1-4 自警団の団員の記憶
「平穏な日なんて、ある日唐突になくなるものだ」と、自警団の団長は言っていた。
開拓村というのは、まさにそんな言葉が相応しい場所だろうと思う。
徒党を組んだ山賊が一夜にして村民を殺し、女を攫っていったという事件も耳にしたことがある。
狼や熊が村に入り込んでしまい、何人も殺されてしまったなんて、よくある話だ。
開拓村を襲う危難は、何もそういう外敵だけじゃあない。
雨が降らなければ、逆に降りすぎて気温がずっと冷えたままでは、作物は育たない。
蝗の群れがやってくれば、まだ実っていない苗すらも食いつくされ、飢餓に見舞われることになる。
「だから備えるんだ」と、団長は締めくくった。
天候や蝗が怖いのならば、今腹いっぱいまで食べられなくても少しずつ食料を貯めておこうと。
山賊や狼を恐れるならば、日ごろから訓練し、武器の扱いに慣れておこうと。
そうすれば、何かが起きたとしても対処ができるからと。
自警団はそのためにあるのだから、と。
俺はその言葉は正しいと思っていた。
「何なんだよ」
簡素な槍を手に俺は呟いた。
レタジディ村の自警団の一人なのだから、有事の際に武器を持って戦わないといけないことは分かっている。
でも目の前で起きていることが、未だに理解ができなかった。
血まみれの若い女が呻き声を上げながら、必死に呼びかけている恋人らしい男に襲い掛かり喉元を食い破る。
割れた頭から脳がこぼれ破れた腹からはみ出た腸を引きずりながら這う赤ん坊は、半狂乱になって駆け寄り抱き上げた母親らしい女の腹を引き裂く。
使い古した農具を引きずって歩く首が千切れかけた婆さんが、涙を流して棒切れを構える爺さんを撲殺している。
胸に短剣が突き刺さった男と頭に斧が刺さった女が、両親の名前を叫んで泣いている小さな子供を抱きしめて締め上げて殺した。
先日一緒に酒を飲んで笑いあった友人たちが、焦点の合わない目で木の棒を片手に他の自警団員と戦う。
さらには、孫娘のことをとても大事にしていた自警団の師範役の爺さんが、その孫と揃って村人を殺しまわっていた。
「何だよ!何なんだよ!!これ一体何なんだよぉぉぉぉぉぉ!!!」
「おいジョルジュ!ごちゃごちゃ喚く暇あったら武器を持て!……足を狙え!動きを止めろ!!」
俺が喚き散らす中でも、自警団員たちは二人一組で槍を手に必死に応戦していた。
俺と組んでいるヴァレリーは、身体が竦んで動けない俺の代わりに一人で戦っている。
俺だって、状況を全く把握できていないわけじゃあない。
村人たちが突然おかしくなったわけでも、暴動を起こしているわけでもない。
あれは、
死体を操られているのだとかで、もう助かることはないのだという。
話に聞いていたが、しかし実際に見るのは初めてだ。
俺は震える手で槍を構えるが、しかし
右目と左目で別々の方向を向いているのに、しかし器用にこちらの場所を捉えて走ってくる。
俺の友人のクレマンだ。
手には、真っ赤に染まった斧を持っている。
「おい、おい!!俺だよ!川辺の家んところのジョルジュだよ!」
「あぉぁあぁ………!!」
必死に呼びかけても、クレマンは呻き声をあげて突っこんでくる。
慌てて槍を構えようとするが、しかしクレマンに素早く懐に飛び込まれて……
「おらぁ!!」
クレマンが斧を俺の胸に叩きつけようとする前に、ヴァレリーがクレマンを蹴り飛ばした。
ヴァレリーは団員仲間の中でも、魔力を用いた身体強化が使える猛者だ。
体勢を崩したクレマンは転んで顔面から地面に激突するが、痛がる素振りもなく這い上がろうとする。
口からへし折れた歯をボトボトと落とし、地面に落ちていたらしい枝が突き刺さった右目もそのままに。
「クレマン!おい……、おい……!」
「ジョルジュ!あきらめろ!
ヴァレリーが怒号と共にクレマンの足を槍で貫く。
足を破壊されたクレマンは動きが鈍くなるが、それでも腕だけで這うようにしてこちらに近づこうとしてきた。
ヴァレリーがクレマンの腕を踏み砕き、ようやく動きが止まる。
「なんだよこれ!!!何なんだよ!!!誰がこんなことしたんだよおおおお!!!」
俺は耐えきれなくなって、ガキのようにわんわんと泣き始めた。
おかしいだろ、なんでこんなことになってるんだよ。
誰がこんなことするんだよ、ひどすぎるだろ。
「くそっ……ジョルジュ!お前は先に逃げろ!!」
「え、で、でも、おれ、自警団で……」
「このクソ馬鹿野郎、お前はさっきから全く戦えてないだろう!」
ヴァレリーが俺の胸ぐらをつかむ。
咄嗟に怒りがこみ上げて、殴り飛ばしてやろうと握りこぶしを作る。
しかしヴァレリーの悲痛で今にも泣きだしそうな顔を見て。
俺は、息を呑んだ。
「ヴァレリー、おまえ……」
「俺だって辛いんだよ!!いやだよ!!なんでこんなことになってんだよ……!」
ボロボロとヴァレリーの瞳から涙が流れ出るのをみて、俺は槍を握りしめた。
ヴァレリーは俺の胸ぐらを離すと、その涙を服の袖でぐいっと拭う。
「団長からの指示だ。
ジョルジュ、お前みたいに自警団の人間でも、戦えないって奴がいる。無理もないけどな。
そういう奴らで他の生き残りの村人を護衛しながら、東のフュイル村まで逃げるんだ。
道中で
「で、でもよ……」
「
もしお前の彼女や母ちゃんが
俺はぐっ、と唸るしかなかった。
きっと、無理だ。
いや絶対に無理だ。
この手で握りしめている槍を、しかし向けることはできないだろう。
いやそれだけならまだマシだ。
さっきみたいに呼びかけて、そのまま襲われて死んでしまう。
「生き残りを逃がすことだって重要な仕事だ。
……この村はもうダメだ。
だから、なんでこんなことになったのかを調べるためにも、何が起きているのかを伝えるのだって大事な仕事だ。
だから行け!村の東の井戸のところに皆、集まっているはずだ。
……戦える奴で、お前らが逃げるだけの時間は稼いでやるからよ」
「ヴァレリー……す、すまねえ……!」
俺は急いでその場を駆け出す。
ヴァレリーに言われた通り、これも大事な仕事なのだから、と。
決して逃げたわけではないんだからと。
俺にできることをやっているのだからと。
「ああああああああっ!!クソッ!!腕を踏み砕いたのに回復して……あああああああ!!!」
「ヴァ、ヴァレ……うわああああ、うわあああああああ!!!」
だから、ヴァレリーの悲鳴が聞こえてきても。
俺は振り返ることもなく、ただただ必死に足を動かして、その場から一刻も早く離れることを選んだ。
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【
“死すべき時を知らざる人は、生くべき時を知らず――”
肉体の損壊により停止した際、動作に使用する魔力を破損した皮膚や骨、筋肉組織の縫合に転用し自動的に修復する。
頭部や四肢を切断された場合でも、切断面を合わせれば修復することが可能。
ただし、欠損部位が大きく損壊したり消失している場合は修復することができない。
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