2-7 冒険者の神官の記憶

ランシェン子爵領 デゼスポワール砦――





このデセスポワール砦は、モンテェ山脈を挟んだ西側にある倭国を警戒するために建てられました。

好戦的ながら抜け目なく、森をまるで部屋のように駆ける倭人エルフたちが住むかの国の監視は一筋縄ではいきません。

それ故この砦には精鋭が詰めており、砦主であるジャン=クロード卿も若い騎士ながら非常に理知的なお方です。



「それでは、調査に参ります」

「ああ」


私たちは調査出発の前に、ジャン=クロード卿と挨拶を交わしていました。

7日目、調査に出るのはこれで3度目となりますが、ジャン=クロード卿は毎回顔を出してくださいます。

ジャン=クロード卿は短く剃り上げた金髪を撫でながら、私たちへ声を掛けます。

戦士ウォリアーであるストルグ、斥候スカウトのアランとシモン、魔術師のニコラ、そして神官である私、フィリア。

5人の冒険者のパーティ全員が、その場で頭を下げます。


冒険者というのは本来、主に新しい開墾予定地を決めるため、未知の場所を調査することが仕事になります。

人の目が届かないところで調査を続けるために、野外での長期間の活動にも慣れていて、こういった山や森の中での行動も得意です。

測量の技術や製図技術、またどうしても発生する荒事に対処するために、暴力にも秀でています。

そのため、しばしば山賊や魔物の討伐を依頼されることもあるのです。



「貴殿らも気を付けてくれ。

 先日の調査報告はこちらも確認したが……。

 禁術が絡んでいるのだろう?フィリア嬢」

「はい。間違いなく【屍霊術ネクロマンシー】が使われています」


私は確信をもって答えます。

神官である私は、奇跡によりて魔術の痕跡を看破することを赦されていますから。

その結果に間違いはありません。



「騎士であるジャン=クロード様でしたら、ご存知だとは思いますが……。

 魔術とは、魔力を使って神の定められた理物理法則の一部を模倣するものです。

 本来はあり得ない事象を引き起こしているため、どうしてもその痕跡は残るのです。

 レタジディ村や、隊商が襲われたらしい現場を確認しましたが、間違いなく【屍霊術ネクロマンシー】が使われています」


私の言葉にジャン=クロード卿は苦い顔をされます。

仕方がないことでしょう。

人の死体を操るという所業を聞いて、心を痛めない人などいないはずです。

唯一、その禁術を操る屍霊術師ネクロマンサーを除けば。



「……くれぐれも、気を付けてくれ。

 狙いが全く読めない相手だ、どんな突飛なことをしでかしているのかも、解らぬ」

「はい、もちろんです」


ジャン=クロード卿の言葉に、今回の冒険者パーティの代表であるストルグが返事をします。

彼はその分厚い胸板にどん、と自身の腕を叩くように当てて力強く笑いました。



「子爵様からこれだけの支援をいただいているのです。

 必ずや、屍霊術師の場所を暴いて見せますよ」

「頼む」


ジャン=クロード卿の見送りを受けながら、私たちはデゼスポワール砦を出発しファタールの森の中を進みます。

そう。今回私たちが受けた任務というのは、この子爵領内で発生している開拓村や隊商を襲撃している下手人の調査です。

こういった調査を冒険者が受けるというのも、特段おかしな話ではありません。

ですが、神官と魔術師が同じパーティを組んで調査に当たるというのは、異例なことではあります。

日曜神に仕える私はさほど気にしてはいませんが……魔術は神の奇跡代理権を模倣したものであるため、毛嫌いしている神官も多いのです。

冒険者ギルドもそのあたりの事情を鑑み、がなければ一緒のパーティを組ませることはありません。


そう。今回は、なのです。





ファタールの森 奥地――



「……この付近に淀んだ魔力を感じます」

「僕も感じる、近くに魔力で動くものがあるようだ。森の中以上に」


私とニコラがそれぞれ、奇跡と魔術によって魔力の感知エナジーフラックスを行います。

魔術を使えば、それに用いられた魔力が必ず痕跡として残るものなのです。

それは禁術であろうと変わりません。



「気を付けよう」

「ああ、この付近は恐らく相手の領域テリトリーだ。

 ……恐らく、魔狼ジェヴォーダンティタンなんかも動死体ゾンビになってる」

「動物もか?」

「糞便どころか、木の実を食べた痕跡が随分古いものしか見つからない。

 動死体ゾンビは、そういうことしないんだろ?」

「……隠密スニークしていこう、相手の本拠地が近いはずだ」


アランの見立てに、ストルグが指示を出します。

私たちは息をひそめ、森の中を静かに進んでいきます。

すると、獣道を見つけました。

アランとシモンが見た限り、これはティタンのような大型の動物が通った後ではないとのこと。

十中八九、山賊が使っていたものでしょう。

……魔力が濃い中での山賊の拠点。

私たちは頷き、獣道を通って進んでいきます。





「こいつは……」


果たして、森の中。

モンテェ山脈にも近い、一部が断崖のようになっている場所に出て。

削って尖らせた丸太の柵や見張り櫓が備えられた山賊の大拠点に、動死体ゾンビを見つけました。


人、人、人。


あまりの多くの人の数に、ストルグが眉をひそめて声を漏らしてしまいます。


……いえ、あれは人ではありません。

全て動死体ゾンビなのです。

魔力の感知エナジーフラックスをせずともわかります。


