2-4 山賊の頭領の記憶

ファタールの森 奥地――




「あーあ、ちくしょう。

 本当になんだって夜だ」


夜も遅くも遅く。

月狼ハティだって寝静まるような時間だ。

いつもは酒をかっくらって、いびきかいて寝てるころだっていうのに。

どうして俺は、くっさい革鎧を身に着けて斧を担がないといけないんだよ。


息を吐きながら頭にくたびれた兜をはめつつ、寝床にしている洞窟から外に出る。

火が焚かれて煌々と輝く俺たちの野営地では、怒号と悲鳴が飛び交っていた。

野営地っていっても、砦みたいに立派な城壁があるわけじゃあねえ。

丸太削って斜めに置いた騎馬用の柵で覆っただけの代物だ。

まあ物見櫓は2つ建ってるから、下手な騎士団の野営地よりは上等だと思うがね。

で、柵の裏や櫓の上から必死に弓を撃ってるのが見える。

こりゃ、結構な数が来てやがるな。



「お頭!」

「お頭!やべえですぜ!!」

「はいはい、テメェらのおかしらだよ。

 んで何だ、誰が来たんだ?

 子爵がついに攻め込んできちまったか?」



部下に泣きつかれて叩き起こされたときに敵について尋ねたが、俺たちプラティキ山賊団に敵が攻め入ったとしか聞かされていねえ。

まあ俺たちは学もなんもないからな。

どういう相手なのか、とか詳しい事は分かんねえんだろうし聞いても無駄かもな。

見に行ったほうが早い、まである。



「いやきっと子爵じゃねえ!騎士もいねえ!」

「あん?じゃあ冒険者か?」

「それも違う!」


俺は首をひねる。

思い込みで断言してんのか?とも思ったが。

しかし、いくら何でも騎士や冒険者かそうじゃないか、を見極めるくらいは俺達でもできる。

それが出来ねえ奴は、ここまで生き残れねえからな。

糞と今日の飯を間違えて食うようなもんだ。



「ありゃあ、民兵だ!」

「民兵?じゃあ子爵じゃねえか」

「普通の民兵じゃねえんだ!殴っても切っても討っても立ち上がってきやがる!」

「あぁん?」


民兵っていうのは、まあようは開拓村の農民だ。

俺たちみたいな山賊が徒党を組んだり、あるいは魔物が増えすぎたりすると、開拓村に居る自警団だけじゃあ手に負えなくなる。

そうすると貴族に使える騎士が号令を出して、戦えそうなやつを徴発して武器を持たせてやってくるわけだ。

兵士じゃあないから魔力で身体強化ができる奴はごくまれだが、それでも槍持って簡単な鎧着て、こっちを殺すつもりで武器を振ってくりゃあ脅威にはなる。

農民たちも自分の生活が懸かってるからな、人数も多いからそれだけで強い。

ついでに言っちまえば、そこで運良く武勲をたてりゃ貴族に取り立ててもらえるかもしれないからな、そりゃあ頑張るってもんよ。


山賊である俺らからしたら、たまったもんじゃあないが。


だが、単なる民兵じゃねえのか、何しても立ち上がってきやがるだって?

なんじゃあそりゃ、そりゃあまるで。



動死体ゾンビじゃあねえか」

「知ってるんですかい?!お頭!」

「ああ、まあな。だが……」


そういう魔術があるってことは、俺もまあ知っている。

伊達にじゃあねえからな。

つっても俺が知ってる範囲じゃあ、アレは公には禁止されて使い手がほとんどいないって聞いていたが。

蛮族の地とかに逃げ延びた魔術師が教えているかもしれん、とも習ったけどよ。

騎士だと、どうしても魔術よりも身体強化に重きを置くからなあ、詳しくは解らん。

まさかそれか?

だとしたら、なんでこっちに攻めてきたんだよ、意味わからねえ。



「結構な数来てんのか?」

「あ、ああ!ヤバい量ですぜ!100人はいるんじゃないかって!!」

「オイオイオイオイオイ」


はぁ?!

動死体ゾンビが100?!

夜も遅くだ、正確な数なんてわかんねーし、盛って報告はしてんだろうけどよ。

アレは魔術で動かす都合上、動死体ゾンビを増やせば増やすほど【屍霊術ネクロマンシー】を使う術者の魔力を食うんだ。

記録に残ってる使い手でも10体とかが限界だったはずだぞ?

