3-10 ある義勇兵の記憶
それは、本当に唐突だった。
ディボン子爵が
軋んだ音を立てながら、砦の門が大きく開かれたんだ。
俺は兵士じゃあなくて、単なる義勇兵。
「単純に戦えば俺がディボン子爵の軍の中で一番強い」だなんて評価をもらって、義勇兵の中で俺だけは兵士に混じって前線に出ているが、所詮は元農民に過ぎないし、戦の作法だとか
近くに居る兵士に聞いてみたが、ベテランのその兵士も困惑しているみたいだった。
敵側が開けてきたのなら、降伏の意味か、それとも罠だろうという回答に、俺は「それなら罠だろうな」と思った。
振り返れば、ディボン子爵も判断に迷っているようだ。
罠だろうとも、一気に敵の懐に飛び込める
「――兵団、進め!」
だが
ディボン子爵は飛び込むことを選んだ。
弩弓や投石器の攻撃を止め、俺と兵士だけで中に入っていく。
案の定というか、兵士たちや俺が中に入って進んで、中庭みたいな開けた場所に向かおうとしている際には、潜んでいた動死体から奇襲を受けた。
だがそれは予想していたことであったし、動死体の潜伏もそれほど上手じゃあない。すぐに察知して返り討ちにしていく。
「これが罠か?それなら随分楽なんだが――」
兵士の1人が呟き幾人が同意する。
だがそんなはずはない、と俺は確信していた。
何故なら、
「え、あ? ご」
「が、あがっ、ご! ごぼごぼっ………」
先行していた兵士の一人が突然、苦しみだした。
喉を抑え咳込み、そして直ぐに血と吐瀉物が口から吐き出される。
見る見る間に顔は土気色になり、目からは赤黒い涙混じりの血が流れ出る。
「ごぼごぼっ………!が……!!だ、ずげ…………!!」
ガリガリと血が吹き出るのも構わずに兵士は自分の喉をかきむしる。顔や手喉や足にブツブツと異様な吹き出物が発生し、潰れて膿をぶち撒ける。そして助けを求めるように後続の兵士に手を伸ばして……目を剥き、倒れ伏した。
あまりの出来事に、兵士らは一人残らず凍りついたように静止する。
チリンッ……
物音がして、俺達はふと顔を上げそちらに目を向ける。
そこに居たのは、1人の……いや、1体の動死体だ。
しかし、目につくのはそこではなかった。
女の動死体の背中、そこに、人間には本来存在し得ないような肉の塊が繫がっており、女の動死体はそれを引きずりながら歩いているのだ。
まるで巨大な腹を持った女王蜂が飛べずに地べたを這い回るように。
「ごべ……」
「……ば……」
「ごぼっ……ぼっ……」
「ごべ……な、さ……」
その肉の塊には、人間の口や鼻、耳、肛門……ありとあらゆる人体の孔が夥しい数空いており、そしてそこから、まるで怨嗟するような音を上げ、灰色の煙のようなものが吐き出され、撒き散らされている。
ヤバい。
直感がそう告げる。
アレは猛毒を撒いているに違いない。
そうなると、少なくとも今の自分たちの装備では戦えない。
俺は思わず数歩下がった。
「た、退避!!一旦外へ戻れ!」
兵団長が声を上げる。
弾かれたように兵士らが動き出し、その場から駆け出す。
「ま、まっでぐれ!おいでいがないで………!ごぼっ!!」
「くそっ、立てるか?!急いで逃げ………うっ、ぐがっ!!」
兵士がバタバタと、咳込み血を撒き散らしながら斃れていく。
幾人かは彼らを助けようと手を伸ばしていたが、その助けようとした兵士もまた咳き込み始めるところを見るに、もう諦めるしかなかった。
「も、門が!」
先行していた兵士が悲鳴を上げる。
開け放たれていた門は、動死体たちによって閉められている。
それだけではなく、動死体同士が積み重なるようにして門を塞いでいるのだ。
動死体自体は大した強さではないが、行動不能にするには手間がかかる。更にそれを退かそうとすると、どれだけの時間が必要になるかわからない。
チリンッ……
もたついている間にも、肉塊の動死体が迫ってきている。
一か八か、兵士の一人が雄叫びを上げ、槍を持ち突っ込んでいくが、その穂先が届く前に体中から血を吹き出し、地べたに這いつくばりのたうち回って絶命した。
万事休すか、半ば観念したとき、俺の肩に兵団長の手が置かれる。
振り返ると、兵団長は中年手前の皺ができ始めた顔を、さらに顰めて厳しい表情を浮かべていた。
「アルベール、お前なら……お前だけなら、ここを突破できるだろう?急いで子爵閣下の元に向かって報告し、撤退してくれ」
俺は奥歯が砕けそうになるくらい噛み締める。
「ですが!兵団の皆が……!」
「良い、それよりもこの事態を伝えるほうが先決だ。もはや子爵閣下の手には負えない……伯爵様、いや、国王陛下にお願いするしか無いだろう」
そして、兵団長はふっと笑顔を漏らす。
「お前が、
「……すみません!!」
俺は兵団長に一礼して、足に力を入れる。魔力による身体強化、それを自身の足に巡らせ、門に向かい一気に跳躍する。
高さ何mはあるかという門と堡塁を一息に飛び越え、俺はディボン子爵のもとへ走った。
「………!これは……!」
半ば予想していたが……砦の外も地獄になっていた。
鈍器の一撃を食らった兵士は鎧ごと拉げて千切れ飛び、破裂するように手足を跳ね飛ばす。
盾で受け止めようとした義勇兵は盾と地面に挟まれ、圧搾されて血と内蔵をぶち撒けたペラペラの死体が出来上がる。
束で戦おうとしても、4人の義勇兵をまとめて薙ぎ払う馬鹿力に敵うはずもない。
子爵は……まだ生きていた。
剣を構える副兵団長の隣で、覚悟を決めたような顔をしている。
「……アルベールくん、無事だったか」
「ディボン子爵様!砦の中は全滅です!急いで逃げてください!」
俺の言葉にしかし、ディボン子爵は軽く笑って首を振る。
「もはやこれまでだろうよ、それに、ここで私が逃げれば、先に死んでしまった皆に顔向けができない」
「子爵様!」
どうも、子爵はここで
時間がない、なんとか説得しようとしていると、副兵団長がくるりと体をこちらに向けた。
「閣下、ご無礼!」
そして有無を言わさず、子爵の鳩尾に拳を叩き込む。手加減無しでやったらしいそれで、子爵は白目をむいて気絶してしまった。
何を!と驚く俺に、副兵団長が告げる。
「閣下は重傷だ!指揮困難により私がこの戦場を引き継ぐ!アル義勇兵ベール、君は閣下を連れて疾く戦場を離脱しろ、安全な場所へ閣下をお連れするのだ!」
「……はっ!」
俺は一礼すると、気絶したディボン子爵を担ぐ。そして他の、まだ生き残っていた義勇兵らと共に急いで砦から逃げ出した。
-----------------------------------
【死体改造:
“人は、自然の悪を知ることを学んで死を軽蔑し、 社会の悪を知ることを学んで生を軽蔑する――”
【
死体により複雑な改造を施し、他の生物の機能を移植したり全く新しい器官を生成することができる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます