3-9 子爵家の出兵の記録 その4

「進め!敵を討滅せよ!!」



ディボン子爵の号令のもと、兵士たちが一斉に動き出す。手には槍と盾を持ち、一歩ずつ前へと進みだした。


ディボン子爵の予想では、砦はまだ落とされたときに破壊された痕が残っており、防御性能は大きく低下しているハズであった。

しかし実際には修復は完了しており、さらには堀などの元々なかった陣地まで用意されている。

それ故に、ディボン子爵はコントラへの警戒レベルをさらに引き上げていた。


なぜなら。

砦を修繕したということは、だ。



「敵影!動死体ゾンビたちが堡塁の上にいます!」

「総員!構えろ!」


兵士たちが素早く盾を構えたところに、ばらばらと弓矢が降り注いだのだ。

それは勿論、動死体による攻撃である。堡塁の上に居る動死体たちは、性別も年齢も老若男女バラバラで、服装すらバラバラであるものの、皆揃って手には弓を持っていた。



「動死体が弓を……?!」


子爵の傍に控えていた私兵の魔術師が驚愕の色をにじませて呟く。

動死体は複雑な挙動は取れないはずなのだ。

兵士として使うなら、鈍器を持たせて突撃させるのが定石であり、それ以外の使い方はないはずだった。

ディボン子爵は顔を歪める。

半分は、自分の予想が当たったことへの喜びから。

もう半分は、自分の予想が当たってしまったことへの苛立ちから。



「兵団、散開せよ!」


弓を放たれ面食らったが、しかし負傷した兵士の姿はない。

動死体の弓の狙いはかなり甘く、何もないところに放たれたり、あさっての方向へ矢が飛んでいったものもある。

兵士らに向かってきたものも問題なく盾で受け止めている。

散開したのは弓の狙いを更にブレさせると同時に、魔術師を警戒してでのことだ。

もし動死体が魔術も扱えるなら、密集陣形では簡単な爆発系でも大きな被害を受けかねない。コントラ自身が魔術を放ってくる可能性もある。

突破力こそ落ちるが、慎重に事を進めることをディボン子爵は選んだ。



「敵弓兵を排除する、義勇兵諸君、弩弓クロスボウ構え!狙撃準備!」


盾を構え進む兵士たちよりも幾分離れた場所で、身を隠せるほどの大きな盾と、弩弓を持った者たちが2人1組で動き出す。

一人が盾を構え、もう一人が弩弓を構え、狙う。



「放てぇっ!」

ガガガガガガッ――――!!


ディボン子爵の号令のもと、弩弓から一斉に太矢ボルトが放たれた。

機械的な小気味よい音が鳴り響き、堡塁の上の動死体たちに太矢が突き刺さる。

その威力は凄まじく、胴体に食らったものはそのまま後ろへと吹き飛び、腕に当たったものはその部分から引きちぎれていった。



「攻城準備を!」

「はっ!」


ディボン子爵より指示を受けた魔術師が一礼し、後方へと駆け出す。

そこにあるのは、ここまで牽いてきた荷馬車だ。

馬は外されており、荷台には材木やロープが載せられている。



「“多くの学びよりも一つの創造が優る。想像は人生の根底なり――【改良ティンカー】”!」


魔術師が詠唱し、その荷馬車に触れて魔術を行使する。

すると、材木やロープが独りでに動き出し、さらに釘などを使わない特殊な製法で作られている荷馬車そのものが音もなくバラバラに解かれ、材木らと共に組み上がっていく。


そして数十秒もしないうちに組み上がったのは、1台の投石器カタパルトだ。


魔術は世界を欺く技術だ。

日属性魔術の1つである【改良ティンカー】は、その物体が存在するにあたりかかるはずであった人間の仕事を誤魔化す……神の理質量保存の法則には従いつつ、その形状を自在に変化させる魔術である。

魔術師が常に触れて魔力を流していなければ変化した形状は維持できず、手を離せばたちどころに元の荷馬車と材木に戻ってしまうが、大きな構築物でさえ数分とかからず用意することができる。


義勇兵たちが投石器へ集まり、急いでそこに適当な石などを乗せていく。

もとより、砦の破壊などは考えていない。を考慮すれば大きい石よりも、大量の石礫のほうが効果がある。



「放て!」


投石器が傍目にはゆっくりと、しかし実際には素早く動き、積載した石のかけらを砦に向かって投射する。




ズドドドドド――――――ッ!!


石が砦の堡塁にぶつかり甲高い音を上げる中、それに巻き込まれた動死体たちは全身をズタズタに引き裂かれ、肉片へと置換していく。


大きな石を投げ込めば堡塁を破壊できるほどの力を得られるが、それでは攻撃できる範囲が狭い。

細かな石を大量に乗せて放ち、一発一発の威力は劣るものの広い範囲を攻撃し、動死体たちを纏めて機能不全に陥らせるのが子爵の狙いだったのだ。

威力は劣るとはいえ、大型の兵器を介したそれは人体など容易く破壊しうるのだから。



兵士らから歓声が上がる。

ディボン子爵もここに来て初めて、薄くながら笑みを浮かべた。


兵士らには未だ損耗はなく、士気は上等、厄介な動死体も一方的に処理できることが今しがた証明できた。

あとはこの戦況を維持し、ジリジリと相手が在庫を失い音を上げるまで続けてやるだけである。



そしてこの状況において笑みを浮かべる人間が、もう一人。



動死体が10体、20体と纏めて吹き飛ぶ様子を見ながら。

コントラは、笑顔を浮かべていた。

それは実に楽しそうで、期待に満ちた笑顔。




「よっし!ここで真打ちだ、いけっ、ストルグくん!フィリアさん!アガプちゃん!」


悪意の跋扈が、始まる。


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弩弓クロスボウ

器械的な巻き上げ装置を備えた弓。

非常に扱いやすく、鎧を貫通し得るほどの高い威力を保有する。

身体強化が使えない人間でも戦えるようになる武器だが、高価であり故障しやすいという欠点もある。

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