第8話 時間管理
指を二つ伸ばして、さらに話を続ける歩。
「一つは、それをそのまま捨ててしまうことだ。それは簡単だよ、忘れてしまえば良いのだから。けれども、大きなデメリットはある。それは次のアイディアを考えなければならないということ……。それを生み出すには、さっきのアイディアと同じかそれ以上の時間を費やさなければならなくなる。それが大変だということ、それはきみだって分かっていることだよね」
「まあ、そうだな……。アイディアというのは、場合によっては何年も出すのに時間を費やしてしまうぐらい、難しいものだ。複数の問題を一挙にして解決するアイディアもあれば、一つ一つ問題を片付けていくごく小さな解決方法もある……。アイディアというのは、難しいものではあるよ」
「そう。だから多くの作家はきっと二つ目の手を使っているはずだ」
二つ目の手。
まあ、アイディアを捨てる以外の方法と言われれば、答えは案外推測出来るものではあるけれど。
「二つ目の手は、そのアイディアを流用することだ。しかし、アイディアを百パーセント流用してしまったら、それはパクリと見なされかねない。だから、少し変える。例えば、勇者と魔法使いと僧侶のパーティが魔王を倒す、王道RPGのシナリオを考えたとしよう。そういう時、そのアイディアはそのまま使えない。数多の作品で使われているアイディアだからだ。使い古された、と言い換えても良いかもしれない」
「まあ、確かに……」
寧ろ、敢えてそういう作品にするのもありかもしれない、と思ったけれど……、そんなことは口に出さないでおこう。
「でも、例えば僧侶ではなくて魔法使いを二人にしてみたら? 勇者と呼ばれる存在が二人居たとしたら? そういうアクセントを一つ追加することで、物語はかなり面白くなるし、予測不能な展開を生み出すことが出来る。読者は何を期待してそれを読んでいるか? それは、予測不能な展開を望んでいることにほかならない。予測可能な展開ばかりな小説は、読まれるだろうか? 答えは否だと、ぼくは思っている。あくまでも、ぼくの持論ではあるけれどね」
「……成る程な」
やっぱり、プロだ。
物語に向き合うということは、甘いことじゃない。
「……思った答えが得られたのならば良いけれど。もし変な答えだったりしたら、それはそれで困っちゃうかな」
「いや、別に問題ないよ。ありがとう、歩。お陰で、少しは前に進めそうな気がする」
「そうか。なら……それで良い。きみは絶対に、その物語を書き上げなければならないのだからね」
歩に言い切られると、ちょっと緊張するな。
復帰最初の作品ぐらい、完全に趣味で進められないかな?
そう言ったら、歩が深い溜息を吐いた。
「……あのね、だから言ったと思うのだけれど、確かに物語を紡いでいく上で、ストレスというのはかなり重要な要素になってくることがある。阻害されてしまうのであれば、ストレスは除去せねばならないからね。まあ、人によってはストレスが生まれることで原動力になる人も居るけれど……」
「歩は違うのか?」
「違うね。ストレスは抱えない方が良い。そりゃあ、締め切りが近づくと多少のストレスは抱えることになろうけれど」
歩もそんなこと考えるんだな。
締め切りなんて余裕でクリアしているのだとばかり思っていたけれど。
「……何を期待しているのか知らないけれど、超人でも何でもないんだよ。なるべく締め切りには間に合うように書いているのだけれど、やっぱり間に合わない」
「間に合わない、って言うけれどどうしているんだよ? 伸ばしてもらうのか?」
「やむを得ない事情があった場合はそうせざるを得ないのかな、と思わなくもないけれど。そこまでは考えていないね。大抵、締め切りに間に合わせているから」
間に合わせている、って……。
「そうは言うが、簡単なものではないと思うけれど。それとも、アレか? 火事場の馬鹿力とまでは言わなくとも、締め切りが近づけば近づくほど、執筆速度が上がるのか?」
そんな都合の良いことがあるとは思いづらいのだけれど。
というか、そんな能力があるのなら、多くの創作をしている人間は喉から手が出る程欲しいに決まっている。
「え? 当然だろう。やろうと思えば徹夜で数万文字ぐらいは書くよ。まあ、あんまりしないけれどね。やっても三時間で一万文字が限界かな。それ以上やると次に響く」
「いや、時速三千文字でも充分過ぎると思うんだけれど……」
多分ちゃんと計算したら、それ以下のスピードの作家だらけだと思うんだけれどな。
というか、その言葉はおれにもダメージが来るから辞めてほしい。
「まあ、最初から計画立ててコツコツ書いていれば良いんだよ。きみは一ヶ月半後に十万文字の完成原稿を提出しなければいけない。そこが難しいポイントではあるのだけれどね。ほら、作家の締め切りって基本初稿だし。つまり誤字脱字やトリックの矛盾があっても全然問題ない。寧ろ、その後に修正を繰り返して完成度を高めていくんだから。けれども、賞レースは違う。審査員に見てもらって評価をしてもらう——そのためには完成形を見せなくてはいけない。となると、ブラッシュアップは繰り返す必要があるんだから」
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