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         ×××


 次代たちは連絡通路を抜けて、ステージ間の移動を終える。ステージ1は完全に消滅し、避難するようにエリア2を訪れた。どこに行っても変わらない無味な景観。すっかり何も感じなくなっていた世界で、二人を待ち受ける者たちがいた。

「……っ!?」

 足を止め、記憶に新しい二人に視線を向ける。

「やはりキミは生き残りましたね、ジダイくん」

 次代と目を合わせた転流桐馬てんりゅうとうまは不気味な笑みを見せた。

 立っているだけで絵になるほど整った顔立ちに、すらりとした長い手足。遠くから見てもシルエットだけで桐馬であることがわかる。

 桐馬は銀色の髪をかき上げ、蒼い瞳で次代を見据える。

「楽しみにしていましたからね、桐馬様」

 隣に並ぶ真城千笠は、桐馬の幸せこそが自身の幸せだと言わんばかりに桐馬の横顔を恍惚と見つめていた。

 美女美男の組み合わせ。他に何もない無色透明な世界であっても、彼らが並んでいるだけで彩りが生まれる。

「転流桐馬。お前とはいずれ戦うことになる予感がしていた」

「僕もですよ。キミもそう思ってくれていたなんて、嬉しいですね。ようやく楽しい戦いができそうです」

「悪いが、お前を楽しませるつもりはない」

「勝利への執着。いいじゃないですか。益々キミとの戦いが楽しみになりました」

「能書きはいい。始めるぞ」

 次代はつんけんとした物言いでコルトガバメントを構えた。

 銃口を向けられたことで桐馬は、愛用するコンバットナイフを右足のホルダーから取り出し、手先でくるくると回す。

「千笠、僕の楽しみの邪魔をしないでね」

「かしこまりました、桐馬様」

 桐馬から命令を受けた千笠は、仰せの通りと頭を下げた。

「ねぇ……」

 急な展開についていけず、未来が話しかけようとしたその時、次代と桐馬の二人は同時に動き出した。伸ばした未来の手は次代の勢いに気圧されて引っ込み、震えるその手をもう片方の手で握る。

