2-10 砦の戦闘の記録

ランシェン子爵領 デゼスポワール砦――




「敵襲!東方向!多数!敵は多数!!」


夜襲を知らせる声と笛の音が響きわたり即座に兵士たちは持ち場へ駆け寄る。

別の場所を警らしていた兵士は勿論のこと、今のいままで眠って休んでいた者たちも出撃しており、1分もしない間に40人全員、万全の態勢を整えているのは、なるほど精鋭部隊と言われるだけのことはあるだろう。

力の限りに見張りや伝令が叫び、兵士たちは弓を番え、堡塁に備えられた大弩弓バリスタを巻き上げる。


戦いとは、いかに距離を稼ぐかにかかっている。


相手の攻撃の届かない場所から、こちらが一方的に攻撃し続ければ勝てるなのだ。堡塁に届く前から攻撃をすることが最適なればこそ、これだけ迅速に動くことができるのである。



「照明!!」


砦主であり指揮官であるジャン=クロード卿が声を張り上げると、3人の魔術師が素早く堡塁に備え付けられた魔術装置へ魔力を流し込む。円筒状の装置から強い光が放たれ、それは堡塁の外を真昼のように照らした。

暗闇が暴かれ、その様子が、全貌が露になる。



「……嘘だろ?」


兵士の一人がぽつりと呟いた。


堡塁の外、開けた場所にいたのは、夥しいまでの動死体ゾンビの群れだ。

まるで大地を埋め尽くさんと言わんばかりに、森の中から次々に動死体ゾンビが現れる。


見た目は様々。


農民の恰好をしている者もいれば、鎧を着込んだもの、粗末な革鎧をまとった山賊らしい者もいれば、上等な服を着た女性や行商人らしい者もいる。手にしているのも農具であったり、剣であったり、単なる木の棒であったりと、てんでばらばら。


誰も彼もが、身体のどこかしらに致命傷を負い、生気を感じさせない虚ろで淀んだ表情のまま、よろめくように前へ前へと進んでくる。


さらには、魔狼ジェヴォーダンティタン動死体ゾンビまでもがその戦列に加わっていた。

本来なら響き渡るはずの獰猛な唸り声も、近くの木々や地面を爪で引き裂く威嚇の素振りすら見せず、人間の動死体ゾンビにまじって、やはり虚ろにふらつきながら前へ前へと進んでくる。


そんな統率もなにもあったものではない、滅茶苦茶な軍団が、砦の外を覆っていた。

100か。

それよりも、もっと。


たちの悪い冗談のような光景。

地獄ですら、ここまで悲惨ではないだろう。



「構え!狙え!!」


ジャン=クロード卿の号令の下、兵士らはみな一斉に弓や大弩弓バリスタを引き絞り、魔力を腕に漲らせ限界まで引き絞られた弓が、ギリギリと軋んだ音をたてる。



「———放てぇ!!」


豪雨を思わせる風切り音が鳴り響き、砦へ迫ってきている動死体ゾンビへ矢が降り注いだ。

矢をその身に受けた動死体ゾンビらはその衝撃に倒れるか、体躯の小さく軽い者などは撃たれた場所に引っ張られるように後方へと吹き飛ぶ。


だが、多くは何事もなかったかのように立ち上がり、行進を再開する。


人間ならば致命的な損傷を与えるそれも、動死体ゾンビ相手では効果が薄い。



ガォォンッ!!


大弩弓による一撃。

人間1人が放つそれとは比較にならない速度と質量を備えた一撃が、動死体ゾンビの胴体を貫通する。複数体をまとめて貫き、手足を吹き飛ばし、そのまま地面へ串刺しにして縫い付ける。

さしもの動死体ゾンビとはいえ、手足が無ければ動くことは敵わぬ。

しかし敵の数はあまりに多い、大弩弓は連発できるものではない以上、頼り切ることはできない。



「魔術師!!爆撃を!」

「“まずは微かな火花、つぎに揺らめく火炎、そして焦がれる業火――【爆炎ショック】”!」


堡塁に立った3人の魔術師たちが一斉に攻撃を開始する。

彼らの手元から放たれた拳大の日の塊が弓矢のように発射され、動死体ゾンビにぶつかった瞬間に大きな爆発を発生させた。

火属性の魔術を受け、その着弾場所付近にいた動死体ゾンビは吹き飛ばされ大きく体を損壊させる。黒焦げになり熱で筋肉が収縮した動死体ゾンビは、地べたに這いつくばり奇妙に踊るようにもがき続けている。



だが、それでも足や腕が無事であるならば、這ってでも砦へ向かって来ようとする。



その光景を見た兵士らは、苦いものが口の中に拡がる思いであった。

いくら好戦的で「戦場での死は名誉である」などと宣っているエルフたちであっても、痛みを感じないわけではないのだ。

淡々と、ただひたすらに、こちらに攻撃されようが気にもせず、ただただ砦に向かい門をこじ開けようとしてくる動死体ゾンビの軍勢とは違う。


そうして兵士たちが有効打を打てなくても、動死体ゾンビたちはただただ前へ進む。行動不能になった動死体ゾンビの骸を乗り越え進み、ついに砦に張り付き始めた。動死体ゾンビの連中は、攻城戦に必要である、門を破るための破城槌はおろか、梯子すらも持っていない。


