2-2 山賊の一員の記憶

ファタールの森 街道にて――



ちくしょう。

ちくしょう、ちくしょう。


どうして、こうなった。

何が、いけなかったんだ。



「ドニ!ドニ!助けてくれ!」

「くそっ!ジル!気を抜くなよ!」


錆の浮いた剣を振り回して、俺はジルに襲い掛かろうとした男を跳ねのける。

ジルは別の男に腕をつかまれていたが、そいつに蹴りを入れて距離を取った。

剣に打ち据えられた男は数歩後ろへ下がって蹈鞴を踏み尻もちをつくが、すぐに起き上がった。

切れ味の落ちているなまくら剣は単なる金属の棒でしかない。

だが、普通の人間であるなら鉄の棒で殴られればタダでは済まない。

もんどり打って痛みにのたうちまわる筈だし、運が悪ければ死んでしまうはずなのだ。

それなのに。

こいつらは、なんの痛痒も感じさせずに、平然と起き上がってくる。

そして再び此方につかみかかってくるのだから、意味が解らない。

全員が表情が抜け落ちた様な虚ろな顔をしていて、何ならば身体を変な方向に捻っていたりするというのに。

人の形をしているのに、もはや、そういう魔物としか思えなかった。



「真っ先に逃げようとしたトマの野郎はどうしたんだよ!」

「別の連中が追っかけて行ったよ!こいつらもトマの方に行けばいいのにな!」


俺たち……ジルとトマ、そして俺ドニは三人で組み、この森で山賊をしていた。

三人とも、ここから離れた場所の開拓村の出身だった。

開拓村の生活というのは過酷で大変だ。

土地を切り開いて畑を作り、家畜を育て、魔物を狩って肉を得る。

上手くいっているときはどれだけでも人手が欲しいが、いつもがそう好転するわけじゃあない。

雨が降らなければ、あるいは雨が降り過ぎても畑がダメになり、そうなれば食糧が足りなくなる。

足りない食糧をどうするのかと言えば、順番に配布される。

家長や家を継ぐ長男、それを支える女が先に飯にありつけて、それ以下は二の次三の次だ。

餓えに耐え兼ねた連中は村を出て、飯を食うために何かしらの仕事に就かねばならない。

しかし運よく職にありつけたやつはいいが、あぶれた奴はどうするのか。


ああそうだ、もう奪うしかないのだ。

俺たちは、もはやそれでしか生き残ることができなかった。



ドガッと鈍い音がして、俺の振るった錆びた剣が虚ろな目をしている男の顔を捉える。

会心の一撃であったそれは、男の鼻っ柱を折って、目玉を抉り穴の外へとはみ出させた。

男は後方へと数歩戻るように歩いて、どう、と音を立てて頭から倒れる。



今日も、いつものとおりの筈だった。

寝床にしている荒れ果てた狩人小屋から街道に出た俺たちは、さっそく獲物を発見したのだ。


灰色の男だった。

波打ってボサボサとした灰色の髪に、灰色の法衣ローブ

その傍らに居るのは金髪の女で、ゆったりとした全身を隠すような服を身に着けていた。

旅の巡礼者だろうか?女は採集に出ていた村娘かもしれない。

案内されて近くの村にでも行くのだろうか?

何にせよ、俺たちはすぐに行動に移った。



神なんぞ信じちゃあいない。

教会に行けば必ず居ると答えられるし、神託ハンドアウトを受けた坊主が司祭になるのだと聞いてはいる。

だが俺たちを助けてはくれなかった、俺の友人や妹、ジルやトマの兄弟を助けてはくれなかった。

山賊はやらないと誓って、その結果飢えて死ぬアイツらを神とやらは見捨てたのだ。

なるほど神が居るのならば、そいつは心底性根の腐った加虐愛好者サディストに違いない。

いずれにせよ、そんなヤツに仕える聖職者巡礼者を襲わない理由などなかった。

とはいえ、別に殺しがしたいわけじゃあない。

金か、それに代わるものをせしめて、奪い取ればそれで終わりだ。

終わりのはずだった。



「やあ、一山いくら雑魚敵の皆さん」


灰色の男に声をかけた、次の瞬間。

そいつは半月のように口を歪めた笑顔を見せて、付近の茂みから一斉に男や女たちが飛び出してきた。

まるでその辺の村に居て、ついさっきまで農作業をしてるような格好をしたそいつらは、手に手に農具や手製の武器を持って、俺たちに襲い掛かってきたのだ。




「おや、存外に粘ったね」


灰色の男が帰ってくる。

大人数の村人に囲まれた時、隙をついてトマが逃げ出した。

そのトマを灰色の男と金髪の女が追いかけていったのだが……。



「お、おい、トマ?!」


ジルが叫んで、俺も目を見開く。

灰色の男の隣にはトマが立っていた。

頭をかち割られて、そこから脳漿と脳みそと鮮血を噴き上げて。

目がそれぞれ左右違う方向を向いて舌をだらん、と口から下げた、変わり果てた姿のトマが。

なんで歩いているのか、どう見ても死んでいる筈なのに。



どう見ても死んでいる奴が動いている。

なんとなく、引っかかっていたことがさっと解決したような、そんな感覚を覚えた瞬間。



ガツン、と俺の後頭部に衝撃が走った。

痛みは不思議となかったが、目の前が揺れて身体から力が抜けて、俺はそのまま地面に激突する。

鼻をぶつけたのか、噴き出した血が俺の右目に入った、視界が狭まる。

俺は状況を理解できずに混乱したまま、残った左目を見開いた。


俺がさっき、剣で殴って殺したはずの男。

鼻をへし折られたまま、目玉を穴からぶら下げている男は、しかし何を気にしたそぶりも見せず、木の棒で俺を殴り倒したらしい。

そいつが木の棒を大きく振り上げる。


視界の端で、ジルが何かを喚いているのが見えるが、何を言っているのか聞き取れない。

男が振り上げた棒が振り下ろされる。

それは厭に遅く見えた。


ああ。

ああ、ちくしょう。


ちくしょう。

ちくしょう、ちくしょう。


どうして、こうなった。

何が、いけなかったんだ。



山賊なんてしようとしたのがいけなかったのか?

生きようとしたのがいけなかったのか?

あいつらみたいに潔く死ねばいいってことだったのか?


なあ、マリー、俺の妹よ。

どうしてお前は俺が奪ってきた食料を食わずに死んじまったんだ。

どうして神はマリーを助けてくれなかったんだ。

俺と違って正しいままに生きていったのに。

俺はマリーに生きてほしくて山賊をしたのに。



ああ、ああ。


ちくしょう。

ちくしょう、ちくしょう。


どうして、こうなった。

何が、いけなかったんだ。




助けてくれよ、神さま。





俺の目に涙が滲みだすころには、棒は振り下ろされて。

俺の頭は、木から落ちた腐った果実のように、破裂して中身を飛び出させた。



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【開拓村】

未開の森や山を切り開き、人間の生活圏を広げるための最先端となる拠点。

天災のほか、山賊や魔物にも襲われやすい常に危険と隣り合わせの過酷な環境である。

反面、税には優遇措置がとられ、開拓した土地の一部を自身の財産として得ることができるなどの大きな利点もある。

それ故に開拓村で一旗あげようと目論む人間も多い。

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