3-1 幻影舞踏

 未来は黒い空を見上げた。

 海神が自ら命を絶つことで、戦いは幕を閉じた。

 広大な空に海神だったものが粒子となり昇っていく。粒子の輝きは薄れていき、やがて見失う。

 消えていく海神は別人のようにスッキリとした表情で安らかに目を閉じていた。

 未来は、海神もまた自分と同じ苦しみを抱えていたのではないか。それどころか、戦うことで人を殺す業を一人で背負おうとしていたのではないか、と感じた。

 この戦いで勝ち残るということは、誰かを殺すということだ。それは未来にとって望まない結末。それでも、生き返るという願いを叶えるためには、その道を進むしかない。

 故に海神は生き返ることを望む未来にあとを託し、自ら命を絶った。それが海神の重荷を背負わせるという言葉の意味だ。

 海神は未来なら乗り越えられると信じたのだ。犠牲の上に成り立つ未来自身の存在を。

「良い人だったみたいだな」

「うん。初めて見た時はそんなこと全然思わなかったけど」

 声をかけられて振り向くと、寂しげな顔をした次代と目が合った。

「どうしたの? そんな顔して。私たち、勝ったんだよ?」

 未来は次代を気遣い、明るい表情を作る。多少の無理をしていたが、次代に気づかれない自信があった。

「無理するな」

「あれ、わかった?」

 次代に偽った表情をあっさりと看破され、未来はおどけて見せる。嘘に嘘を重ねたところで次代を騙すことはできない。

「わかるよ。短い付き合いだけだどな」

「そっか」

 次代に諭され、未来は涙ぐむ。弱い姿を見られたくはなかった。パートナーだから、余計な心配をかけたくなかった。それでも、込み上げてくる涙を抑えられなかった。

「ごめん、少し胸借りていい?」

「え、ああ……」

 突然の申し出に戸惑いながらも頷くと、次代の左胸に未来は額を当てた。

 吐息が少し荒い。未来は決壊すれば声を上げて泣き出してしまいそうな、一つ手前で必死に耐えていた。

 次代は未来を見ず、遠くを見ていた。それでも鼻をすする音、ひくりと鳴らす喉の音は聞こえてしまう。こればかりは聞こえていないフリをするのは難しい。

 不意に未来が次代に話しかけた。

「ねぇジダイ、迷って苦しんだ先には何があるのかな」

「それがわかるなら迷う意味も苦しむ必要もないだろ」

「そうだよね」

 会話はそれで途切れる。

 次代はぼぉっと空を眺めて、時間を忘れた。

「ありがとね」

 未来は次代から離れると目じりを擦り、強引に涙を拭う。少しだったが赤くなっていた。未来の笑顔はまだぎこちなかったが、むしろ繕っていない分、先よりも可愛く、女の子らしく映った。


          ×××


 次代と未来の二人は、改めて武器庫の探索を続けていた。

 エグザルフに嵌められたとは言え、武器庫が敵と遭遇しやすいポイントであることに違いはない。時折、細心の注意で辺りを見回していた。

〝誰かにつけられてる?〟

 次代が眉をひそめる。姿は見えないが、何者かに見られている感覚があった。

 足を止め、振り返ってみるもやはり人影は見当たらない。あたりはパレットラックが並び、死角に満ちている。身を隠すのは容易なことだ。

 勘違いであればそれで構わない。しかし、つけられていると思われる状況で呑気に過ごしていられないのも事実だ。

「ねぇ、ジダイ……」

「ああ。わかってる」

 未来の訝しむ表情。次代と考えていることは同じだった。ここまでくると勘違いというわけではなさそうだ。かと言って、早急に打てる手があるわけでもない。

「いっそ色仕掛けでもするか」

 次代は未来を見て提案する。未来は次代から見ても十分魅力的な女の子だ。そんな女の子が色仕掛けをしてくれば、馬鹿な男なら出てきてくれるかもしれない。

 もちろん、次代にとってその言葉は冗談のつもりだった。

「しないよ!?」

 予想外な次代の発言に未来は慌てふためく。声も荒げていた。提案する次代の表情は真顔そのものであり、冗談とは受け止められない。

「しないのっ!?」

 すると知らない声がどこからか聞こえてきた。何やらとてもガッカリしているようだった。動揺は声でなく、動きにも表れる。

 次代はパレットラックの裏に隠れていた男が立てた物音を聞き逃さなかった。

 拳銃を呼び出すと同時に発砲する。銃弾はパレットラックに遮られ、人影を撃ち抜くことはなかった。

「ちょまちょまちょまっ!!」

 銃声にビビったのか、塚本廻つかもとめぐるは両手を上げて現れた。

 上下共に黒いシャツとスラックスは、その細身を強調する。髪には赤いメッシュが入っており、顔は垢抜けながら、怖いもの知らずな雰囲気を漂わせていた。

「急に撃つなんて危ないだろ!」

 廻は次代に訴える。鋭い八重歯が特徴的だった。

「黙ってろ変態」

 次代はそう吐き捨てるように言うと、廻に向けて銃撃した。

 一片の狂いもない射撃は廻の額を正確に撃ち抜き、廻は遺言を残すことなくばたりと仰向けに倒れる。

「撃っちゃった……」

 かつてないテンポ感に未来は唖然とする。戦いに味気を求めているわけではなかったが、本当にこれでいいのだろうかと苦笑いする。しかし、未来はすぐに違和感を覚えた。それは次代も同じであり、倒れた廻を視線を逸らさずにいた。