男性も女性も、老人も青年も子供も、村人も傭兵も行商人も、その区別もなく。

身体のどこかに致命的な傷を負った者たちが、思い思いの粗末な武器を持って。

そうして何をするでもなく、直立不動のまま拠点の敷地の中に詰まっているのです。

呆気に取られてしまうのも、無理はありませんでした。


しかし理解が追い付いてくれば。

ストルグとアランは、明らかに怒りの表情を浮かべ、シモンは悲し気に、ニコラは不安げに眉を下げます。

私は、思わず吐き気が混み上がり、嘔吐反射えずきを抑えるのに精いっぱいでした。



「大丈夫か?」

「う、うん……ストルグ、ありがと……」


私の背を撫で声をかけるストルグに返事をします。

ストルグの大きな手が、私の心を落ち着かせてくれました。

……相変わらずストルグには敵いません。

幼馴染でずっと一緒にいるストルグ。

あまり学問はできなくてどこか抜けているくせに。

心配りはとても上手で、失敗したりするのはいつも私です。

それでも何て事ないように、助けてくれるんですから。

もう。




「間違いなく本拠地だ。

 ここに屍霊術師ネクロマンサー……世界の敵コントラムンディがいるに違いない。

 見えるか?」

「ちょっと待て……いた、アイツだろう。

 櫓から山脈の方に60歩くらい行ったところの、冬服着た金髪の女の隣。灰色の男」

「アイツか」


アランの言葉に、私たちも目を向けます。

なるほど、言葉通りそこには灰色の男の姿がありました。

名前は、コントラと聞いています。

今回の騒動の首魁。

見た限りは一人のようですが……そうなると、凄まじいまでの魔力所有量マナストレージです。

屍霊術師ネクロマンサーは1人で10体前後が限界と聞かされていましたが。

なるほど、規格外のその能力だからこそ、ここまでの事態を引き起こせたのでしょう。



「真正面から戦うのは、いくらニコラとフィリアが居ても無謀だ。

 引き返すべきだろう」

「……いや、ここで仕留める暗殺するべきだ。

 こいつらが攻め入ったら、デゼスポワール砦ですら、ひょっとしたら危ないぞ」


シモンが短剣を手に意見します。

確かに今、コントラは私たちに気が付いた様子はなく、とても楽し気に動死体ゾンビを眺め何かを語っています。

それは幼稚な子どもを思わせて、うすら寒さを感じました。



「……ニコラ、隠密スニーク強化はできるか?」

「大丈夫だよ。ただ声を出したり、何かに触ったりすると危ないから、そこだけ注意して」

「十分だ、術者さえ倒せば動死体ゾンビは死体に戻る」


ニコラの言葉に、シモンが頷きます。

シモンが一人で暗殺バックスタブしに行くことも提案しましたが……。

これだけの規模の動死体ゾンビを操る術者です。

魔術的な隠蔽を看破する魔術なりの対策をしていないとも限りません。

有事の際のカバーのため、全員で向かうことにしました。




「いくぞ……ニコラ、頼む」

「よし……“存在するとは、行動することである――【霧消ディサペイト】”」


魔力が私たちの身体を覆います。

私たちがこの場に「存在しない」ことにする魔術です。

姿勢を低くして、慎重にコントラへと近づいていきます。

周囲には動死体ゾンビが犇めいていますが、コントラの周囲には金髪の女性の動死体ゾンビしかいません。

それすら抜けてしまえば、接近は用意そうです。


……残り、数十歩といったところでしょうか。

シモンが慎重に、ゆっくりとした動作で短剣を取り出し、逆手に持ちます。

思わず私も息を呑みました。

そして。




ぐるん、と。

まるで獲物を見つけた夜見鳥モショボーが振り向くように。

金髪の女性の動死体ゾンビが私たちの方を見ました。



「……うわっ?!びっくりした!」


コントラが心底驚いた様子で飛び跳ねます。

舌打ちをするシモンが短剣を手に踏み込もうとしますが、それは金髪の女性の動死体ゾンビが一歩前へ出たので思いとどまったようでした。

ストルグが苦い顔をして私へ目を向けます。



「やるしかないな……フィリア、俺と一緒に殿だ。

 アラン、シモンは急いでこれを砦に知らせろ、ニコルもそっちを手伝ってくれ」

「いや、僕はこっちに残った方が!」

「状況がヤバい!これだけの動死体ゾンビがいるとはジャン=クロード卿も想定していないだろう!

 最悪俺たちが死んででも、この情報だけは伝えないと手遅れになるんだ!」

「くっ、分かった!死ぬなよストルグ!フィリア!」

「当たり前だ、死なせねえよ!いくぞフィリア!」

「はい!」


私は手にした杖を天に掲げました。

日曜神よ、どうか私に、仲間に、ストルグに加護を。



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【奇跡・魔術・魔法】

神が定めた理物理法則に干渉する手法としては、奇跡、魔術、そして魔法が知られている。

奇跡は神より特別の許可を得て一時的に理を操作するものであり、敬虔な神官のみ行使ができる。

魔術は魔力を用いて理に従うフリをしつつ誤魔化して具現するものであり、行使する者は魔術師と呼ばれる。

魔術について神は不問としているが、神官と魔術師の折り合いは悪い。

なお、魔力を用いて理そのものを捻じ曲げる手法は魔法と呼ばれ、行使者は神に敵視されることとなる。

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