4-8 王国の公爵の記憶

ランシェン子爵領 ファタールの森手前――




魔力を一気に使ったあとの、この何とも言えない感覚は、やはり慣れないな。



戦略魔術……しかもファタールの森のすべてを焼き払うような大規模魔術。

本来の戦であれば、このように魔術師による大々的な攻撃を行うことはあり得ない。

戦いで奪い取った土地を統治し管理するのは、その戦の勝者なのだ。

せっかく勝っても、得られるのがなんの旨味も利用価値もない荒野のみが手に入る程度では、戦なんてやる意味がない。

兵の命も時間も勿体ない。

そんなことするくらいなら、全員で農地開墾でもしたほうが遥かに国力は上がる。


これは王国はもちろん、帝国も、戦馬鹿で三度の飯よりも殺し合いの方が好きとも揶揄される隣国のエルフどもですら理解している。

……いや、エルフはどうだろうな?

あの連中、時折度を超えた阿呆が将軍統治者になったりするし、どうにも寿命が長すぎて我々の感覚じゃあ理解できんことがある。

森くらい数百年放っておけば元に戻るだろ、とか平気で言いそうだ。

それはそれとして、流石に丸ごと焼き払えばキレるだろうだがな。



さて、話題が逸れたが。



とにかく、魔術師が全員で魔力を使い切るほどの大攻勢などあり得ないのだ。

先ほどの旨味の話を差し置けば、確かに凄まじい大打撃を相手に与えることが出来る。


一発でそれは確かに魅力的かもしれない。

だがそれは、つまりそれが成功しなければつまり、こちら側の敗北を意味する。


何らかの理由で……戦略級防御魔術なり、あるいは大規模な奇跡なり。

そもそも攻撃を放った相手がその場にいない、偽情報により誤った場所を攻撃してしまった、ということもあり得る。

魔術師の有無は、戦場の状況を大きく左右する。単純な火力の面では言わずもがな、情報の面においても魔術師は活躍できる。

兵士が居なければ戦争はできないが、より強い盤面にするには魔術師は必要である。

必殺の一撃を凌がれれ魔力をすべて枯渇した魔術師しか居なければ、もはや勝負するまでもないわけだ。


だから本来は、多少なりとも魔術師は温存し、戦略魔術ももっと少ない人数で行うのが常だが。

今回は必殺のために、情報魔術の魔力をも使い切って攻撃したわけだ。

こうなると先の通り魔術師にできることなど殆どない、おとなしく護衛の兵士を連れ、戦線から下がっていたが……。




「! 敵襲!」

「敵?! どこから!」

「それが、空です、です!」



そりゃあ、それはコントラもわかっているだろうな。

そいつらは兵士や動死体ゾンビが戦っている前線を、文字通りに悠々と飛び越えてきた。

狩人鳥ジズ夜見鳥モジョボー巨鳥ロックが、空を埋め尽くさんばかりに飛び交っている。

種類も、時間帯も、生息域をも関係性のないこれらが一緒にいる時点で、間違いなくあれも敵の駒、動死体だろう。

そして鳥の動死体を引き連れる、異形モンスター



「ギィァァァ―――――――ッ!!!」

「『慟哭のアガプ』!」



護衛の兵士が槍を構え声を上げる。

『アガプ』……こいつは、赤い髪の女の動死体。

他の動死体と違うところは……何と言っても、その見た目だろう。

本来腕がある場所には、鳥からもぎ取ったと思しき翼がびっしりと生えており、彼女の背中からは巨鳥の翼が三対生えている。

そうしてなくなった腕は変わりに脚にあり、まるで花が咲くように足には複数の腕が生えていた。

鳥を適当に人間にくっつけた様な、ひどい有様となっているそれは、しかし確かに鳥と変わらずに空を飛び、動死体を引き連れている。


なんでそいつらがこんなところに来たのか?

