4-7 王国の伯爵の記憶
ランシェン子爵領 ファタールの森手前――
反対に王国側は……僕ことサーモ伯爵を最高司令官において全体を俯瞰して指示をだして、兵士らを大きく部隊に分け
前線より一歩引いた場所で机を置いて、僕や何人かの副司令官は簡単な地図の上に駒を置いて話をしていた。
大合戦というほどでもなく、さりとて各個人が判断できるような小規模戦でもないからね、これくらいがちょうどいいや。
本当は、これだけ大きな部隊を運営するのだったら、伝令だけでなく魔術を併用するのが定石なんだけどねえ。
魔術は
あるとないとじゃあ大きな差がある。
まあ、魔術のみでの情報のやり取りは、敵の魔術師に解析・妨害された際に一気に瓦解しかねないんだけどね。
実際に
山賊やっていたころには、その真似事をして兵士を混乱させたこともあるからよくわかる。
まあだから、身体強化で足を速くした伝令も用意するんだけれど。
だけど今回は森を焼き払うため、魔術師は使用できる魔力をすべてそちらに用いてしまったからなあ。
情報のやり取りは伝令のみに頼らざるをえないんだよね。
必要不可欠だったから、こればっかりは仕方ないけど。魔力が足りなくて森が焼けませんでしたってなったら目も当てられないし。
とはいってもねえ……情報伝達がどうしてもワンテンポ遅れるのは歯がゆい。
生まれが悪いんで、そんなに詳しくはないけれど……勉強した限り、歴史を紐解けば一刻一瞬の情報伝達の遅れで、勝敗を決した戦場も珍しくはないしね。
出来る限り犠牲を減らさねばならない王国は猶更だよ。
どれだけ損耗しても、どれだけ兵が倒されたとしても【
「まったく、つくづく酷い
小さくため息をつく。
それは周囲に漏れないように極々小さくだ。
戦場では仮に兵力が相手より優っていようとも、それだけで勝敗が決するほど甘くはない。
先ほどの情報のこともそうだけれど、士気なんてまずまず直結してくるしね。
精神論だって馬鹿にする人はいるけれどさ、やる気があるかないかって重要だよ。
そう考えると指揮官の吐くため息なんて、周囲に聞かれたらなんて思われるか分かったもんじゃあない。
この辺りはお貴族様になる前から、それこそ山の奥で山賊の頭領なんてやっていたころから身に染みて解ってることだけど。
……っと、伝令の兵士が来たか。
「左翼の歩兵隊より伝令!」
「交戦状況の報告を」
「はっ!現在優勢、日曜神官殿の助力もあり『贖罪のフィリア』を含め排除!
ただし残る動死体の対処には時間がかかる見込み!」
「よし」
味方は善戦しているようだ。
苦渋の決断だったけれど、やっぱり日曜神に助力を依頼して正解だったねえ。
でも、この後を考えると気が重い……お貴族様はこれが面倒で仕方なくてなあ。
ああいや、今は戦いに集中しよう。
勝敗も決まってないのに、先のことを考えるだなんて、
ヒュゥゥ……
「ありがとう伝令、では君は少し下がってくれ」
「はっ、では再度左翼の方へ……」
「ああいや、そうじゃあなくてね……ああ、そうそう副官の君たちもだ」
ウゥゥゥゥウウウ
僕は2つの斧を腰から引き抜き両方の手で持ちながら、副官にも声をかける。
驚く彼らに、にこりと笑いかける。
そして僕も足に力を込めた。
「すぐに十数歩以上飛びのいてくれ、敵が来るよ」
ドォォォォォォオオオン!!!!
僕の言葉が終わり副官らが身構えた直後、僕が先ほどまで居た場所に何かが着弾した。
土煙が晴れて姿かたちが露に……いや、煙が晴れる前から凡その
あんまりにも大きすぎるからね、この動死体は。
「おォオウォォ…………」
「……! 動死体……!『鏖殺のストルグ』!」
唸り声を上げる巨躯の動死体を見て、副官の一人が悲鳴にも似た声を上げる。
前線の後ろ、兵士や動死体たちで構成された人の壁を飛び越えてて突っこんできたのだ。
身の丈は、背が低いほうである僕3人分くらいほど。
腕も足も身体も相応に太いけれど、よく見ればそれは、何人もの動死体の腕や脚を、まるで毛糸のように編んで巻いて作っているのだとわかる。
それなのに頭だけはただ一つ、人間と変わらないそれっていう、なんとも奇妙な姿だ。
もっとも見た目が滑稽だからといって、油断するようなつもりは毛頭ないけれどね。
「副官、指揮権を委任するから下がってくれるかな?これを相手しないといけないから」
「サーモ伯爵?! 一人でですか?!すぐに援軍を」
「いやー、いいよ !!」
僕の言葉が終わるかどうかというタイミングで、
僕の頭部めがけて、すでに鈍器を振り下ろしていた。
斧を咄嗟に構えていなければ、僕は頭の中身をぶちまけていただろうね。
ガゴン!!という、まるで攻城兵器が城門にぶつかるような音が周囲に響く。
いや、やっぱり……いや、思った以上に、速い!
