3-4 族長の娘の記憶

モンテェ山脈 傾斜地帯――




「平野の民が攻めてきたぞ!」



見張りをしていた者の声が響き渡り、私は山羊カペラの毛の刺繡の手を止め弓を手に取る。

母譲りの自慢の赤髪に羽飾りをさし、顔に戦化粧を入れる。

女の身ではあるけれど、私は族長の娘、アガプだ。

これくらいの果敢さは無ければならない。


山羊毛を編んだ布で作られた天幕テントを飛び出し、石を蹴って跳び高所にて構える。

この場所ならば、森からこの山に通じるだだ一つの道を一望できるうえに、岩が盾になり道側からは撃たれにくい。

一息もしている間に、仲間が続々とやってきた。

私を入れて6人。これだけいれば大抵の相手はなんとかなる。





私たち山の民は古くからこのモンテェ山脈に住んでいる。

断崖に家をたて、傾斜で生きる魔物を家畜とし、僅かな草木から実を採取して生きていく。

鳥のような自由に憧れ、それに近づくため高所に住まう。

それが私たちだ。


平野の民は、このモンテェ山脈の麓に広がるファタールの森を超えた、平らな土地に住んでいる者たちだ。

私が産まれるよりも前には、間に森を挟んではいるものの、時折交流をしていたらしい。

山羊から手に入る毛で作った布と、平らな土地でしか育たない作物や家畜の肉を交換していたと聞かされた。

山の民が平野に降りていくこともあり、逆に平野の民が山に住み着いたこともあったのだと。



でも、平野の民が山脈にて光る石金鉱脈を見つけたことで大きく変わってしまった。



平野の民は、その石を宝としているようだった。

理由をつけては山に入り、勝手に山を掘るようにもなった。

私たちの先祖が苦言を呈しても気にせずに。

そのうちに、山から毒がにじみ出て部族の一つが滅んでしまったことをきっかけに、平野の民と対決する決意を固めたのだ。


平野の民は時折、こうして山にやってくる。

それは身体を鉄で覆った戦人であったり、冒険者と呼ばれるものたちであったりと様々である。

でも、彼らの目的は光る石であることは変わらない。



今回は前者のようだ。

徒党を組んで、街道を大人数が歩いてきている。

人数は20……30……いや、もっと多い。

冒険者と呼ばれる者たちは、もっと少数で行動すると経験から知っている。


平野の民が街道を上り近づいてきたところで、私よりも年上の狩人であるイーライが目を細めた。

目の良い彼は、そうやって遠くから様子を見ていたが、少しして不思議そうな声を上げる。



「……ん?なんなんだ……?」

「どうしたの?イーライ」

「あの平野の民……妙だな」

「妙?」

「……ああ、アガプ。今回昇ってきている平野の民だが……鎧も着ていないし、手にしているのは武器じゃあない。

 それに男だけじゃなく、女も子供も居る……どういうつもりだ?」


イーライの言葉に私も、弓を構えていたほかの仲間たちも首をかしげる。

女子供は襲われない……というのは、の話だ。

前の族長の時まで、平野の民であっても女や子供は見逃すようにしていたが。

平野の民がシー族の子供も女もすべて殺してからは、こちらも遠慮してやるつもりなどなくなっていた。


それは平野の民も解っている筈だが。

まあ、何者であろうとも、目に入れば殺し合うだけである。




「構えろ」


私が号令を出して、皆一斉に弓をつがえる。

街道に生えている背の低い樹木、あれを過ぎた場所からが私たちが使う弓の射程距離だ。

ある程度、当たれば必ず殺せる場所にまで引き付ける。




「――撃てっ!」


10人以上が通り過ぎたところで、私の号令の下に矢が放たれる。

巨鳥ロックの腱より作られた私たちの弓は、平野の民たちが使うそれよりも引くのに力がいるが、強力だ。

空気が唸り声をあげ、矢が平野の民たちの身体を貫く。

三人の腹を貫き、一人の腕を撃ちおとし、一人の頭を粉砕し、一人の足を地に縫い付ける。



「……なん、だ?」


確かな戦果。

でも、私は何か大きな不安を抱いていた。

それは、撃たれたはずの平野の民たちが悲鳴も怒号も泣き声すらも上げなかったからかもしれないし。

撃たれたはずなのに、気にせずに街道を登り始めたからかもしれない。

足を撃ち抜かれたものは、無理矢理に足を動かして引きちぎり、立て無くなれば這って移動を始めている。

撃たれていないものどころか、撃たれた本人すら気にしていない素振りで。




「なんだ……?」


私も、イーライも、その場にいる誰もが同じように呆けていた。



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【先住民族】

モンテェ山脈に住む少数民族。独自の文化を形成しており、山の傾斜地帯に住み狩りと採取をして暮らしている。

鳥を敬い自らも鳥に近づこうとする特有の宗教観を持ち、男女問わず羽飾りを身に着ける。

かつてはリミュエール王国とも多少なりとも交流があり貿易や婚姻なども行われていた。

モンテェ山脈に金鉱脈が発見されて以後は、鉱脈を独占するため積極的な排除対象となっており、時折大々的な討伐隊が組まれることもある。

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