4-2 王国の御前会議の記録

リュミエール王国 首都ラ・リミュエール――





大理石で作られた白亜の城。


太陽の光を浴び反射するそれは、まさしく輝いて見えるように計算され建築されている。

天井は仮に巨人が訪れたとしても高く、色硝子をふんだんに使った窓があちこちに備えられていた。

白を基調とする城にそれは非常に映え、ところどころに施された、人や天使、悪魔を形どった彫像がより際立たせる。

まさしく絢爛豪華という言葉そのもの。


しかしそんな華美な外見とは裏腹に、内部はいたって機能的であった。

城を取り囲む城壁は、王城のあらゆる場所からすぐに配備につけるよう工夫されている。

大理石は魔術的に高い防御力を誇り、彫像は著名な傀儡師ドールマスターが作り出した傀儡兵ゴーレムである。



美徳と力を兼ね備える。

着飾った強き騎士、それがリミュエール王国なのだ。


王城の大広間。

定期的に舞踏会も開かれるこの場所は、それ故に、有事の際には大会議室となる。




「……以上が、デゼスポワール砦で起きたことになります」


ディボン子爵は絞り出すように報告を終えた。

子爵の顔は青を通り越して、白い。

それもそのはず、この会議は単なる会議ではない。

伯爵から公爵までが連なり、さらにはリミュエール王国の王、オレオル陛下その人も出席している会議。

緊急事態でなければ、これほどまでの人間が招集されたりはしないし、まさか子爵貴族など出席する権利もあるはずがない。

しかし、それが行われている理由は至極簡単で明白なものだ。

今まさに、この場所では王国の存亡をかけた議論が為されていることに、他ならない。



「それほどまでの数の動死体ゾンビが居て、使役している屍霊術師ネクロマンサーはただ1人……それは本当なのか?」


侯爵の一人が声を上げる。

そこにディボン子爵の責任を追求しようだとか、揚げ足を取ろうといった様子は微塵もない。

高位の爵位を持つ貴族ともなれば、国家の一大事に無駄なことをする暇などないことを理解している。

魔物をはじめ、この世界では死はまさに隣人と言っていいほどの存在なのだ。死が差し迫ってきたとき、自らの地位や財力、権力などはなんの助けにもならない。

一瞬一刻が自身らの首が繋がるかどうかを分けるのである。

足の引っ張り合いをするような人間は、とうに死んでいるか殺されている。



「……あり得ない、と言いたいところだが」


公爵であり、宮廷魔術師であるオーキツネン公爵が答える。

老齢というにはまだ若い、白髪交じりの髪と整えられた髭を生やしたこの男性こそ、様々な魔術に精通し、また科学の分野にも明るく、しばしば見習いの魔術師らに教鞭を執ることすらある、この分野では右に出るものがいない王国の重鎮だ。

そんな彼の言葉に、貴族一同はざっと音をたて目を向ける。




「そもそも禁術に指定されている3つの魔術は、そうする意味がある。

 太陽創造術トリニティは、莫大なエネルギーを得られる反面、取り扱いを誤れば国を亡ぼしかねない。

 精神操作術マインドスレイバーは、人間の思考そのものに干渉する魔術。こんなものが蔓延すれば自己すら信じられない疑心暗鬼に陥り、やはり国を亡ぼしかねない。だから禁じられた」



ふう、とオーキツネン公爵は息を吐く。


「そして屍霊術ネクロマンシー。これは、個人が軍団を組織しえるのだ。国を亡ぼしかねない軍団を」



すこし講釈が過ぎたか、とオーキツネン公爵は呟き。



屍霊術ネクロマンシーで使役できる死体は、のは13体が最多である。

 しかし屍霊術ネクロマンシーを産み出した始祖たる魔術師は、100を超える動死体ゾンビを使役していたと記録に残っている。

 理論的には1000の動死体ゾンビを使役できるはずなのだ」



会議室がざわつく。

戦える兵士が1000というのは、途方もない数である。

そもそも兵士になれるか否かの魔力の適正を差し置いても、国民の多く……7割〜8割は畑を耕し家畜の世話をする農民なのである。そうでなければ皆が飢えないだけの食糧を確保することができないのだ。

