2-5

 折れた刀身から伸びる青白い光子。

 遂に明かされた出雲の【手札ホルダー】、《煌々白刃ブライトエッジ》。

 次代はひたすらにそれを観察していた。

 補修された光子の刃は、目にも止まらぬ速さで振動を繰り返し、瞬間瞬間にも形を変動させているが、人の目には一定の形に保っているように見えている。

 刃がひとたび触れれば、熱エネルギーによる高威力の焼灼で焼き切ってしまう。

 出雲の《煌々白刃ブライトエッジ》の全長は、100センチ程度。リーチ自体は大きく変わっていなかった。

「神々しい見た目だな」

 光子の刀身が揺れるたびに目が惹かれる。《煌々白刃ブライトエッジ》はその名に恥じない煌めきを放っていた。

「ほう、お主にはそう見えているのか」

「悪い。見えないんだったな」

「そうか。《煌々白刃ブライトエッジ》と言うだけのことはある。それに戦いの最中に気遣いは無用だ」

 その言葉を皮切りに、出雲の雰囲気が変わる。穏やかな空気は一変し、気を休めることを許さない緊張感が張りつめられ、次代の肌に絡みついた。

 息が苦しい。呼吸のタイミングを見失う。飲み損ねた固唾が、次代の喉を締め付けていた。

「いざ参ろうか」

 次代に剣先を向けるよう上段に構えられた《煌々白刃ブライトエッジ》から発せられる殺気は夥しい。

 出雲は一歩、一歩と音を立てることなく次代との距離を縮めていく。対する次代はその場から動かず、ギリギリまで出雲を見据え、出方を窺っていた。

 頭の中で描いた幾つもの分岐。その中から適した解を探す。果ては、更なる回答、最適解を求めてシミュレーションを繰り返す。

 ゆっくり答えを出していられるほどの時間はない。限られた時間で導いた選択に、次代は従った。

 ソードブレイカーを捨てると左手のコルトガバメントを右手に持ち替え、流れで出雲に銃口を向ける。

「……!?」

 銃口を向けた直後、コルトガバメントは銃身を斬り落とされていた。走る閃光のあとに、斬られたことに気づいた銃身の切り口が橙色の熱を帯びていた。

〝はやい……〟

 次代は苦しげな顔をして後ろに跳んだ。

 銃身を失ったコルトガバメントから手を離し、《幻想魔手イマジナリーポケット》で新しいものを呼び出す。

 後ろに下がった次代に出雲は追撃を仕掛ける。

 それを見て次代が右へ避けようと体の重心を傾けたとほぼ同時に、出雲は回り込む動きを重ねていた。そこにタイムラグはなかった。

〝動きが読まれてる?〟

 次代の危機察知能力が警鐘を鳴らす。唐突な頭痛が襲った。それは思考が苦しんでいるからだ。出雲は自分の理解を容易く超えてくる。突きつけられた難問に対して、すぐに用意できる回答を持たない次代はアドリブで応えるしかない。不正解が許されない一問一答の連続だ。

 考えることをやめれば、この苦しみから解放される。しかし、その向こうに待っているのは死だ。次代はチカチカとする眩暈、激しい頭痛の中、出雲の動きに目を瞠らせる。

 次代がバックステップで距離を取れば、出雲はぴたりとマークして離れない。バックステップを踏み、地面から足が離れたことで、次代は次の着地まで身動きが取れなくなる。出雲がその好機を逃すはずがない。それがわからない次代ではなかった。

幻想魔手イマジナリーポケット》を使い、手榴弾を呼び出す。短い時間でピンを抜き、自身と出雲の間に放り捨てる。点火は始まっていた。爆発までの時間はわずか。数秒と経たずに爆発による破片が周囲へ飛散する。

 みちずれ狙いの自爆特攻だ。

 手榴弾を無視すれば、出雲の剣は次代を斬れる距離にある。それと同時に、次代の身体を斬れば手榴弾の被爆は免れられない。

 取捨選択を迫られた出雲は鼻で笑った。

「なるほど、そう来たか」

 出雲は光の一閃で爆発を間近にした手榴弾を斬る。二つに斬られたことで不発に終わり、残骸が地面に転がった。その間に次代は安全圏まで逃げ切った。

 足を止めた出雲は血糊を払うよう光剣を振るう。

「拙僧の腕も買われたものよ」

「嫌でも思い知らされたからな。手榴弾の一つや二つ斬れることくらいわかる」

 次代は出雲であれば、みちずれを狙った手榴弾の処理など容易いと信じていた。つまりはそれを逆手に取ったのだ。

「だからこそみちずれを狙った。正確には、俺のみちずれを防ぐお前の動きを、だけどな」

「今ので確実に仕留めるつもりだったが、拙僧の読みが外れた。大した男だ」

 出雲は次代の選択に笑う。無傷で窮地を乗り切るため、相手のアクションに期待した行動を取れる大胆さ。良くも悪くも常軌を逸していた。次代に類まれなる戦いの才能を見る。

 出雲を人間離れしていると言うが、出雲から見た次代も大概狂っていた。

「お前こそよく言うよ。俺の心が読めていたのか?」

 次代は出雲に問う。完全に動きを捉えられていた一瞬は、出雲が次代の心が読むかヤマを張りでもしなければ不可能だ。

 次代の問いに短い間が生まれ、我慢しきれなかった出雲が笑いがこぼれる。

「笑止。拙僧に人の心は読めんよ」

「流石にそうだよな」

「しかし、先にも話した通り、拙僧の耳は特別製。音の流れで一つ先……それをあえて言葉にするならば、拙僧には未来が聞こえている。お主の音にも慣れてきた。その精度は完璧に近いと言っていい」

