3-4
×××
次代が繰り出した裏拳を桐馬は右腕を盾にして受け止める。
攻撃が防がれたとしても、次代は押し切ろうと更に踏み込み、鍔ぜり合うように桐馬と顔を見合わせる。眼前で桐馬が口角を上げた。
「近接戦を仕掛けてくるとは意外でした。銃は使わないんですか?」
桐馬は次代に問いかける。銃をメインに扱う戦いを見た桐馬からすれば、次代が銃を使わないのは意外だったからだ。
武器庫が消滅し、使える銃弾に限りが生まれた。そのことを桐馬に教える義理はない。次代は何も悟らせまいと表情を変えることなく淡々と返す。
「答えると思うか?」
「なるほど。どうやら訳アリのようですね」
桐馬は何かしらを察しながらも、それ以上深堀をしようとしなかった。桐馬は自身が有利に働く展開を望んでいない。次代との戦いに求めるのは、心ゆくまで楽しめる死闘。勝利は二の次だ。答えを知ることはこの戦いに水を差すことになる。
「ですが、手加減はしませんよ」
桐馬は次代から見て死角になっていた左手でコンバットナイフを握り、鋭い一突きを放つ。すぐに桐馬のカウンターに気づくも、後退して躱せるだけの時間はなく、突き出される左腕の上を転がるように体を翻した。
「今のを躱しますか……」
攻撃を避けられ、裏を取られた桐馬は反撃を貰わないために勢いを殺さず前に出る。
「逃がすかよ」
〝残りの弾数は少ないが、温存できる相手じゃない〟
次代は《
「なにっ……?」
動揺こそするも、すぐに気を取り直して銃撃した。次代が見せた一瞬の隙を桐馬は見逃さず、横に跳ねることで銃弾を躱す。その最中に次代が拳銃を構える手へコンバットナイフを投擲する。
「くそっ」
身を守るためにコルトガバメントを盾にすると、次代の手から弾かれた。
〝今のは?〟
銃撃する瞬間、次代の目には桐馬がぶれて見えた。自身の調子が悪いのか、それとも外的要因なのか、と訝しむ
瞼越しに目を揉み、桐馬を刮目する。
「どうかしましたか?」
「なっ!?」
次代は目の前に立つ桐馬に目を瞠らせた。ぶれて見えるどころか、今度は桐馬が二人いるように見えている。
「もしかして僕が二人いるように見えていますか?」
「それがお前の【
「察しがいいですね」
説明できない超常現象。それを可能にするのは【
アナザースペースでの戦いを重ねてきた次代が今更驚くことはなかった。
「それではどちらが本物か、キミにわかりますか」
二人の桐馬は鏡合わせのような動きをして次代を煽る。
次代は黙々と二人の桐馬を見比べるも、真偽を見極める材料はなかった。
「試してみればわかることだ」
コンバットナイフに弾き飛ばされたコルトガバメントを、《
銃弾は桐馬をすり抜け、彼方に消える。
「残念、ハズレです」
撃たれた桐馬は陽炎のように揺らめき、消えてなくなる。ハズレこそ引いたものの、偽物は消えて、狙いを定める的は一つになった。
「次は数を増やしましょう」
桐馬がぱちんと指を鳴らすと瞬く間に影を増やし、十人の桐馬が次代を囲んだ。
《
対象に実在しないもの、幻影を見せる能力。それが転流桐馬の【
あっという間に桐馬の幻影に囲まれた次代は、最小限の動きで桐馬を動きを把握する。すぐに攻め込もうとする様子は窺えなかった。
「本物を当てるクイズでもやろうってか」
「クイズですか。それはいいですね。では、本物を当ててみてください」
次代の問いに返事をした桐馬は一人。すべてが同じ動きをするわけではないようだ。
〝喋ってるあいつが本物か?〟
「言っておきますが、喋っているように見える僕が本物とは限りませんよ」
次代が最初に喋った桐馬を疑い、注意していると今度は別の桐馬が忠告する。
二人の桐馬が繋いだ言葉にラグはなく、その間に入れ替わっているようにも見えない。推測が外れるどころか、心まで見透かされている。
「信じられませんか? それならこれでどうでしょう」
一人の桐馬が話しながら無防備なまま次代に向かって歩く。
次代は咄嗟に身構え、奇襲を警戒するが、近づいてきた桐馬は霊体のように次代をすり抜け、蒸発する。
「わかってもらえましたか。それでは、本物の僕を当てるクイズと行きましょうか」
前に出た桐馬がコンバットナイフを手に持つと、手先で軽やかに回して遊ばせ、逆手に構えて次代に飛び掛かった。
刃先を突き立てて飛び込んでくる桐馬に、次代はトリガーを引く。桐馬は避ける素振りも見せず、銃弾に貫かれると幻影はふわりと消えた。