空っていう、圧倒的な有利位置アドバンテージをもっていて、何故前線に行かなかったのか。

もし動死体らと真正面から戦っている兵士たちのところにこいつらが居たら、こちらの被害はもっと甚大になっているだろうに。

理由は、まあ1つしかない。



「来ます!」



兵士が叫ぶ。

魔力を使い切った魔術師を、ここですべて刈り取るつもりだ。

魔術師がもしここで全滅すれば、仮にこの戦に勝てたとしても、もう王国はおしまいだ。

そう。

狙いは、私たちだ。




ズドドドドドドドドッ



空を飛ぶ動死体たちが、石礫を投擲してきた。

ただの石ころでも、上空から落とし相当に加速したそれらは尋常ならざる威力を誇る。

人間を殺害する程度わけない威力の。



「がっ?!」

「ぐっ!」

「しっかりしろ!兵士の盾に隠れろ!」



兵士や魔術師のうち、何人かが身に受ける。

身体強化が行える兵士はまだ、それらの被害ダメージを抑えることが出来るが……魔力を身体強化に回せない、あるいは回すのが得意ではない魔術師は別だ。

一人が運悪く頭部に石を受け、頭蓋を大きく凹ませて倒れ伏す。



「キュゥァァ―――――ッ!!」



そうして混乱した私たちのところへ、『アガプ』が鳥の動死体と共に降下してくる。

翼を折りたたみ身体を捻りながら、空をきり風を抜けて追撃と、とどめを刺しに突っこんできた。



だが、これは好機チャンス



ズドォンッ・・・・・・!



轟音が鳴り響く。

おそらくはこの場で、この音を今までに聞いたことのある人間は私や魔術師くらいしかいないだろう。

私に向かって飛び込んできた狩人鳥の動死体が1匹、半ば身体を破裂させて地面に転がり、もがく。

それを踏みにじりとどめを刺しながら、再び空へと上がった動死体らを睨みつける。



私の手の中にあるのは、銃。

懐にしまえるほどの大きさの銃ハンドガンだ。

魔力を切らした魔術師や、身体強化を行えない人間でも戦えるようになる武器。

元は肥料を作ろうとしたハーバー・ボッシュ法ところ偶然に見つけたものなのだが。

石や金属片を火薬で打ち出すという攻撃手段は、いかに動死体とはいえ、もともと空を飛ぶために身体を軽くしている鳥には効果的だった。

弩弓よりはマシだが、装填に時間がかかるのは難点だが。

再度急降下攻撃を仕掛けるために飛び上がってくれたため、時間が稼げた。



他の魔術師らも銃を取り出し、銃という武器を始めてみた兵士らも怪訝そうな表情を浮かべていたが、すぐに槍を構える。

銃を構える……一見して弓のように遠距離から攻撃できる武器のようにも思えるが、有効射程距離はそれほど広くはない。

再度飛び掛かってきた動死体たち、それを引き付けてから、一斉に射撃する。



ドォォォォン……!!


腹に響く轟音が鳴る。

まるで雷が落ちたかのような爆音。

そして魔術師が一斉に放った銃弾が、飛ぶ鳥を落とし、ばたばたと地面に落下していく。

その中には、羽を貫かれて飛べなくなった『アガプ』の姿もあった。

『アガプ』はそれでも飛べない翼を引きずり、地面を這って私に近づこうとしてきたが、それは兵士が遮り、その身を槍で貫く。

羽を斬り落とされ、足を斬り落とされ、そして首を落とされてようやく、『アガプ』は動かなくなった。



「いやだねえ、思ったよりも簡単に対処できてしまうと」



私は試作の武器である銃を眺め、ふうと呟く。

剣と魔術による統治を変革せしめる武器の到来を感じるよ。



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【銃】

人間が開発した新しい武器。火薬を用いて鉄片を高速で飛ばすことができる。

既存の武器と比較して訓練にかかる時間が少なくて済み、弓と比べ即応性にも優れる。

半面、非常に作成・維持にコストがかかるため、大人数での運営は不可能である。

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