体が後ろに居て。

そして傍らに、ニルナ、君がいるんだ。



ニルナの姿は、だいぶ変わってしまっていた。

背中から腕が5本、余分に生えていて、そのうち2本は人間のそれよりも長く関節も多い。

合計7本の腕で色々な武器を一つずつ構えていて、コントラを倒そうと挑んだ兵士らを即座に斬り捨てている。

なるほど『万死のニルナ』、なんて呼ばれてしまうのも、ちょっとわかってしまう。



「コントラ」


俺が声をかけると、コントラは「ん?」という顔をした後に「ああ」と笑顔を見せた。



「やあ、君か。アルベール君でいいよね?

 まさかこんなところで出会えるなんて、元気にしていたかい?

 今日は何をしに来たんだ?」


少しだけ以外だった。

コントラは自分が楽しめれば何をしたっていいと考えている奴だというのは、今までの所業で分かっていた。

だから、他人のことなど全く気にかけていない、あるいはごく少数、手の指で数えられるほどしか気にかけていないと思っていた。

まさか、その中に俺がカウントされているとは思わなかったな。

嬉しくもなんともないが。



「決まってるだろう、わざわざ聞きたいのか?」

「勿論!ぜひぜひ聞きたい、さあさあ、君の口から言ってくれ」


腕を広げて、まるで歌劇で恋人を迎える俳優のような素振りを見せる。

相変わらず大仰な奴だな、変わっていないんだな、と俺は半分呆れて、半分安堵した。



「お前を殺す。今ここで」


俺は何の気兼ねも後悔もなく、ここでコントラを殺すことが出来るんだから。



「ああ、やってみろ!」


俺の返答にコントラは嬉しそうに笑い……動死体を兵士らに、そして……ニルナを俺へ嗾けてきた。




「あ……ぁあ………」


ニルナの腕が閃く。

ニルナが持っているのは剣が2振り、槍を2つの腕で1本、指揮官が持つような華美で大きなサーベルを1振り、鈍器、手斧、そして貴婦人が持つ自害用の短剣が1つ。

合計6つの武器が俺に向けられ、一息に踏み込んでくる。

俺はただ1つの剣でそれを迎え撃つ。


グゥォッ

ガギンッ ギャリギャリギャリ―――――


槍が突き出され、俺は剣の腹をで滑らせ潜り込むようにしていなす。

そして柄の下を潜り抜け懐に飛び込もうと踏み入れるが、そこに2つの剣が左右から挟むように放たれた。


ゥォン

ギィンッ!!


俺は急停止し、右からの剣を剣でうけ、勢いを利用して左からやってくる剣を巻き込む。

動死体とはいえ人間の身体を使っているならば、力を入れる場所や関節、筋肉の位置は変わらない。

なるほど、改造されて腕に間接は増設されているけれど、手そのものは弄られていない。

それはそうだろう、武器は全部人間が扱うために作られたものだ。

手そのものを改造して形が変わってしまうと、逆に武器を扱うのに不便になってしまう。

技が効く。

剣を持つ手を素早く組み替えてくるり、と捻れば、剣を持つ力を維持できずに、2つの剣は甲高い音を立てて上へと弾かれる。

相手の持つ武器を弾き飛ばす技。



「ぉぁあっ……」


ニルナは驚いた声か……あるいは、俺がそう感じただけで呻き声をたまたま上げただけか。

左右の剣を捌き切った俺に、向かい、さらに手斧と鈍器を放ってくる。

持ち方を変えた今の俺の剣の状況では、この2つを受け流すのはもちろん、受け止めることも不可能だ。

とはいえ、ここで後退するとまた振出である、次は警戒され武器弾きが上手くいかなくなるかもしれない。

ここで一気に攻め切る、ならば―――!



ドズッ

ゴガギンッ!!


俺は持っている剣を地面に突き刺し、その剣の腹を盾に手斧と鈍器を受けきる。

そして鈍器を持つニルナの手を掴み、相手の勢いを利用し倒れた状態から身を起こす、格闘術の技能スキルで一気にニルナに肉薄する。

だがニルナにはもう1つ武器がある……血で汚れた貴婦人の短剣が、ギラリと輝いて俺へ迫る。

無手だ……覚悟を決め、息を止める。



ズドッ……!


まるでニルナは俺を抱きしめるようにして、腕を突き入れる。

短剣が俺の腹に突き刺さる。

激痛が走り、鮮血がほとばしる。

歯を食いしばり耐える、ここで倒れるわけにはいかない。

コントラを倒すには、こうするしかない。


無手になった俺が、ここからニルナに殺される様子を見るために愉しそうに眺めるコントラを殺すには。



俺は手を伸ばす。

そこに、すとんと、剣が握られる。

俺が先ほど、ニルナの手から弾き飛ばし、上空へと弾き飛ばした2つの剣のうちの、1つが。



「あっ」



コントラが声を上げるが、何かをされる前に俺はその剣を、投げて射出する。

鉄色を一瞬、日に、火に輝かせて、刀身がコントラの胸に突き刺さり、鮮血を噴き上げた。




「……あー、これで、終わり、か?

