第7話 アイディア

 しかし。

 そう簡単に言ったところで、何万文字も一気に書くことが出来ているのなら、おれはとっくに作家として花を開いていたはずだ。それが現実になっていないのだから、つまりはなることが出来ない——才能がないということの証左になるのだろう。

 そう延々と自分を卑下し続けたところで、時間は平等に流れていく。

 結果が生まれない時間が増え続けるということは、イコール、小説を書けていないということだ。そんなことを続けていってしまっては——結局、意味がない。

 歩に、わざわざ専用の部屋を設けてくれて、そのための時間を割いてくれたというのに、おれはいったい何をしているんだ?

 卑下し続けることは、悪いことだ。

 けれども、そうとしか思えなくなってしまうのは、致し方ないことなのかもしれない。


「……プロットは出来ている」


 アイディアはある。

 世界は繋がっている。

 連綿と、連綿と。

 さりとて、それを文字にアウトプットしようとして——そこで手が止まる。

 おかしな話だった。昔ならばそんなことはなかったはずだ。脳内で物語が紡がれ続け、アニメーションとして流れ続け、その情景をひたすら文字としてアウトプット出来た。だからこそ多作を出来たし、それを賞レースに載せることだって出来たはずだ。

 歩は、その頃のおれしか知らない。

 だから、失望しているのやもしれない。

 つまりは、おれのことを心配していることの裏返しなのだろうけれども、でも、何時までもおれだって落ちこぼれる訳にもいかないことぐらいは分かっていた。

 分かっていたけれど、それを解決する手段が見当たらなかった。

 もしかしたら、小説を書き続ければ、何か突破口が見出せるのかもしれないけれど……、今の段階では、何も見えやしない。


「一度、話をしてみようかな……」


 作家から、創作についての話を聞いてみよう。

 そうすることで、何かアイディアが出てくるかもしれないし、文章が書き始められるかもしれない。

 そう、一縷の望みをかけて、おれは歩と繋がる電話に手を伸ばした。



◇◇◇



「創作をしていく上で重要なこと? きみにしてはえらく抽象的な質問だね……。もう少し、具体的な質問をすることは出来ないのかな?」

「……鋭い質問ばかりしないでくれ。おまえの言動にはカッターナイフでも隠されているのか?」


 或いは、スイスとかで売られている十徳ナイフか?

 ナイフが隠されている、という意味合いではそっちのほうが正しいかもな。


「まあ、いいや。ぼくもちょっと話をしたいところだったし」


 そう言って開いていたノートパソコンを畳んだ。


「そういえば、ノートパソコンで執筆しているんだな。家に居るんだから、デスクトップにすれば良いんじゃないか?」

「色々試行錯誤をしていたんだけれどね……、例えば喫茶店で書くこともあるし、旅先でも書くことがある。もう滅多にないけれど、出版社とのミーティングで実際の原稿を見せるときにパソコンを使うこともあるね。となると、デスクトップとノートパソコンを同時に使っているとなると、問題が生じるのは何だと思う?」

「……普通に考えて、データのやりとりとかか?」

「ご明察。いちいちデータを移動させないといけないんだよね。まあ、クラウドサービスの自動同期機能とかでも使えば問題ないんだけれど、それってインターネットに常時接続しておく必要があるし、あんまり好きじゃないんだよね。バックアップを常時取ってくれる、という意味ではありだけれど」

「ノートパソコンを使うメリットは、何かあるのか?」

「起動が速いと良いよね。書きたい、と思った時に直ぐに書けるから。だから、ずっとそうしている。色々試行錯誤した結果、とでも言えば良いかな」

「試行錯誤、ね……」


 思い返せば、自分もそんなことをしていたような気がする。ある時は数万円もする高級キーボードを使ってやっていたこともあったかな。確かに打鍵速度は上がるのだけれど、費用対効果が悪すぎた。それにいちいちキーボードを接続しておく必要がある。その頃はノートパソコンしか使っていなかったし。そういう意味では今歩から借りているノートパソコンは、起動速度が速いな。だから、書けるとなったらスリープを即解除して書けるのだろう。……今のところ、そんな機会があんまりないのが、玉に瑕ではあるのだけれど。


「……歩もあるんだろう?」

「何が?」

「何が、って……。アイディアが出てこない時だよ。無尽蔵に小説を書ける訳ではなくて、いつかは絶対枯渇するときがやってくるはずだ。人間なのだから、それは致し方ないことであると勝手に思っているのだけれど……」

「何だ、そんなことか」

「そんなこと、って……」


 歩は立ち上がり、テーブルに置かれているコーヒーメーカーのスイッチを押す。

 直ぐにコーヒーが抽出され、コーヒーの良い香りが部屋の中に広がっていく。


「そりゃあ、そんなことはいつだってあるよ。ぼくもそんなことはなくしたいと思っているぐらいだけれどね、難しいよ、やっぱり……」

「売れっ子作家でも、そんな悩みはあるのか?」

「売れっ子だろうが、作家の卵だろうが、作家は作家だ。皆同じ悩みを抱えているだろうし、全員が全員ライバルと思うのは当然のこと。アイディアが降ってきたとしても、その画期的なそれは、一から十まで調べ上げれば誰かが随分昔に思いついていた、なんてことは良くある話だよ」

「そのアイディアはどうするんだ?」

「考えるとすれば、二つ」

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