 出雲は惜しげもなく話す。

 未来が聞こえる。馬鹿げた話だ。しかし、それが本当であれば、回避に徹しようとした次代の動きを寸分違わず捉えたことに納得がいく。それこそ心を読むか、出雲の言うように未来が聞こえてでもいなければ、為せない芸当だ。

「未来が聞こえる、か……」

 言葉にするのは簡単だ。しかし、それはあまりに度し難い。ただ全く理解できないという話でもなかった。

 多くの人は視覚を以って、世界を見る。瞬間瞬間を映す目が未来を先取りすることは決してないが、見えている世界から少し先を予見することは可能だ。

 予測とは誰にでもできること。むしろほとんどの人はそうしてほんの少し先の未来を予測しながら生きている。出雲はそれを聴覚に置き換えているだけの話だ。それがどれほど大変なことかは、次代が知る由もない。だからこそ度し難いのだ。

「種明かしは十分であろう。心ゆくまで命を削り合おうではないか」

「……」

 出雲の恐るべき力を見せつけられ、息が詰まる。心を読み取るなんてものではない。聞き取る音からその先を捉えてしまう。そんな化け物を相手にして、五体満足でいられている現状が奇跡だ。そして出雲はその精度が完璧に近づいたと宣言した。この先、次代が起こそうとするアクションはすべて出雲に筒抜けとなる。

〝俺はこの男に、勝てるのか?〟

 次代は苦悩する。

 一度として通用していない銃弾。手榴弾さえ容易く処理された。唯一不意を突くことができた鎖も、《煌々白刃ブライトエッジ》に無力化されている。アイディアこそあっても、思考に付き纏う最悪の想像が足を竦ませた。

 結論が出ずとも、時間は進む。

 出雲はわずかに腰を落とし、光放つ切っ先を次代へ向け、走り出す。駆け出した音が遅れて聞こえてくるほどの速さ。次の瞬間、出雲はすぐ目の前にいた。

 出雲が振るった横一閃を次代は紙一重で躱す。

 無論、出雲にはその未来が聞こえていた。反射的に体を動かし、よろめいた次代の懐に潜り込んだ出雲は蹴りを突き出す、イバーシブサイドキックを撃ち込んだ。

 蹴りつけられた次代は数メートル先まで吹き飛ばされ、背中から地面に落ちる。打ち付けられた衝撃で頭がクラクラした。

 次代は苦しくても立ち上がり、畳みかけてくる出雲を睨みつけた。

「そうこなくては」

 出雲は抗おうとする次代に笑みをこぼす。せっかく出会えた好敵手だ。簡単に諦められてしまっては面白くない。

 コルトガバメントを呼び出した次代は、すぐにそれを構えなかった。真っすぐな双眸で出雲の一挙手一投足を瞠ることを何よりも優先した。

 突破口を死に物狂いで探すように、次代の視線は出雲を追いかける。

 体に残る痛みを気にしている暇はない。

 徐々に感覚が鋭く、集中を増していく。

 猛攻する出雲の斬撃。

 怯えていれば、それは命を刈り取る一閃に映る。しかし、次代の瞳にはハッキリと見えていた。自身が大きく躱すことで生まれる隙。出雲はぎりぎり躱せる一刀を振るうことで、それを作り出していた。

 思えば、最初の一手はいつも躱すことができていた。正確には出雲に躱すように仕向けられていたのだ。躱した先を出雲は狙う。わかっていても、ブラフの一打は余裕を持って躱せるほど甘くはない。だからこそ、全力で躱した後隙を刈られている。

 それは次代が意識していなかったからという話。避けた直後の隙を狙われているとわかれば、自ずと対応も変わってくる。

〝これ以上、隙は晒さない〟

 次代は斬撃を避けながら、即座に備える。一瞬とて気を緩めはしない。次を、そしてその次を、何度でも躱し続けるために。

 強いられる瞬きの瞬間すら惜しいと感じた。

 段々と加速する次代の意識。攻撃を躱し切るよりも早く、次の攻撃に意識を向かわせていた。考えることをやめない。そこに一瞬の安堵はなく、あらゆる可能性に目を光らせ、ひたすら思考を繰り返す。

 己が思考に追いつくため、体の動きが洗練されていく。無駄な動きが少しずつ取れていた。

 出雲の剣は鋭く速い。寸分違えば《煌々白刃ブライトエッジ》は次代を斬っていた。すれすれを突き抜ける刃は熱を帯び、夥しい死の音を残響させた。

 出雲が捉えた未来に次代は必死で抗う。しかし、次代は一向に反撃の機会を得られずにいる。何も出雲に隙がないわけではない。攻めに転じることで生まれるカウンターの危険が次代の思考に張り付いているのだ。いつまでも守りを続けるわけにはいかない。どこかで攻めなければ、勝機は訪れない。