〝弱気になってる場合じゃないよね。私だって力にならなきゃ……〟

 次代の援護をしようと未来が前に出ると、千笠がブロックブーツのかかとで音を立てて行く手を遮った。

 千笠は含みのある笑みを未来に見せる。

「ごめんなさいね。あなたの相手は私よ」

 言葉では謝っているものの、未来の妨げをする行動は恣意的なもの。千笠は桐馬より受けた命令を遂行するため、未来の前に立ちはだかった。

「真城、千笠……」

 二人に因縁と呼べるほどのものではない。強いて挙げるのであれば、口喧嘩をした間柄。それは些細なことであったが、今度は負けないと未来の闘志が沸々と沸き起こる。

「覚えていてくれたのね。あなたは、那月未来なつきみらいだったかしら」

「別に、偶然覚えてただけだし」

「あら、素っ気ないのね」

 千笠は未来のつれない態度を見て、残念そうに自身の下唇を指でなぞった。未来にはそれがあざとい仕草に見えて、同性として癇に障る。

「あなた、自分のこと可愛いと思ってるでしょ」

「ええ、そうよ。でも、あなたのそれは褒め言葉じゃないのでしょう? 余裕がない子はいけないわね」

 千笠は厭味に屈しない。むしろ顔をしかめたのは強力なカウンターをもらった未来の方だった。

「絶対泣かせる」

 未来は《式神使役バトルマーチ》を発動させ、式神らを前陣に並びたてた。

「いいわ。あなたのお人形さん遊びに付き合ってあげる」

 千笠がパチンと指を鳴らすと、彼女の【手札ホルダー】が発動する。

 地を這う蔦が千笠を中心に現れ、周囲一帯を覆い、足元を埋めた。

暗緑開花アビスブルーム》。

 環境を問わず植物を発生させ、それらを使用者が自由自在に操ることのできる真城千笠の【手札ホルダー】。

 一瞬にして千笠が有利な環境を作られ、未来は焦燥に駆られる。早期の決着を狙い、式神たちに攻めるよう指示を出した。

「だったらこっちもっ……?」

 未来は呼び出した式神に攻め込むよう指示を出したつもりだった。しかし、式神たちは立ち尽くしているだけで一向に動き出す気配がない。正確には動くことを封じられていた。

「あら、私の【手札ホルダー】は忘れちゃったのかしら?」

「そういえば……」

 残念がる千笠の顔を見て、未来は以前にもしてやられたことを思い出した。またしても式神は蔦に拘束され、動けないでいる。

 蔦が地面を覆い尽くす限り、千笠の攻撃範囲はその一帯に及んでいる。

「今度はお人形さんだけじゃないわよ」

 千笠はそう言って未来の足元を指す。蔓延した蔦が未来の両足に絡みつき、上へと侵食を始めた。

「……まずっ!?」

 未来は慌てて振りほどこうと足を持ち上げようとするものの、蔦の締め付ける力は強く、足の裏が地面から離れることはなかった。

「だったら!」

 自力では振りほどけないと悟ると、未来は新たに式神を数体、空中に呼び出した。すぐさまそれらを一つに集め、剣を模らせる。

 剣を模した式神は握られることなく、宙を舞い、未来と式神を縛るものを切り裂き、風を起こして未来を中心に周囲の蔦を吹き飛ばした。

「これでどう?」

「あら、意外とやるじゃない」

 千笠は勝ち誇る未来を少しも動じることなく称えた。

「余裕ぶってられるのも今だけなんだから」

 反撃の狼煙をあげた未来は右手を振るい、式神たちの軌道を描く。飛び上がった式神は数を増して濁流の如く千笠を襲った。

 空中を走り抜ける式神は速く、見えていたとしても容易に躱せるものではなかった。千笠は回避を諦め、両手をクロスして顔を守る。式神の四肢は鋭く、千笠に多くの切り傷を残した。

「くっ……」

 式神の攻撃をモロに受けた千笠は、がくっと片膝をつく。

「どう、少しは効いたんじゃない?」

 千笠に攻撃が通ったことで未来が息巻くも、千笠はまったく別のことを気にして渋い顔をしていた。

「はぁ……傷は治っても服は直らないのよね」

 式神による攻撃であちこちにダメージを受けてしまった衣服を見て、千笠はため息をつく。

「気にするところ、そこっ!?」

 予想外の反応に未来は驚いた。たった今、式神が千笠に与えたダメージは決して軽くない。場合によっては決着がつくこともあった。にも、関わらず千笠は自分の衣服のことを一番に気にしているのだ。

「当たり前でしょ。私はいつだって桐馬様に可愛く美しい姿を見ていてもらいたいの。あなただってそうじゃないの?」

「……あなたと一緒にしないで!」

 千笠の問いに思い当たる節があるようなないような。一瞬、千笠の桐馬的ポジションに該当する次代のことを考えたが、そんなことはないはずだと自分に言い聞かせた。あくまで次代は共に戦うパートナーだ。

 無理に誤魔化そうとしたことで下手に動揺し、未来の語気が強まっていた。。

「まだまだお子様ね」

「そのお子様に負けそうなことを忘れないでよね」

「あなたこそ、このくらいで勝ったつもりかしら。私の【手札ホルダー】はこれからなのに」

 千笠が右手で長い髪をふぁさっと揺らすと【手札ホルダー】が活気づく。

 地面が隆起し、次々と現れた木々が地上から天を目指す。木々は空高く昇り、未来と千笠の二人をこの世界から隔離させる巨大な森と化した。

「うそ……」

 未来は左右に見回し、見通すことのできない深さに驚く。緑に覆われた世界は薄暗く、底知れぬ闇に背筋がぞくりとした。

「どうかしら、私の【手札ホルダー】の感想は?」

「ははっ……この森すべてがあなたの思い通りにならないことを期待するかな」

「女の勘は鋭いみたいね」

 千笠は木々を這っていた蔦に、未来を襲わせる。

 四方八方から伸びてくる蔦に抗い、未来は腕を振り払う。自分だけでは手が回らないと、式神たちに救援を求めた。

「お願い!」

 応戦する式神だったが、その数に対して千笠が操る蔦の物量で押し負けて次々と捕まり、地面に叩きつけられる。造作もないとばかりに処理される式神に未来は歯噛みした。仮に同じ量を用意できたとしても、初めから用意できている千笠に地の利がある。

「それなら、これでっ!」

 個々の力では敵わないと未来は、式神を複数呼び出して先と同じように剣を模らせた。斬撃が有効であることはすでに確かめている。

「甘いわね。同じ手が通用するわけないじゃない」

 千笠が操る蔦は刀身を振りかぶった隙を狙い、一斉に押し寄せて動き出すよりも早く封じ込めた。剣を模した式神は宙づりにされ、身動きができない。

「え、はやっ!?」

「ここは私の世界よ。常に私の方が一つ先を行くの」

 千笠は不敵な笑みを浮かべると、茫然とした未来の手足を蔦で拘束する。我に返った未来は手足に絡みついた蔦に抵抗しようとするも、巻きつく力が強く、腕を動かすことすらできなかった。

