2-9 砦の兵士の記憶

ランシェン子爵領 デゼスポワール砦――





夜も遅く。

松明を手に、俺は堡塁の上を歩いていた。

特段代わり映えのない、毎日毎日繰り返す作業のような任務。

退屈で手を抜いてしまうことさえあり得る仕事。

しかし、この砦に配属された俺たちに限って言えば、そのようなことはあり得ない。

ともすれば愚直と揶揄されることもあるが……その愚直さこそが重要だと、俺は信じている。

ここは隣国……好戦的かつ、その狡猾さで知られるエルフらが治める倭国に、最も近い場所なのだ。

いつ、あいつらが再び攻めてくるか解らない。



彼らと戦った経験のある者たちは口々に言う。

その代わり映えのなさこそが貴いのだと。

俺も、そう思う。




「ん?」


だからこそ、異変には鋭く反応しなければならぬ。

俺は違和感を覚えたと同時に松明を落とし、反射的に腰に下げた剣の柄に触れ胸壁に身を寄せながら堡塁の外を見やる。

魔力を目に巡らせ、身体強化により暗視オウルアイを行えば、夜間だろうと昼間と変わらず見渡せる。

森の中にある砦である以上、周囲は木々や茂みで覆われている。

付近だけは見落としが無いように草刈りを行ってはいるが。


木々の近く。

砦の外に誰かいる。

こんな夜に、だ。

魔物か、それとも、もしやエルフの斥候か。

公的な人間であればこんな時間にはまず訪れないだろう、もしそうであったなら、非礼を詫びれば済むだけのこと。



「……冒険者殿か?」


そこに居たのは、先日この砦を出立した冒険者の一人であった。

彼はの名前は、シモンと言っただろうか。

ジャン=クロード卿から、最近行商人や開拓村が襲われているという事件の調査に出ていると聞かされていたが。

戻ってきたのだろうか?夜間であることを加味すれば緊急事態かもしれない。

声をかけるか――いや?



「ここがデゼスポワール砦……なるほどね、兵士が数十人は居るんだっけ?魔術師も?」

「あ……が……そう、だ……すうにん……」

「ま、そりゃあいるか」



シモンの背後に誰かいる。

灰色の髪、灰色の法衣ローブ、まるで巡礼者のような姿をした男だ。

何をしている?という疑問が浮かぶ前に、シモンの姿の異変に目が向く。

異様に、痩せこけている。

いや、身体がしぼんでいる訳では無い。

冒険者らしい無駄のない筋肉を備えた、壮健な身体つきは健在である。

だが、どうも雰囲気が奇妙というべきだろうか。

まるで今まさに命が尽きようとしている、そのような形相だった。



「あ"……」

「あ、終わっちゃったか」


果たして、それは正しかったらしい。

シモンは崩れ落ちるように倒れ、白く目を剥いて、目と鼻と口から血交じりの泡を吐き出し。

弱弱しく痙攣を繰り返して、絶命した。


俺はこのとき、呆気に取られていた。

間違いなく異常事態であり、すぐに応援を呼ぶべきなのだろうが。

だが目の前の光景に、ただ思考が止まっていた。



「結構、損耗ダメージが大きいなあ【審問と告解デュレス】。

 まあ欲しい情報は抜けたし、よしとしよう。

 さて再利用再利用」


灰色の男が、死んだシモンへ手を伸ばす。

するとシモンが痙攣を激しくさせながら、震えながら立ち上がる。

産まれたばかりの家畜豚セーフリームニルを思わせるそれを見て、俺はようやく現実を認識し始めていた。


死体が生まれたように起き上がる?

まるで。

いや。

間違いなく【屍霊術ネクロマンシー】じゃあないか。


背負っていた弓を、ゆっくりと掴む。



「さあ、初の攻城戦だ!

 いくぞー!」


灰色の男がどこまでも明るく、楽しそうに、場違いな声を上げる。

森の中から人影が現れた。


1人や2人じゃあない。


10人、20人……いや、もっと多い。


100人……いや、それよりも、もっと?



身なりは様々、手にしているのは武器ともいえないような棒切れや農具、剣、斧も様々。

明らかに死んでいる筈の怪我を負っている筈の者たちが、一様に砦に向かって歩いてきている。



動死体ゾンビの群れ。





「敵襲!!数は多数――ッ!!」


俺は力の限りに声を上げ、身体強化で肺活量を強化してサイレンを鳴らした。



夜も遅く。

暗闇を突き抜けるように、鋭い音が響き渡った。



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【兵士】

リュミエール王国の国民の多くは農民であり、有事の際には招集を受け戦う義務を負っている。

しかし敵国や緊急事態に対応するために、常に兵役を負っている常備兵も用意している。

常備兵は魔力の扱いに長けた精鋭のみが就役でき、王国における切り札の1つと言える。

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