2-6

 転流桐馬てんりゅうとうまに戦うことの楽しさは、いずれわかると言われたことを憶えている。

 その時、次代は心からその言葉を否定した。自分が戦いを、殺し合いを楽しめるはずがないとそう思ったからだ。しかし今は昂る心を抑えることができない。認めるしかなかった。

 次代は接近戦闘を仕掛けるべく、自ら出雲との距離を詰める。

〝未来が聞こえる奴に俺から仕掛ければ、カウンターを狙われるのは目に見えている。それでも『未来』なんて俺の気持ち一つで変えられる〟

 次代は常に思考を続け、自分の中の最善手を更新し続けた。

 数秒前に導き出した結論は、出雲によって覆される。次代が右に重心を載せれば、その音を聞き分けた出雲が咎める。わかっていても、すぐさま左に切り返す術を持たない。

 インファイトをチラつかせたことで出雲はカウンターを狙い、守備気味の姿勢を取った。ここで次代が押し切ろうとすれば、守り切られてカウンターの一太刀を浴びせられる。出雲の力を認めているからこそ、その未来が容易に想像できた。

 次代は《幻想魔手イマジナリーポケット》が授けたコルトガバメントを握り、ウサギのように跳ねるステップを踏む。

 翻弄しようとする次代の試みに、出雲は動じず隙を晒すことはしない。

〝無駄な銃撃は必要ないか〟

 どんなに乱射しても、すべてを聞き分ける聴力と狂わない剣技を備える出雲には通用しない。放つべきは、防ぐ時間を与えない超至近距離からの一発。次代が目指しているこの戦いの終着点はそこにある。

「……っ!?」

 出雲が防御に徹している間に畳みかけようとした瞬間、次代の直感が後ろに下がれと訴えた。

 虚空を斬り裂いた光の一閃。振り抜かれた光剣は、残心を終えたのちに下げられる。間一髪で光子の一振りを躱した次代の脳裏に、腹を斬られたイメージがよぎった。

「訊ねてもよいだろうか?」

 出雲は納得いかない様子で次代に問いかけた。

「なんだよ」

「今、何故お主は下がった。気迫、動き、音のすべてが前を向いていた。違うか?」

 出雲が聞いた未来。そこでは確かに戦いを終わらせようと決定打を狙う次代の姿があった。

 故に出雲は受け切ってから返すカウンターではなく、次代よりも早く手を打った。

「ああ、確かに俺は至近距離からお前を撃つつもりだった」

「拙僧にも同じ未来が聞こえた。しかし、未来は異なる道を示した。その訳を拙僧は知りたい」

 頭を悩ませる出雲に、次代は顔をしかめる。出雲の言葉が理解できなかったからだ。

「何言ってんだ? お前には全部聞こえてるのかもしれないが、俺にだってある程度聞こえてるし、見えてる」

 次代の回答に出雲は一瞬硬直し、声を荒げて笑った。

「はっはっは、大した理屈だ。お主の生前の活躍が気になるものよ」

「あ? 生憎だが、俺には生きていた時の記憶がない」

「記憶がない? 道理で、お主から欲が感じられないわけだ」

 出雲の言う通り、生きていた頃の記憶がない次代には現世に対する未練がなかった。それは生き返りたいという欲望を欠如させるには十分な理由だ。しかし、出雲との戦いの中で、次代にも欲と呼べる感情が芽生えていた。

「そうでもないさ。今はお前に勝ちたい」

 戦うことに前向きでなかった自分を嘲るように答えた。

 生死をかけた殺し合いではなく、出雲との純粋な勝ち負けだけを競う戦いに昂る気持ちを誤魔化すことはできない。

 次代は銃口を出雲に向け、戦う意思を示す。

 それを受けて、出雲もまた光子の剣を構えた。

 強く握った銃把が溶けて手と混じり合うように馴染む。指を載せたトリガーの力加減は絶妙で、わずかなラグさえ生まないほどに軽く、暴発させない重みがある。最高のコンディションだった。

 次代は予感する。この戦いの終わりがすぐそこまで近づいていることを。

「この戦い、終わらせたくないものだな」

「そういうわけにもいかない。お前はここで倒す」

 次代と出雲は同時に前に出る。

 地を蹴り、まっすぐに飛び込んだ二人は衝突寸前まで足を止めない。次代が銃弾に反応できない距離まで出雲を引き付けようとすれば、同時に出雲の間合いに飛び込むことになる。

 それは承知の上だ。

 出雲は迎え撃つように《煌々白刃ブライトエッジ》を突き出した。鋭い一突きは次代の胸を穿とうと、空気を斬り裂き激しい音を鳴らす。次代は胸元を掠られながらも、体を逸らして出雲の一突きを躱した。