じゃあ何か、【屍霊術ネクロマンシー】の術者が10人以上攻め込んできているのか?!

脛に傷ある連中だぞ、それが今更正義面したいつもりじゃあねえだろ、なんで俺たちを襲って……。


……いや、まてよ。


あー、あー、あーあー……。

なるほどなぁ、何となくわかっちまったぞ。

いきなり村とか都市とか襲ったらあっという間に討伐されるわな。

もし仮に、まだまだ【屍霊術ネクロマンシー】に余裕があるんだとしたらだ。


欲しいよなあ、兵力。


じゃあどこから補充するかって話だが。

ちょうどあるよな、居なくなったほうが良い人間ってのが、ここに結構な数さ。



「おいてめぇら!逃げ出す準備しろ!」

「え、お頭!どうしてですかい?!」

「お頭がいりゃあ、あれくらい余裕っすよ!!」


頭が悪い山賊の部下どもに俺は目頭を押さえる。

全くこいつらは……本当に、手が焼ける。



動死体ゾンビは簡単には止まらねえんだよ、それだけの数で来られたらいずれ押し切られる!

 っていうか、そもそも俺たち全員合わせても30人いねえんだぞ、3倍だぞ3倍!」

「3倍……ってなんっすけ?」

「ああ悪いな!お前らは1人で3人以上の敵相手にできるのか?!」

「む、むりっす!!」

「逃げましょう!!」

「解ってくれたようで何よりだ!」



さて、俺は兜の面頬を下ろして斧を手にする。

慌てて逃げ出す部下たちをしり目に、俺は大声を上げて逃げる準備をするよう号令しながら野営地の入口へと進む。 



「……マジかよ」


なるほど、部下が数を数え損ねたか、数を盛っているんだと思ったが。

目の前に広がる光景に呆気にとられちまった。

人、人、人。

手に思い思いの武器を持った動死体ゾンビたちが、ゆっくりと野営地に向かって歩いてきやがる。

レパートリーも豊富だなおい。

村民が多いように思えるが、中には軽鎧を着た傭兵らしいやつや、商人っぽいやつ、腕のないお嬢様みたいなやつまでいる。

山賊も何人かいるな……っておい、アレは先日から帰ってこなかったうちの山賊団の奴じゃねえか。

なるほどな、あいつ等からこの場所を聞き出しでもしたかね。


櫓から弓が放たれるが、あまり効果は上がっていないようだ。

突き刺さってもよろめいたり倒れるだけで、すぐに起き上がって前進を再開するからな。

倒すなら大弩バリスタみたいなモンで手足吹き飛ばさないと意味がねえ。



「お頭!!」

「お前たちは逃げる準備しろ!こいつらの相手は無理だ!死んじまうぞ!!」

「承知しやした!お頭は!?」

「俺か?俺は……」


動死体ゾンビの軍団に居る、山賊……うちの山賊だった奴らを再度見る。

没落した騎士崩れの俺が山賊になっちまった後。

色々あって俺を頭にして、ついてきてくれた連中だ。

それぐらいに頭が悪いし、素行も悪い。

そりゃあもう、悪い事しかしていない。

神殿にいきゃあ間違いなく天罰が下るね、俺たちはまとめて地獄行き確定だ。



そんなわけで。

本当にこいつらは馬鹿なやつらで、死んだほうが世のため人のためになるんだろうけどよ。



まあ今更騎士の誇りだとかいうつもりもないんだが。

それでも俺を慕って、ついてきてくれた奴らだ。

なら、俺くらいは、嫌われ者のあいつらを大事に思ってやったっていいだろうよ。

俺が助けてやらなければ、だれがこいつらを助けてやれるっていうんだ。



「俺が殿する!はやく逃げろ!!」

「お頭!!……すみません!!あとで俺の酒渡しますんで!!」

「てめぇへそくりこいてたな!!」

「お頭!俺は残りやす!殿の数は少しは多いほうが良いでしょう?!」

「勝手にしろ!……すまんな!!」


俺は雄叫びと共に前進する。

身体に魔力を滾らせ、身体強化を行う。

踏み込んで斧を振るえば、動死体ゾンビを真正面から両断した。

しかしこれで安心はできない、完全に踏み砕いてバラバラにしておかないといくらでも復活しやがる。

斧を再度振るう前に、こちらに数体の動死体ゾンビが襲い掛かってくる。

前方から1、左右からそれぞれ1。

囲んで襲い掛かってきたそいつらに対し、身体を捻る様にして斧を横なぎに振るう。

自身を回転させながら振るったそれは、動死体ゾンビの上半身と下半身を真っ二つに分けた。

そのままぶっ倒れた動死体ゾンビの手足を踏み砕いて、俺はその場から離れて戦場の奥に目を凝らす。

魔力による身体強化、それを目に集中させての暗視オウルアイだ。

これだけの数だ、どこかに術者がいて見ながら操っている筈だと思うが……。



「……あいつか」


明らかに動死体ゾンビとは違うやつがいる。

灰色の髪に灰色の法衣ローブの男。

アレを倒さない限りは、動死体ゾンビはどうにもならねえ。



「参る!!」


捨身になるが仕方ねえ、これ以外に勝つ方法が思いつかねえ。

俺は足に魔力をたぎらせ、一気に踏み込む。

ドンッ!という音ともに突進、近くにいた動死体ゾンビをなぎ倒しつつ、体当たりを仕掛けるように背を低くして突っこむ――。



ドガギィンッ!!


「ぬっ?!」

「お……ぁ……」


俺の突進が動死体ゾンビの1体に留められる。

灰色の男の前に飛び出した、金髪の女の動死体ゾンビだ。

手に持っているのは、使い古したマチェット

身体をぶかぶかとした冬用の衣装で覆っていて、身体のラインはハッキリとわからない。

外見はどこにでもいる村娘にしか見えないが、相手は動死体ゾンビだ。

動きは達人のそれと比べればお粗末もいいところ、まだ新人の兵士の方がキレのある動きをする。

だが俺の突進を受け止めた、その力は尋常じゃねえな、油断ならねえ。



「退けい!!」

「あ…………」


俺は斧をしたから上へ振り上げる。

鉈で防御した金髪の女だったが、その勢いと斧の刃先を使って、その手にした鉈を弾き飛ばした。

回転して宙に飛んでいく鉈と入れ違いに、素手になった金髪の女の脳天目掛け、振り上げた斧を今度は思い切り振り下ろす。



「もらっ………?!」


だが、それがかなう前に俺の身体から力が抜けた。

手から斧を取りこぼし、がくりと膝をつく。

脇腹に走る痛み。

急所をやられちまった。

鮮血が噴出していて、俺の身体から力の源が抜き出ていく。



見れば、俺の脇腹には短剣が突き刺さっていた。

ある程度の身分を持った女が、有事の際に自分の尊厳を守るために自害するときに使う懐剣だ。

何故そんなものが、と思って見れば、ああと納得する。


金髪の女の腕は、2本じゃあなかった。

異様に長い3本目の腕が背中から出ていて、それが俺の腹に短剣を突き刺したらしい。

あの服装は、この腕を隠すためのものか。

そういえば、【屍霊術ネクロマンシー】ってのは、死体を弄んで改造することもできるって学んだな。

それで戦ってくるっていうんだから、本当に糞みたいな連中だ。

禁止されるのもわかるぜ。




こんな連中灰色の男とゾンビ、この世界にいちゃあ、いけねえやつだ。

山賊なんか以上にな。




「お頭?!」

「お頭!大丈夫ですかい?!今助けます!!」

「馬鹿野郎……! 俺はもうだめだ、はやく、にげ……!」


俺が声を張り上げようとするが、血を流しすぎちまった。

魔力を集中して回復して止血したけどよ、声が出ねえし身体がうまく動かねえ、くそっ。

さてはご丁寧に毒まで仕込んでやがったな?

どんだけ性格悪ぃんだよ。


金髪の女の動死体ゾンビが、空中に弾き飛ばして、落ちてきた鉈を手でつかんだ。

まるで曲芸みたいだ。



お前も、こんなところでこんなことなんて、したくなかったろうにな。



声をかけてやろうと思ったが、その前に鉈が振り下ろされた。



あーあ、ちくしょう。

本当になんだって夜だ。



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肉体取捨マッドネス

“死に対する最高の手向けは、悲しみではなく感謝だ――”

屍霊術ネクロマンシー死者改造エンバーミング系の基礎魔術。

死体の肉体に他の死体の肉体を繋げ、自身のそれのように操作することを可能とする。

腕や足、目や頭など、改造の範囲や取り付け場所などは自在。

腕の先に腕を生やすことで延長することも可能であり、腕を複数束ねて剛腕を模すことも可能。

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