Merry Christmas

綴。

第1話  ポップコーン

 えいっ、とボクはジャンプをしてみるんだけど届かないんだ。赤くてまんまるのキラキラしたボールをどうしても触りたくて、ボクはさっきから何度も挑戦している。


「オッド! ダメでしょ!」

 って瑠璃さんに怒られちゃうし、結ちゃはボクの事をキャットタワーの丸い透明なボールの所にひょいっと乗せちゃうんだ。確かにここはボクの一番のお気に入りの場所なんだけれど。


「にゃーん!」

 触りたい、触りたいんだよ! 瑠璃さんも結ちゃんも楽しそうに笑ってるんだもん!

 どうしてボクは触っちゃいけないの? ホントに意地悪なんだからー!


「オッド! もうすぐクリスマスなんだ! だからね、クリスマスツリーを飾ってるんだから、お利口にしててね」

 

 緑色の小さな木を瑠璃さんが買ってきたんだ。ボクはこれと似たようなものを野原さん家で見たことがあるんだ。野原さんのお家の緑色の木にぶら下がっていたオモチャをチョンチョンってすると『チリン』って音がしてたなぁ。

 今は結ちゃんが赤くてまんまるのキラキラしたボールと白くて小さな靴下をぶら下げているんだ。緑色の木のてっぺんには黄色くて大きなお星さまが乗っかっている。とーっても大きなお星さまにもボクは触ってみたいんだ。


 キャットタワーに乗せられたボクは、またこっそりと降りていくんだ。

 島で暮らしていた時はボクはのら猫だったんだ。だからその頃は名前がたくさんあったんだよ。『しろ』だったり、『カギちゃん』だったり、時には『のら』って呼ばれてお魚を焼いてもらう事もあったんだ。

 塀の上を歩いたり、草の上で寝ころんだり、雨が降ったら雨宿りをして自由に暮らしていたんだけど。


 『オッド』と呼んでくれる瑠璃さんと結ちゃんの事が大好きで、どうしても離れたくなかったんだ。だからふたりを追いかけて、ボクはお船に飛び乗ったんだ。

 結ちゃんに呼ばれて抱っこされた時は嬉しかったなぁー。あの時から、ボクの名前はひとつになったんだ。懐かしいなぁ。


 

 名前がひとつになってからのボクは、お部屋の中だけで暮らす事になったんだ。まずはお医者さんに連れていかれて、ボクは体を色々調べられたんだ。

「オッドー、良かったねぇ、何にも病気ないって! これからはごはんもおやつも気をつけて元気に過ごそうねぇ!」

 って、瑠璃さんが嬉そうにボクの頭を撫でてくれたんだ。

「にゃぉ」

 あまりにも嬉しそうな顔をしてるから、ボクもとっても嬉しかったよ!


 お部屋の生活も慣れてしまえば快適だ。最初は少し退屈だったんだ。時々すれ違う仲間もいないし、飛んでるバッタを追いかけたり、風に舞う落ち葉を捕まえたりする事ができなくなっちゃったから。

 その代わり、瑠璃さんが大きなキャットタワーを買ってきてくれたんだ。爪を引っかけて上まで登って、レースのカーテンの向こうの景色を眺めて過ごすんだ。

 雨が降っても濡れないし、快適だ。


「オッド、見ててねー! ピカピカしてキレイでしょー!」


 緑色の小さな木にはキラキラした丸いものだけじゃなくて、小さな透明のヒモもくるりとまきつけられている。結ちゃんがカチッとスイッチを入れると、ぴかぴかと木が光だしたんだ。


「にゃー」

 な、なんだこれ! ん? こっちか? ん? いや、あっちだ! あれっ? こっちもだ!

 いろんな所がぴかぴかと光るんだ。

 ボクはそーっと爪の先でちょんちょんとつついてみる。時々、つついた所がぴかっと光ってボクはびっくりして後ろへ飛んでしまうんだ。怖いんだけど、これが楽しくてやめられないんだ。

 

「あはは! オッド! クリンってなったしっぽがもっと丸まってるー!」

 結ちゃんは大笑いしているし、瑠璃さんはボクがそーっと近づいていくと、赤くてまんまるなキラキラしたボールをツンツンって動かすんだ。


「にぁー」

 んもー、結ちゃんも瑠璃さんも、ボクが遊んでる姿を見るのがそんなに楽しいのかなぁ。


 そして、今夜の食卓には結ちゃんの大好きなオムライスとサラダが並んでいる。オムライスにはYUI♡ってケチャップで書いてあって、結ちゃんが嬉しそうに笑っている。

 とーっても美味しそうな匂いがしてボクは鼻をクンクンさせてみるんだ。


「オッド、おいでよー!」

 ボクは結ちゃんには敵わないんだ。瑠璃さんはボクの気持ちを少し察してくれるんだけど、結ちゃんはボクの気持ちなんて関係ないみたいだ。いつもすぐにボクの事を抱っこして、こねくりまわされるんだ。

 大好きな結ちゃんだから、ボクは我慢してあげるんだけど、瑠璃さんはいつも苦笑いしてるんだ。


「結ー、オッドがすごーく迷惑そうな顔をしてこっちを見てるんだけど?」

「んー? そんな事ないよー! ねー? オッド!」


 そう言ってボクの事をぎゅーってするんだ。本当に迷惑なんですけどー。

「んー、いい匂い!」

 ってボクの肉球の匂いをかぐんだ。結ちゃんの気持ちもわからなくはないんだよ? ボクだって、自分のお顔をキレイにする時にいい匂いだなぁーって思ってるんだから。


 でも、ボクにもタイミングってものがあるでしょ? わからないんだろうなぁー。


「ほら、結、ごはん食べるよ!」

「はーい! いっただきまーす!」

「にゃぁー」

「オッドのもあるよ、はいっ」


 ボクのお皿にのったいつものカリカリに今日は美味しいソースがかかっている。

「オムライス美味しい!」

「そう? 良かった!」

「にゃぉ」

「オッドも美味しいって!」

「そう? 良かった!」


 今日はクリスマスなんだって。結ちゃんと瑠璃さんは、真っ赤なイチゴがのったケーキも食べて楽しそうにしているし。おりこうにしていたらサンタさんが来てくれるんだって。今日はカーテンによじ登るのはやめておこう。


 そしてまた結ちゃんがボクの事を抱っこしながら笑っている。

「ね、オッドの肉球ってポップコーンの匂いがするー! にゃははは!」


 ま、楽しそうだからいっか。今夜も結ちゃんのお布団に入ってボクは眠るんだ。



     ーー 了 ーー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Merry Christmas 綴。 @HOO-MII

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