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         ×××


 鉄旋の【手札ホルダー】、《硬化防壁アイアロン》はどんな攻撃をも弾き返す。絶対防御の名に恥じない守りを持っていた。未来が操る式神は、鋼鉄の身体に傷をつけることができず、防戦を強いられていた。

 決め手に欠ける未来は時間を稼ぐ立ち回りを心掛け、致命的な一撃をもらわないように、鉄旋との距離をキープし続ける。

 未来が防戦する一方で、鉄旋は露骨に距離を取ろうとする相手に痺れを切らし始めていた。

〝ちょこまかと逃げ回りやがって。めんどくせえな〟

 自身の防御力に式神が通用していないことは鉄旋もわかっている。未来に隠し玉がないとは断言しきれないが、このままでは埒が明かない。鉄旋は我慢しきれず、大胆な攻めに出た。

 機動力は鉄旋が勝っている。そのため、未来は背を向けて逃げることにリスクを感じていた。

〝下手に逃げようとするよりも、式神を使って攻撃をいなせれば、少しは時間を稼げるはず……〟

 未来は呼び出した式神を自身の周りに旋回させ、防御を固める。

「はっ! そんなもんで防げるかよ!」

 鉄旋はカウンターを顧みず、未来に対して猪突猛進する。

 それを見て、未来は旋回する式神を前方に並べて障壁を作った。

 力に自信がある鉄旋は、未来ごと式神の障壁を吹き飛ばさんとショルダータックルで突っ込む。

「なっ!?」

 障壁は一切の手ごたえなく瓦解する。勢いのまま突っ込むも、障壁の裏に未来の姿はなく、鉄旋のタックルは空を切った。

 未来は鉄旋が障壁に突っ込むと同時にその場を離れ、鉄旋の背後に回っていた。障壁は身を守るためではなく、その身を隠すための手段だったということだ。

 未来が鉄旋から再び距離を取ったことで、状況はリセットされる。

〝反撃する気配がない。あの女、何を考えてやがる〟

 鉄旋は足を止め、身構える未来を見据える。相手との力の差を前にして諦めているようとは思えない。未来の眼はまっすぐ鉄旋を見ている。何かを狙っているのは一目瞭然だった。

〝俺が女一人に苦戦するわけにはいかねえ〟

 鉄旋を動かすのは男としてのプライドだ。

 未来が仕掛けてくるつもりがないとわかるや、鉄旋は攻めを継続させる。先刻のような力任せな攻めではない。相手をよく見て、次の動きを予測する。

 鉄旋は小刻みに加速減速を繰り返し、未来の出方を窺った。

 未来の周りには式神が旋回している。それらは器用に鉄旋の攻撃を妨げる。軽く放ったジャブは式神によって遮られた。その隙に未来は後退する。

 やられることはないが、倒すこともできない。しかし、同じことが繰り返される以上、鉄旋のターンは継続する。

 またしても距離を詰めた鉄旋が腕を振りかぶると式神は防御態勢に入る。

 鉄旋は何度も似た行動を繰り返す未来を見過ごさない。反復の末、付け入る隙を暴く。

「……やり取りってのはリスクがあるから成立するんだよ」

 鉄旋は拳を振りかぶるも、実際に攻撃が繰り出されることはなく、軌道を予測して障壁となった式神を鉄旋は無視して素通りし、後ろにいる未来を捉える。

 どれだけ未来が防御に徹していると言っても、完璧な対応を瞬間的に導き出すのは難しい。対して鉄旋はやられるリスクがなく、気兼ねなく攻撃に徹することができる。未来が対応に遅れた分だけ鉄旋に戦況が傾いていく。

 鉄旋は大きな右手を伸ばし、未来の首元を狙った。

 未来は咄嗟に体を翻し、躱そうとするもパーカーのフードを鉄旋に掴まれ、持ち上げられる。宙づりにされた未来は襟ぐりに首を絞められ、手足をジタバタさせる。

 鉄旋は捕まえた未来をぎろりと見据えた。宙づりにされながらも、未来は鉄旋を睨み返した。

 怖い顔をしているが、那月未来は女子高生だ。鉄旋が恐怖を抱くことはない。小さな顔、華奢な体、白く細い腕。体格的にも鉄旋に敵うはずがないにも関わらず、与えられた【手札ホルダー】という能力によって互角に戦うことができている。それが面白く、そして馬鹿らしくもある。

「はなし、てっ!」

「言われなくてもな」

 鉄旋はすぐに未来を投げ捨てる。急なことに受け身に失敗し、未来は地面に倒れた。

 立ち上がって距離を取るには時間が足りない。未来は尻を引きずって必死に下がる。座ったままではロクに距離を稼ぐことはできなかった。

 みじめな姿だ、と鉄旋は嘲笑し、未来を蹴り飛ばす。鉄旋が何の気なく放った一蹴りは未来にとって重たい一撃だった。未来は吹き飛ばされ、地面を転がる。蹴りつけられた腹部を襲う尋常ではない痛みに、未来の顔が歪んだ。痛みに堪えるので精一杯であり、立ち上がることができない。

