第14話 違い

 遊園地のディテールを気にするために、わざわざ現地に足に運ぶとは恐れ入った——なんて言いたいところではあるけれど、存外それが作家として普通なことなのかもしれない。

 作家というか、物語を作っている人間からしてみれば、世の中のありとあらゆる事象の中から何かしらのインスピレーションが湧いてくるものだと思う。日常では当たり前の、在り来たりの、良くあることであったとしても、だ。

 しかし、おれはというと……、物語はおろかちょっとしたアイディアさえ出てきやしない。

 もう、作家としてなれないってことなのかもしれないな。


「……何を思い詰めているんだか」


 歩の言葉で、おれは我に返った。


「歩?」

「なに、悲劇のヒロインぶっているのか知らないけれどさ、少しは『前向きになろう』って努力するつもりもない訳?」

「簡単に言うがな……」


 分からないんだよ。

 そんなことを言われたって。

 努力するとかしないとか、そういった考えじゃなくて。

 何というか……その、前が見えない、というか。


「それが言い訳だって言っているんだよ」


 厳しい。

 やっとのことで這い上がってきた人間に対して、突き落とすような立ち振る舞いだ。

 おれが何か悪いことでもしたか?


「悪いこと——そうだね、強いて言うなら、『何もしたがらないこと』かな。せっかく勇気を出して、ぼくの元にやって来たというのに、これじゃあ何の意味もない。まあ、それは本人が分かりきっていることなのだろうけれど」

「分かっている。分かっているよ……それぐらい」

「進捗はどうだい、そういえば?」

「……、」

「答えられないぐらい悪いか。まあ、その荒れぶりならば、致し方なしと言ったところか」

「……おまえに何が分かるんだよ」


 何が分かるんだよ。

 作家として、大成功したおまえが、作家になりたくてなれなくて現実に打ちのめされている人間の気持ちなんて——。


「ああ、分からないね」


 はっきりと。

 はっきりと、言い放った。


「何故そんなにも悲しそうな顔をしているのかが……分からない」


 続けた言葉は、言い訳のようにも聞こえた。

 あいつは、そう思っていないかもしれないけれど。


「おっ、列動いたね。一個ぐらいはアトラクション乗れそうかなあ」


 暢気にそんなことを言いながら、歩は歩いて行く。

 おれはただ、それについていくことしか、出来なかった。



◇◇◇



「だ、大丈夫ですかね……?」

「おまえさんはあれを見て大丈夫と言えるのか?」


 冴木は未だ若い。だからかもしれないが、こういった空気を読むというか……そういったことに疎い。


「近藤さん……、あの作家って結構ヤバイんですか……?」

「作家が全部こうではないと思ってはいるが、まあ、中島先生は変わり者の部類に入るとは思うよ」


 だからこそ、良い作品を書くんだがな……。

 とはいえ、ああいう物言いさえ辞めてくれれば、こちらももっと積極的に表に出していきたいものなのだが。


「見てくれは良いから、表に出してサイン会みたいなのをしたいと思うこともあるだろう?」

「まあ……、サイン会は作者とファンが直接ふれあう貴重な機会ですからね。それの人気度によって作家さんがモチベーションアップに繋がる事例もあるみたいですし」

「ああ。だが、あの先生はそれをしたがらない。小説を書くこと以外は出来る限りやりたくない、という主義でな……。今回は一応取材だから表に出ていることもあるが、それさえも珍しいことだってあるんだ」

「へえー……、何でなんでしょうね?」

「そんなもん、おれが知りてえよ」


 謎に満ちていることは間違いない。

 というか、あの連れ添い……友人とか言っていたか? にも多分あの事実は伝えていない——いや、友人なんだからそれぐらいは知っているか……。


「……そういや、おまえさんも知らないよな?」

「えっ? 何をですか?」


 冴木にいきなり脳内の会話を出力した質問を投げたところで理解してくれる訳もない。

 とかく一から十まで物事を伝える。コレが大事だ。作家先生にも学んでほしいことだが。


「大事な話だ。おまえさんも、もしかしたらあの先生の担当になるかもしれないからな……」



◇◇◇



 それからの遊園地取材は、地獄と言って差し支えなかった。

 普通遊園地に行けば多少なりとも楽しめるものであるのが至極当然だと思う。しかしながら、先程の口論をしてからおれと歩は一言も言葉を交わすこともなかった。

 流石に歩も気付いたのだと思う。

 かといって、おれも言い過ぎてはいたかもしれないが、正論は正論だ。

 謝ろうとして、いったい何を謝れば良いのか分からなくなる。

 だから、その場はそこで手打ちにするしかなかった。

 遊園地を出て、お土産屋を物色して、何故か高いクッキーやぬいぐるみを買って、両手一杯に袋を抱えている歩は、楽しそうなのか何だか表情からは見えてこない。


「肇くん」

「うん?」


 帰り際に、歩が言った。

 咄嗟だったので、おれも反応して首を傾げていた。


「……助かったよ、今日はありがとう」

「…………そうか」


 会話は、長く続かなかった。

 先程の口論をしていれば、仕方ないのだが。

 そうして、おれ達は家路に就くのであった——。

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