 違和感の正体。それは塚本廻が倒れているということだ。

「え……?」

 戦いに敗れた者は体を失い、粒子となり空に消えていく。それはこれまでの戦いで二人が参加者の最後を見てきたからこそ周知のことだった。

「あいつはまだ生きてるみたいだな」

 次代は言い切った。

 すると堪えていた笑いが抑えきれなくなったのか、「クックックッ」と如何にもな笑い声が廻から聞こえてくる。

 廻は直前に撃たれたとは思わせない軽やかな動きで立ち上がった。

「ふーん、わかるんだ。すごいねぇ」

 廻は片手で顔を覆い、天を仰ぐ。銃弾で頭を撃ち抜かれていながら、平然としている廻に未来は唖然とした。

「なんで生きてるの?」

「おそらく【手札ホルダー】だろうな」

 次代はそれほど驚いている様子ではなかった。

 撃ち抜いた廻の額はすでに傷が塞がっている。種も仕掛けもわからない。それは【手札】以外に説明する手立てはなかった。

〝弾いたようには見えなかったけどな〟

 岩倉鉄旋のような鋼鉄の肉体を疑うが、類似するところは見られなかった。廻の【手札ホルダー】が如何様な能力であるか、すぐには判断できない。

「圭、出てきてくれ」

「わかった」

 廻がその名を呼ぶと、両手で巨大なブラスターを抱える男が現れた。

 一色圭いっしきけい

 黒縁眼鏡をかけた青年。圭は性格、見た目共に大人しい。何より目立つのは圭の背丈以上の長さのブラスターだった。重厚感のあるブラスターはメタリックなボディを持ち、シルバー色の銃身の先に、巨大なレーザーを放てる広い銃口が設計されている。

「たく、武器を調達しに来た奴らを後ろから襲って、楽に倒してやろうと思ってたのによ~」

 廻は自身の作戦をつらつらと語り出した。正直に話されると別の策を裏で練っているのではないかと疑ってしまう。

「廻が馬鹿なせいだろ」

「いやっ、だってよ、あんな可愛い女の子が色仕掛けするなら期待すんだろ!」

「僕はしないよ」

「嘘つけ!」

 圭のダウナー系の喋り方に廻がデカい声でツッコミを入れる。タイプは違う二人だが、会話のテンポから相性の良さが伺えた。

「まぁ、圭の【手札ホルダー】があれば、回りくどいことする必要ないんだけどな。圭、見せてやれよ」

「廻、作戦通り頼むぞ」

「あったりまえよ。一発ぶちかましてくれよ、相棒!!」

 圭はブラスターを次代たちに向けて構える。

 激しい充填音に大気が揺れた。発生したエネルギーがブラスターの銃口部に集まり、淡い桃色の光が大きくなっていく。

 海神が操るビットが照射していた閃光とは桁違いの一撃が来る。

 次代は一目で判断し、銃撃を阻止するために素早く拳銃を呼び出し、圭に向けて発砲した。狙いに狂いはなく、放たれた銃弾は圭の額を撃ち抜くはずだった。しかし、廻が身を挺して圭を守り、代わりに被弾する。

 廻は銃弾の衝撃によろけるも、今度は踏ん張りをきかせて圭を守る壁として立ち塞がった。

〝くそ、邪魔だな〟

 正確無比な射撃の腕を持つ次代であっても、廻に肉壁となられてしまっては圭に手出しすることができない。

「廻、いけるぞ」

「おっけい!」

 圭の合図を受けて、廻はヘッドスライディングで地面を滑る。

 廻に隠れ、一時的に姿が隠れていた圭の姿が露わになった。

 ブラスターの銃口に溜められたエネルギーは最大を迎え、放たれるのを待つだけだった。

 色鮮やかな輝きに目を奪われる。

「未来、伏せろ!」

「ちょっ、ジダイ!?」

 次代は声をかけると同時に未来に向かって飛び込む。強引に未来を押し倒した直後、圭のブラスターから桃色の輝きが射出され、次代たちの頭上を通過する。

 レーザーは武器庫のパレットラックを次々と破壊していった。発射された後に長い持続時間があり、その間、ブラスターの持ち主である圭はレーザーの照射先を動かすことができた。しかし、その絶大な威力に、使用者にも負荷をかける。自由自在にブラスターを操ることはできず、左右どちらか一方に時間をかけてスライドさせるのが精いっぱいのようだった。