木曜神に祈りを捧げ豊穣の加護を得ており、さらにはオーキツネン公爵主導のもと肥料も開発を行ってはいるが、それでも食糧を作るのには多くの人が必要である。

ディボン子爵の私兵団の戦力は、それこそ王国でも屈指であった。常に隣国のエルフ国家との戦争に備える必要があるからこそ、あれだけの人数を用意できたに過ぎない。



「つまり」


そう、つまり。



コントラ屍霊術ネクロマンシーをほぼ完全な形で習得している、稀代の屍霊術師ネクロマンサーということだ。使役している動死体の兵数は最大で1000。食餌も休息も娯楽すらも不要な不眠不休の兵団と言える。まさしく地獄の底の軍勢なのだ」


その場に集まった一同に沈黙が広がる。


兵士は数を揃えれば良い、というものではない。


彼らが戦うには当然ながら武器が必要だし、防具も必要だ。食事もとらなければならないし、眠る必要だってある。そして尚、命をかけて戦う心を慰撫するには娯楽は必要不可欠であり、酒や煙草、女や甘味などを手配しなければならない。


それだけの兵士を維持するのに、一体どれだけの人間が支えなければならないのか、もはや考えたくない状況であるのに、相手はその一切合切を無視することができる。


もはや戦いの次元が違う。


極端なことを言えば、相手が兵力を見せびらかして何もしなくても、こちらはそれに備えて兵士を用意し防御に徹しているだけでジリ貧で負けるのだ。

あまりにも不公平の過ぎる戦争である。遊戯盤ゲームであるならば、直接相手を殴り倒してしまうだろう。



「ですが、戦わねばなりません」


一人の伯爵が声を上げる。

幾人かの貴族が嫌そうな表情を浮かべるが、当の本人は涼しい顔だ。

起立したその伯爵は、小太りで中年の男性であった。

羽飾りのついた帽子を被り、少し厭味さを感じさせる装飾の多い上着を羽織っている。彼は自身の大きな腹をポンポンと軽く叩きながら、周囲の貴族に、オーキツネン公爵に、そして国王へと意見具申する。


彼はサーモ・バーゾク伯爵。ディボン子爵のより親であり、隣国エルフ国家との国境線に接する領土を保有する貴族である。

サーモ伯爵は生粋の貴族ではなく、元は平民……しかも山賊の頭領であった。

しかし過去のエルフ国家との戦争の際に王国側に義勇兵として参加し奮戦、多大な功績を挙げたことから、国王に召抱えられ、平民が授かるには最高位である伯爵の爵位を賜わったのである。



「ディボン子爵の話が事実であれば、敵の数はまだ1000には至らず多くても500。まだ完全には至らぬ前に、早急に倒さねばなりません。それこそ、この場で王国軍としての召集をかけねばならぬほどに」


幾人かの貴族が頷くが、多くの貴族は驚いた表情を浮かべる。


「確かに緊急の事態ではあるが、この場で、すぐにか?あまりに早急では」

「敵は。時間をかけていてはこちらの動きを察知され、最悪の場合情報のやり取りすらままならなくなるでしょう、そうだな、ディボン子爵?」


サーモ伯爵の問いかけに、ディボン子爵は頷く。



「……私は部下に気絶させられ、義勇兵と共に戦線を離脱しましたが……中途で夜見鳥モジョボーを始めとする鳥の動死体、そしてそれを率いるに追撃をされました。女の動死体は、顔や胸こそ人間のそれでしたが、腕や足は大量の鳥の羽そのものになっておりました。人間の動死体が、空を飛んでいるのです。腹に生えた鳥の腕を使い、上空より槍を投げられ、義勇兵や伝令兵が何人も斃れました。……私も、義勇兵の勇士、アルベールがいなければ死んでいたでしょう。生き残ったのは私と、彼だけですから」



ディボン子爵の言葉に、改めて貴族らは絶句する。不眠不休で空を飛ぶ兵士など、もはや悪夢を通り越して冗談でしか無い。情報収集だけでも出し抜かれる上に、川や山などの地形を無視した軍事作戦が可能である。そもそも、ずっと空を飛び石を落とされるだけでも甚大な被害が出ることが間違いないからだ。



