第13話 分業

 書き上げたい物語——。

 そんなもの、あるに決まっている。


「……答えは分かりきっているようだね。まあ、最初からきみはそう選択すると思っていたけれど、ね」


 おまえ、分かっていたのか。

 まあ、分かっていなかったらそんな質問はしてこないだろうけれども。

 歩はそう言って、さらに話を続ける。


「創作をする人間であれば、誰しもがそう考えるはずだ。絶対に表に出したい物語がある、と。しかしながら、それを表に出せたとして、多くの人に見てもらえるかどうか? それは別問題だ。分かるかな?」

「それぐらい……言われなくても分かっているよ」


 この世界には、沢山の物語がある。

 あるというだけなら未だ良いのかもしれないけれど、日々新たな物語が生まれ続けている。

 即ち、玉石混交。

 沢山物語が生まれるということは、良い作品もあれば悪い作品もある。

 そして、それを評価するのは、紛れもない読者だ。

 作者自身が評価するのではない。作者からしてみれば、どの作品も良い作品だと判断するだろう。

 当たり前と言えば、当たり前だ。

 それ以上でもそれ以下でもない。


「……出版社、ひいては編集とはそういった立ち位置である、とぼくは考えているよ。二人三脚、とでも言えば良いかな。作者は良いアイディアを出して作品を書く。編集はそれをより良い結果になるようにアプローチしていく。当然ながら、作者には作品を生み出すことに集中してもらうべきだと思うからね。きっと近藤さんもそう考えていると思うけれど」


 しかし——しかし、だ。

 それは流石に言い方が悪いのではないだろうか、などとも考える。

 最近の作家は積極的にSNSで自著の宣伝をしているだろう? あれはどう捉えるつもりだ?


「それはまあ……、その会社によるとしか言いようがないけれど」

「おいおい、それはないだろ。良く言われているじゃないか。最近の作家はセルフプロデュース力も問われているから、作家になるハードルが上がっている、って。その辺りはどう考えるんだよ?」

「うーん、そうだなあ。そんなことを自力でやる気力もないから、ぼくは恵まれているのかもしれないね? 多分、セルフプロデュース力なんて皆無だから。作品を書いて書いて書きまくって、出していけばそれで良い……。ぼくはそういうスタンスで書いている訳だし」

「……、」


 何というか。価値観が全然違うということだけは理解した。

 歩と色々話したことはある。あるのだが、毎回思うのはそれだ。

 歩とおれでは、価値観の違いがあまりにも大き過ぎる。

 ある種のジェネレーションギャップ、と言っても差し支えない。


「ジェネレーションギャップと言って良いかどうかは分からないけれどね」


 歩はそう言い放つと、さらに話を続ける。


「あくまでも自分はそうだから、そうとしか言いようがないのだけれど、作家はやはり創作に集中するべきだとは思うけれどね。最初から多数のファンが居る作家ならともかく、新人賞で出てきた作家というのは大半がファンは居ないはず、だ。多分。そうであるならば、ファンや売上を増やすにはどうすれば良いと思う? 作家が努力しないといけないのか、と言われるとそうではないとぼくは考える訳だ」

「成る程なあ……」


 歩の考えは間違いではない。

 さりとて、それを全ての編集者と作家、それに出版社が考えているかと言われると、それはまた別問題だろう。

 出版社が作家をどう考えているか、って話にもなるかな。


「……辛気臭い話をするために、わざわざ遊園地に来たのではないのだけれど、その辺り分かってくれるのかな?」


 歩の言葉によって、強引に話は終了せざるを得なかった。

 そして、確かに歩の言う通りであった。元々の目的としては、歩の新作の取材旅行だ。どういったテーマで物語を紡ぐのかなんてことは一切聞いていないけれど、取材旅行をするからにはそれなりにイメージが固まっているに違いない。そして、そのイメージを崩さないためにも、あまり介入しない方が良いだろう。

 一応創作をしている人間である以上、同じ種別の人間の行動や気持ちはある程度理解しているつもりだ。ブランクはあったとて、それは変わらないと思う。多分。


「……ところで、今回の取材旅行って、どんな作品を書く予定でやって来たのかは聞いても良いのか?」

「本来ならば、言ってはいけないんだと思う。だってプロモーションに関わるしね。でもまあ、良いかな、肇くんになら言っても良いと思う。そんな秘密をぺちゃくちゃ話す人間でもないだろうし」

「信頼されている、ってことで良いのか?」

「逆に今の言葉でそれ以外の感想を抱く方が間違いでは?」


 それもそうか。


「信頼しているに決まっているだろう。それぐらい分かってほしいものだけれどね」

「何処から理解しろと?」

「うーん、そう言われると微妙なところではあるのだけれど……。まあ、いいや。さっきの質問に戻ろうか。ええと、何故取材旅行に来ているか、ってところだったっけ?」


 何かはぐらかされたような気がするけれど、概ねその通りだ。


「新作は恋愛小説なんだよね。そこで出てくるのが遊園地なんだよ。だから、遊園地にやって来た。それで終わり」

「終わり?」


 いやいや。

 聞いておいてなんだけれど、それはそれでどうなんだよ。


「遊園地のディテールを良くしたいが故に、やって来たってことか?」

「うん。まあ、その通りだね。間違っちゃいないよ。読者が作品の世界に没頭するためにはリアリティが大事だからね。そのためにも、こうやって現地に取材することは大事だ。覚えておくと良いよ」

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