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         ×××


 どこもかしこも味気ない無機質な世界。無彩色のみで構成された景色はどこまでも続いている。

 リンクスが示すマップのおかげでどこを歩いているのか、把握できているが、何にも頼らずに歩けばすぐにでも迷ってしまう。それだけならいいが、変化のない景色の中、歩き続けるのは精神的な苦痛が伴った。何の目的もなく歩き続ければ、常人は一時間と持たずに気が狂ってしまいかねない。

 エグザルフはアナザースペースを死後の世界だと言っていた。死後のことは人によって思い描くものは違うが、次代のそれは良くも悪くも目の前の世界と近かった。

 武器庫を目指す道すがら、次代は未来に問いかけた。

「未来は自分のために人を犠牲にしたくない、って言ってたよな。今でもそう思ってるか?」

 唐突な質問に未来は驚き戸惑い、足を止める。答えが定まっていなかったからではない。本当に突然のことだったからだ。

「うん……」

 口ではそう言うものの、未来の中で引っかかるものがあるように見える。その原因がわからないほど次代は鈍感でない。

転流桐馬てんりゅうとうまが言ってたことか?」

〝そんな子どもでも語れる短絡的な正義感で守れるのは、キミのちっぽけなブライドだけですよ〟

 脳内で桐馬が未来に向けて放った言葉が繰り返される。

 人を傷つけることを拒む気持ちは、生きてきた上で植え付けられた倫理観から来るものだ。そこに至るまでの思考のプロセスはないに等しい。改めて考える機会なんて早々訪れない。

 桐馬はそれを短絡的な正義感と称したのだ。

 次代は桐馬の言ったことが間違っているとは思わない。しかし、未来の生き返るという悲願は、他の参加者を犠牲にすることなしには成し遂げることができない。その上で自分のために誰かを犠牲にできないと言う未来は、自分自身に縛られて本来の目標から遠ざかっている。

 自分が思う正義を全うすれば、未来は誰かの犠牲、糧となる。そうなれば未来に残されるのは守り切ったプライドだけだ。桐馬は決して未来を馬鹿にするつもりで言ったのではなく、そのままの気持ちでいれば、誰かの養分になるだけだと警告したのだ。だからこそ、未来は言い返すことができなかった。

「ごめん。私のせいでジダイまでやられるところだったよね」

「謝らなくていい。銃を下げたのは俺の意思だ」

「でもっ、私が邪魔しなかったら……」

「本当にいいんだ。正直俺も殺すことを躊躇ったからな」

「そうなの?」

「嘘じゃない」

「そっか」

 未来の表情が和らぐ。

「でも、やっぱりジダイに悪いし、もう前みたいなことはしないから。二人で生き返ろうよ」

「そうだな……」

 本当の気持ちに蓋をしようとする未来に、次代はそれ以上追求しなかった。

 簡単に決意できるくらいなら、最初から次代を止めなかったはずだ。きっとこの先も、未来の正義感は彼女自身を苛むことになる。

 次代にはそれがわかっていた。しかし、次代には生き返りたいと気持ちはない。これ以上の言及をやめたのはそのためだ。そんな自分が未来に対して偉そうに講釈を垂れるわけにもいかない。

「む~~……」

 物思いに耽っていた次代を未来は不満げな顔をして見据えていた。

 それに気づいた次代は何事かと怪訝そうにする。

「どうした。俺の顔に何かついてるか?」

「そうじゃなくて……」

 未来は確証がないのか、断言しづらそうにしている。

「そうじゃなくて?」

「ジダイって生き返りたそうに見えないっていうか。自分に関心なさげな人?」

「……」

 未来の疑問に次代は口を噤んだ。

〝そんなに顔に出てたか?〟

 口を閉じたのは未来があまりに核心をついていたからだ。

 次代は未来に対し、自分のことを語らないようにしていた。それは単に記憶喪失であるため、説明を面倒に感じたこともあるが、パートナーという協力関係において不必要であると考えたからだ。

 話すことで未来に余計な気遣いを強いてしまうかもしれない。ならば、いっそのこと嘘でも生き返りたいというスタンスを持っている方が、未来のためになるのではないかと考えていた。