 致命傷をギリギリのところで避けた次代は、自分の勢いを殺すことなく、出雲と交差する。刹那に切り返すと出雲も同じく正面を見せていた。

 再び動き出すまでのタイムラグはなく、二人はまたしても同時に前へ出ていた。

 コルトガバメントを構えた次代は、出雲の光子の剣が届かない位置から銃撃する。出雲は周囲に光の一閃を走らせ、目にも止まらぬ速さで銃弾を殺す。

「そうこないとな」

 次代は出雲の異常さを改めて笑う。

 やはり銃撃は通用しない。至近距離からでなければ、出雲には有効打を当てられない。それを再認識させられた次代は、更に深く踏み込む。

 アクセル全開。加速した次代は出雲との距離を一気に減らした。

 当然、出雲はそれを迎え撃つ。未来を聞く耳は、次代の動きを捉え、自然と刀身は行く手を阻むように振るわれた。

 迸る光子の輝きに臆さない。放たれた一閃をスライディングで躱し、出雲の懐に潜り込むと銃口を真上に向けた。それは次代が想定した出雲でも対応しきれない至近距離。

「甘い……」

 トリガーを引く直前、銃身に光が重なり、音もなく落ちていく。まるで最初から銃身がなかったみたいだった。

 次代は銃身を失ったコルトガバメントを投げ捨て、地面を転がって距離を取り、片膝をついて出雲を見据える。

〝あの距離でもダメか……〟

 斬られたのが銃身でなく、次代本人であったならそこで負けていた。

 次代の視点、出雲であれば銃身を斬ることと次代を斬ることに大した違いはないはずだった。にもかかわらず、出雲はその瞬間に勝つ選択ではなく負けない選択をした。

〝ビビったってわけか〟

 出雲には勝てた可能性がある。未来が聞こえる出雲ならば、選択肢を間違えるはずがない。そうしなかったのは、出雲が勝ち切る確信を持てなかったからだ。

 次代は立ち上がると右手にコルトガバメントを呼び出す。そっと添えるように銃把を握り、トリガーに人差し指をかけ、その硬さを確かめる。気持ち悪いくらいにちょうどいい。自分の絶好調が終わっていないことを確信する。

 出雲に焦点を当てると、周りの景色がぼやけて見えた。勝つために不必要な情報は捨てろと本能が告げている。

 次代は衝動に突き動かされ、前に出た。剣先を正面に向けた霞の構えを上段に取る出雲へ一直線に飛び込む。姿勢を低くし、斬撃の下を潜り抜けようとする仕草を見せると、出雲は《煌々白刃ブライトエッジ》で弧を描き、下段に構えて斜めに斬り上げた。

 斬撃は鋭く抉るように次代の喉元へ迫る。

 動きを捉えられた次代は、咄嗟に体を左に倒すよう翻し、刃に背を見せて躱した。振り向きざま、銃を持つ右手で空を切り、銃口を出雲に向ける。

 出雲は銃口から逃げるようにその身を屈めると、光子の剣を走らせて次代の足元を払う。出雲に銃弾を撃ち込む絶好の機会と両足を失う最悪の窮地が同時にやってきた。

〝確かに、これなら負けない択を取るのも納得だ〟

 次代はその身を優先し、出雲の真上を超えるように頭から飛び込んだ。

 前転の後、片足をつけるや否や振り返る。またしても同じタイミングで出雲も振り返っていた。

 次代は自分の身体を死角に左手で《幻想魔手イマジナリーポケット》を行使すると、物理法則を無視して現れた銃を握る。

「……お主の【手札ホルダー】も聞き慣れたものだ。今、左手に銃を呼び出したな。承知しているだろうが、拙僧にそのような不意打ちは通用せぬぞ?」

「お見通し、いや丸聞こえかよ」

 容易く看破されることを、今更驚くことはない。

 次代は左手のコルトガバメントを構え、素早く照準を定める。

「通用せぬと言ったはずだが」

 握られた光子の剣が出雲に合わせて揺れ、次代の視界で踊る。

 青白い閃光が加速し、喉元に食らいつこうとする蛇の如く宙を走った。

〝早いっ!?〟

 銃口を出雲に合わせようにも、その速さに狙いを定めることができない。

 苦し紛れに撃つも、それが出雲を穿つことはなかった。それでもリコイルに動じず、次代は次弾を構える。一発、二発、出雲の動きを止めようと連続して撃つが、毛筆で字を書くような艶やかな剣筋に落とされる。

「遅い!」

 出雲の姿を見失う。突然の緩急に回避が間に合わない。

 次代は咄嗟に体を翻すも出雲の剣先が背中を斬りつけた。光子の剣は触れた先から焼き尽くし、衣服を貫通すると皮膚を抉った。

 言葉にできない痛みが次代の全身を巡る。叫ぶこともできず、痛みからくるショックに、意識が飛びかけた。

「まだだっ!」

 倒れゆく最中、次代は絞り出した声と共に右足を踏ん張らせた。

〝ここで倒れたら、二度と立ち上がれない〟

 次代は《幻想魔手イマジナリーポケット》を用いてコルトガバメントを右手に呼び出し、銃口を出雲に向かわせる。

「それは聞こえていると言ったはずだぞ」

 最後の悪足掻きを阻止するべく、出雲は次代の右腕を斬り落とそうと《煌々白刃ブライトエッジ》を振るった。

 振りかぶった次代の右腕が伸び切るよりも先に、《煌々白刃ブライトエッジ》の刃が届く――


 はずだった。


 出雲が握る柄を銃弾が撃ち抜く。衝撃に耐えられず、《煌々白刃ブライトエッジ》が出雲の手から吹き飛んでいた。

 硝煙が上ったのは右手のコルトガバメントではなく、脇の下から銃口を覗かせた左手が握るコルトガバメントだった。

 静寂の中、《煌々白刃ブライトエッジ》が転がり、金属音が鳴った。

「この距離なら間に合わないよな」

 次代は放銃した左手の銃を下げ、右手のコルトガバメントを出雲に向けた。

「見事。拙僧の負けだ」

 負傷している次代の顔色は悪く、呼吸も乱れている。対して敗北を宣言する出雲は五体満足であり、表情も朗らかであった。だからこそ、外さない距離で銃口を向けていながら、次代は出雲の言葉と自身の勝利が信じられなかった。

「降参が早えよ。少しくらい悪足掻きしようとは思わないのか」

「戦いというのは力量の差のみに結果を委ねるものではない。拙僧はあの瞬間、お主の右手だけが銃を握っていると思い込んでしまった。否、正確には銃撃する瞬間までお主の左手に銃は握られていなかったはず。拙僧がお主の右腕を斬り捨てようと刀を振るったその時、左手に銃を呼び出した。恐ろしい早業よ。よもや銃を握るよりも先に引き金を引くとはな。……今思えば、予測できたことかもしれぬ。拙僧は聞こえる未来ばかりを信じて疑わずにいた。心の声まで聞こえぬと言ったが、どうやら元より拙僧が聞こうとすらしていなかったようだ」

 出雲は自嘲した。

 例え勝敗が決しても、わずかな隙があれば形成逆転だって狙える。これは問答無用の殺し合いなのだから。しかし、出雲にその意思はなかった。

「どうした。撃たぬのか?」

 出雲は銃口を向けられていながら、動揺を見せない。むしろその姿に次代が狼狽えるほどだ。

 次代の拳銃を握る手が震える。

「お主、何を迷っている。ひと思いに撃てばいいではないか」

「俺はお前を殺したくはない」

 次代は泣き出しそうな息遣いで言った。

 死力を尽くし、勝利を求めて戦った相手。それを人はライバルと呼ぶ。不知火出雲しらぬいいずもがいなければ、この戦いを実現することはできなかった。そんな相手を殺すことは、次代の望むところではない。

「あれだけ容赦なく撃ってくれながら、よくもそのようなことが言えたものだ。やはりお主は狂っているな」

「それは……」

「言うておくが、お主のそれは優しさとは違う」

「何言ってんだ。撃てばお前は死ぬんだぞ」

「それが殺し合いというもの。拙僧は本気でお主を斬るつもりであった。逆の立場であれば、詫びることこそすれど、お主を殺めていたであろう。拙僧はお主のように躊躇うことはない」

「それでも俺は……」

「ならば最後まで勝ち残れ。拙僧を打ち負かした相手が最後まで勝ち残れたのであれば、拙僧にも少しは箔がつくというもの。それがお主にできるせめてもの弔いよ。それを確かめる術を拙僧は持たぬのだがな。しかし、拙僧を負かした相手が他の何者かに敗れるとも思えん」

 出雲はそう言って「はっはっは」と笑った。

 死ぬことを覚悟している人間の笑い方とは思えない。

「最後にお主の名を聞いてもよいだろうか」

「次代だ。双葉次代ふたばじだい

「拙僧は不知火出雲しらぬいいずも。覚えてもらわなくてよい」

「忘れるわけないだろ」

「そうか。それは何よりだ」

 他愛ない会話の最後を銃声が締めた。

 倒れていく出雲の身体は足元から光の粒子となり、空へと消えていく。

 次代は消えゆく姿から目を逸らさず、最後の一片が溶けて見えなくなるまで見届けた。

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