第6話 最初のページ

 そこに書かれている文字のようなものの意味の片鱗がわかるには、ひらめきが必要だった。つまり私のひらめきが必要だった。当時、カケラ収集委員会に在籍していた私は、大勢の学者に紛れて、コピー取りや部屋の掃除等の雑用をする係として雇われていた。所属は別なので、派遣社員といったところだ。まあ、基本薄給なのだが、世間の宇宙小僧どもは、少しでもカケラに触れる機会を得たがって、この仕事に殺到した。私は倍率1000倍の超難関を潜ってこの仕事につくことができた。後で聞いたら、問題のなさそうなものからくじ引きで選んだらしい。


 そのころには、カケラは、カケラとは言えない大きさになっていた。バスケットコート2面分ぐらいの広さになったそれの表面は、文字の様なもので覆われており、厚さも、一升瓶二本分くらいになっていた。周辺には、何十台ものコンピュータ、高精度なカメラ、あらゆるセンサーが、稼働していた。当然、私の様な立場のものが、そんなエリアに入ることが許されるわけはなく、2階の踊り場から、たまにその作業風景を、ガラス越しに見下ろすことができるくらいだった。

 カケラの画像は、ネットで公開されており、あらゆる推論が、飛び交っていた。その中の一つに、『ある同じパターンの部分を空白とする。』といったものがあった。なにか書かれているのだが、それは『何も書かれてないという意味だ。』という意味だ。そうすると、不自然なスペースがいくつかできる。そう最初にわかった文字は、『何も無い』だ。また、空白の存在は、文字の塊を限定する。そんな知識を前提に、カケラをみていた。『なんだか契約書みたいだ。』私は、ネットの議論を横目に、ふとそう思った。


 私は、契約も満了を迎え、来月には、この職を辞することになっていた。そんな時である。ピッチに入れる用事を言いつけられたのは。三年もここで働いていて、初めてだった。カケラの近くに、近づくことができたのも初めてだ。今まで、遠目か画像でしかみたことがなかったカケラを間近で見ることができた。かねてから思っていた不自然なスペースも目の前で見ることができた。『契約書みたいだ。』改めて思った。それのガラスケースの上からだ、直接触ったわけでもない、なんとなく、そのスペースにハマる様に指先で描いた文字にカケラは反応した。青白く光ったかと思えば、2枚目、いや2ページ目の文章が出てきたのだ。

とんでもないことになった。

 私はすぐさま拘束されて、徹底的に調べられた。その時脳裏に浮かんでいたのは、『捕獲された宇宙人』とキャプションを入れられた自分の写真だった。事実、担当の科学者達の目は、許可が出れば私を解剖調査しかねない光が宿っていた。それは、一週間程度だったが、生きた心地がしない時間だった。


自分の名前を指先で、ガラス越しに書いただけなのに。

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