 次代が黙ったことで未来は余計に怪しむ。このままでは看破されかねないと適当な理由をでっちあげた。

「どうやら簡単には生き返れそうにないからな。あとのことをあまり考えないようにしてるだけだ」

「捕らぬ狸の皮算用だ!」

「中らずと雖も遠からずって感じだな」

 厳しく採点するのであれば未来の回答は不正解だが、あながち間違いでもない。もっと言えば、正解にしたのは不正解にすることで深堀されることを嫌ったからだ。

「ジダイは生き返ったらさ、やりたいことあるの? そういえば私ばっかりで聞いてなかったなって」

「ない」

「ええっ!?」

 即答かつ夢のない返答に未来は酷く驚いた。

 この状況であれば、嘘でも何かしら面白いことが言えるはずだ。それを次代はあっさりと面白くない回答をした。未来は信じられないと言いたげな顔をしている。

「思いつかないって方が正しいかもな」

 未来のリアクションを見るに、次代は回答を間違えたと訂正する。

「……たしかに、私も一番最初にしたいことはパッと出てこないかも」

 これではまだ甘いかと未来の顔色を窺うと、それは次代の杞憂だったようで未来は勝手に解釈を拡大させて納得していた。

「じゃあさ! 生き返ったら一緒に何かしようよ」

「は?」

 油断していたところに未来が急な提案を持ちかける。

「生き返り記念って言えばいいかな。盛大にぱぁっとやろう」

「その約束、生き返れなかったときに虚しくないか?」

「生き返れなかったらそんなの関係ないし、気にしすぎなんじゃない」

「……お前がそれを言うのかよ」

 思わず小声でツッコんでしまう。他者を思い、殺し合いを拒む人間が口にする言葉とは思えない。自分が死んでしまうことを受け入れるくせに、他人の死は容認できない。わがままな話だ。

〝どっちかに振り切ってることの方がおかしいか〟

 臨機応変という言葉があるように、その時々で正解は異なる。誰しも信念があって、その信念が正解を遠ざけてしまうことだって多々あることだ。

「よしっ、決めた。フライドポテトとドリンクバーで打ち上げにしよう」

「それ盛大か?」

 フライドポテトとドリンクバーが比較的安価であることは認識できている。しかし、エピソード記憶がない次代には、それらで学生がファミレスで盛り上がる光景を思い浮かべることができなかった。

「それは、ほら、高校生だし……」

 痛いところを突かれたと、未来はしどろもどろに言い訳を述べる。フライドポテトとドリンクバーが盛大だとは思っていなかったようだった。

「でも、こういうのは気持ちの持ちようだと思わない?」

「そうだな。俺もちょっと贅沢言いすぎた気がする」

「この話やめない? なんか悲しくなってきたかも」


          ×××


 次代たちはステージ間を繋ぐ通路を抜け、ステージ4からステージ1へ入った。

「……驚いたな」

 ステージ1に足を踏み入れてすぐ、眼前に広がる世界に驚愕する。自身の倍以上高さがあるパレットラックが見渡す限り、等間隔に並んでいる。

「これ、どこまで続いてるんだろ」

 未来もまた同じように呆気に取られていた。

 次代は武器庫と聞いて、狭く薄暗い空間を想像していたが、実際には予想をはるかに上回るスケールであり、大規模な製造工場と変わらないレベルだった。

「どうやらステージ1すべてが武器庫みたいだな」

 次代はマップを見て答えた。

 ずらりと並ぶパレットラックはステージ1を端から端まで占有している。ステージ1自体が武器庫そのものになっているのだ。

 リンクスをポケットにしまい、一番近くのパレットラックに向かう。

 パレットラックに積まれたバスケットの中を覗くと、そこには大量の拳銃が入っていた。整理整頓とは程遠い、子どもが親に言われてやっつけ仕事で片づけたおもちゃ箱のようだ。