では何をするのか。



「門を攻撃されているぞ!!」


動死体ゾンビは手にした武器をガンガンと門に叩きつけ、打ち破ろうとし始めていた。


1体2体がやる程度ならば何の意味もないそれも、数十体の動死体ゾンビが一斉に行い始めたのだ。しかも人間よりも遥かに体躯の大きいティタンまでもが一緒になって攻撃をしているのだから。

まるで巨人の足音のように響き渡る音は、兵士らの恐怖をあおるには充分な効果を見せていた。

頑丈で金属で補強された木製の門は、しかし動死体ゾンビらに攻撃され続け徐々に軋み始めていた。



「壁に動死体ゾンビどもが張り付いている!」

「よじ登ってきます!」

「弓兵隊、偶数番で対処しろ!槍を持て!」


しかし門ばかりに構ってはいられない。


門を攻撃している以外の動死体ゾンビは堡塁の壁に張り付き、その動死体ゾンビを足場にして別の動死体ゾンビが堡塁をよじ登ろうとしていた。

まるで組体操をするようで、本来戦場で行えば失笑せざるを得ない行動。

しかし動死体ゾンビが行うならば話は別であり、動死体ゾンビの山がどんどんと競り上がってくる。

軽く跳躍力のある魔狼ジェヴォーダン動死体ゾンビなど、時折堡塁の上にまで入り込んでいた。

兵士らは弓から持ち替え、槍や石や煮えた油の壺を落として、それらを振り払う。



「あ、うわぁぁぁぁぁッ!?」


兵士の一人が、その槍の先端を動死体ゾンビに捕まれ、一気に引きずり降ろされた。

槍を手放し遅れた兵士は堡塁から下に叩き落され、全身を地面に強かに打つ。

だが、それで即死できなかったのはあまりにも不幸だった。

動死体ゾンビの群れのど真ん中に落ちた兵士に向け、動死体ゾンビらは手にした粗末な武器を一斉に振り上げる。



「うわあああ!!やめろ、やめ、が、ごぼっ、ぶ、 あ、ご」


悲鳴は一瞬響き、何かを殴打し、砕き、踏みにじる音が奏でられる。

途中から聞こえた声のようなものは、単に肺だった場所から空気が漏れただけの音だったのだろう。

あまりに不幸な兵士の最期に、堡塁の上の兵士らは苦い顔をする。



次の瞬間、その苦い顔をした頭がぶちり、とちぎり取られる。



「空だ!!」

夜見鳥モショボーだ!夜見鳥の動死体ゾンビ!!」


砦の上空を複数の影が飛び交う。

それはファタールの森に生息する猛禽類の一種フクロウだ。

夜間に狩りをする他の鳥にはない特徴を持っているそれらの脚は、人間の頭部を容易くねじ切れるほどのすさまじい握力を持つ。

生息数はそれほど多くはなく単騎で狩りをする夜見鳥は、それでも冒険者や開拓民の被害を出しているというのに、複数体がこちらを殺す意図をもって動き回っているなど、悪夢以外の何物でもなかった。

身体強化が使える兵士らは咄嗟に対応できたものの、堡塁の外の動死体ゾンビに集中していた魔術師の1人がやられる。

この戦いにおいて、動死体ゾンビに最も効果を上げているのは魔術だ、魔術師がやられてしまえば、もはや兵だけでは対処しきれない。


再び魔術師を襲おうと急降下してきた夜見鳥を剣で斬り捨て、恐慌状態に陥り始めた兵士らに、ジャン=クロード卿は必死に号令をかける。


「弓兵隊! 1番と3番―― ぎゅぼっ」


態勢を立て直そうとしたジャン=クロード卿だったが、声を張り上げたところで夜見鳥が襲い掛かり、その首をもぎ取った。

断面から鮮血を吹き上げて倒れ、バタバタと手足が激しく痙攣している様子を見て、付近にいた兵士は思わず悲鳴を上げる。

門が破られ、そして堡塁を動死体ゾンビたちがよじ登ったのは、ほぼ同時だった。



「くそっ、この砦はもうダメだ……伝令兵!」

「は、はっ!」


ジャン=クロード卿が行動不能になった際、指揮を引き継ぐことになっている副指揮官は、しかしもはや勝ち目がないことを悟っていた。

魔術師がやられてしまった以上、門を破られるのは時間の問題だ。

堡塁によじ登ろうとしている動死体ゾンビの対処にも精一杯な以上、もはや挽回の余地はない。



「他の伝令兵と共に、砦を脱出するんだ!

 子爵に……いや、近くの貴族なら誰でも良い、このことを伝えてくれ!

 敵は強大すぎる、このまま放置しておけばどんな災害を引き起こすか解らん!」

「はっ! ……どうか、ご武運を!」


敬礼して走り出す伝令兵の背を見送り、副指揮官は槍を構え堡塁へと向かう。

必死に号令を飛ばし、少しでも伝令兵たちが逃げるのに役立つよう、囮となるために。



そうして、幾人か砦より逃げおおせることには成功したものの。

デセスポワール砦は、多大な犠牲者を出し、夜明けまでには陥落してしまった。



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【魔物】

人間を除く、魔力を有する生物のこと全般を指す。

広義では知性があり人との交流もある種族(エルフなど)も魔物に含まれる。

人間よりも遥かに強靭な肉体を持ち、魔力を用いた特有の固有能力を持つものもいる。

家畜として人間に飼育されている魔物は、魔力量が少ない個体を掛け合わせ品種改良を続けたものである。

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