幻影は実体にあるものに触れると消えるようだった。
「次は同時に行きますよ」
今度は双方から二人の桐馬が仕掛けた。人間らしさを感じさせない幽霊のような足取りに、耳を澄ましても足音はしない。
「偽物だ」
次代は迫る二人の桐馬が偽物と判断し、銃を下した。
二人が到達するより早く銃弾を撃ち込むのは難しいことではない。しかし、今の次代には明確に残数がある。これ以上、幻影にくれてやる銃弾は残っていない。
案の定、二人は幻影で次代に触れることができずに消えてしまう。
「正解です。また数を増やしますよ」
桐馬は一人ずつ数を増やしていく。三方向からの攻撃が仕掛けられる。
次代は先と同じように耳を澄まし、足音の有無を確かめた。またしても足音は聞こえなかった。
控えている桐馬の数は三人。順当に進めば、次の三人に本物が紛れている可能性が高い。
幻影の桐馬は動きが単調であり、変化がない。見慣れてくると幻影としか思えなくなっていた。次代は迫ってくる桐馬たちを相手にせず、次の三人に潜む本物を見極める策を考えていた。
接近を許された桐馬が一人、不気味に笑う。
「――本物は僕ですよ」
「まじかっ!」
次代はコンバットナイフで斬りつけようとする桐馬の腕に自身の腕を重ね、刃を遠ざける。ぶつかり生まれる衝撃。間違いなく眼前の桐馬は本物だった。
反応が遅れて咄嗟に防いだ次代の隙を突くように、桐馬は次代の腕を掴むと背負い投げで地面に叩きつける。背中から打ち付けられた次代は痛みに悶え苦しみながらも、追撃を避けるために桐馬から離れた。
その気になれば追撃できた桐馬だったが、あえて次代を見逃す。ここで終わらせてしまっては面白くないからだ。
「次は趣向を変えましょうか」
桐馬はそういうと次代に向かう。迫る殺気は夥しく、とても幻影とは思えない。次代は立ち上がりざまに構えるも、桐馬は接触する直前に溶けて白い霧が広がった。
「……っ!?」
直後、霧に触れた左腕が切りつけられた。傷は浅く、ナイフの先端で軽く傷つけられただけだ。
〝近くにいる?〟
次代は周囲をあちこち見回すも桐馬の姿は見つからない。
「どこだ!?」
肉眼で桐馬を見つけることはできない。それどころか、白い霧は一層深くなっていき、次代の視界を奪う。広がった霧のせいで辺りを見通すことができないどころか、桐馬がゼロ距離にいてもわからない。
それでも次代は拳銃を構え、奇襲に備える。
一瞬たりとも気を抜かない次代に対して、桐馬は動きを見せず、静寂な時間が続いた。
目を閉じ、呼吸を止める。聴覚を研ぎ澄まし、自分の音を最小限に抑える。桐馬に繋がる手がかりを探した。
「見つかりそうですか?」
不意に聞こえた桐馬の声は、耳元で囁かれたと感じるほどに近かった。
たまらず振り返るも桐馬の気配は感じられない。
「その様子だと進捗はなさそうですね。なら、少しだけヒントを上げましょう。すぐに死なないでくださいよ」
話しかけてくる桐馬の気配をわずかに感じ取るも、話し終えると同時に消えてしまう。
〝ヒント? それに死ぬなって……〟
桐馬が残した言葉の意味を考える。刹那、次代の肌が強烈にひりついた。それは迫る危機を回避しろ、という次代の第六感が告げる警鐘だ。
「……っ!?」
遅れて、桐馬のコンバットナイフが左肩を切りつける。次代はたまらず傷口を右手で押さえ、顔をしかめた。
〝これがヒントかよ。やってくれるじゃねえか〟
傷口はどくどくと熱を帯びている。
攻撃を受けた箇所、角度、深さから位置を割り出せと言っているようだった。カウンターを狙おうにも、攻撃を受けたその時には一瞬感じた桐馬の気配は消え、追いかけることができない。
「ぼうっとしないでくださいね」
考え込む次代の四肢を桐馬のナイフが切り裂く。一挙に攻撃を受けた次代は桐馬を捉えようと血眼になって探すも、深い霧のせいで何も見えない。
「くそっ!」
次代は悪足掻きに、込められていた弾丸をすべて使い、桐馬の逃走ルートを予測して銃弾をまき散らすも当たった感覚は得られなかった。
空になった弾倉を吐き出させて、ポケットに忍ばせていたスペアの弾倉を付け替える。
段階を踏むように切り口が深くなっている。暗に桐馬がタイムリミットを伝えているのだろう。
〝どうすれば……〟
一方的に攻められる展開に次代は焦燥に駆られ、すぐにでも状況をひっくり返せる術を求めた。
〝あいつの攻撃にまるで反応できない。攻撃の瞬間には近づかれているはずだ。その後に距離を取ろうとするあいつの気配が感じられない。どうなってる?〟