「離してっ!」

「嫌よ。あなた、怖いもの」

 千笠は拘束した未来を宙づりにし、自身の正面まで運ばせる。植物で立派な椅子を生成し、腰を掛けると蔦に吊るされて身動きが取れずにいる未来をじっくりと眺めた。

 未来は全身を蔦で縛り吊るされながらも千笠を力強く睨む。千笠はそれが気に入らず、未来を締め付ける力を強めた。

「くぅっ……!!」

 急激に縛る力が強まり、蔦が全身に食い込む。未来は痛みに堪え切れず声を漏らした。

「これで大人しくなったかしら。それにしてもあなた、良い表情するじゃない。女の子に興味はないけれど、その気になっちゃう」

「あなたの趣味に付き合うつもりはっ……んっ!?」

 強気に言い返そうとする未来に、千笠は締め付ける力を強めて黙らせる。

「あんまりうるさくすると腕がとれちゃうかも」

 千笠は不安を煽り、従順であることを要求した。

 未来は痛みに屈して抵抗することを諦めたが、睨むことはやめなかった。少し痛めつけたところで早々に諦めるような相手ではないことを、未来のこれまでの態度から察することができる。故に千笠はそれ以上を要求しない。

「それでいいわ。いきなり心を入れ替えられても気持ち悪いから」

 腰を上げた千笠は、身動きが取れない未来に人差し指で触れると顎から顔のラインをなぞり、細い髪束を揺らした。

 淡いクリーム色の髪。毛先に触れ、艶のある髪を遊ばせた。

「さて、どうしたものかしらね」

 触らないで、と目で訴える未来を無視して、千笠はわざとらしく悩んで見せる。

「これなんてどう? 犬のようにワンって鳴いてくれないかしら」

「誰がっ!」

「あなたに拒否権はないのよ」

「くぅっ……」

 たまらず言い返そうとする未来に、千笠は縛る力を強めて言葉を奪う。未来は与えられる痛みに耐え、縛る力が弱められると力が抜けて項垂れた。

 千笠は顔を伏せた未来の顎を無理やりあげ、冷たい視線を浴びせる。

「ワンっていうのよ。ほら、言ってみなさい」

「……だ」

「聞こえないわ? 私に聞こえるようにもう一度言ってごらんなさい」

「いやだって言ったの!」

 未来は真っすぐな双眸を向けて力強く言い放った。その迫力に千笠は思わず半歩後退させられる。

 決して屈しない未来に、千笠は苛立ちを募らせる。

「……いいわ。少しくらい楽しめると思ったけど、すぐ終わらせてあげる」

 千笠の機嫌が変わり、勿体ぶらず一思いに未来を殺してしまうことに決める。

 未来を絞め殺してしまおうとしたその時、頭上より式神の雨が降り出した。

「なに!?」

 降り出した式神が瞬く間に未来を縛る蔦を切り落とし、未来は自由を取り戻す。両足を地につけると、衣服についた蔦の残骸を手で払った。

「あなた、視野が狭いのね」

 未来はそう言って、捕らえていた式神が消えてものけの殻になり、垂れ下がっている蔦を指さした。

「合体ができるんだから、分離くらいできて当然でしょ。式神を縛って動きを止めたくらいで勝ったつもりなんて甘すぎ」

 未来は千笠に好き放題言われた分をここぞとばかりに言い返した。してやられた千笠は表情を険しくするも、まだ勝負はついていないと気を強く持つ。

「なによ。あなたこそ、これくらいで粋がらないでもらえる。ここは私の世界よ」

「ふーん。じゃあ、これを見ても同じことが言える?」

 すでに未来は勝ちを確信した口ぶりだった。瞬間、森の天蓋が崩れ、隕石を模した巨大な式神が二人の頭上に落ちてくる。

 千笠は頭上を見上げ、落ちてくる式神に驚きを隠すことができない。

「いつの間にこんなのものを」

「あなたが森を作ったその時から。このサイズは試したことなかったから、結構時間かかっちゃったけど」

「そんなに前から!?」

 落下してくる巨大な式神に、千笠の呼吸が乱れる。蔦を総動員させたとしても押し返すことのできない規模だった。

〝こんなの私の【手札ホルダー】じゃどうにもできない〟

「はぁ……はぁ……、でもあなただってタダじゃすまないわよ」

「だから?」

「……っ!?」

 千笠には未来が冗談を言っているようには見えなかった。みちずれ上等と平然としている未来に、千笠は震え上がった。

「これでおしまい!!」

 未来が告げると式神は加速し、落ちてくる……はずだった。

 死の恐怖に追いやられた千笠はショックで気を失って崩れる。その直後に式神は地に落ちることなく姿を消した。

 千笠が気絶したことで、《暗緑開花アビスブルーム》が解除され、生い茂る緑が消える。残ったのは、目を開けたまま尻もちをついて気絶した千笠と、それを見て気まずそうに笑う未来だった。

 勿論、未来にみちずれする覚悟はなく、ハッタリをかましていただけだ。とことん我慢比べするつもりだったのだが、思っていたよりも早く千笠が根負けしてくれて助かった。

「ふぅ~、どうしようかと思った」

 千笠を無力化したことで、未来は真っ先に次代を気にかける。次代の姿を探し、あちこち見回す。幸いにも未来はすぐに二人の姿を捉えた。しかし、すでに戦いは佳境を迎えていた。

「え……?」

 立ち尽くす次代に、コンバットナイフを手にした桐馬が斬りかかっていた。

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