3-5 族長の娘の記憶 その2
「一体何なんだ、こいつらは!」
私は最後の矢を矢筒から引き抜き、引き絞る。
山で生きていく上では、弓は呼吸のように扱えないといけない。
だから今回も、まるで息を吸う様に素早く構え、肺を膨らませるように狙い、息を吐くように矢を放った。
キュイィッ――――――!
空気が甲高く嘶き、風を切る矢が寸分違わずに平野の民の頭に突き刺さった。
いや、頭部を
矢にひっかかるように、その人間は後方へと倒れる。
間違いなく、即死だ。
生き物ならば、そこでもう動くことを辞めなければならない。
そのはずなのに。
「くそっ!こいつも、こいつも!!」
頭部を撃ち抜かれ失った人間が、しかし腕や足を動かして立ち上がる。
顎から上を無くしたくせに、まるで帽子を無くした程度にしか感じていないように。
目も鼻も耳もなくなって、舌をぶらぶらと振り回すだけの頭なのに、まるで解っているようにこちらに歩いて向かってくる。
他の者たちもそうだ。
身体に矢が突き刺さったまま。
あるいは身体のどこかを射抜かれ失っているというのに、足が動けば歩いて、足が動かないなら這ってでもこちらに向かってくる。
あまりに不気味な相手。
しかし、この場で逃げ出せば私たちの集落に、この異常な連中がやってきてしまう。
戦えない女性も子供も多い、それだけは防がないといけない。
矢は尽きた、それはイーライやほかの仲間たちも同じだ。
全員が
「アガプ!」
「! 父上!」
応援を呼びに向かった仲間が間に合ったようだ。
私の父上……族長が、他の戦士や狩人の男を引き連れてやってきた。
髪の色と同じ鳶色の細い目は、普段以上に強く引き締められ鋭く敵を見つめている。
「父上! この平野の民たちは様子がおかしいのです!
撃っても、撃たれても、気にせずにこちらに……!」
「ああ、聞いた。
そしてこの目で見て確信したとも。
……これは【
「【
父上の言葉に、私は目を見開く。
【屍霊術】とは、たびたび戒めとして聞かされる話だ。
悪しき魔術の話。
死体を操るというその魔術は、山脈を我が物とする貪欲な平野の民ですら嫌悪するものであると。
逃げ延びた
しかし、偉大なる先祖様たちは屍霊術師らが私たちを奴隷にしようと目論んでいることに気が付き、一人残らず打倒したのだ。
「おとぎ話ではなく事実だ……今、お前が目にしているものがそれなのだ」
父上はそれだけ言うと、喉の奥から声を上げる。
代わりに、燃え上がるような闘志が湧き出でてくる。
「悪しき魔術師の生き残りめ! 先祖に代わり我らが討滅してやろう!!
剣を持て! 矢は効果が薄い!
足を斬り飛ばせ! 転げた者の手を踏み砕くのだ!」
オォォォォォォ!!
呼応するように私たちは雄叫びを上げて、剣を手に
ドガッ!!
しかし
武器がなくなった瞬間、何も持っていない手でこちらの身体に掴みかかろうとしてくるのだ。
私や手練れの戦士たちはすぐに足蹴りを加えたり、逆に体当たりをして
「おぉぉ………」
「あぉ……あ……」
しかし1体、2体を倒してもすぐ、その
息をつく間もなく、私は再度剣を横なぎに振るった。
そして。
どれだけの
手足を失った
けれど、その動く速度や力だけならば、鍛え抜かれた戦士を上回りさえする。
「ふんっ!!」
私や、多くの戦士たちが音を上げる中で、父上は未だ戦意衰えずといわんばかりに剣を振るい、
こちらをちらりと確認し、さらにもう1体の
「動けぬものは集落へ下がれ! そこで休め!
いざとなれば集落を捨てねばならん、そのときのため力を温存せよ!」
何人かの戦士が苦しそうな顔で撤退する。
私は驚き、父上へ駆け寄る。
「アガプ、お前も戻るのだ」
「何を言います!私は族長の娘です、いまだ闘う者達もいるのに、どうしておめおめと戻れましょうか!