「……いや、まさか」
次代は自分が考える桐馬の動きと起きている事象にズレがあると感じる。
桐馬が攻撃を仕掛けてくる瞬間、次代はそれに反応することができない。それは桐馬が気配を殺せば、難しくないことだ。次代の反撃を避けるためには、攻撃を当てた後に素早く退くのが正しい。しかし、そこで急げば音が立ち、気配が生まれる。そうなれば視界を奪われている状況下でも、ある程度の位置を予測できる。
それでも桐馬が気配を感じさせないのは、逃げずに気配を殺すことに徹しているからだ。一方的に次代のことが見えているのなら、近くにいても弾道に入らないのは簡単だ。だとすれば、銃弾が当たらないのも不思議ではない。
〝攻撃の直後なら、あいつは必ず俺の手が届くところにいる。でも、あいつの気配はすぐに消える。どうする?〟
「何か掴んだようですね。ヒントが役に立ったようで何よりです」
桐馬は次代の変化を見逃さない。次代と違って、桐馬には常に相手が丸見えならば、それも仕方がなかった。
「余裕だな、転流桐馬。お前ならすぐにでも俺を倒せるはずだ。それなのにヒントまで与えて、何を企んでいる」
「企むですか。僕はキミとの戦いを楽しみたいだけですよ。一方的に痛めつけてしまっては面白くないですからね。キミが食らいついてくれるというのなら、いくらでも助言しましょう」
桐馬は次代のことをコケにしてるわけではない。それどころか、次代に期待している。自分に届きうる存在になることを。
「まるで倒してほしいみたいな言い方だな」
「まさか、最後に勝つのは僕ですよ」
「それは残念だ」
「生き返りたいですか?」
「いや。勝たせたい奴がいるだけだ」
次代は《
〝反撃の糸口は攻撃を貰った直後にある。たとえ受けた攻撃が致命傷になったとしても、逃がさなければあいつを倒せる〟
次代は握るコンバットナイフの感覚を確かめながら、瞳を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。見えているものが虚構なら、視覚はいらない。すべては邪念。カウンターを決めることだけに意識を集中させる。
「見せてください。キミの力を」
桐馬の声に続き、右腕が切りつけられる。痛む傷に握っていたナイフが次代の手から零れ落ちる。みちずれ覚悟で反撃を狙う次代の狙いを読み、桐馬は意地悪く右腕を狙った。
「俺がお前でもそうするよ」
唇を噛み、右腕の痛みを上書きした次代は微笑した。
コンバットナイフが地面に落ちる寸前に姿を消し、次代の左手に現れる。傷口から読み取れる情報から、桐馬の位置を予測する。次代は目を開き、見据えた先にナイフを握る手を突き出した。
〝見えていなくても、あいつはそこにいる!〟
「キミに僕の考えがわかるように、僕もまたキミのことを考えていますよ。残念ながら、これで幕引きです」
「なっ……!?」
霧の中、桐馬が姿を見せる。
ナイフを向けた先に、桐馬はいた。しかし、桐馬はすべてわかっていると容易く次代の攻撃を躱す。次の瞬間、桐馬が懐に潜り込む姿を見て、次代は敗北を悟った。
〝刺し違える覚悟でも、届かないのかよ……〟
桐馬が握るコンバットナイフが届くまで残された時間にやれることはない。次代は終わる瞬間を待った。
「ジダイっ!!」
次代の名前を呼ぶ声がする。眼前の桐馬を忘れ、その声に気を取られた瞬間、次代の視界に大量の式神が流れ込んできた。
式神たちは桐馬の前から次代を攫い、遠ざかっていく。
「逃げられてしまいましたか」
桐馬は次代を攫った式神を目で追うだけで、何もしない。
〝あれは彼女の【
那月未来の介入から、桐馬は千笠の敗北を察する。あたりを見回すと、桐馬の予想とは裏腹に気絶した千笠の姿を見つけた。
「おや」
桐馬は千笠のそばにより、声をかけて肩を触れる。
「千笠、起きてください」
「……はっ!! 桐馬様、私は?」
「無事のようですね。彼女には負けてしまったようですが」
「も、申し訳ございません。このようなことは二度と……」
「気にしていませんよ。千笠が無事で何よりです」
「そんな……勿体ないお言葉、ありがとうございます」
〝生き永らえた命。それに意味があるのだとすれば、まだ彼には期待していいのかもしれませんね〟
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます