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          ×××


 武器庫の散策は続いていた。

 未来は「邪魔はしない」と言ったものの、ことあるごとに次代に対してリアクションを求めたことで進捗が順調なものとは言えなかった。

 一方で次代は一つのものに時間をかけず、なるべく多くを目に通そうとしていた。その点では時折、未来がピックアップしてくれたことで記憶に強く残ったものもあり、未来がついてくることを迷惑とは思わなかった。

「ねぇ、これってただのナイフと何が違うの?」

 まるで子どものように「なんで?」「どうして?」と、ことあるごとに未来は次代に問いかける。

 未来の手には、ソードブレイカーと呼ばれる刃と櫛状の峰を持つ短剣が収まっていた。次代はソードブレイカーの用途を偶然知っている。未来よりも武器に対する知見はあるものの、知っているのは生前に蓄えられたであろう知識に限られる。どちらかと言えば、わからないものの方が多い。

「ソードブレイカーだな。櫛状の部分に相手の刃を引っかけて折ることができる」

「え、なんか使いづらそう」

「俺も戦いの中でそういう状況を作れるとは思えないな」

 ソードブレイカーは短剣であり、普通の剣と刃を交えようにも間合いの差が気になる。次代は脳内で仮想的に長剣を持たせ、ソードブレイカーで立ち向かってみるも、武器破壊に成功している自分の姿を思い浮かべることはできなかった。

〝とは言っても、状況によっては悪くないのかもな。例えば一時的に相手の動きを拘束することができるとか〟

 次代の《幻想魔手イマジナリーポケット》の強みは臨機応変に武器を呼び出すことができることだ。普通なら携帯しないものであっても、その時の思いつき一つで実行に移せる。警戒されていれば通らない一手であっても、無警戒であれば有効打になりうる。

「これ結構ジダイは似合うと思うよ」

「そうか?」

「うん。陰湿な戦法とか好きそうだし」

「おい……酷い謂われようだな」

 似合うというのだから、褒められるのかと思いきや、飛んできた言葉は予想外にも貶す方向だった。

「べ、別にそういう意味で言ったわけじゃないから!? なんかジダイってそういうイメージだなぁって思っただけだから」

「弁解になってないんだが」

 傷つける意図があったわけではないと、未来は慌てて弁解しようとするも、出てくる言葉はフォローにならない。ニュアンスから悪気がないことは伝わってくるが、次代という人間が陰湿だと言われているようだった。

「上手な言葉が出てこなかった! ごめん!」

「気にしてない」

 必死で平謝りする未来を次代は宥める。

 少しは思うところもあるが、それほど気にしていないのは事実だ。これは記憶喪失が功を奏したと言える。これまでの積み上げがない分、今の次代にはプライドと呼べるものが欠落していた。

「ほんとにほんと?」

「本当だ。先に行くからな」

 次代の機嫌を窺う未来を言葉であしらい、一人先を歩く。

「ま、待ってよ」

 駆け足で背中を追いかけると、急に次代が止まった。追突を恐れた未来もまたそれに合わせて立ち止まる。足を止めたことを不思議に思った未来は、体を倒して次代の前方を覗いた。

 次代の視線の先には巨大なパレットラックが続いているだけで、異変は感じられない。

「なにかあるの?」

 未来が首を傾げた刹那、成人男性の背丈と変わらない長さをした刃渡りがラックの影より過った。

「……っ!?」

 突如として現れた刃に身の毛がよだつ。

 刃こぼれ一つない直刃は、鮮やかな煌めきを放っていた。その美しい煌めきが命を刈り取るものだとは俄かに信じがたい。

「不意打ち御免」

 穏やかな謝罪に続き、空振りに終わった一太刀は下げられた。

 太刀の動きを自然と目が追ってしまう。その先で、パレットラックの影より姿を見せた太刀の持ち主に焦点が定まる。

 しかし、決して目と目が合うことはない。なぜなら男は両眼を閉じているからだ。

 不知火出雲しらぬいいずも

 のっぺりとした顔つきに、光沢を放つ黒い髪は女性のように長く、うなじで一つに束ねられている。和服を着流し、足袋を履いている。その姿はまさしく武士。コスプレと感じさせないほどによく馴染んでいた。