 残……念……」


コントラがぶつぶつと呟きながら、膝をつき、そしてばたりと倒れた。

法衣が赤く染まっていき、ゴブゴブと口から血を吐き、動かなくなる。

すると周囲で戦っていた動死体たちが動きを止め、同じように膝をつき、ゆっくりと倒れていく。




「……あ、るべーる?」

「ニルナ……?」


ニルナの、声が聞こえる。

呻き声ではなく、声が。

彼女の顔を見れば、生気を失った表情のままながら、目に微かに光が戻っていた。



「だい、じょ……ぶ? けが、して……」

「大丈夫だよ、ニルナ。これくらい平気さ」

「そ……よかっ……。 それな……ら、明日、また……苺、とり……」

「ああ。いこう、野苺ワイルドベリーを取りに、またいこう」

「う……ん……」


俺は腹から血が出るのも構わずにニルナを抱きしめる。

俺も彼女と一緒にその場で崩れ落ち、膝をつく。

ああ。

せっかく目に光が戻ったというのに、すぐにそれは失われてしまい。

ニルナは、今度こそ、二度と動かなくなってしまった。

もう武器を持つこともない。

兵士を殺すことも、俺を襲うこともなくなったというのに。

もう動かないニルナを見て、俺は。






「“優しくなりなさい。あなたが出会う人々は皆、困難な戦いにヒーリング挑んでいるのだから――”」


短剣で貫かれた腹部に温かい感覚が走る。

失われつつあった熱が、戻ってくるのを感じた。


見れば、日曜神に仕える神官の女性が、俺に回復の奇跡ヒーリングを祈ってくれたようだ。

彼女が近づいてきたというのに、俺は全く気が付けなかった。

戦いが終わり気が抜けていたのもあるだろうが、思ったよりも消耗していたらしい。



「戦は終わりました。あなたの仇敵は、討ち取れたのでしょう?

 それならば、今後は前を向き生きていくべき時です」

「俺は」


ボロボロと、俺の目から涙が流れる。

それが、目を閉じたニルナの顔に当たらないように必死にこらえ、腕で拭うが。

それでも止まらず、溢れて溢れて止まらない。



「俺は、もう、何もない。

 村も、家族も、ニルナも。

 みんな、いなくなってしまった。

 空っぽなんだ、俺は、もう何もないんだ」

「ならば、埋めていきましょう、何もないところに、新しいものを入れていきましょう」


涙で歪む視界の中、それでも彼女の顔を、俺は見る。



「これから、王国は色々と大変になるでしょう、それに力を尽くすこともできます。

 もう戦いはごめんだと、逃げてしまうのも手でしょう。

 それでも、あなたを必要としている人はいます。

 今は空っぽになってしまっても、どうか、それであなたに価値がないとは思わないで」



女神官の手が、俺の手を握る。



「さしあたって、生き残った人の食糧を確保しないといけませんし……。

 どうでしょう、一緒に野苺ワイルドベリーでも取りに行きませんか?」


ふっ、と俺は笑ってしまった。

それが単に面白かったのか、それとも侮蔑してしまったのかは分からないが。

何となくその物言いが、ニルナのそれに似ていたからだ。

涙で歪んだ視界ごしに、ニルナの顔を視てしまったくらいには。



「……あなたの、名前は」

「あ! ああ、まだお名前を名乗っていませんでしたね」


たはは、と笑う女神官。

つくづく、ニルナに似ているな、と俺は思った。

容姿は全く違う……女神官は白い髪に白い法衣ローブに赤い目だ。顔つきも、失礼だが少し幼げである。

だがそうだな……仕草というか……雰囲気が、ニルナを思わせるのだ。



「パブリッ……ああ、いえ。

 私の名前は、エイミー。パブリーク・エイミーです、アルベール」



そう答える彼女の笑顔は。

やはり、ニルナの面影を思わせるものだったけれど。




どことなく、コントラを思わせた。




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思い出にかわりモーフェリング

“「愛したい」と激しく求める念が私の中にあって、それ自身が愛の言葉になる――”

話術交渉ネゴシエイト系の達人級アドバンスド技能スキル

対象人物の言動や心理状況から推理し、想い人のような言動を取ることを可能にする技術。

対象と接している時間が長いほどにその精度は改善されていく。

想い人そのものに成りきることも可能であり、最終的には「想い人以上の人物」を演じることも可能。

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