 次代は試しに、いくつか拳銃を実際に手に取ってみる。

「全部同じ……?」

 同ラック内にある別のバスケットを確かめてみるも、それはすべて同じ種類のもの。一つとして異なる種類のものはなかった。

 次代は別のラックに移り、そこでまたバスケットの中身を覗く。

 そこで見たのは次代が《幻想魔手イマジナリーポケット》で呼び出したことのあるコルトガバメントだった。

「ねぇジダイ、ここ同じものしかないよ」

 次代と同じように物色を始めていた未来が言う。

「どうやら一つのラックには同じものしかないみたいだな。ほら、こっちには別のものがあるだろ」

 次代は手にしていたコルトガバメントと合わせて、直前に漁っていたラックから適当に取り出した拳銃を見せた。

「な、るほど……?」

 返事の歯切れが悪い。未来が納得しようとしているのは感じ取れたが、いまいちピンときていないようだった。

 未来からすれば、銃なんて全部同じに見える。

〝つまり俺はここにあるものを呼び出しているわけか〟

 鉄旋との戦いでは遠慮なく呼び出していた覚えがある。その際に残数を一切気にしたことはなかったが、一つのバスケット内にあるコルトガバメントすら使い切れる自信がない。さらには幾つも同じものがラックに積まれている。これでは使い切る方が難しい。

「一応予備の弾倉もあるんだな」

 バスケットのすぐ近くにコルトガバメント用の弾倉が大量に用意されていた。

 一つひとつは重たくないと言っても、拳銃をいくつも持ち歩くわけにはいかない。しかし、弾倉程度なら拳銃ほどの荷物にはならない。次代はいくつか弾倉を拝借した。コルトガバメント本体が使い切れないほど用意されているならば、逐一本体を呼び出しても問題はなさそうであるが、念のためだ。

 呼び出したのは偶然であったが拳銃自体、武器の中でもかなり扱いやすい部類だ。この先も世話になることは目に見えている。その在庫に一安心したところで次代は他に使えるものはないかと武器庫内を見て回った。

「鎖か……」

 あたりをほっつき歩いてたところ、ラックに二つ折りで掛けられていた黒い鎖に目をつける。マイナーなものだが、当然これもパレットラック一つ分の在庫がある。膨大なスペースを丸ごと武器庫としているのだ。管理するにあたってスペースを気にする必要はないのだろう。

 次代は手で鎖に触れ、感触を確かめる。繋ぎ合わされた金属構成の輪は重たく頑丈だ。

 武器と聞けば、すぐに思いつくのは銃や剣であり、鎖が出てくる順番は後ろから数えた方が早いレベルだ。こういった意識外のものと出会えただけで武器庫に足を運んだ価値はある。

「何かしら使い道はありそうだな」

 次代はぼそりと呟き、鎖から手を離した。

 他に使えそうなものはないかと、辺りを見回す。そこで目についたのは、使い勝手のよさそうな武器ではなく、早くも武器庫に飽きてきた未来の姿だった。

 なんとなくバスケットの中のものを拾い、矯めつ眇めつして元の場所に戻す。ちょっとしたリアクションをとるくらいで、それに特別な理由はない。次代には未来が暇潰しをしているように見えた。

 実際、未来はリアクションを取ることで暇を潰していた。

「退屈そうだな」

 次代に声をかけられ、驚いた未来はすんと肩を竦める。見られていないと思い、油断していたようだった。

「ううん。そんなことないよ」

 未来は取り繕うように笑って見せるも、直前の姿を見ていた次代を誤魔化すことはできない。

「嘘はいい」

「……わかる?」

「見ればな」

「わかってるんだったら、ちょっとくらい私の噓に付き合ってくれてもいいんだよ。せっかく気を遣ってるんだから。こんなに気を遣える女の子、他にいないよ」

〝そういうことか〟

 未来を気遣ったつもりが、そもそもが間違っていたのだと気づかされる。

「じゃあお言葉に甘えて」

 次代は気遣いに甘えようとすると、未来の顔がむくれた。

「気づいていて優しさに付け入るのはどうかと思うけど」

「は?」

 これには次代も困惑する。未来の言葉に従ったら、その未来が怒ってしまったのだ。

〝だって今、そういうニュアンスだったよな?〟

「嘘だよ嘘。怒ったフリだから。私も一緒に見て回っていい?」

「ああ、怒ったフリね。焦ったー。邪魔しないなら、一緒に回るのはいいけど」

「わかった。邪魔しない!」

 次代は同行を許可して武器庫を見て回る。未来はそのあとを雛鳥のように追いかけた。

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