大柄だから鈍重そうに見えるけれど、あくまでも「見えるだけ」だ。それは。
全身が文字通り何十人力の筋肉できているんだ、瞬発力もめちゃくちゃだよ、この動死体。
「コレの相手は僕くらいじゃないと無理だ!並の兵士じゃ相手にならない、だから早く下がれ!!」
「……はっ!ご、ご武運を!」
青い顔をして伝令と副官が走っていく。
彼らを守ることなんてできそうにないし、それでいい。
でもよかった、この動死体が前線に出ていたら壊滅していたよ。
この軍団の中で、二番目に強い僕のところに来てくれて本当に助かった。
「さて……!」
ギリギリと、『ストルグ』の持つ鈍器と、僕の持つ2つの手斧が×字にガッチリとかみ合う。
拮抗しているようだけれど……いいや、流石に僕の方が押し負けるな。
足が地面にめり込んでいく。
筋肉には自信があったんだけどなあ、流石にコイツ相手じゃあ分が悪いか。
「だがな」
姿勢をふっと低くし、あえて力を抜く。
手斧を鈍器に滑らせて、相手の懐へと飛び込んだ。
そのまま鈍器を持つ手のところにまで踏み込むと、斧で手を挟み斬る。
ドジュゥッ!という汚い水音と共に、『ストルグ』の手が鈍器ごと飛ばされた。
『ストルグ』が蹴りを放つが、その前には転がるようにして相手の背に移動する。
「筋力は僕よりも上だけど、技量がなければ……?!」
相手じゃあないね、とキメようとしたけれど。
斬り飛ばした『ストルグ』の腕が、しかしまるで鎖で繋がっているように奴の腕の断面に戻っていく。
元に戻った腕は、何の問題もなかったと言わんばかりに鈍器を構えなおした。
「自己回復するのかい……しかも結構な強度で」
腕を斬り落としても回復するとは……なるほど、技術とかがない代わりに素の能力が抜きんでている動死体っていうコトだね。
なるほど、そうなると、細かく解体していく戦いはできそうにない。
まあ、もっともそれならそれで、やれないわけじゃあない。
「ああ、やっぱり闘いはいいなあ。
戦闘は良い。
お貴族様になってみんなのために働くのが嫌という訳じゃあないけれど、ね」
ヒュッ
ドゴォォォ―――ン!!!
振り向いた『ストルグ』が、身体を捻るようにして飛び込み、一瞬で僕の場所に到達して鈍器を振り下ろす。
転がるようにして回避、地面が掘削されて土と石が爆発するように吹き上がった。
牽制代わりに手斧を投げつけて、背から
折りたたまれているそれは、ガチャンガチャンと
「君の強さは、その圧倒的な筋力と……相手の攻撃を受けても即座に回復する強力な自己修復能力、その2つからできている」
動死体相手に語っても無駄だろうけれどね。
僕は好きなんだよ、戦う相手と話をするのが。
命のやり取りをしている相手の心情とか、胸の内とか、そういうものは知りたいものだろう?
それが、心をもたない動死体相手でもね。
「どちらが欠けても、その強さは維持できない」
「ウォォォォ―――!!!」
転がり槍斧を捻る様に構えるころには、『ストルグ』はもう僕の目前に居る。
隙だらけであり、ここで腕を斬り落としても、すぐに再生し反撃され、僕は終わりだ。
普通に腕を斬り落としただけであれば。
腕に魔力を巡らせ、この一瞬だけすべての力を腕と、それを支える腰や脚に注ぎ込む。
捻り構えた槍斧を。
月を描くように。
刃を地面を瞬間的に奔らせ、振りぬく。
ジィィィィン―――
『ストルグ』の腕を斬り落とす。
そしてそれは、目論み通りに再生することはない。
僕の全力をもって地を走らせた槍斧の刃は、摩擦によって見ての通り赤熱するほどに高温になっている。
『ストルグ』の腕の断面は炭化し、焼き付いて再生を妨げているのだ。
それが理解できていなかったのか、『ストルグ』は戻らない腕があるかのように腕を振るい、空ぶった。
「技も、機転もない君じゃあ、もう戦えない……!」
逃げることもしない『ストルグ』に対し、僕は素早く足を斬りはらう。
両腕両脚を失い地面へと転がる彼の頭部を、落とす。
「……俺は一体………フィリアは……大丈夫か……?」
『ストルグ』の頭部がうわ言を呟き、僕が尋ねるころには沈黙した。
ああ、戦闘は好きだ。
好きだけれど。
この戦いは随分と、後味が悪いな。
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【エルフ】
人間に似た外見を持つ魔物の一種。非常に長命であり、千年以上生きるともいわれる。
独自の文化をもち、リミュエール王国とはファタールの森とモンテ山脈を挟み隣接した国家を築いている。
金属資源に乏しい土地環境であり、独自の製法で砂鉄から製鉄することで得られる
寿命自体が長いためか独自の宗教・生死感を持ち、戦争で命を散らすことを至上としている。
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