1-2 老齢の剣士の記憶
レタジディ村――
儂がこの村に流れ着いたのはもう随分と昔の話だ。
若いころから剣には自信があった。
単なる子供の棒振りから始まったそれは、気が付けば大人の衛兵相手でも打ち負かせるものになり。
引退した冒険者から学ぶようになってからは、村で儂に敵うものはいなかった。
全盛期には王家も見ている中での剣術大会で成績を残し、貴族の指南役の話もあった。
しかし当時儂は師匠であった冒険者の生きざまに憧れ、当て所もなく旅をすることにしたのだ。
各地の開拓村や都市を巡っては、路銀を稼ぐために日雇い仕事に精を出したり。
あるいは、この剣の腕を買われ山賊退治に乗り出すこともあった。
いずれもそこそこに活躍をし、金がなくて困った記憶は殆どない。
思えば、調子に乗っていたんだろう。
その時引き受けた山賊退治の依頼で、つまらないミスをして、儂は大きな怪我を負った。
命からがら逃げだし、なんとか安全な場所まで移動したところで力尽きた。
だが、その時に偶然にこの村の人間に見つかったのだ。
開拓したばかりだったあの頃はまだ村民も多くなく、物資も限られていた。
だが彼らは惜しむことなく儂を助けてくれた。
目を開けたら知らない天井で思わず叫んだ儂を見て、手当をしてくれていた村娘が笑い転げたのは絶対に忘れん。
だがその縁から儂はその娘と結婚することになり、この村に居つくことを決めたのだ。
もう随分と昔の話だ。
教会が建つ頃には様々な人が流れ着き、世帯が増え子も増えた。
畑は実り豊かで、家畜も育てられるようになった。
もちろん良いことばかりじゃあない。
いつも笑っていた婆さんは、儂よりも先に天に召されてしまった。
そして一人息子の夫婦は、流行り病で死んでしまった。
残ったのは、孫娘のニルナだけになってしまった。
死別は悲しく寂しいものだが、しかしニルナに会うことが儂の人生だったのだろう。
根無し草の風来坊だった儂が、まさか自身の孫の顔を見るなど、若いころには夢にも思わなかっただろう。
願わくば、あの子がもう少し大きくなり、結婚して子供が産まれるまでは生きていたい。
婆さんも、もう少し待っていておくれ。
いや婆さんのことだ、儂がいなくて寂しいなど言い出さんだろう。
広い墓を悠々と使っているのに、儂が入ったら狭くなるだの言いそうだ。
まあ随分、贅沢な願いだとは思うがな。
「ん?」
さて、畑仕事にでも行こうかと思ったが。
誰かがこちらに向かって歩いてきておる。
この村に用事か?
見るものなど何もないただの農村だが、宿を求める旅人だろうか?
なんにせよ声をかけてみるか。
「こんにちは、ちょっとお話を聞いてもいいですか?」
やってきたのは、男だった。
灰色の髪に灰色の衣服。
懐に膨らみがあるのを見るに、護身のための短剣を忍ばせているのだろう。
少々身体の線が細く、身に纏っている
「どうかしたかね?」と儂は声を出そうとしたが、はっ、と息を呑む。
ゾワリとした感覚が背筋を駆け上る。
長い間感じることのなかったもの。
だがそれは、儂にとって馴染みのある感覚。
山賊と戦っているときに、罠を仕掛けられたときのような。
茂みに潜んでいる
殺気だとか、そういったものとは、また違う。
だが、それは命のやり取りをしているときに感じるもの。
恐怖の根源に潜んでいるもの。
死の臭い。
気が付けば、用心のためいつも腰に下げていた剣を振るっていた。
何故剣を振るったのか、と尋ねられたなら、そうすべきだと思ったから、としか答えられない。
気が触れたのかと言われるかもしれないが、しかしそうとしか言えないのだ。
この男はここで殺さないといけないのだと直感したのだ。
仮にここでこの男を殺せたのなら、儂はこの後処刑されたとしても決して恨みはしない。
それほどの確信があった。
「うわっ?!いきなり何だよ!!」
灰色の男は驚愕するも、素早く短剣を引き抜き、儂の剣を受け流す。
今度は儂が驚く番だった。
老いたとはいえ、剣は今でも振って訓練している。
村の衛兵相手に稽古をつけてもやっている。
しかも魔力も込めた、一刀のもとに斬り捨てる一撃だ。
目の前の、戦ったことすらなさそうな男に捌かれるとは思わなかった。
しかし驚愕は刹那。
間髪を入れずに追撃を入れる。
「うわー無理無理!死にたくなーい!」
人を小馬鹿にするような、ふざけた声色で泣き言を叫ぶ男。
しかし手にした短剣は的確に儂の剣撃を捌く。
上段からの振り下ろし、そして一息に下段より振り上げる必殺の剣術も。
自警団相手でもここまで凌がれたことはない、思わず舌を巻く。
とはいえ、男は防御に必死な様子で、まともな斬りあいは不利だと悟ったのだろう。
男はこちらの剣の合間を縫うようにして背を向け逃げ出し、儂は急いで後を追う。
やはり身体はさほど鍛えていないらしく、見た目通り魔術師なのだろう。
魔力を帯びたとはいえ老体のこの足、それでもどんどんと距離が縮まる。
男はたまらず、といった様子で近くにあった儂の家の中に飛び込んだ。
幸い、孫娘は留守にしている――
「おじいちゃん、どこー?
だが家の中から聞こえてくる孫娘の声。
いつもよりも、早く帰ってきてしまったのだ。
儂は目を見開く。
「お!ちょうどいいところに」
男はすでに家の中に入り、そして孫娘の……ニルナのもとへと向かっていた。
ニルナは波がかった金髪をふわりと揺らし、緑色の目を瞬かせ。
きょとんとした顔で灰色の男を見ている。
待て。
「君に決めた」
その灰色の男の手で、鈍く光る短剣。
やめろ。
やめろ!!
「逃げろ!!ニルナ!!」
「あっ」
儂が声を上げた時には。
灰色の男は、ニルナの胸元に短剣を突き刺していた。
赤い鮮血が、まるで華が咲くように飛び散った。
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【
“死というものは、人間にとって最大の祝福である”
死体から
魔術により動作するため、本来急所である頭部や臓器の欠損などでは行動を止めることはない。
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