第11話 新境地

 人でごった返していた。

 遊園地なのだからそんなものだろう——正直、最初はそんな軽い気持ちで思っていた。何せ、平日だ。平日の真っ昼間なのだから、休日よりはある程度閑散としていても何らおかしくはないし、寧ろそれを望んでいた。

 しかしながら、現実はそう甘くはなかった。


「……いやいや、何でこんなに人が居るんだよ。今日って、平日……だよな?」

「平日だからこそ、だろうね。正直、ぼくもここまで人が居るとは思いもしなかった」


 珍しく歩もうんざりした表情を浮かべている。

 当たり前と言えば当たり前だろう——何も好き好んで混雑している空間に飛び込もうなんて、誰も思いやしない。


「歩、お前もこれは——」

「想像していたけれど、まさか平日にこんな混雑しているとは、ね。流石にこれは予想外だよ。だって、幾ら大人気の遊園地だからといって、平日だよ? 平日ということは、学生は学校に行っているしサラリーマンは仕事をしているはずだ。だのに、何故?」

「そりゃあ、皆同じ考えだよねえ」


 おれ達の会話に割り込んだのは、近藤さんだった。

 というか、先程別れたはずなのにちゃっかりおれ達の後ろに並んでいる。いつの間に?


「担当している先生のことを逐一チェックすることは、編集者としては当たり前のことですからねえ……」

「そうなのか?」

「さあ?」


 確認するために歩に聞いたが、歩も分からないらしく首を横に振った。


「それはそれとして、ですけれど。そのことについては概ね予想出来なかったんですか、と苦言を呈したくなりますねえ」

「苦言?」

「誰しも、混雑している日には遊園地に行きたくはないでしょうよ。混雑する日なんて、一部例外はあるやもしれませんけれど、概ね土日祝日と相場は決まっている。ならば、それを避けようと考えるのは、火を見るより明らかなのでは?」

「つまり、わざわざ休暇を取ってでも平日に、ということか……。確かに、その通りだろうな」


 寧ろ、そんな単純なプロセスに気づけなかった、と言える。


「取材旅行と聞いて、そして、場所を聞いて……止めはしたんですよ。絶対に混雑しているのは間違いないですし、それは避けられませんから」

「忠告を聞いたのに、何故……?」

「単純にメールを見落としていただけ、かな」

「おいっ!」


 流石におれだってツッコミを入れたくなる。

 編集者のメールぐらいは読んでおけよ……って思うのだけれど、作家先生からしてみれば大したことでもないのだろうか。知らんけど。


「だって、メールなんてそう簡単に見ないよ。電話は流石に応対するけれどさ……。メールでOKなやりとりって、大抵は電話でもOKだろう。だから、メールはなるべく見ないようにしている。週一回は見るかな」

「もっと見るべきだと思うのですがね……。こういうルーズなことが許されるのも、偏に売上が良いから、です。売上が良くなければこんな我が儘は通りませんし、通る訳がない。こちらから絶縁状をたたきつけてやるぐらいですから」


 さらっと恐ろしいこと言っているな、この人……。

 編集者って、思考がこれぐらいクレイジーじゃないとやってられないのか?


「あの、流石に編集者が全員そんな考えを持ち合わせている訳では……」


 言ったのは冴木さんだった。

 あれ? 声に出ていたか? さっきのモノローグ。


「気になるのは分かります。……けれど、安心して下さい。我々編集者は何も先生だけを預かっている訳ではありません。先生の大切な……作品も預かっています。それを生かすも殺すも、編集者次第ではあるのですけれど……、でも、出来る限り、生かしてあげたい。より良い作品に仕上げてあげたい。そうやって、編集者は先生と二人三脚でやっているんですから」

「一蓮托生、と言っても良いかもねえ。担当した作品が売れれば、編集部でも一目置かれるようになる。けれども、売れない作品ばかりを担当すれば、どうなるか? 先生の力量もそうですけれど、編集者の技量及び手腕も問われる訳ですよ。連帯責任、とまでは言いません。けれど、作品の評価は賞与に直結する。だから、そう簡単に先生だけにハンドリングさせる訳にはいかないんですよね。業界によっちゃあ、編集者に印税を割り振ることだってあるらしいけれど、それもまた責任を課すための重要なインセンティブと言っても良いだろうねえ」


 行列は未だ進まない。

 前の方で怒号が聞こえていることから察するに、何かトラブルでも起きているのか?


「面倒だねえ……。こういう時ってリカバリープランとか用意されていないものなの?」


 歩はもう不機嫌そうだ。

 元はと言えばおまえが行きたいと言ったんだろうが。せめて終わるまでは楽しい表情を浮かべてほしいものだけれど。


「遊園地に行ったらずっと楽しい表情を浮かべているべき——なんて誰が決めたんだい? 遊園地は確かに楽しい場所ではあるだろう。けれども、全てが全てそうではない……。今はその最たる物だと言えるだろうね」

「分かっているなら、何でわざわざ取材に?」

「次回作については、なるべく開示したくないんだ。プロットが出来上がるまではね。でも、ここがヒントであることは間違いないだろうね。多分」


 多分、って。

 もしかしたら次回作に使われない可能性があるのか? 例えば完成してみると、宇宙を舞台にしたスペースオペラになる可能性も否定出来ない、と?


「否定はしないけれど、多分それはないよ。SFは難しくて。チャレンジしたい気持ちはあるけれど……」

「残念ではありますが、今先生の作品を好きな読者と合致しないでしょうね……。新境地を切り開いていただくのは、もう全然問題ないと思っていますが」

「そんなに?」


 客層のことは聞いたことがないけれど、そこまで忌避されているのか……。可哀想と言えば可哀想ではある。


「新境地、と聞くと多くの人間はどう反応するとお思いですか? 大抵、半々でしょう。一つは、面白いと思って手に取るか。元々の作風が好きだからと忌避するか……。さて、この場合どちらに転ぶか、どちらがどれぐらいの割合か、予測出来ると思いますか?」

「……不可能でしょう。そもそも、そんなことが出来るのであれば、苦労はしません」

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