2-8 冒険者の戦士の記憶

ファタールの森 奥地――




「“すべては疑いうるディスエンチャント――”!」


フィリアが祈り、奇跡を行使する。



俺は神官でも魔術師でもないから、正直魔術や奇跡っていうものには詳しくない。

だが幼馴染で、一緒に冒険をしているフィリアが行使するものについては別だ。

何ができるのかっていうのは、行動する上で最初に知っておかないといけないことだからな。



フィリアが今、発現した奇跡は単純明快。

簡単に言えば『魔術の解除』だ。



ドサドサッ!と音を立てて、俺たちを取り囲もうとした動死体ゾンビたちが一斉に倒れていく。

なんてことはない。

動死体ゾンビっていうのは魔術で動かされている死体だ。

なら、それにかかっている魔術がなくなってしまえば、元の死体に戻るだけだ。

死体は本来動かない、ただ事実を事実に戻すためだけの奇跡。



「げっ!動死体ゾンビが! うわ、天敵かよ!」


コントラが悪態をつく。

先ほどまで涼しげな顔して、楽しそうに死体に語り掛けていたのとは打って変わってだいぶ焦っている様子だ。

動死体ゾンビたちが倒れて一部崩れた包囲網から、アランたちはすぐさま逃げ出した。

よし、これで砦のほうは安心できるだろう。

あとは、この場を俺とフィリアがどう切り抜けるかだ。



「うぉぁぁあっ」

「させるか!」


俺は手にした鈍器メイスで、真正面から襲い掛かってきた男の動死体ゾンビの頭を上から下に殴りつける。

そして、そいつが態勢を立て直す前に腹に魔力で強化した蹴りを叩き込み、背後に居た動死体ゾンビごと後方へと吹き飛ばす。

動死体ゾンビは単に殴りつけただけじゃあ倒れないと聞いている、油断はしない。

俺はこの場では防御と、敵の態勢を崩すことだけを優先して考えればいい。



「“すべては疑いうるディスエンチャント――”!」


フィリアの奇跡で、俺が蹴り飛ばしてまとめて倒れていた動死体ゾンビたちが、起き上がるのを辞める。

しかし数が多い、フィリアの奇跡で一度にかなりの数の動死体ゾンビを止めることができているが、それでも後から後からやってきやがる。

村人もそうだが相当数の行商や山賊、そして森の動物たちを動死体ゾンビに変えているようだ。

物量に呑まれそうだ、何か打開策を考えねえと……。


と、コントラの隣にいた金髪の女の動死体ゾンビが突っこんできた。

……速い、他の動死体ゾンビとはまるで違う。

そいつは一直線にフィリアを狙って走りこんでくる……ちっ、流石に優先順位くらいはイカレた奴でも理解できるか。



「通さねえよ」


だが、それを許すわけがない。

鈍器の根元に取り付けた鎖を投げ放ち、それを金髪の女の動死体ゾンビの腕に巻き付けて強引にこちらに引き寄せる。

金髪の女の動死体ゾンビは、引き寄せた勢いを利用して手にした鉈を振り下ろしてくる。

鎖を捻りそれと鈍器を重ねて受け止める……ガギンという金属音が響いた。

火花が飛び散るほどの、女とは思えない重い一撃に、じんと手が痺れる。

と、金髪の女の動死体ゾンビの服から何かが飛び出してくる……魔力で強化した動体視力ファルコンアイが捉えた。

鈍器を持つ手とは別の手で、飛び込んできたそれを掴む……細い女の腕だ、短剣を手にしている。


なるほど、動死体ゾンビは肉体を改造できるとも聞いていたが、三本目の腕があるわけか。


これは人間を相手にしていると考えたらいかんな、未知の怪物を相手にしていると思わないとまずい。

一旦仕切りなおすべく、金髪の女の動死体ゾンビに蹴りを入れて距離を取る。



「嘘だろ、そいつを凌ぐのかよ!」


コントラが喚く。

動死体ゾンビはこいつが操っているんだ、一息に突っ込んで一気に勝負を決めたい欲求にかられるが。

だが、どうやらお気に入りらしいこの金髪の女の動死体ゾンビは他の動死体ゾンビとは力も速度も違う。

こいつを無視して突っこむには無謀すぎるし、俺が突っこんでしまうとフィリアを守れる奴が居なくなる。

ある程度なら正面からでも戦えるアランが残っていれば別だったが……情報を持ち帰るのが最優先だからな。



「……なら、こうだ!」


コントラが指示すると、動死体ゾンビらが動き出す。

手には鋭い輝きを放つ剣や槍を構えた動死体ゾンビ……隊商の護衛や、村の自警団の人間を動死体ゾンビにしたものか。

そいつらが駆けだして、フィリアに向かって突撃していく。

村人の動死体ゾンビとは装備が違う……虎の子の軍勢といったところか?

