3-7 子爵家の出兵の記録 その2
ランシェン子爵領 開拓村跡地――
ディボン・ランシェン子爵率いる私兵団と義勇兵団は、デゼスポワール砦を目指していた。
総勢は200人。補給のために連れている酒保商人らも含めるともっと多い。
街より出てきたときには勇ましく胸を張っていた兵士たちだったが、今その表情は暗く沈んでいる。
傍目から見ても、士気はひどく下がっていた。
本来であれば、自らの仲間の拠点であるはずの場所に攻め入らないといけないのだ。
それだけでも十二分の理由になる。
道中で経由した町や村のことごとくが、人を一人も残さずに滅んでしまっていることに、兵士らはひどく滅入っていた。
扉が壊された家屋の中は酷く荒れており、乾いた血痕が赤黒い跡を遺している。
机の上には食べ残された食事がそのまま残され、腐り蠅が飛びまわり蛆が沸いている。
別の家を見れば、扉にも血痕がこびりついているのが見え、部屋の中からは子供が玩具としていたのだろう小さな木剣が赤黒い染みをつけて床に転がっている。
そして、人影は全くない。
汚物や遺物に集る虫を除いて、家畜の姿すらもない。
その頃には、ディボン子爵の顔色も悪くなっていた。
何度も報告を受けており、書類の上ではいくつもいくつも確認していたことなのだが、しかし実際に見るのとではやはり違う。
同時に、奥歯を強く噛む。
これだけの事態が起きていたのに、子爵が事の重大さを理解するまでにあまりに時間がかかり過ぎたのだ。
デゼスポワール砦が落城したという知らせを聞くまで、よもやここまでの事態になっているとまでは思っていなかった。
だが、これがまだまだ序の口。
地獄の始まりですらなかったのだ。
ファタールの森――
夜明け前のまだ薄暗い時間。
野営の敷かれていた場所では、怒号が飛び交っていた。
「敵襲!
「ちくしょうが!まだ追加が来やがるのかよ!」
「こっちに応援をくれ!」
「
現れたのは、魔物の
夜行性である
だが
勿論、いかに素の身体能力に優れた魔物の
多くが村人で構成された義勇兵だけでは確かに厳しい相手ではあるが、魔力を使い身体強化を持つ兵士ならば、例え
事実、昼間に奇襲を仕掛けてきた魔物の
だがそれが、満足に眠ることすら許さない程度に何度も何度も徒党を組んで襲い掛かってくる。
これは酷く兵士らの神経をすり減らした。
いくら倒せる相手だとはいえ、寝ぼけていても手を抜いていても戦えるわけではない。
気を張り詰める必要があり、それを休めることができないのだ。
こうした
あまりに卑怯な行為ではあるが、非常に効果的なのだ。
随時投入するという愚策も愚策な作戦だが、それを損耗しても平気な分を
何せ
だがこちらは夜は眠らねばならず、疲労もするし恐怖も抱く。
兵士らは見る見る間に摩耗していき、攻撃が行われるたびに負傷者が出始め、ついには命を落とす者まで出始めていた。
「ぐあっ……!」
兵士の一人が
本来ならば受け流すなり、あるいは一時的に魔力を身体に流し込み防御を固めることが出来る筈なのだが。
蓄積した疲労は集中力を奪い、動きの瞬発力を阻害し、判断力を鈍らせていた。
「ポール!今助け……ちっ!」
「くそっ!」
他の兵士たちが、崩れ落ちた兵士……ポールの加勢に入ろうとするが、だが夜見鳥が空から夜見鳥が襲い掛かりそちらの対処を余儀なくされる。
彼らもまた酷く疲労しており、本来の実力を発揮しきれていないのだ。
そのまま、ポールの身体に熊の
キン―――――――ッ
鋭く、澄んだ音が響いたと思った瞬間。
熊の腕が切り落とされ、澱んだ血液がそこからかすかに吹き上がる。
熊の
ポールの前には、熊の両腕を瞬時に切断してみせた男の姿があった。
手には、一振りの剣が握られている。
「大丈夫ですか?」
「ああ……すまない、アルベール君、助かった」
義勇兵であり、この軍団の中で最も強いと目される男にポールは助けられる。
彼もまた眠れていないのだろうに、しかしその動きによどみはなく、瞬く間に熊の
「大丈夫のようなら、他のところに加勢へ行ってきます。
まだ
ポールさんは早く、けがの手当てを」
「わかった……だが、君も無茶するなよ、アルベール君。
君だって眠れていないのだろう?」
ポールの言葉に、アルベールは頷く。
「……もちろんです。
でも、大丈夫ですよ。確かに眠れていないですが……」
その目は、爛々と鈍く輝いていた。
「やっと
とても嬉しくて、眠れないんですよ」
「……そう、か」
「それじゃあ、行ってきます」
アルベールが背を向け駆け出す。
ポールは、ようやく手が空いた他の兵士らに肩を担がれ、急いで治療師のいる場所へと連れていかれた。
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【身体強化】
魔力を用いて自身の肉体を強化する技術。
筋力を増幅させ剛力を発揮したり、肉や骨を強化し鉄のような強度を持たせたり、人間では判別できない暗闇の中を見通す暗視を得たりとその内容は多岐にわたる。
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