「謝るくらいなら最初からするなよ」

 次代は出雲を観察しながら嫌味を口にする。

「なに、この程度も避けられぬ相手に謝る必要などない」

「そういう感じか。確かにそれもそうだな」

 喋る内容とは裏腹に、出雲の口調は温厚だ。だからこそ、考えを見透かせない。

 次代は読めない相手に表情険しく睨みをきかせた。

「……ジダイ」

 未来もまた出雲に対して並々ならぬものを感じていたようだった。いつ戦闘が始まっても問題ないよう小さく腰を落としている。

「わかってる」

 次代は小さく頷くと《幻想魔手イマジナリーポケット》を用いて右手にコルトガバメントを呼び出した。

「そうであってもらわなければ困る」

 戦う意思を示した二人に、出雲は大胆不敵に笑うと片手で長い太刀を軽々と操り、血糊を払うが如く振るわせた。

「待て、不知火」

 今にも戦いの火蓋が切って落とされようとしたその時、淡々とした男の声が水を差した。離れたパレットラックより現れた男は肩を揺らさずゆっくりと歩いてくる。

 上下スーツ姿の男、瑞原海神みずはらかいしんは肩幅が広く、しゃんとした背筋の持ち主だった。表情は硬く、感情が失われているようで、掛けられた黒縁の眼鏡から覗く双眸は冷たく鋭い。

 海神は出雲の半歩後ろで足を止めて、次代たちと対峙した。

「瑞原殿、怖い顔をしているぞ」

 出雲は振り向くことなく、海神の表情を指摘する。その物言いは今しがた海神の顔を見たかのようだった。実際には顔を見るどころか、目を開けてすらいない。

「お前が勝手な行動を取るからだろう」

 海神の喋り方は一貫して淡々と抑揚がない。

「すまんすまん。我慢できなかったものでな」

 対照的に出雲はおどけた様子で謝っていた。どう見ても反省しているようには思えない。海神はそれに気づいていながら、深く言及することをしなかった。

「そうか。いいだろう」

 嚙み合っているとは言えない二人だったが、互いに受け入れ、差し支えなく会話を成立させている。

「エグザルフは本当のことを言っていたようだな」

 海神は次代たちを見て呟いた。

「それって、どういうこと?」

 未来は海神の言葉に耳を立て、反射的に訊ねていた。エグザルフという単語は聞き捨てならない。

「なに、あのネコが武器庫に行けば、戦う相手が見つかるだろうと拙僧らに告げたまでのことよ」

 出雲が問われた海神に代わって問いに答える。

「あのクソタヌキ……」

 次代はエグザルフに苛立ちを募らせ、顔をしかめた。

 順序こそ精査することはできないが、エグザルフが仕組んだ状況であると考えて間違いない。しかし、これでエグザルフの妙な気遣いにも納得がいった。すべては不知火たちとぶつけるためのようだ。

〝あいつの言うことは二度と聞き入れない〟

 次代はエグザルフに対する不信感を募らせる。

「どのみち避けては通れないか……」

 次代は逃げることを早々に諦め、戦うことを受け入れた。このデスゲームに勝ち残るためには、戦わなければならない。

 右手の拳銃を出雲に向ける。出雲は銃口を向けられて怯えるどころか、余裕の表情が崩れることはなかった。

 出雲の装備は太刀一本のみ。危険から身を守ってくれる甲冑を纏っているわけでもない。

 海神もまた毅然として、両手は下げられたままだった。

〝また【手札ホルダー】に自信がある感じかよ〟

 鉄旋に続き、銃に恐れる様子を見せない。それどころか、相手の反応に警戒を強めるのは次代の方だった。相手の出方がわからない以上、無策のまま飛び込むのは賢い選択ではない。しかし、それは出雲らも同じこと。