くそっ、ただでさえ金髪の女の動死体ゾンビが厄介だっていうのに!



「させねぇ、って言ってんだろ! オラァッ!!」


鎖を握って水平に振るう。

それで広範囲を薙ぎ払うように、鎖の先端に取り付けられた鈍器で一気に動死体ゾンビたちを吹き飛ばす。

フィリアがそいつらに奇跡を放つが、コントラは動死体ゾンビの消耗を顧みず一気に戦力を投下してきた。

奇跡をかいくぐり、数体の動死体ゾンビがフィリアに到達する。

……まずいっ!



「フィリアっ! ぐあっ!」

「!……ストルグ……ああっ!!」


すぐさま鎖を振るって、フィリアに到達した動死体ゾンビを鈍器で薙ぎ払っていくが、それだけの隙を晒す俺を放置するほど相手は間抜けじゃあない。

金髪の女の動死体ゾンビが鉈で俺の腕を斬りつけてくる。

尋常じゃあない力で振るわれたそれを食らい、俺の左腕が深々と切り裂かれて血が噴き出す。

魔力を集中させて止血し、治癒を開始するが……ちっ、また動死体ゾンビどもがフィリアに向かっていやがる。



「ストルグ!私は良いから、そっちを!」

「くそっ、できるわけねえだろ! ぐっ!」


フィリアの元に駆け寄ろうとするが、それは別の動死体ゾンビどもが足止めに割って入ってきやがる。

そいつらを退かす前に、金髪の女の動死体ゾンビが鉈で俺の腹を裂いていく。

くそが、数が多すぎる!

これだけの動死体ゾンビを集めて、どうするつもりだ!

本当に砦を落とすつもりか、こいつは……!



「“すべては疑いうるディスエンチャント――”! ストルグッ!ああっ!!」


金髪の女の動死体ゾンビを蹴りつけて、再度距離を取れたところでフィリアに向かって駆け出す。

フィリアの背後から突っこんできた動死体ゾンビを殴りつけて吹き飛ばすが、別の方向からやってきた動死体ゾンビの攻撃は捌き切れず、俺の頭に命中する。

脳が揺れる、一瞬発生した眩暈の中で、フィリアを、襲い掛かろうとした動死体ゾンビから守ろうと、身を挺する。

俺の身体に衝撃が走って、立っていられなくなって、どう、と倒れちまった。

意識が混濁する……呻き声すら出せない。

どうやら、俺はここまでみたいだ。



くそっ、しくじった……フィリア、逃げろ。

俺はもういいから、お前は、お前だけは。



「あ、ああ……ストルグ、ストルグッ!!」



どうした、フィリア、泣く暇あったら、俺の名前を呼ぶ暇があったら逃げてくれ。

ああ、頼む、フィリア、逃げてくれ、頼むよ。



「ストルグ、ストルグ……! ごめんなさい、ごめんなさい……!」



俺の手を、取ってる暇なんて、ああ。

フィリア、おまえの、うしろに! ああ、うしろに、うしろ



ドスドスッっという音と共に、倒れた俺の手を取って、座り込んで涙を流していたフィリアの背に動死体ゾンビどもの剣が突き立てられる。

フィリアは「がっ!」っとい悲鳴と共に仰け反り……そして、それでも、無理矢理に首を動かして、俺の顔を見る。




「すとる、ぐ……ごめん、なさ………」

「ふぃ、りあ……」




謝らないでくれよ、謝らないといけないのは、俺なのに。

ああ、ああ、フィリア、フィリア。

頭が良くない俺を、それでもいつも頼ってくれて、いろいろと教えてくれた。

昔からずっと一緒に居て。

これからも、ずっと一緒に居るのに。

ああ、フィリア。



俺はフィリアに、手を伸ばそうとして。

もうそんな力も残っておらず。

ただ、暗闇の中に意識は吸い込まれていった。



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【魔力】

超常現象を引き起こす力。生物やごく一部の鉱石などが保有する。

一般的にその用途により「外向」「内向」の2つの力に分けられる。

外向は魔力を外へと放出することで周囲の環境などに影響するものであり、魔術や魔法などがこれにあたる。

内向は魔力を内へと巡らせて、それそのものに影響するものであり、身体の強化などがこれに当たる。

内外のどちらの力を扱えるかは個人差があり、両方の力を操れる人間は稀有な存在である。

魔力を扱うには訓練や学習が必要である他、干渉範囲が限定される分、内向のほうが強力な影響力を持つ。

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