「噓でしょ……」

 放たれた一撃に未来は絶句する。

 圭が繰り出した攻撃による被害は甚大であり、レーザーが通り過ぎたあとに立っているものはなく、見上げるほどの高さだったパレットラックはすべて薙ぎ倒されていた。

 咄嗟に次代が未来を押し倒していなければ、今頃レーザーの巻き込まれて跡形もなく吹き飛んでいたかもしれない。

「……っ!?」

 次代たちのすぐそばのパレットラックも同じくレーザーに巻き込まれ、倒壊を始め、瓦礫が一斉に崩れ落ちる。

 未来は《式神使役バトルマーチ》で式神を作り出す。二人の頭上に式神の天蓋を構え、二次被害に備えた。

 天蓋を滑り、瓦礫が地面に落ちる。

 煙が立ち込める中、二人は立ち上がった。その姿を見て、廻は声を大にして笑った。

「どうだ、圭の《絶命砲撃アブソリュートバースト》の威力は? 諦めて降参してもいいんだぜ?」

「するわけないでしょ!」

 廻の煽りに未来が噛みつく。

「廻、次は外さない」

「だそうだ。てめえらに次はねえよ!」

 圭は再びブラスターの充填を始めた。《絶命砲撃》を次に放たれれば一巻の終わりだ。どうにかして発射を阻止しなければならない。わかっていても、廻が身を挺して圭を守る。廻は銃弾をいくら浴びても死ぬことはない。

 シンプルかつ強力な連携だ。

 次代は圭を狙い、発砲するもすぐに廻が射線上に入り、代わって銃弾を受け止める。銃弾を食らうことに慣れてきた廻は、ほんの少しよろけるだけですぐ正面に向き直る。

「《奇跡双命デュアルライフ、それが俺の【手札ホルダー】だ。お前がどれだけ俺を撃とうと殺すことは不可能なんだよ! 脳と心臓、この二つを同時に破壊しない限り、俺を殺すことはできない。圭の《絶命砲撃アブソリュートバーストは充填までに多少時間はかかるが、俺がその時間を稼ぐのは簡単だ。俺たちに目をつけられた時点でお前らの負けは決まってんだよ!!」

「え……?」

 つい気持ちよくなった廻は自らの手の内を語り、それを受けて未来が茫然とする。

「廻何言ってるの?」

 それはパートナーである圭も驚くことであり、廻の発言に目を丸くした。

「そうか……」

 次代は少し呆れた様子で、二挺目を呼び出し、言った通りに廻の脳と心臓を同時に撃つ。

 廻は脳と心臓を同時に撃たれたことにかつてない衝撃を受けたと目を見開き、粒子となって体を消滅させた。

〝少しくらい嘘つけよ〟

 終始本当のことしか言っていなかった廻に次代は内心ツッコんだ。

「廻がやられた……。でも、エネルギーは溜まってる。こいつでお前らもおしまい。廻、仇は取るから」

 圭は廻の死を悼みながら、充填を終えたブラスターを次代ら二人に向け、トリガーを引く。エネルギーを放出するまで残された時間はわずか。圭は自身の勝利を確信していた。

「ん?」

 究極の一撃が放たれるまでのわずか数秒に、圭は申し訳なさそうに銃口を指さす未来に気づいた。

 圭の視線が自然とブラスターの銃口に向けられる。大勢の式神が群がり、次々と侵入を繰り返し、銃口はぎゅうぎゅう詰めなってに塞がれていた。

「ちょっ、ちょっと待って……」

 すでにトリガーは引かれ、今更止めることはできない。エネルギーを放射することができず、銃身で暴発した。

「うっ、嘘だぁ!!」

 しっかりと立っていなければ吹き飛ばされてしまうほどの爆風が次代たちに押し寄せる。爆風には爆発に飲み込まれた一色圭の声が微かに乗っていた。爆発によって武器庫の一角は跡形もなく吹き飛び、小さなクレーターができていた。

「……なんだったんだ」

「不思議な人たちだったね」

 未来は乾いた笑いながらコメントする。

 これまで戦ってきた相手とは根本的に違う何かを感じた。

〝あいつが馬鹿正直に話さなかったら、俺たちは負けていたかもしれないんだけどな〟

 廻と圭の【手札ホルダー】はどちらも強力であり、相性もよかった。

 更には次代の【手札】は火力に乏しく、押し切ることを苦手としている。攻略に時間をかけている間に、圭の有無を言わさぬ高火力の《絶命砲撃アブソリュートバースト》に押し切られていた可能性は低くなかった。

〝これで本当によかったのか?〟

 次代はこれまで経験したことがなかった戦いに困惑した。

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