 活路を見出そうとすれば、守りに徹することで狭まっていた視野が広がる。同時に考えることが増え、苦しさが増した。しかし、苦しさと同じ分だけ可能性が見えてくる。

 思考を進めることで次代の丸まりかけていた背筋がしゃんと伸びた。

 眼前で光剣を振るう出雲にピントが、袖の揺れ一つも見逃さないほどぴたりと合っている。

 一瞬先の未来が脳裏を過る。

 通過する一閃の輝きが網膜に焼き付く。視界が制限されるように白が覆った。

 それでも次代は止まらない。たとえ前が見えていなくても、自らの感覚を視界の端に映るわずかな情報に託し、出雲と対峙する。

「勝負だ」

 絶体絶命の状況、次代は目を見開いた。

 まだ視界は鮮明ではなく、正確な射撃ができる保証はない。次代にとってもそれは直感頼りだ。それでも向こう見ずなやっつけとは違う。

 心の眼で照準を絞り、トリガーを引く。マズルファイアが炸裂。視界に薄っすらと火花が散った。

 銃声の直後、光剣が銃弾を焼き切る音を聴覚が捉える。

「お主、顔つきが変わったな。良い顔をしている」

 出雲は姿勢を低く次代へ飛び込む。

 時同じくして次代が視界を取り戻す。一挙に流れ込んでくる情報量はとてもつもない。思考が乱れ、考えが次々に枝分かれする。そのどれもを丁寧に取捨選択しているだけの時間はない。

 今にも次代の胸を貫こうとする光の刃が音を立てた。

 死が近づいている。

 回避を望む意志と迎え撃つ意志。

 相対する思考が判断を鈍らせる。時間は残されていない。しかし、次代は苦し紛れの選択を取らなかった。

 迫る出雲を迎え撃つ。

「それでよい」

 攻めの姿勢を示した次代を、出雲は評価した。

 後ろに向かっていた重心は前へ、すれ違うように出雲の一振りを躱した。交差した二人は即座に向き合った。

 次代のコルトガバメントは出雲の額を狙う。炸裂するマズルファイア。最高速度に達した銃弾はもはや目で追うことができない。反動で浮いた銃身の先で、出雲に斬り落とされた銃弾が情けなく転がった。

 次代は足を止めることなく出雲を中心に円を描くよう走る。

 今度は二挺の拳銃を両手で構えた。

 どれだけ撃てども一切の手応えがなく、銃弾は出雲の光剣に落とされる。

 反撃を許さない距離を取っていた次代は、少しずつラインを上げていき、出雲との距離を縮めていく。

 距離が近づくごとに、防ぎづらくなる銃弾を出雲は変わらず捌く。一発として掠りもしない。銃弾の破片が出雲の足元に散らばっていた。

 斬撃が届く間合いを定めた出雲は、突然刀身を下げて守りから攻めに転じた。肝心の銃弾をぬらりくらりと躱して次代に近づく。

 数撃てばあたると適当に乱射しているわけではない次代は、近づいていく距離の中、的確に銃弾を避ける出雲に顔をしかめた。出雲の耳はさらに精度を増している。

 近づく出雲を警戒して大雑把に下がるも、自らの影のように出雲はすぐに同じ分だけ間合いを詰める。未来を捉える出雲の聴覚は健在だ。

 直後、振り抜かれた一閃に次代は思わず銃で身を守る。

 光剣は銃身に触れるや否や、感触なく切断し、遮ることさえ拒絶する。

 次代は体を後ろ倒し、勢いに任せて地面を蹴りつけた。首元を捉えた青白い光をすれすれで躱し、蹴り上げた脚部が残光を通り抜ける。

 一瞬でもタイミングがズレれば、次代の身体は真っ二つにされていた。

 極限をすり抜け、空中で一回転したのちに着地する。

 小さく漏れる吐息。胸のうちがバクバクと鳴る。妙に頭が冴えていて、直感で動く自分の中に、落ち着いて思考するもう一人の自分を感じていた。

 対峙する出雲は表情を崩さず、ゆっくりと構え直していた。

 次代は銃身を斬り落とされたコルトガバメントを投げ捨てる。

 盲目である出雲を見据えても、目と目が合うことはない。何を考えているかもわからない相手を前に、次代はひたすら出雲を見ていた。

「楽しいな」

「……っ!?」

 こぼれた出雲のぼやきに次代を眉間をあげる。

〝そうか。この昂ぶりは……〟

 次代の強張った口元がほんの少し緩む。

 ずっと出雲が戦いを楽しもうとする心持ちを理解できなかった。

 緊迫した空気、はやる胸の鼓動、集中する意識。それらは日常の中で得ることができない経験だ。

 戦い、勝利を目指す。出雲にとってそれは、他に代えがたい快楽なのだろう。

「ああ、そうだな。俺もだ」

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