「もはや時間がないということは、わかっていただけましたか」


サーモ伯爵の言葉に一同は頷く。


事態は一刻を争う。

国王自身も会議の決定に従い号令をかけ、すぐに貴族らが私兵団より兵士を抽出し、王国軍として、コントラを討滅することになるだろう。



「しかし、一体どう戦うものか」


伯爵の一人がサーモ伯爵に問いかける。倒さねばならぬことは解るが、しかし具体的にどうすればよいのか、検討がつかないためだ。



「……まずは、日曜神の教会に協力を依頼するしか、ありますまい。動死体は魔術で動く兵士、日曜神の奇跡ならば直ちに無力化できる」


オーキツネン公爵が宮廷魔術師として発言するが、その言葉に貴族らは渋い顔をする。貴族だけでなく、国王陛下もまた瞑目して溜め息を吐き、そもそも意見した公爵自身もまた、苦い表情を浮かべていた。

リュミエール王国は豊穣を司る木曜神を主神として信奉しているのだが、日曜神の教会に協力を要請すれば改宗を求められるだろう。無償での奉仕など国家とのやり取りでは決してありえず、それを期待して国家運営する為政者など、乞食と変わらない。

だが、そうなれば今までのような豊穣は見込めなくなることは必至であり、対策を練る必要があるが……そうなるとしても教会の協力は必要不可欠であると、全員が認識していた。



「魔物の動死体は、どうする?ディボン子爵の話では、手酷くやられたと聞く。損耗は避けたい」


伯爵の一人が声を上げる。

懸念は尤もであった。

敵の数を500と見積もるならば、こちらも少なくとも500の兵士を揃えなければならないが、それだけでも国家にとってかなりの負担となる。

それで進軍している最中に落伍していくことまで加味していてはさらに人数を増やさねばならず、そうなるとそもそも兵士をそれだけの数用意できるのかという話でさえあるのだ。



「1つだけ方法があります」


難題に対し頭を抱える貴族らに対し、サーモ伯爵が声を上げる。妙案が浮かんだのかと期待する貴族らであったが、しかし普段は飄々としているサーモ伯爵の様子が、酷く苦しそうにしているのを見て、そうではないと直ぐに思い知る。



「森を焼きましょう、それしかない」

「サーモ伯爵、正気か?」


サーモ伯爵の提案に待ったをかけるのは、彼を監督する立場にある侯爵だ。他の貴族も呆気に取られるものが大半、気が触れたのかと訝しがるものが次点。そしてごく一部……オーキツネン公爵などが、その必要性を理解して暗い顔になっている。



「森の魔物等がどれほどの数、動死体になっているのか把握できていません。その状況で森に入れば終わりです。もしティタン魔狼ジェヴォーダンを動死体に変え、その総数が1000に達していたのなら、我々が500の兵士を失って、そのまま王国は…………危機に陥るでしょう」


濁した発言をするサーモ伯爵であったが、しかし貴族らは理解している。もしそれだけの兵士がやられてしまったのならば、王国はその時点で敗北だ。もはやコントラに組織だって抗うことは不可能だろう。



「森を焼き、動死体ともども焼き殺す。そして平野にて合戦し首魁を討つ、これしかありますまい」

「だが、それは」


侯爵がなんとか否定の材料を探す。

森とは資源の宝庫だ。

食料はもちろん、木材も日常の生活になくてはならないものである。それらが一気に喪われば、間違いなく失業者どころか餓死者を出す。滅ぼされた開拓村の再建も危うい。

そして。



「森に隣接しているエルフ国も黙ってはいまい」


あの森は山脈を挟みエルフ国と繋がっている。森を焼かれ延焼しようものなら、それを口実に攻め込んできてもおかしくない。いや、攻めてくるだろう。普段から大義名分探しに余念がない連中なのだ。



「だが、やらねばならんか」


ざっと貴族らが首部を垂らす。

オレオル国王その人が口を開いたのだ。配下は黙りその言葉を拝領するのみ。



「今やらねば、機はない。これ以上民を犠牲にするわけには、いかぬ。エルフ国との件は私がこの首に代えても対処しよう……諸君らは、戦の支度をせよ」


コツン!と杖で床を叩き、国王は宣言する。

宣告する。



「余の名において諸君らに命ずる。我が国の敵コントラムンディを討て」

「「「「「はっ!」」」」」


貴族らが全員起立し、一斉に頭を下げる。

賽は投げられた。

最終決戦への、賽は。


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【七曜神】

この世界を構築したとされる七柱の神々。

火、水、木、金、土の5属性及び、動を司る日曜神と、静を司る月曜神を指す。

国教にすえた神からは恩寵を与えられ、木曜神を信仰している国家には豊穣が約束される。

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