4-3 王国の錬兵場の記録
リュミエール王国 首都ラ・リュミエール――
普段は王家に仕える兵士らが鍛錬に励む第二錬兵場。今この場所は、静けさに包まれていた。
普段であれば鍛錬に励む兵士らの掛け声や、模擬戦の喧騒、兵士長による怒号や激励に賑わうはずのこの場所は、日が高いにも関わらず、しかし人の気配が殆どなかった。
それは、オレオル国王による
兵士らは此処よりも門に近い第三錬兵場に移動しており、そこで武具や食糧などの物資の運搬、搬入に勤しんでいた。今回の討伐令は時間との戦いであるとのことで、作戦も言い方は悪いがかなりの出たとこ勝負だ。それでも「
明後日には各貴族らから徴集した兵士らが王都に到着し、その翌日には出兵する。可能とするためには兵士らが鍛錬をする暇などなく、その準備に追われるしかなかった。
カァン!と木剣が、木でできた人形を打ち据える音が響く。
兵士など居ないはずのこの場所で、しかし鍛錬に励む男の姿があった。
アルベールだ。
彼はただ淡々と、木剣を人形に打ち据える。同じ動き、同じ剣筋で、ひたすらに同じ技を繰り出し続ける。
ともすれば手を抜いているのか、と言われそうな鍛錬方法ではあるが、しかし見るものが見れば、それが明らかに異質で人外じみていることに気がつくだろう。
アルベールはただ、同じ動き、同じ剣筋、同じ技を繰り出し続けている。
ただひたすらに同じ動きを。
寸分違わず、仮にこの世界に精密検査を行える機械があり計測できるのであれば、たった1mmも動きの狂いが無いという判定を下すだろう。身体のブレは勿論、速度さえも違わない。
彼は完全に、1回前、10回前、100回前の素振りと同じ動きをずっと行っているのだ。
それができて何になる、と嘲る事もできるだろう。精緻で型に嵌まった剣技を振るえたとして、それが戦場で役に立つのかと。
だが、アルベールは愚直に精密に剣を振るう。
誰が何を言おうとも、己の剣を信じきれるのはただ己のみ。
基礎のできていない剣に発展など無いと、若くして悟ったがゆえに。
だから、アルベールは愚直に精密に剣を振るう。
「精が出るね、若いのにそれだけ出来る人間は居ないよ、うん」
ふとアルベールが動きを止める。
汗を浮かべる顔をそのままに、アルベールは声をかけてきたサーモ伯爵に目を向けた。
「伯爵閣下、失礼しました」
「ああ、いいよそのままで。僕は爵位こそあるけど、青い血なんて一滴も流れてないしね。敬意を払ってもらえる人間じゃあないさ」
傅こうとするアルベールを、サーモ伯爵は止める。それでも恐縮そうにするアルベールに、サーモ伯爵はカラカラと笑った。
「そんなものよりも、アルベールくん。君の剣技だよ。それだけの境地には、この国の兵士でもどれだけ至っているか解らないさ。……なるほど、ディボン子爵が生き残れたのも分かる。かの精鋭の中でも最も強者であるのが君なのも納得だ」
「……恐縮です」
静かに頭を下げるアルベールに、サーモ伯爵は頷き、そして静かに話しかける。
「……納得いかない、という感じだね」
「……!はい」
驚いたように顔を上げるアルベール。「ここには僕しかいない、もし悩みがあるなら聞こうか」という言葉に、アルベールは素直に頷き、口を開く。
「俺……いえ、私は、敵を。コントラを殺したいと一心に思っています。だからこそ身体を鍛え、技を磨き、身体強化も学びました。……でも、いざ敵が目の前にいるときに。私は懐に飛び込むことすらせず、結果的には逃げてしまいました。勿論それでディボン子爵を助けられました。でも多くの人が死んでしまいました……あのまま飛び込んでもきっと殺せない、いや、もしかしたら殺せないかもしれない、そう思ってしまい、確実に殺せる機会が得られるまでは死ねない、だから逃げなければと思ったんです」
アルベールは一気に吐き出すと、息を深く吸い、吐き出す。
「私は、どうしてこんなに臆病なんでしょうか?」
「臆病?まさかぁ。それでいいんだよそれで」
アルベールの問いに、サーモ伯爵はニコリと笑う。
「
だからこそ、次に絶対に殺せるように訓練を続けているんだろう?とサーモ伯爵が尋ね、アルベールは頷く。
「よしよし……うん、じゃあそんなに時間はないけれど、稽古でもつけようか?」
「え?あの」
アルベールは困惑する。
貴族と平民という身分の差も勿論ある。しかしアルベールの記憶にある貴族というのは、戦において指揮官かつ責任者である。
勿論、指揮のため戦場に出る以上、武術はおさめているものだ。ディボン子爵も剣は扱えるが、だがそれは飽く迄も護身のためであり、純粋な強さであれば末端の兵士のほうがよほど強い。
人が良さそうに笑うサーモ伯爵は、確かに小太り気味とはいえ腕や足の筋肉はがっしりしており、体幹も優れているのは見て取れる。
しかし、サーモ伯爵自身が戦えるようには見えなかったのだ。元は山賊の頭領で、エルフ相手に活躍したという話を聞いてはいたが、それでも、だ。
「まあまあ、そう言わずに。きっといい経験になるって約束するからさ」
困惑するアルベールを、実に面白そうに見ながら、サーモ伯爵は人好きのする笑顔を浮かべてみせた。
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【貴族】
特権を与えられ、社会階級のなかでも上位に位置する集団。
リュミエール王国においては、男爵や子爵が村や町を治め、それを伯爵が管理し、侯爵が大まかな方針を取り決め、公爵及び王家がそれらの責任を負う。
爵位はその血統により受け継がれる権利であるが、生まれが平民であったとしても目まぐるしい功績をたてたものには爵位が与えられる。ただし平民に与えられる最大位は伯爵までである。
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