「未来、作戦がある」

「え、どんな?」

「ああ。俺が囮になってあいつらの注意をひきつける。その間に式神を俺が通過したラックの裏に忍ばせてくれ。できるか?」

「え……うん、わかった」

「それじゃあいくぞ」

 次代は掛け声なしに走り出す。

 出雲たちに向かって直進するのではなく、スタート地点から出雲たちを中心に一周するようにパレットラックに身を隠して走る。

 二人の注意が次代に向かった一瞬を未来は見逃さない。姿をパレットラックの物陰に隠し、次代の指示通りに式神を作り出す。

 次代は走りながら《幻想魔手イマジナリーポケット》で次々と銃火器を呼び出していた。下手に身を隠している時間が長ければ、未来を警戒する時間を与えてしまう。パレットラックの裏側に入り込んだ一瞬で呼び出した拳銃のセッティングを終えて、次のポイントを目指して飛び出す。

 その間にも二人の動向から目を離さない。

 海神はあちこち移り行く次代を目で追いかけていたが、出雲は佇み、微動だにしていなかった。

〝どういうつもりだ……〟

 出雲は明らかに異常だ。しかし、その正体が掴めない。

 次代は出雲を不審に感じながらも、作戦を抜かりなく遂行していく。

 とあるパレットラックの裏で携帯端末を呼び出す。ポケットに忍ばせているリンクスだ。わざわざポケットに手を入れて取り出すよりも、《幻想魔手イマジナリーポケット》の方がわずかな時間さえ短縮できる。

 すかさずマップを立ち上げ、未来の位置を確認する。

 次代はリンクスをポケットに戻さず、その場に捨てる。必要とあれば、また《幻想魔手》で呼び出せばいいからだ。

 徹底した時間短縮の甲斐あり、パレットラックを通り抜けるタイムラグはなく、海神の目には、次代がパレットラックの裏をただ走り抜けているようにしか映っていない。

 次代は着々と銃火器を設置していく。その裏で、未来は式神を次代が通過したパレットラックの裏に配置させていた。その数は20を超える。

「俺の合図で行くぞ」

「うん。いつでもいける」

 ちょうど一周を終え、未来とすれ違った刹那に次代は言葉を残した。

 式神を通して、次代がパレットラックの裏に銃火器の類を用意していたことは未来もわかっている。

 次代は出雲たちの前に姿を見せた。右手を正面に出すと同時にコルトガバメントを呼び出し、出雲に照準を合わせる。

「未来っ!!」

 次代は声を張り、合図に彼女の名前を呼んだ。

 刹那、一斉に銃声が鳴り響く。あちこちに配置された式神が、次代に与えられた武装で銃弾の雨を降らせた。

 式神は次代ほどの腕前を持たないが、その数に精密な射撃など求められていない。数撃てば当たると物量で押し切る算段だ。

「ただ走り回っていたわけではないということか」

 死を目前にしながら、海神が次代の行動に理解を示すさまは些か悠長だった。まるでピンチである自覚を持っていないかのようだ。

「瑞原殿、拙僧にお任せあれ」

「いいだろう。お前に任せよう」

 それまで不動を決めていた出雲は、霞の構えを上段に取ると、360度全域から飛んでくる銃弾を切り殺す。

 それは無駄のない美しい動きだった。淀みのない小川のせせらぎを想起させる剣舞に銃弾は魅了されて、出雲の剣筋に吸い込まれていく。

 人を殺す銃弾も、出雲の前では川辺を飛び交う蛍同然だった。

「なっ……」

 次代は出雲の剣舞に絶句する。

 その一瞬の間に銃弾すべてを斬り伏せ、残骸が一帯に転がった。銃弾の速度は人間の動体視力で捉えられるものではない。それを一つとして残さず地に落としたのだ。

 出雲は見るからに人間離れしている。

〝一体どんな目をしてるんだ〟

「……!?」

 そして次代は再び驚くことになる。

 出雲は変わらず目を閉じていた。次代たちと遭遇してから、一度としてその瞼を上げていなかった。

〝これがあいつの【手札ホルダー】ってことか?〟

 太刀一本で銃弾の雨を凌ぐなど【手札ホルダー】ありきでなければ、考えられない芸当だった。

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