それに集落を捨てるなどと、あの場所は祖先様方から受け継がれた土地です!」
父上は何か言おうとしたけれど、その前に顔をあげ、険しい表情を浮かべた。
見れば、そちらに新たな人影が姿を見せている。
灰色の男。
灰色の髪に、まるで
男の傍らには、金髪の女の
「へー、未開の土人たちも思ったよりやるもんだね」
灰色の男は、暢気そうな声色で私たちを侮辱し、愉快そうに父上や私、まだこの場に居る戦士たちに目を向ける。
「お前が、屍霊術師か」
「やあ、どーも、はじめまして。
「何が目的だ」
「余ってる命が沢山ありそうだったんで、収穫に」
父上が問いかけると、灰色の男……コントラは何ということもなく答える。
こいつは。
こいつは。
私たちだ。
私たちを殺すことが目的なのだ。
なんなんだ。
なんなんだ、こいつは!
ウォォォォォ――――!!
激昂した父上が
他の戦士たちも続き、
コントラへと突っこんだ父上の攻撃は、しかし金髪の女の
先ほどまでの
しかし父上は構わず手にした剣を振り払うと、金髪の女の
グゥォッ
突然、金髪の女の
人間の腕をつなぎ合わせて作った長い腕が2本、背に生えているのだ。
今の今まで服で隠していたそれを繰り出し、父上に奇襲をしかける。
「グルァァァッ!!」
喉から声を振り絞るようにして、父上が下から上へ打ち上げるように剣を振るいあげる。
金髪の女の
そして四本腕が武器を構える前に父上は剣を振り下ろし、金髪の女の
「うおっ?! 強っ?! ニルナちゃんでも厳しいか、こりゃあまずいなあ」
驚いた様子で、コントラは飛びのく。
金髪の女の
一体何故か、と考える前に。
答えが。
私の目前へ迫ってきていた。
「まあ、利用させてもらうとしようか」
大男の
すぐに剣を構えるけれど、大男の
私は目を見開く、巨鳥の骨から削り出した剣は、部屋の民が使う鉄の武器にも勝るとも劣らない強度がある。
さらに魔力を流し込み硬化しているものが、ただの力任せにへし折られるなど、どれだけの力があるのか。
「あ」
私の口から悲鳴のようなものが漏れ出すよりも早く、再び鈍器が振り上げられ、私の頭に叩き込まれる―――
グシャッ
「あ、え」
頭部がつぶれる音が響く。
しかし、私は未だに意識があり、痛みすらもない。
ああ。
きっと父上が咄嗟に割って入り、私を庇って一撃を受けたのだ。
私は頭がつぶされて、顔すら分からなくなってしまった父の身体が目の前で崩れ落ちていくのを見ながら、それに気が付いた。
「作戦成功~、ああ、やっぱり強いやつを倒すにはこの手に限るね」
コントラはうまくいった、と嬉しそうな声を上げ、スキップをするようにこちらに向かい歩いてくる。
最初から私など目に無かったのだ。
父を倒すために私を利用したのだ。
歯が口の中で折れるほどに、食いしばる。
茫然と、父上の死体を抱くように腕に乗せていた私は。
父上の手からそっと剣を受け取り。
息を一息で吐いて。
全身のバネをつかって、一気にコントラの懐へと飛び込み、剣を突き入れる―――
ガギィンッ
剣が阻まれる音。
コントラが手にした短剣に、
「お、ナイスガッツ」
実に嬉しそうにコントラが笑い、私の頭をその手でつかむ。
何としてでも、ここで刺し違えようとも、この男を殺さねばならない。
私はその手を振り払うよりも先に、コントラの胸に剣を差し込もうとして。
「“生きることは病であり、眠りはその緩和剤、死は根本治療――【
それが致命的な誤りであったと気が付く時には。
私の視界は暗転して。
いつのまにか、意識そのものも失ってしまっていた。
-----------------------------------
【
“生きることは病であり、眠りはその緩和剤、死は根本治療――”
【
生物を即死させ、即座に
即死が抵抗されたその場合は、抵抗の程度により麻痺や朦朧、昏睡などの状態異常を付与する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます