1-3 老齢の剣士の記憶 その2
「ニルナァァァ!!!」
儂は絶叫しながらも、しかし身体は澱むことなく動く。
恐怖や驚愕で身が竦み動けなくなることは、刹那の時間が生死を分かつ剣士にとっては致命的だからだ。
孫娘のニルナの無事を思う中でも、手にした剣の切っ先はまっすぐに灰色の男へと延びる。
しかし灰色の男は、ただ呟いた。
その身に怖気の走るような魔力を漂わせて。
「“死というものは、人間にとって最大の祝福である――【
剣に肉を切り裂く感触が伝わる。
だが、それは灰色の男を仕留めたものではない。
ニルナが突き出した腕に突き刺さったのだ。
「な?! ニルナ?!」
儂は理解ができずに今度こそ、動きが止まってしまう。
頭が混乱しすぎ逆に茫然となる、それでも思い出したように後ろへ数歩後ずさる。
ニルナは胸元を刺されたはずだ、なぜ動ける。
ニルナは何で腕を突き出した、なんで儂の剣から男を守った?
当のニルナはゆっくりと、厭に緩慢な動きで男から離れ身を起こす。
手にしていた
一歩、儂へと踏み出してくる。床に散らばった果肉を踏みつぶしながら。
使い古した
「
儂はぽつりと呟いた。
ああ、ああ。儂は知っている、知っているとも。
「に、ニル……」
「あ……あぃぉ……おぁあ………」
ニルナは何かを呟きながら、こちらへと向かい鉈を振りかぶる。
それを剣で弾く。
力もさほど強くなければ、動きも緩慢で分かりやすい。
複雑なこともできないし、剣技を使うわけでもない。
数が増えれば面倒ではあるだろう、そういう意味では今まで戦った中では一番弱い相手だ。
まだ山賊や狼のほうが、余程強い。
「がんばれー!元村娘ちゃーん!」
「おぁ……あ……ぉあ……」
灰色の男の声を受けてか、ニルナが呻き声を上げながら鉈を振るう。
部屋の中で大きく振るわれた鉈は、途中にある家具や壁をひっかけ威力を削ぎ落して進んでくる。
棚の上に置いてあった、街に出かけたときにニルナが買った工芸品がガチャンと音を立てて床に落ちる。
やはり強くはない、弱い。
ニルナはこんなことをする子じゃあなかった、小さいころに泣き叫んで怒っても、モノを壊すような子じゃあなかった。
周囲を確認しながら、思い出を掘り起こせるくらいに余裕をもって、儂はその鉈を再度剣で受ける。
回り込んで灰色の男を切り捨てに行きたいが、流石にそれは難しい。
「ぅ……あぁ……」
呻き声……ではないのだろう。
儂は魔術は使えないし、さほど詳しくはない。
それでも
呻いているように聞こえるのは、身体にたまった空気が喉を通るときの音に過ぎないのだと。
そう、もう死んでいるのだ。
死体は物体に過ぎないのだ、死者に残るのは思い出だけなのだ。
儂がニルナを助けることはもう絶対にできないのだ。
それならば、ここでこのニルナの
もうそれしか残されていないのだ。
儂は、ぐっと剣を持つ手に力を籠める。
そして、再び鉈を振るうべく大きく振りかぶったニルナの
剣を。
「あぁ……お……ぃぃ……」
出来るわけないだろう。
孫娘なんだぞ。
産まれた頃から一緒に居て。
小さなころからずっと一緒に居て。
笑顔も泣き顔も見て、辛い時も幸せな時も一緒に居て。
今日は野苺を積んでくるから一緒に食べようって話しかけてくれた優しい子だ。
孫娘なんだぞ。
出来るわけ、ないだろう。
そうして、儂は剣を振るう手を止めてしまい。
はっと気が付いた時には、ニルナが振るった鉈はもう振り下ろされていた。
鈍い音と激しい痛みと共に、儂の身体に鉈が突き刺さる。
顔をしかめ何とか次の攻撃は受けようとするが、痛みと出血のために思うように身体が動かず、再度鉈が振り下ろされる。
受け止められず身体の何処かを引き裂いていく。
何度か鉈を振り下ろされていくうちに、儂はどんどんと傷を負っていく。
そして思考も、痛みも、鈍くなっていく。
ああ。
「ニル、ナ……」
ああ。
「ごめん、なぁ……ほんとうに……ごめ、んなぁ……」
鉈が振り下ろされて。
儂はもう、何も見えなくなった。
「おぉ………じぃ……ちゃぁ………」
ボタボタと、頬に伝わる水の感触を最後に。
儂は意識を手放した。
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【
“死人を死んだと思うまい。生ける命のあるかぎり、死人は生き、死人は生きていくのだ――”
身体能力は低下し、簡単な道具こそ扱えるが複雑な挙動を取ることはできない。
魔力により身体を動かしているため、そこに知性はなく自我も残っていない筈である。
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