第12話 プライド

 そもそも、小説は水物だ。

 人気が出るか出ないかは、実際に世に出してみないと分からないし、それを予測するのは非常に困難。それにシリーズを続けていったとして、その人気が未来永劫続く保証もない。いつジェットコースターよろしく人気が急降下してもおかしくはないのだ。

 人気が落ちていった作品は、基本的にてこ入れをするのだろう。つまり、人気が出そうなキャラクターや演出、ストーリーを追加することだ。追加するストーリーは作者が決めることもあるのだろうが、概ねは編集者と決めていく。或いは編集者の意向に沿って、作者はそれを書いていくスタイルもある——なんてことを聞いたことがある。


「人気が出るか出ないかは、どうだって良い……。そんな考えが出来るのは、一部の超人気な売れっ子作家ぐらいですよ」


 近藤さんは、そう言い放つ。


「うちの社にも何人居るかどうか、ってぐらいでしょうね。概ねは、編集者と決めてアイディアを練り直すか、或いは売れるであろう作品を書くか、そのいずれかです。さりとて、人気というのは常に変化し続けます。人間の予想を遙かに上回るぐらいのスピードで、ね……」

「じゃあ、いつも人気な作品を続けるのは不可能、だと?」

「何でもかんでもそうですが、常にヒット作を量産し続けられる作家先生が居るならば、どの出版社からも引く手あまたでしょうね。何故ならその作家先生が一冊書いてくれれば、出版社は莫大な利益を約束されますから。しかし、量産もしてもらわないと困りますけれどね。量産した結果、質が落ちてしまうのならば……それは仕方がありませんけれど。こちらとしても、質を落とすことはしたくありません。そんなことをしてしまえば、未来の作品の売り上げに影響を及ぼします」


 近藤さんは、こういった見た目をしているが、実は案外まともな編集者なのかもしれない。

 そんなことを言ってしまえば、きっと本人から何かお小言を言われてもおかしくはないのだけれど。


「……まあ、簡単に言えば、ってことだよね。冒険は出来ないし、したくない。そう思う作家よりは編集者、或いは出版社の意向が強いのかな。冒険した結果、従来のファンも居なくなって、売上も落ちてしまっては意味がないし。そういった類いは、難しいと思うけれど」

「まあ、編集者がコントロールしていますから、その辺りは別に。作家先生は、真剣に書きたいと思う作品、或いは売れると思う作品を仕上げていただければ良いのですから」


 漸く、列が動いてきた。

 にしても、よもや創作論をここで語り合うことになろうとは……。無駄な時間も、これはこれでありなのかもしれないな。結果的に無駄な時間ではなくなってしまった——と言えばそれまでだけれど。

 入場するのにも、ここまで体力が要るとは、よもや思いもしなかったのだけれど——まあ、そんなことはどうだって良い。

 とにかく今は、こいつの取材に付き合ってやるしかないのだから。

 良い息抜きにもなるだろうし、別にこちらとしてもメリットが全くない訳でもないからな。

 とまあ、そんなことを考えながら、おれは入場ゲートを潜るのであった。

 何か少し離れたところで、近藤さんが冴木さんに耳打ちしているけれど、流石にその声は聞こえない。まあ、大方聞かれたくない話だ。無碍に詮索する程でもないだろう——多分。



◇◇◇



 久しぶりに遊園地に来た気がする。

 子供の頃、親に駄々をこねて幾度か連れてきてもらったような気がするけれど……、こんなにカップルって居たっけ?


「そりゃあ居るだろうねえ。カップルが遊ぶ場所として、遊園地はうってつけのスポットなのではないかな?」


 そうだったか。

 カップルなんてもう遠い概念になっていたから、すっかり忘れてしまったけれどね。

 歩も、人のことは言えないと思うが……、ま、そこについては何も言わないでおくか。


「一応言っておくけれど、こういった雰囲気を取材するために来ているのだからね。楽しんでも良いけれど、程々にね」

「楽しもうとする気があるのは、寧ろ歩、お前の方では?」

「どうして?」

「いや、まあ、別に……」


 確証を持って言った訳ではないのだけれどさ。

 ただ、こちらに言ってくるってことは、そうなのかな……って思っただけだよ。


「あんまり決めつけで物事を言わない方が良いと思うけれど? ……まあ、別に良いか。大丈夫、ぼくは打たれ強いからね。そんな気にもとめないから、安心したまえ。そうでなければ、作家を続けることは出来ないから」

「メンタルも強くなければいけない、ってことか……。だとしたら、おれは無理かもな。サラリーマンとして、ドロップアウトしてしまった身である訳だし」

「それは、好きでもない仕事を延々やってきたから、ではないのかな?」

「……はは」


 こうもあっさりと一刀両断されてしまっては、乾いた笑いしか出ない。


「そもそも、好きなことを仕事にしていれば、多少のメンタルは鍛えられるものだと思うけれどね? それを商業に乗せたら、まあ、評価と売上はついて回るし、自分が思っているような作品は書けないかもしれないけれど、でも、それで終わりじゃない。それで終わりにしてしまうのは、作家であるかもしれないけれどその作品が好きであるとは言えない——のかもしれない。まあ、多少は暴論かもしれないけれどね。とどのつまり、この作品を最後まで自分が思った形で届けたい、と思うのならばやり方は沢山あるよね、って話」

「間違ってはいないのかもしれないけれど……、世の中の作家先生が全員歩みたいにストイックな人間でもない……ような気がするんだよな」

「そうかな。作家とは、そういう生き物ではないのかな。常に自らの作品と向き合い、全身全霊をかけて一つの作品を作り上げる……。そういった存在であると思っているけれどね。肇くん、きみだって書きたい物語はあるはずだろう? 寝食を犠牲にしてでも、書き上げたい物語が」

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