「終わりだな」

 鉄旋は白けた顔で言った。未来に何かを期待したわけではない。しかし、張り合いなくこうもあっさり倒れてしまってはつまらない。それでも鉄旋にとって何かの事故で未来に負けてしまうよりはよっぽどマシな結末だ。

「はぁ……はぁ……」

 吹き飛ばされたことで、意図せずして距離を取ることができた。

 今の未来にその距離を活かせるだけの力は残っていなかった。痛みで身体は動かない。呼吸も十分ではない。歩いてくる鉄旋が辿り着くまでの時間、それが未来に残された最後の時間だった。

 未来にできることはない。

〝これで終わりなんて……〟

 才能に恵まれたわけではない未来の人生はいたって平凡だった。一般家庭に生まれ、幼稚園、小学校、中学校と流されるままにカリキュラムを通ってきた。初めて自分で進路を決めた高校生活もその延長でしかない。家族、友達と日々を過ごし、娯楽に身を投じる。なんてことのない普通の人生だ。このまま進んでも何も生まないかもしれない。それでも、こんな人生の最後を迎えるにはまだ早い。

 なんてことのない時間、人と過ごすこと、楽しいこと、好きなこと、ただそれを諦めたくないだけだ。

 現実は非情であり、鉄旋がとどめを刺すための拳を握る。

 助けを求めようにも、親も友達も先生もここにはいない。

「まずは一人……」

 鉄旋は戦いを終わらせるため、未来を殺すため、拳を振りかぶった。

〝助けてよ〟

 未来は自分の最後に目を瞑った。


「――それ以上動くな」


「あ?」

 突然聞こえた警告に鉄旋は顔をしかめて周囲を見回す。そこで自身に銃口を向ける双葉次代ふたばじだいと目が合った。

 未来の右肩に乗った式神が、主人である未来に手を振っている。

〝あれが私のパートナー……〟

 親も友達も先生もいなくとも、パートナーはそこにいた。

 白いパーカーの上に黒のレザージャケットを羽織った少年は、鉄旋に拳銃を向けて鋭い双眸で睨む。

「ほぉ、どうやら玩具おもちゃってわけではなさそうだな」

 鉄旋は次代が持つ拳銃を見て、恐れるどころか笑った。

 次代は鉄旋のその異常さを疑う。

〝銃を向けられて笑うか、普通?〟

「ほら、撃ってみろよ」

 銃口を向けられて怖がるどころか、鉄旋は次代を引き金を引くように挑発する。

 拳銃のセーフティーは解除されている。少し遊びのあるトリガーを強く引けば、弾丸は銃身を通り抜け、銃口から放たれる。

 次代は躊躇せず、トリガーを引いた。

 撃鉄が落とされ、火薬が激しく燃焼する。発生した燃焼ガスの圧力を受け、弾頭が加速し、放たれた。炸裂する銃口炎。排出された空薬莢から上る硝煙の匂いが鼻孔に触れる。螺旋状に回転して飛んでいく銃弾は鉄旋を撃った。

 一瞬の出来事だ。しかし、銃弾は鋼鉄の身体を前にあっけなく弾かれてしまう。

「こういうことだ」

 鉄旋は鼻で笑うとターゲットを次代に移し、俊敏な動きで懐へと飛び込んだ。渾身の一撃を入れ、すぐにでもリタイアさせてやるつもりだった。次の瞬間、次代の身体はすぅっと後方に身をひき、拳は空を切る。それどころか、鉄旋は勢いを殺しきれず地面に強烈な一撃を叩き込むことになった。

「避けやがっただと……」

 身軽とは違う。鉄旋には次代に動きが見極められていたかのように感じられた。

 追撃しようにも右手が隆起するほど深く地面に埋まっている。すぐには次代を追うことができなかった。

 その隙に次代は未来へ駆け寄る。

「大丈夫か?」

「う、うん」

 未来は驚きが抜けず、言われるがままに頷いた。

 次代は声を掛けながらもあまり未来の顔を見ることなく、鉄旋に対する警戒を続けている。未来はぼぉっと次代の横顔を見ていた。

「一旦退く。走れるか?」

 次代から急に声を掛けられ、未来は我に返る。

「大丈夫。走れる」

 未来の安否を確かめると次代は撤退の意思を示す。

 痛みは残っているが、動けるくらいには回復している。未来は立ち上がると次代に従い、この場から撤退を図った。

「くそっ! どこに行きやがる! 待ちやがれ!!」

 背を向ける次代たちに向かって咆える鉄旋だったが、右腕は未だ地面から抜けず、追いかけることができなかった。

 遠ざかっていく二人の姿に憤りを感じずにはいられなかった。

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