3-8 子爵家の出兵の記録 その3

ランシェン子爵領 デゼスポワール砦――




「なんだ、これは……」


ディボン・ランシェン子爵は思わず呟く。

ディボン子爵は当然ながら、この砦のことは知っている。

重要な拠点であるため何度も足を運んでいるし、この砦に詰めていた兵士らの激励を行ったこともある。

だが、目前のそれは記憶している砦とは大きく異なっていた。

堡塁の周囲に深い堀がつくられ、さらには丸太を削り尖らせた真新しい杭が周囲にぐるりと張り巡らされている。

門は破壊され、堡塁の壁は一部崩壊したと報告を受けていたにもかかわらず、門はしっかりとしたものが備えてあり、堡塁も崩れたと思しき場所は真新しい石材で補修されていた。

ディボン子爵が応援を呼ばず、ある意味拙速な出兵を行ったのは、落城された直後であるならば防衛設備が破壊されたままであり、守りにくいところを攻めるつもりだったのだが。

修繕されるのがあまりにも早すぎる上に、さらに防御を強固にされているとは、よもや夢にも思わなかった。



「だが……今更止めるわけには、いかない」


砦の防備を固めたということは、間違いなくコントラは砦に居る。

想定よりも被害が大きくなるのはもはや避けられないが、それ以上に、子爵は敵の居場所が掴めなくなることを恐れていた。

何せ相手は屈指の屍霊術師ネクロマンサー

たった一人で軍勢を作り上げることが出来る人物がどこかに潜伏するなど、悪夢でしかない。



例え、自身の命が果てようとも、コントラをここで殺さなければならない。



ディボン子爵は旗を掲げる兵と共に、砦へと近づく。

弓を放たれても十二分に対処が可能な程度の距離まで移動すると、そこで大きく声を張り上げた。



「リュミエール王国 ディボン・ランシェン子爵である!」



魔力により強化された心肺能力から放たれた声は非常に大きく、これだけの距離が離れていても間違いなく砦の中にまで届く。

少しの間を開け、堡塁の上に男が一人立つ。

灰色の男だ。

髪の色も、身に着けている法衣ローブも灰色。

顔つきもそうだが、その身なりも地味であり、一見すれば旅の巡礼者とでも思ったであろう。

それに随分若いな、とディボン子爵は感想を持った。



「これはご丁寧に、どうもディボン子爵。僕は世界の敵コントラムンディといいます、どうぞよろしく」


場違いなほど呑気な声色で、灰色の男……コントラがそう答える。

ディボン子爵は苦虫を口の中で潰したような表情を浮かべ、コントラを睨みつけた。



「このデゼスポワール砦を不当なる理由で攻撃し、占拠した罪は真に重い!

 今すぐ投降し砦を明け渡すのであれば、苦しまずに処刑するよう配慮をしてやろう!」


子爵の言葉にコントラは面白そうに腹を抱えて笑った。

不快さと、なぜ罵倒されて笑うのかの不可解さがない交ぜになった表情を浮かべ、子爵はコントラの返事を待つ。



「異議あり!当方は先の砦主より、こちらの砦を運用する許可を得ている!」

「何?!」


ディボン子爵が思わず聞き返すと、コントラはにこりと笑って誰かを手招きした。

すると、新しい人影が堡塁の上へ移動する。

それは、1体の動死体ゾンビだった。



「ジャン=クロード卿……!」


ディボン子爵や何人かの兵士が思わず呟く。

1体の動死体ゾンビ……砦での戦闘で命を落としたジャン=クロード卿の死体を、コントラは動死体ゾンビに変えていた。

どこを見ているでもない虚ろな表情を浮かべたジャン=クロード卿の動死体ゾンビは、のそりのそりと歩いて、コントラの隣に立つ。



「さて、えーとジャンくんだったかな?この砦って僕がもらってもよかったんだよね?」

「あ……ぉぁあ……」


ジャン=クロード卿の動死体ゾンビがゆっくりと首を上下に、首肯するように振って……その首がごとりと落ちる。

夜見鳥モジョボー動死体ゾンビで首狩り攻撃が成功したのは良いが、こういうとき不便だったな~、とコントラは頬をかく。

その様子を見ていたディボン子爵の兵士たちは、思わず悲鳴を上げるものさえいた。



「あー失礼、首をちゃんと固定していなかったんで落ちてしまったよ、でも頷いたってわかるよね?」


コントラは誤魔化す様にわざとらしく笑いながら、子爵たちへと問いかける。

子爵の顔は驚愕から、やがて憤怒と嫌悪に塗れていった。



「その首を絞首台に吊るしてやるッ!!総員!!攻撃を開始!!」


もはや交渉し言葉を交わすにも値しない相手。

ディボン子爵の号令が響き渡ると同時に、控えていた私兵団や自警団が一斉に動き出す。


コントラはますます笑みを深くして……実に嬉しそうに、愉しそうに、動死体ゾンビたちを操り始めた。



-----------------------------------

【口上合戦】

戦をする際に行う、それぞれの代表者が互いの大義名分を述べ合い、もはや交渉の余地がないことを互いの兵士に知らしめあう儀式。

戦争の前に行う大事な一戦、あるいは舌先での戦いとも評される。

兵士たちが何の気兼ねもなく戦うためには必要不可欠な行為であり、両軍の士気にも多大な影響を与える。

相手の主義主張の矛盾をついたり、相手の正当性を否定することができれば、場合によっては戦いをすることもなく兵がぶつかりあうことすらなく、戦争が終結してしまうこともあり得る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る